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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第5章 手を伸ばして、君が求めたものは。
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26

翔太の視線から逃れるように目を伏せた由比は、唇を噛み締めた。


翔太の言いたい事は分かる。

自分を大切にしてくれる気持ちが、本当に伝わってる。

どうしてこんなに思いを向けてくれるのか分からないけれど。

ただの隣人なのに。


けれど脳裏を掠めるのは、少し前の翔太。

学祭で私がトラブルに巻き込まれた時、様子がおかしかった。

家に帰ってきてからも、私にいなくならないでと、そう静かに訴えていた。


翔太に何があったのか、分からない。

でも、きっと心に傷が残る事が過去にあったのだけは分かる。



朝からずっと昂ぶっていた感情が、すぅっと落ち着いて行くのを由比は感じた。

こうやって気持ちを訴えかけられて、誰が嬉しいだろう。

甘えてばかりじゃダメだってそう言いながら、まるで変わってない。

私は、……弱い。



ぎゅ、と目を瞑る。


今、何が一番大切なのか。

それは、圭介さんと翔太が嫌な思いをしないこと。

そう考えるほど、二人は自分の中で大きな存在になってしまった。

ずっと、一人で大丈夫だったのに。

傍にいてくれて心配してくれて、大切にしてくれる。

その温もりを手放したくなくて、余計、二人に迷惑をかけてしまった。


傍にいてくれる事を、当たり前のように享受してしまった。

これから先、ずっと一緒にいられる訳、ないのに……。



そこまで考えて、気がついた。

いや、気がついたというより……思い出した。




あぁ、そうだ。

私……


私、一人で生きてきたんだ――



「由比?」

いきなり黙ってしまった由比の肩に手を置くと、翔太が伺うように声を掛けてくる。

その声音に、学祭の夜の翔太が重なった。


縋るような、求めるような。

いなくならない存在を、求める声。


――いくら望まれても、私がそれになれるわけないのに。




由比――


自分の名を、心の中で呟く。


由比。現実は――


こくりと、唾を飲み込む。


――現実は、どっち……?




口端が、上がっていくのが分かる。

目元が、緩んでいくのが分かる。


顔を上げれば、心配そうな翔太が私を見下ろしていて。

ごめんね、という意味でにこりと笑う。


「ありがとう、翔太」


こんな私を、好きだと言ってくれて。

こんな私に、いなくならないでって言ってくれて。



いきなり笑いかけられた翔太は、唖然とした表情のまま由比を見下ろしている。

その姿に、由比はあたりまえだよね、と心うち呟いて一歩後ろに下がった。

肩に乗っていた翔太の手が、支えを無くしたように下りる。

由比はそれを見ないように、くるりと背を向けた。

水道の蛇口を捻って泡の消えかかった手を洗い流すと、タオルでそれを拭う。


「圭介さんに謝らなきゃね。まさか、そんな意味だとは思わなくって」

「由比?」

そう言って歩き出せば慌てたように腕を掴まれて、由比の足が止まった。

振り返れば、焦ったように自分を見る翔太の姿。

「ごめんね、翔太。心配かけちゃったね」

「ちょっと待って、由比……」

口を開こうとする翔太の言葉を遮るように、笑みを浮かべた。

「私、考えすぎちゃうの悪い癖なんだよね。ダメだなぁって思ってるんだけど、」

掴まれていない手でぽんぽんと翔太の腕を軽く叩くと、するりとその手が外れる。

「本当に、分かってくれた? 俺達にとって、由比は……」

「家族って言ってくれて、ありがとね。心配してもらえて、本当に嬉しい」

言葉尻を受けるようにそう続ければ、少し安心したように翔太が息を吐く。

「本当に?」

それでも疑いが全く晴れたわけじゃないようで、伺うように問われた言葉に深く頷く。

その態度に力が抜けたように、ふにゃりと翔太が笑った。


「よかったぁ。由比が元気になってくれて」

それは、母親や親しい人に向ける安堵の笑みで。

少し心に引っ掛かったけれど、由比は表情に出すこともせずもう一度謝りの言葉を口にした。

「心配かけちゃってごめんね? さてー、圭介さんに謝ったら食べに行くぞー!」

食器を洗いに来て、二十分くらい。

外にいる皆をほったらかしにしている手前、ちゃちゃっと謝って戻らないと。


「なんかほっとしたら、お腹すいてきちゃった」

部屋のドアを出ながらお腹に手を当てれば、くすりと笑う翔太の声。

「ずっと気にして、よく食べれなかったんだろ? まだ何かしらあるだろうから、いっぱい食べよ。なければ、溝口センセをコンビニに派遣」

「何それ。護さん何者?」

「都築さんに言ってもらえば、なんにでも変身?」

疑問系で断定する翔太に、そうだねと笑いかける。



外に出れば、楽しそうな声が響いてきて。

神野のおばちゃんの声がするって事は、アパートの人も参加してるみたい。

そんな事を話しながら、圭介さんがいるドアを開ける。


玄関を入れば、中から物音。

翔太を見れば、一緒には来るつもりはないらしく、目線で促された。

それに頷いて玄関をあがれば、数歩で辿り着く台所のドア。

ゆっくりと中に足を踏み入れると、奧の和室、畳の上に上半身を起こしてこちらを見る圭介さんの姿を見つけた。

驚いたように目を見開いていて。


「圭介さん」


呼びかければ、やっと意識が現実に戻ったかのように飛び起きた。

「由比さん! その、今日は……」

そう言い掛ける圭介さんの言葉を遮るように、由比は口を開いた。

「今日はごめんなさい。翔太に聞いたの。桐原主任の事で、私を気に掛けてくれていたって。本当に、ありがとう」

謝罪と、そしてお礼を。

圭介は少し息を呑んで口を噤むと、頭を振った。


「私こそ、ごめん。許してくれて、ありがとう」

ほんわりと笑みを浮かべてくれる圭介の姿に、ちくりと胸が痛んだ。


“お兄ちゃん”


翔太が言った、言葉。

自分が言った、言葉。


偽の関係だとしても、家族として大切にしてくれる存在。



「ありがとう、お兄ちゃん」



由比の視界が、唐突に霞がかった。

圭介が、視界から消える。


感情を、押し込める。

消せないのなら、浮かび上がる事のないほど深い場所へ沈めて。

私は、今だけここにいさせてもらっている、ただの隣人。

今が楽しく過ごせれば、それだけでいい。

温かいその場所は、今だけなんだから。


求めすぎたその手を、下げなければ。

全ての感情を、曖昧に。


なんとか笑顔だけは保ちながら、由比は自分の意識が急速に冷えていくのを感じていた。

お礼を再び口にすれば少し柔らかくなった圭介さんの声音に、ふっと体から力が抜ける。



――現実は、どっち?



そして重ねるようにさっき自分に問いかけたその答えを、噛み締めるように心の中で呟いた。



――ここは、現実じゃない……



ストック終了ですm--m

今週は更新が難しいと思います。

お待たせいたします事、申し訳ございません。

                篠宮 楓

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