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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第6章 消せない過去、寄り添う現実
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「来るならちゃんと連絡してこいよ、迷惑な奴だな」


大家である正隆さんは設計会社に勤めていて、実際管理をしているのは奥さんである孝美さん。

それでも入居の時には必ず会うから、圭介さん達も面識があったようだ。

がしがしと後頭部を掻きながら近づいてくる正隆さんに、隆之さん以外皆が頭を下げる。


「うるせーな。なんで実家に来るのにいちいち連絡しなきゃなんねーんだよ、面倒くせぇ」

「高校の時に出て行って以来ここで暮らしてもいない癖に、連絡なしで大丈夫だと思うお前がおかしい」

そう言いながら傍まで来た正隆さんは、私達に軽く会釈をする。


むきむき筋肉を、惜しげもなくタンクトップから見せている正隆さん。

うん、こう見ると護さんは到底足元にも及ばないな。

孝美さん、そんな事比べながら賛辞してたのかなーとか思ったり。


「すみません、私が隆之さんに送ってきてもらったんです」

汗をかいているのは、きっと運動していたからと思いたい。

光ってますね、しっとりと肌が。

「あぁ、そうか。今日行ってたんだ、向こうに」

「はい」


……普通に会話を交わしながらも脳内で馬鹿な事を考えているのは、ほんの少し、今の雰囲気が怖いから。



何もしゃべらない、翔太と。

何か言いたそうな、圭介さんと。

そんな雰囲気に、少し萎縮していたから。



けれど隆之さんは、まったく空気を読まない。

「つーことで、泊めてくんねー? 俺の部屋、まだあんだろ?」

「埃被っててもいいなら」

「じゃー、由比ちゃんの部屋に行くか」

「俺と寝ておこーか、おにーちゃん」


いつも冷静な正隆さんが怒りを露わにするのも、また珍しい。

兄妹って、家族って、そういうものなのかもしれない。

たまにしか合わなくても、すぐに打ち解けられる。


なんとなく寂しさを感じて、私は殊の外明るい声を上げた。


「じゃ、私戻るから。隆之さん、送ってくれてありがとう」


じゃれあい始めた二人に告げると、隆之さんが押さえつけられていた頭を上げて私を呼びとめる。

「あっ由比ちゃん、明日空いてる? 俺、ちょっと行きたいところあるんだけど」

行きたいところ?

くま的隆之さんが行きたいところって? とまぁ、その前に。


「明日って、私会社なんだけど」


その言葉に、驚いたように声を上げた。


「そうか! 明日は月曜日だったか。すっかり忘れてた」

「いや、普通飲食店やってたら気にするところなんじゃないか? あ、ちなみに俺も仕事だからな」

正隆さんの的確な突っ込みと先んじての断りを隆之さんはめげることなく、視線を圭介さん達に向けた。

「遠野さん達はどう? おっさんの道づれになってくんねーかなー」

自分でおっさん言ったよ、この人。


「って、何言ってんの隆之さん。翔太は予備校、圭介さんはお仕事!」

「あ、いや……私は明日休みだから。よければ、お付き合いしましょうか」

断った私の言葉を遮る様に、後ろにいた圭介さんが一歩足を踏み出した。

「お、マジかー。んじゃ、よろしく頼むわ。午前中に迎え行くな」


そのまま隆之さんは正隆さんに連れられて、大家さんちの玄関へと消えて行った。



「なんで突然来るのよ、隆之邪魔!」



……孝美さんの叫び声が響いたのは、ほんの少し後。





「さて。ごめんね、騒がせちゃって」

孝美さんの叫び声の後、間髪入れずに聞こえてきた野太いおっさんの声を背景に、私は後ろに立つ二人へと振り返った。

大家さんちに目を向けていた圭介さんとは違い、私を見ていたらしい翔太と目があって少し動揺してしまう。

けれどそれもすぐに笑みの下へと隠して、意識的に午前中の事を思い出さないようににこりと笑った。


「じゃ、戻ろうか」

私を見た圭介さんが小さく頷いて、アパートの階段へと歩き出す。


戻ってきて結構立ち話をしていた気がするから、もう八時半くらいにはなってるかもしれないな。

そんなことを考えながら圭介さんの後ろをついて行こうとした私は、動き出さない翔太に気が付いて足を止めた。


「どうしたの? 翔太」

じっと、無表情で私を見つめている。

私の声が聞こえているのかどうかわからななくて、下から翔太の顔を覗き込んだ。

「翔太?」

「……っ」

たった今気が付いたかのようにびくっと肩を震わせると、翔太はぱちぱちと瞬き繰り返す。

そしてすぐ傍にいる私にを目に映して、小さく息を吐き出した。



「ごめん、ちょっと驚いて」

「驚く?」

何に? と、言外に含めれば、ぽんっと圭介さんの手が翔太の頭にのせられた。

「隆之さんに驚いたんだよな、翔太。まさかあんなに年上の友達がいるなんて、思わなかったし」

な? と、言う圭介さんの言葉に、翔太が小さく頷いた。


「今日は、鎌倉行ってたの?」


少しだけ掠れている声は、いったいどうしたのか。

そんなに、隆之の存在が驚くものなのか。

そんな事を考えながら、私は頷く。


「うん。隆之さん喫茶店やってるんだけど。それが、鎌倉にあるものだから」

「……そう、なんだ」


どこかぎこちない笑みを返してくる翔太の背に手を当てて、アパートへと促した。


「私はご飯食べてきちゃったけど、今からでよければ作ろうか?」

一歩前を行く圭介さんに問いかければ、大丈夫と返答される。

「もう作り終えてるから。由比さんはゆっくり休んで?」

「うん、ありがとう。あと、明日隆之さんにつき合わせてごめんね」

「気にしないで。盆休み中に出勤する代わりに、休みを貰っているだけだから」

「そうなんだ。んじゃ、よろしくお願いします」

軽く頭を下げれば、目を細めて笑みを返された。


さりげないその表情だけで、ほっとしてしまうのは圭介さんの柔らかい雰囲気の所為なのか。



思い出さないようにしている言葉が、脳裏に浮かびそうになって慌てて頭を振った。

「由比、どうしたの?」

後ろから歩いてきている翔太が私の行動を、不思議そうに指摘してきて。

また思い出しそうになって、一度気持ちを切り替えるように目を瞑った。


「翔太は、明日予備校?」

さっきは当てずっぽうで隆之さんに言ったに過ぎない。

まともに翔太のスケジュールを、把握しているわけじゃないから。


「そうだよ。だから、朝は一緒に行こう、由比」

そう言って、するりと私の腕に抱きついてくる。

子供のようなその仕草に、思わず噴出してしまった。

女の子が男の子にしそうな仕草だけど、可愛い顔の翔太に似合いすぎて笑うのをこらえられない。


「なんで笑うのさ、由比」

少し不機嫌そうに眇められた目が、余計仕草とのギャップを醸し出して笑えてしまう。


「可愛いなぁと思って。じゃぁ、明日はよろしくね。翔太」

「もちろん!」



嬉しそうに笑う翔太に心がほんわかと温かくなりながら、私は鞄の中にある巾着袋を思い脳裏に浮かべていた。



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