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「どうした、翔太。食欲ないのか?」
由比と別れて部屋に戻った圭介と翔太は、作り終えていた夕食のテーブルについていた。
今日の夕飯は、圭介が作ったかつ丼。
とんかつを買ってきて、卵でとじるだけの簡単料理。
それに味噌汁と漬物を添えただけではあったけれど、由比が食事の面倒を見てくれるまではこういったものが多く食卓に上がっていた。
久しぶりに自分の作ったご飯を見て、圭介は内心由比への感謝を深くしていた。
年の割にはと言ったら失礼かもしれないけれど、ちゃんとバランスを考えて作ってくれているのは自分のものと比べれば一目瞭然と言える。
そんな事を考えながら顔を上げると、向かい合わせに座っている翔太が箸を持ったままじっと圭介を見つめていた。
無表情に近いけれど微かに揺らいでいる翔太の目が、圭介を見ていた。
漬物を持ち上げようとしていた箸を止め翔太に話しかけると、ぴくりと、眉が動くのが見える。
それでも何も話しだそうとしなかった翔太が口を開くのを、圭介はそのままの体勢でじっと待った。
時間にすればそんなにかかっていない、それでも感覚的には長く感じたその時間は、やっと口を開いた翔太の声で終わりを告げた。
「……圭介」
「ん?」
その声は、何か苦しそうに聞こえてきて。
軽く返事をしながらも、圭介は持っていた箸を丼の上に置いた。
「圭介」
「あぁ、どうした?」
「……今日、由比と、何か……あった?」
言いにくそうな、けれど聞きたいというその葛藤が、とぎれとぎれの言葉と声音にそのまま反映されている。
それはいつかの日、圭介を挑発するような行動をとりつつ、それを気にして翌日学校の廊下で柱にぶつかっていた時の翔太のようで。
圭介は小さく頷いて、まっすぐに翔太を見た。
「ちゃんと、由比さんに伝えたよ」
大きく見開かれる、その目が。
「好きだ、って?」
少しだけ掠れている、声が。
「あぁ。今迄みたいに、兄として接することができないのは昨日分かったから」
本当は過去の事を考えれば、翔太を守ってやるのが本当なのかもしれない。
けれど、それでは意味がない。
翔太が過去を過去として、そして前を見なければ意味がない。
学祭で由比が準備室に閉じ込められた時の翔太を見て、未だ過去に囚われていることが明白だから。
過去は、過去。
嫌な事も楽しかった事も、すべて過去にあった事。
それがとても辛い事だったとしても、過去があるからこそ、現在が存在している。
過去を認めなければ、現在が全て否定されてしまうのと同じだから。
内心の葛藤を顔に出さず、ただ穏やかに圭介は翔太を見つめていた。
微かな変化をも、見逃さないように。
お前を弟だと、そう認めて圭介はここにいるんだと、そう視線にのせて。
「……ふぅん」
しばらくして翔太は頷くと、溜息と共に顔を俯けた。
両手をテーブルに置いて、じっとその手を見つめている。
「翔太」
名を呼べば、俯けたまま視線だけこちらに向けてきて。
それを見返しながら、口端を上げる。
「これで、同じラインだな」
「……ライン?」
聞き返してくるその言葉に、頷くことで答える。
「お前も、私も。お互いに、由比さんに気持ちを告げたわけだから。ここから、だろ?」
少し驚いたように目を見開いて、そのまま頭を上げて椅子に体重をかけた。
「堂々と宣戦布告かよ、後から告白した癖に」
「後も先もないだろう? 決めるのは、由比さんなんだから」
まぁなー、と吹き出す様に笑った翔太は、徐に箸を取るとにやりといつもの笑みを見せた。
「負けたくないし。とりあえず、腹ごしらえ」
「あぁ、冷めないうちに食べてくれ。久しぶりに作ったんだから」
そう言うと、温くなったかつ丼を二人はあっという間に腹におさめた。