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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第6章 消せない過去、寄り添う現実
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かたり。


車の中で、何か小さな音が響いた。

それに震える、自分の肩。

何も言えず、目を見開いたまま。

ただ、目の前の圭介さんを見ていた。


動かない体の代わりに、真っ白な思考は動き出した途端パニックに陥る。



いま、なんて?

圭介さん、なんて言った?


す、き? ……え、すき?



誰を?




動けなくなった私に、圭介さんは言い聞かせるようにもう一度その言葉を口にする。



「私は、由比さんが好きなんだ」



その声は、その視線は。


「好きだ」


ただ、真剣な光を宿していた。





「……え?」

かすれた声が、自分の喉から絞り出された。

その声に、圭介さんが目を細める。


「由比さんが、私にそういう事を望まないのは分かってる。でも、昨日のこともあったから。ちゃんと気持ちを伝えようと思って」


「え?」


私が、望まないのは分かってる……?


「由比さんは、私に家族を求めているだろう?」


え?


「無意識にか、もしくは意識的に恋愛から離れようとしてるよね?」


あ。


「昨日、私を許してくれた時、何かを諦めたよね?」


……。


「だから、ちゃんと気持ちを伝えようと思ったんだ。このまま時間を置けば、絶対、由比さんは私から離れていくと感じたから」


「……っ」


知らず知らず、体が後ずさっていた。

背中がドアに当たって、思わず息をのむ。



そんな私を見て、圭介さんは微かに目元を和らげた。

「そんなに怯えないでもらえると、嬉しいんだけど」

「え、だっ……」

喉から出てくるのは、かすれた声ばかりで。

「由比さん、少しずつでいいから私をそういう対象として見てくれないかな」

そういう、対象?

「恋愛対象として。もしそれでも駄目なら、考える」

考える……?

疑問に思ったまま、表情に出ていたのだろう。

圭介さんは申し訳なさそうに笑って、まったく申し訳なくない言葉を続けた。


「拒否されたからと言って諦められるくらいなら、今、由比さんを困らせたりはしない。だから……これ言うの結構不本意というか、まぁ一応お願いなんだけど」


一度言葉を区切って、それからまた口を開いた。

「翔太の事。ちゃんと考えてやってくれないか?」

「翔太?」

「翔太が口にする“好き”も、恋愛感情の好きだから」



……、駄目だ。なんか、頭がパンクしそ……


それでも翔太の私に向ける感情を考えれば、思わず否定の声を上げた。

「でも……」

けれど圭介さんは、それを許してはくれなかった。

「どうとるかは由比さんが決めていい。でも、翔太は恋愛感情で由比さんを好きだと伝えてるんだ。だからもう一度、そういう風に考えてやってくれないかな」

言い切る圭介さんの言葉に、迷いはない。

「他の男の後押しは弟といえどもしたくはないから、今日だけ。ここからは、私は私の思う様に行動するから」


そういうと、何かすっきりしたように微笑んだ。

何かを、吹っ切ったように。



「え、と……」


頭の中がこんがらがっている。

何を言っていいのか分からず、私はただ圭介さんを見つめた。


「あぁ、いい。今日は何も言わないでいいから。お兄ちゃんから突然そんな事を言われても、何も考えられないだろうし。まぁ、ゆっくりと」


そう言うと、シートベルトを着けてエンジンキーをまわした。

軽く振動が伝わってくる。


「どこ行くの? よければ、送っていくけれど」

「え、と。鎌倉……」

そこまで口に出してしまってから、慌てて両手で口をふさぐ。

圭介さんは少し驚いたように目を見開いて、小さく頷いた。

「そうなんだ、じゃあ……」

「いいっ、いいから圭介さん! 今のナシ!」

「んー?」

人の話を聞いているのか聞いていないのか、圭介さんはアクセルを踏んで車を出した。


「いいってば、圭介さん!」

震えそうになる手でシートベルトを着けると、そのまま圭介さんに対して叫ぶ。

鎌倉まで、車で行かれそうだよ!

ここから、早くても二時間はかかるはず。

それに、それに……っ


圭介さんは小さく口端を上げて、前方を見つめた。

「分かってる、近くの駅に送るから」

駐車場を出て大通りを進む。

圭介さんはウィンカーを出して車線変更をした後、ちらりと私を見た。



「由比さん。ちょっと、懺悔」

「へ?」

突然話をかえる様にトーンの落とされた声が、あまり聞かない言葉を口にする。

「……昨日の事なんだけど。俺、由比さんの為に桐原さんを威嚇してたわけじゃなくて」


俺?

久しぶりに聞く圭介さんの一人称に、脳内パニックのまま顔を上げる。


「桐原さんに嫉妬心丸出しで、自分の感情のまま威嚇してただけなんだ」

「しっ、嫉妬……心?」


おうむ返しのような私の声に圭介さんは苦笑すると、赤信号でブレーキを踏んだ。


「少し前、桐原さんにアパートまで送って貰った事があったよね?」

桐原主任に……?

「あ、あの食事会の日?」

そういえば、アパートの場所を確認するためについてきたことがあった。

「そう。あれ、実は俺見てたんだ。駐車場にちょうど車停めたところだったから」

「あ、そう、なの?」

「凄い、嫉妬した。だから態度に出てた」


ドクリ


心臓が、音を立てた。



「桐原さんを振ったのは知ってるし、見ていれば由比さんがそんな感情をもってない事くらい分かってた。それでも、由比さんに触れるのが許せなかった。由比さんが、帰っていく桐原さんを見送っているのさえも」


……


ドクドクドク……


不自然に、跳ねる鼓動。

昨日心の中に沈めたはずの感情が、ゆっくりと頭をもたげる。


……嫉妬。

圭介さんが。



……しい。

うれ……い。



その感情に言葉がついてしまいそうで、慌ててぎゅっと目を瞑る。




駄目だ、怖い。

怖い……怖い……


両手を握りしめて、俯く。



その感情は、私が手を伸ばしてはいけないもの……





「ごめん、怯えないで」



俯いてしまった私に微かに笑むと、信号が青に変わったタイミングでアクセルを踏んだ。

沈黙が下りる。

しばらくそのまま移動して最寄駅が見えたあたりで、圭介さんが口を開いた。


「由比さんが、何かを抱えているのは分かってる。それが何かは、分からないけれど。それごと、その何かごと由比さんが欲しいから」


ロータリーに進入し、一般車の停車区域で車を止めた。


「自己完結だけは、しないで欲しい。何か言いたい事とか、悩みがあるなら俺に言って。翔太でもいいけど……」

そう言って、私を見つめる。


「できれば、その役目は俺でありたい」




その後、私はどうやって車を降りてどうやって目的地に来たのか、まったく思い出せなかった。


やー、やっと圭介が由比に告白しちゃいました。

長かった…ここまで長かったけど、告白はあっさり早かった…(笑

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