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「由比ちゃん」
突然かけられた声に、びくりと肩を震わす。
少し落ち着かせるように息を吐き出してから、笑みを作って階段へと顔を向けた。
「隆之さん」
そう応えれば、階段から顔を出した隆之さんがそのままのそりと部屋に入ってくる。
「凄い爆睡だったな。昼ごろに声かけたけど、全く起きなかったし」
そう笑いながら、持っていたトレーから紅茶とオムライスをテーブルに置いた。
「飯食ってから帰りな」
目の前に置かれたオムライスは、ほかほかと温かい湯気をあげている。
昔ながらの、薄焼き玉子にくるまれたオムライス。
「隆之さんて、ホント喫茶店が似合わない体格の人だよね。なんか棍棒とか振り回してそうなのに、実際はサンドウィッチとか作ってるし」
「全国の見た目クマ的喫茶店のマスターに、全力で謝れ」
ぽこんと、頭を軽く叩かれて小さく肩を竦めた。
スプーンをとってオムライスを口に頬張れば、ケチャップライスの酸味にお腹がぐぅっと悲鳴を上げる。
「昼飯もお預けだから、腹減るよなぁ。由比ちゃんの胃も」
「聞こえないふり位して欲しいんですが、おじちゃん」
おじちゃんはやめろと不貞腐れながら、ふと私の手元にある小さな巾着袋に目を止めた。
内心しまったと、動揺しながら隆之さんを窺う。
「……久しぶりに見たな、これ」
指を伸ばして巾着の上から中身をつつく隆之さんは、懐かしそうに……寂しそうな色をその目にのせる。
見たくなかったその表情に、私は目を伏せた。
……なんで、しまっておかなかったんだろう。
今まで、こんな事なかったのに。
「持っててくれたんだな、由比ちゃん」
そう呟く声に、喉の奥の方で肯定の音を上げた。
「そっか。嬉しい、な。うん」
いつもの笑みじゃない、親から与えられるようなその親愛の表情にどくりと鼓動が大きくなる。
動揺を隠すために無意識に口元に運ぶスプーンから、ぽろりとすくっていたオムライスがテーブルに落ちた。
「あ……」
「……」
慌てて拾い上げようとしたけれど、先を制して隆之さんの指がそれを集めてペーパーナプキンに包み込む。
「……由比ちゃん。あったかいうちに、食べちゃいな。帰りは送っていくから」
がたりと音をたてて、隆之さんが椅子から腰を上げる。
その音に驚いて、そして隆之さんの言葉にもっと驚いて慌てて立ち上がった。
「え、いいですよ! 私、ちゃんと帰れるから!」
階段へと歩いていく背中に、慌てて声を掛ける。
隆之さんはゆっくりと顔だけこちらに向けると、にぃっと口端を上げた。
「久しぶりに正隆の顔見たいし。そろそろ顔だそうと思っていたところだから、丁度よかった」
「隆之さんっ」
「それが条件だったの、覚えてないのか?」
“条件”
その言葉に、一瞬口を噤む。
けれどすぐに大きく息を吐き出して、隆之さんに笑いかけた。
「成人したら、もうその条件って終了なんじゃないの?」
「んー? 法律的には終了したけど、正隆的には終了してないし。食べ終わったら下に来い」
言いながらすでに階段を降りはじめた隆之さんの後ろ姿を見送って、椅子に腰かけた。
再びスプーンを手に取って、溜息をつく。
気を遣わせちゃったな……。
私の様子がおかしくみえるから、送るなんて言い出したんだろうし。
手元にある巾着を、さっきの隆之さんのように指先で触れる。
硬質な感触が、記憶にある中身を脳裏に浮かべさせた。
「私、どれだけ動揺してるんだろう」
それほど、圭介さんの言葉が、私にとって影響力を持っていたという事で。
独りで生きていこうと、そう決めたのに。
決めていたのに。
向けられた好意に、寄り添いたい感情が溢れて―
「ねぇ、二人はどう思う?」
私は、もう二度と、あんな思いはしたくないんだよ。
夕陽が差すお気に入りの部屋のテーブルで、複雑すぎる自分の心情を溜息で誤魔化した。
篠宮です。いつもお読み下さり、ありがとうございます。
幼馴染の方にも書かせて頂きましたが、力試しに投稿している連載小説でアルファポリスの恋愛大賞に挑戦してみました。
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