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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第6章 消せない過去、寄り添う現実
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「いつみても、ぼろっちーなぁ」

「声、大きいし」


夕方隆之さんの自宅を出発した私達は、八時前にはアパートについた。

いくら夏とはいえ、もうあたりは暗い。

客用の駐車場にでかいRV車を停めて外に出ると、アパートを見上げて隆之さんがぼやく。

「よくここがいいって言ったよな、六年前の由比ちゃん」

助手席のドアを閉めて鞄を肩にかけると、前を回って隆之さんの傍に立った。

「綺麗だよ、ここの風景。大きな川がアパートの向こうにあって」

「あぁ、前に来た時に見た。確かに綺麗だけど、やっぱ女の子が住むとこじゃねーよな」

一緒に歩きながらぼやく様に溜息をついた隆之さんは、ふと顔を上げて足を止めた。


「由比ちゃんさ」

「はい?」


いつになくまともな顔をしていることに気が付いて、見上げたまま足を止めた。

「……彼氏って、年下?」

「は?」

私を見ていない隆之さんの視線を辿ると……

「翔太」


……二階の廊下を、こっちを見ながら足早に歩いてくる翔太と目があった。


「なんか怒ってる感じがする」

「俺にもそー思える。だから、由比ちゃんの彼氏なのかなと」

その言葉に、慌てて両手を前に突き出して勢いよく振る。

「ちっ、違うよ! 翔太はお隣さんで……」

「……お隣さんだけど、由比の事が好きな隣人です」

言うなりぐいっと引かれた腕、背中に感じる温もり。

反対の肩に置かれた掌が、ぎゅっと私を翔太に引き寄せた。



……由比の事が好きな……


翔太の言葉が、昼に圭介さんに言われた言葉と重なる。



……翔太が口にする“好き”も、恋愛感情の好きだから……




恥ずかしくて固まった私に気が付いたのか、翔太が斜め上から顔を覗き込むように首を傾げた。

目を合わせたくなくて、焦って顔ごと反対側に逸らす。

するとなにやら冷たい雰囲気を醸し出した翔太が、肩を掴む手に力を込めた。

「なんで由比、そっち向くの」

「え、いや……その」

とりあえず、肩と腕を掴んでいる手を離そうか!

そう主張するように各々の腕を叩けば、渋々という風に私から離れる。


「随分熱烈な行動だねぇ。若いっていいな」

傍観者のようになっていた隆之さんが、しみじみとそんな事を言うから。

鞄を振り上げて足を踏み出せば、再び翔太に腕を掴まれて動きを止めた。


「ちょっと、翔太っ」

「何やってるの、そこで」


私の声と被る様に聞こえてきた言葉に、びくりと肩が震える。


背中からの声だけど、顔も見ていないけれど。

階段を下りてくる足音に、それが誰だか気づく。


「由比?」


様子のおかしい私に、翔太が窺うように再び顔を覗き込んできた。

「……っ」

慌てて顔を逸らしたけれど、間に合ったのかどうか。

緩んだ手から自分の腕を取り戻して、隆之さんの後ろに回った。


「……由比ちゃん?」

驚いたように掛けてくる声に、落ち着かなきゃと深呼吸を繰り返す。


どれだけ動揺してるの、私。

子供じゃないんだから。

何でこんなに……


そう思うのに、思考とは反対に鼓動が早まって熱が頬に集まっていく。

砂利を踏みしめる音が近づいて、すぐ傍で止まった。


「ただいまって言ったはずの翔太がいつまでたっても部屋に入ってこないと思ったら、こんな所で立ち話か?」


黙ったままの翔太にいたって普通な様子の圭介さんの声が、のんびりと問いかける。

けれど翔太は何も答えなくて、代わりに隆之さんが口を開いた。

「あー、と。由比ちゃんの隣人パート2でいいのかな?」

隣人パート2て、何それ。

隆之さんの可笑しな言葉に内心突っ込みを入れながら、聞こえないように深呼吸を繰り返した私はその背中から顔を出した。



じっとこっちを見ていただろう二人と目があって顔が引きつりそうだったけれど、なんとか笑顔を張り付けて隆之さんの横に立つ。


「あのね、隆之さん。こちら私の隣に住んでいる、遠野さん。圭介さんがお兄さんで、翔太が弟。で、こっちが……」

「騒がしいと思ったら、隆之か?」


私の紹介しようとする声を遮って掛けられた声に、一斉にみんなの視線が声のもとへと向く。

大家さんちの庭から大柄な男性が、驚いたような顔でこちらを見ていて。

隆之さんは軽く手を上げてそれに応えると、圭介さんと翔太に向き直って軽く頭を下げた。


「由比ちゃんとうちの弟が、世話になってるな」

「……弟とは、もしかして……?」

少し驚いたような圭介さんの言葉を継ぐ様に、隆之さんが笑った。

「大家の古谷 正隆の兄で隆之。んで、由比ちゃんの……」

ぽんぽんと、私の頭を軽く撫ぜた。


「歳のいった友達、で、いいかな?」


そう私に笑いかける隆之さんに、目の前の二人は驚いたように目をみはった。

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