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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第6章 消せない過去、寄り添う現実
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10

「おはよう、翔太」


翌朝部屋を出れば、廊下ですでに翔太が立って待っていた。

ささっと鍵を閉めて歩き出せば、翔太は満面の笑みで私を迎えてくれる。


「おはよー、由比! 今日も朝から可愛いねー」

「は?」


翔太、頭に虫わいた?

呆気にとられていたら、さっさと翔太は私の手を取って歩き出した。

「ちょっと、翔太! 手!」

カンカンと小気味よい音をたてて階段を下りていく翔太に握られている手を振れば、なぁに? とばかりに首を傾げられる。

前を向いたまま。


意味の分からないその行動と握られている手が恥ずかしくて、手を離してもらおうともう一度口を開きかけた時、後ろから声を掛けられてびくりと震えた。



「いってらっしゃい、由比さん」



声のした方をゆっくりと振り返る。

そこには廊下の柵からこちらを見て手を振る、圭介さんの姿。


引き攣りそうな口元を殊更引き上げて、笑みを作り上げる。


「いってきます、圭介さん。今日は隆之さんの事、よろしくお願いします!」

「うん、役立てるように頑張るよ」

そう笑うと、圭介さんは部屋へと戻って行った。



……うー、なんで普通にできないかな私。

頬が熱くなっていくのが、自分でもわかる。

子供じゃあるまいし、ホントにもう……


片手で頬を押さえて思わずため息をつく。

途端、ぐいっと手を引かれて慌てて顔を上げた。


「……翔太」

そこには、少しだけ苦笑気味の翔太の顔。

「行こう、由比」

けれど何も言わず、ただ私を掴むその手にゆっくりと力が入る。

少しだけさっきより冷たくなった指先が、手の甲をゆっくりと撫でた。

「遅刻しちゃうよ?」

「あの、翔太……っ」

歩き出す翔太の後ろについていきながら声を掛けたけれど、何も返答がない。



……翔太が口にする“好き”も、恋愛感情の好きだから……



圭介さんの言葉が思い浮かんで、顔がどんどん熱くなる。


自転車の傍でやっと手を離してくれた翔太は、無言で私を促すとアパートから前の道へと出て行く。

その後ろをついていきながらどうしていいのか何を話したらいいのか、心の中はぐるぐると渦巻いていた。


しばらくして翔太のスニーカーの靴底が、小石を踏みしめて止まった。



「ねぇ、由比」



弾かれた様に、顔を上げる。

自転車のハンドルを持ったまま、振り返って私を見ている翔太。



「俺、由比が好きだよ」



「……っ!」



一気に、顔が真っ赤になったのが分かる。

熱い……!



翔太は何も言えずに固まる私を見て、目を微かに細めた。


「しょう……た」


伸ばした手に右手を取られて、ぐいっと引っ張られる。

Tシャツの上に羽織っている青いシャツが、ふわりと風に靡いて私の視界を染めた。

ぼやけたピントを合わせるまでもなく、頬が温もりを伝えてくる。


肩を掴まれてるわけでもないのに、私は動けない。

そんな私をどう思ったのか翔太は掴んでいる手を離して、その手を自転車のハンドルに戻した。

「今までどれだけ伝えても、どれだけ由比に触れても対象外にされてたのに……こんなに変わるんだね」

翔太は一瞬、口を噤む。

けれど溜息と共に、言葉をつづけた。



「圭介の言葉、だけで」

「……っ!」



どくりと、鼓動が大きく跳ねた様に感じた。

反射的に身を引いて、翔太を見上げる。


「あ……」



見ているこっちが苦しくなるくらい……



「しょう、た」



……悲しそうな笑顔を浮かべている。




「圭介に、好きだって言われたって?」

「えっ?」



なんで、それ……



「圭介に、そう聞いた。それ以外は知らないけど……、由比の態度でさ。もう一つわかるかな」

もう一つ……?

「俺が由比に言ってる“好き”の意味も、ちゃんと聞いたんだろ」

目を、見開く。

「私の態度……で?」

「分かるよ。今迄全く流してたのに、いきなり昨日から意識されてさ」


翔太が、ふと気が付いたように腕時計に目を落とした。

そして促す様に私の肩を軽く押すと、ゆっくりと歩き出す。



「圭介が言ったから、俺の言ってた好きを恋愛感情としてとるようになったとか。結構、由比も残酷だよね」


「ざん、こ……く」


その言葉に、顔に集まっていた血が一気に足元に流れ去った気がした。

顔が、こわばる。


そうだ。

そう。


今まで、ずっと好意を示してくれていたのに。

それをただの親愛の好意だと、思ってた。

なのに、圭介さんに言われた途端……



「ごめ……ごめん、翔太」



喉がからからに、乾く。

貧血になりそうなくらい、指先が冷えていく。

すると、その手を翔太がぎゅっと握りしめた。

さっきよりも温かい指が、私の指に絡められる。



「いいよ、由比。許してあげる」

「……っ」

ぼやけそうな視界を、目の縁にたまりそうになった涙をこらえて、顔を上げる。

すると翔太は、いつも通りの明るい笑顔に戻っていた。



「俺、由比の事好きだからさ。これから、すげぇ意識してくれればそれでいいよ」

「へ?」

「意識して意識して、そんで俺の事好きになってくれればいいのに」



楽しそうにそう笑う翔太は、いつもよりも大人っぽく見える。

なんでだろう。たった一日なのに、昨日よりも大人の雰囲気になってる……



「圭介の事、好きなんだろ? 本人に告白されて、自分もだって気が付いた?」

「……っ!」


心臓が、おかしくなりそうだ。

なんで、どうしてそんな事分かるの?


「でも俺も好きだから」

ぎゅ、と指先に力が入る。

「由比と一緒にいることを、諦めたくない。だから……」

翔太が、足を止めた。


「由比も、ちゃんと俺を見て? 圭介だけじゃなくて、俺の事も」


気が付けば、最寄駅のロータリーに私たちはいた。

夏休み中という事もあって、人影は少ない。



「子供みたいな事を言ってるの、分かってるんだけどさ。もう少しだけ、俺にもあがかせてよ」


それで……、と言葉を続ける。


「それで俺が選ばれたら嬉しい。……けど、もし圭介を選んだとしても」



ふわりと、笑う。

圭介さんに似てる、今までの翔太から向けられたことのない笑み。


優しい優しい、穏やかな笑顔。


「俺の事、切り捨てないでくれればいいや。俺、由比と圭介といるの、すげぇ楽しいからさ」



思い出すのは、いなくならないでと願うように口にしていた、学祭の時の翔太。

何をここまで翔太を追いつめるのか、分からないけれど。

それでも、独りになりたくないその気持ちは……置いて行かれたくないその気持ちはよく分かる。

そして過去にあった何かが、一層その気持ちを深くさせることを。


だから、ちゃんと伝えなきゃ。

正直、まだ頭の中が混乱してるんだけど。



「翔太、切り捨てるとか言わないで。絶対に、そんな事しないから」


これだけは、今、伝えなきゃ。


「選ぶとか、関係ない」


そこで、脳裏に浮かんだ言葉は。

ずっとずっと、私が恐れてきた“言葉”

でも……、ずっとずっと……焦がれてきた“言葉”



「二人とも、大切だから」



久方ぶりのその言葉の優しい響きに、私はゆっくりと微笑んだ。


圭介がきっかけを与えて、翔太が引き継いだ感じ……?(笑

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