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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第6章 消せない過去、寄り添う現実
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お父さんは、どこにでもいるようなサラリーマンだった。

お母さんも、どこにでもいるような専業主婦だった。

私も、どこにでもいるような中学生だった。



朝起きて、皆でお母さんの作った朝ご飯を食べて。

私は学校に行って、お父さんは会社に行って、洗濯物を干すお母さんにいってきますっていいながら。

夕方になれば私が帰ってきて、お母さんと一緒にご飯を作って、お父さんが帰ってきて、皆でご飯を食べて。

休日は私がご飯を作ることが多かった。

いい旦那さんを捕まえるためには、まずは胃袋を掴むのよ! と、お母さんは自ら捕まえたお父さんを指さしながら料理を教えてくれた。

それを皆で食べながら、好き勝手批評されてたっけ……。



暇があれば、由比ヶ浜に散歩に行って。

仲の良かった両親は、私が部活や用事で休日に家を空けると二人で遠出してた。

デートだなんて、臆面もなく娘に言い放って。




『それ、どうしたの? 凄く綺麗だね』

ある日、お母さんが身に着けていたペンダントに目を魅かれた。

あまりアクセサリーを身に着けないお母さんの胸元に、見慣れない青いガラスのペンダントを見つけたのだ。

おかあさんは恥じらう事もなく嬉しそうに、ペンダントを指先でなぞる。

『これ、お父さんから初めてもらったペンダントなの』

子供の目から見ても、とても綺麗で……値のあまり張らないものに見えた。

『もうすぐ結婚記念日だから、ちょっと浮かれてつけてみました』

ふふっと笑うお母さんは、凄く嬉しそうで。

『来週の日曜なんだけど、由比は部活で学校でしょ? だから夕方まで二人で出かけてこようかなーなんて……』

『……思ってるんだけど、いいかな? 由比』

いつの間に傍に来ていたのか、お父さんに後ろから声を掛けられて振り向く。

全く恥ずかしがることもなく言いのけるお父さんに、似た者夫婦だなって思いながら。

『いいけど、夜は皆でご飯食べようよ。私、作るから!』

いろいろ教わってきた私は、その頃一通り料理はできる様になっていた。

『お? 嬉しい事言ってくれるな。そろそろ、お父さんの胃袋つかんでくれるかな?』

『任せて!』

『あら~、おかーさん捨てられちゃうわ。私も、頑張らないと』

その言葉にみんなで笑って。




当日を楽しみに、三人三様、いろいろ準備してた。




じゅんび、してたの。




だけど。





日曜日。

お祝いの食事を用意した私のもとに、二人は帰ってこなかった。






数日後、海中でうちの車が発見された。










頬を撫でる湿った風に、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

いつの間にか、寝てしまったらしい。

テーブルに伏せていた上体を起こせば、氷のとけ切ったアイスティが運ばれた時のままそこに置いてあった。

窓の外は、すでに夕焼け。

どのくらい寝ていたのかと、ぽつりと独りごちた。



頬杖をついて、由比ヶ浜を見渡す。

まだまだ海岸には人がいて、楽しそうな声が風に乗ってこちらにまで流れてくる。

私もよく、遊んでた。


両親と一緒に、幸せに暮らしてた。




……私は、由比さんの事が好きなんだ



圭介さんの言葉が脳裏を掠めて、口をぎゅっと引き締める。



なんでこんなに、圭介さんの言葉が頭を占めるのか。

そう呟いて、目を瞑る。

疑問に思ってるんじゃない。

その答えが、自分で理解できているから凄く苦しい。

それは、私が手を伸ばしちゃいけないものだと分かってるから。



独りで生きてきたのに。

それを昨日思い出して、そして今日の朝もそうあろうと決めたのに。



……私は、由比さんの事が好きなんだ



繰り返し浮かぶその言葉が、感情を揺さぶる。




現在(いま)を享受したら、それは過去を認めてしまう事になりそうで……怖いのに。

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