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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第6章 消せない過去、寄り添う現実
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翔太にそう告げる私の心の奥から、ことりと音がした。


“大切”


ずっと口にしていなかった言葉。

していたとしても、感情を伴う事が出来なかった言葉。


大切なものを見つけて、私が未来を描いてしまったら。

それは過去を認めて……二人を過去の人にしてしまうと思っていたから。

そして、何よりも……


大切な人を作るのが、とても怖かった。


私の大切だった家族は、もういない。

もし大切な人が出来て、またおいて行かれたら?

また独りになったら?


二人を過去にしたくない……なんて、綺麗事じゃなくて。

また失うのが怖かっただけ、自分を守っていただけ。


けれど、まだこの事を口にする勇気が持てない……。


ぎゅ、と一度目を瞑って。

気持ちを落ち着かせるように息を吐き出す。


「ねぇ、翔太。まだ、ね。まだ、正直言って混乱してる。圭介さんの事も、翔太の事も」

だから。

もう少し。もう少しだけでいいから……


「待っててくれる? ちゃんと、考えるから。ちゃんと……話すから」


翔太は嬉しそうに頷くと、駐輪場に自転車を預けて予備校へと駅の改札を抜けて行った。

その後ろ姿を見送って、私は会社へと歩き出す。




きっと。多分。

翔太は私の「独り」を恐れる気持ちに気づいてる。

私が、翔太の持つ同じ感情に気が付いたように。

翔太が私に向けてくれる好意は、恋愛感情だからと言われたけれど。

それは嬉しいと思うけれど。

話せば、やっぱり違うと感じてしまう。


恋愛ではなく親愛。

誰でもいいから傍にいたい、ではなくて、私の傍にいたいと思ってくれるのは嬉しいけれど。

それは恋愛感情ではないと、思う。


それでも。

ちゃんと向き合おう。

私の思い違いかもしれないし、翔太の勘違いかもしれない。

分からないなら、素直に翔太の言葉と行動を受け入れよう。

いつも通り、今迄通り。

変に意識しないで、傍にいられればいい。


圭介さんから告げられた、ことも。

嬉しいと感じたその気持ちを、見ない振りしちゃいけない。


そうすれば、答えは出ると……思う。

二人への気持ちに。


この感情を認める事は、この数年間を考えれば簡単じゃないと思うから。

自分の心だからこそ、外傷と違って薬で治すことができないのは分かってる。



それでも。ここが。今が。

現実だと、そう思いたいから。

きっと頭では、そう思えているはずだから。



きゅ、と胸元を服の上から掴むと、思考を切り替えて会社のエントランスをくぐった。










「悪いな、遠野兄」

「いいえ、気になさらないで下さい」


助手席で申し訳なさそうに声を上げる隆之に、圭介は前を向いたまま笑みを向けた。




昼近くになって部屋を訪ねてきた隆之に今日の目的を聞いてみれば、近場にあるカフェ巡りだった。

丁度孝美さんから道の駅のカフェを教えられたらしく、場所を知っているからと圭介の車で巡ることにしたのだ。



そんなに離れているわけじゃないその場所は、由比と以前訪れた事のある道の駅。

あれは桐原の事で、由比が悩んでいた頃の話だ。

まだあれからそんなに経っていないんだなと、そんな事を考えながら隆之と他愛もない会話を交わしていた。

「で、遠野兄は何してるの?」

「高校で、日本史の教師をしています」

「高校教師かよ。勤めて長いの? つーか、いくつ?」

「二十八ですよ。今年でもう六年になりますかね」

……面接のような内容だけれど。

道の駅についてカフェに入ってからも、その会話は続いた。



「弟と二人で住んでるんだろ? 親御さんは?」

「田舎にいますが……、隆之さん」



暫くその面接に付き合っていたけれど、圭介は隆之の名を呼んで眉尻を下げた。


「由比さんと、本当にお友達なんですか?」

会話の内容は、まるで彼女の親と話しているような気持ちにさせる。

隆之はにぃっと口端を上げると、ばれたかと笑った。

「身上調査は基本だろ、娘の彼氏の」

「まだそうなったわけじゃないですよ、私は」

「まだ、ねぇ」

ふぅんと笑うと、隆之は店員の持ってきたピザを一ピース手にとって、頬張る。

圭介もそれを見て、自分の目の前に置かれたパスタを小皿に取り分けた。



喫茶店を営んでいる隆之は、新しいメニューを考えるためにカフェ巡りを計画したらしい。

いくつかまわる予定の店ではお金は隆之もちだけれど、そのかわり頼むメニューもすべて彼が決めるという条件だった。

大柄の隆之は見た目に比例するようによく食べる方らしく、店員が苦笑しながらテーブルに並べていくのを同じようにして圭介も見つめた。

すでにテーブルの上は、料理の盛りつけられた皿で一杯だ。




「由比ちゃんがさ、毎月うちの方に来てる事は知ってんの?」


何か確かめるようにぶつぶつ言いながらすべての食事を一通り口に入れてから、隆之は落ち着いたように息を漏らすとゆっくりとアイスコーヒーを啜った。

圭介は口に入れようとしていたパスタの巻かれているフォークを小皿に戻すと、小さく首を傾げる。



「うちの方、とは鎌倉の事ですか?」


ことりとグラスを置く音が、小さく響いた。

思わずそちらに視線を向けてから、圭介は言葉を続ける。


「毎月というのは知りませんでしたが。昨日は由比さんが出かける前に話したので、その時に聞きましたが」

「そっか」


何か納得するように頷く隆之を見ながら、パスタを口に入れる。

クリーム系のパスタは、早めに食べないとおいしさが半減してしまうから……と隆之に急かされたからでもあるが。


「遠野兄は、由比ちゃんの事が好きなんだろ? で、由比ちゃんは何て?」


単刀直入に問いかけられた言葉に、さすがの圭介も動きを止めた。


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