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この位なら、許せる範囲だろ。
翔太は由比を宥めながら、心中では圭介に対してそんなことを考えていた。
ここ最近、圭介の態度がおかしい事に翔太は薄々感づいてはいた。
由比に好意を持っていると言っておきながら、全く変わらない態度でずっと接していた圭介。
そう……優しい無害なお兄さんキャラを由比の前では見せていたはずなのに、その視線に入り込んできた焦がれた色。
ほんわり柔らかかった視線は、抑えきれないように感情の込められた色をたまに見せる。
それに由比が気付いていないみたいだったから、圭介の変化のきっかけがよくわからないままだったけれど。
だからさっき桐原が圭介を問い詰めたのは、ある意味翔太にとって助けでもあったのだ。
まぁ今日桐原を見る圭介の視線が、理由を雄弁に語っていたけれどね。
そこまで考えて、翔太は内心くすりと笑う。
要するに、今まで圭介は翔太と同じ土俵に上がって無かったって事だ。
由比を好きだとか言いながら、何をするでもなく兄という立場で接して来ていた。
由比がそれを望んだから行動に移せなかったっていえば、そーかもしれないけどさ。
それって、俺を馬鹿にしてねぇ?
俺も由比が好きなのを知っていても、動じなかった癖に。
桐原に対しては、あんなになるとかさ。
俺の存在は、焦るものでもないってか。
いいぜー、そういう態度なら俺だって意地悪しちゃうからなー。
「お兄ちゃん……」
ぽつりと呟いて目を伏せる由比に、かぶせるように口を開く。
「俺だって守ってもらってる。由比だけじゃないよ? 圭介は、俺達のお兄ちゃんだろ?」
前進なんかさせねぇ。
その立場から、あがけよな。
やっと、今、同じスタートラインなんだから。
かといって、由比がこんな状態なのは嫌だから、憶測ではあるけれどほとんど正解だろう理由を伝えて、安心してもらおうと考えた。
由比は翔太の言葉に唇を噛み締めると、そっか……と呟く。
「迷惑、かけちゃったんだね。なんの考えもなしに、主任達を呼んじゃって」
由比らしくもない後ろ向きな受け止め方に、驚いて身体を離した。
「え、そうじゃないよ」
肩に手を置いて、由比と向き合う。
「由比の会社の人達と会えたの楽しいし、俺達の知らない会社での事を聞けたのも嬉しかったよ? 少なくとも俺達は、今日食事会ができて楽しかった」
「……そう」
全く信じていない由比の態度に、翔太は困ったように首を傾げる。
「いや、まじで。溝口センセにしてみりゃ、最高だったんじゃねーの?」
その言葉に強張ったままだった由比の表情が、微かに緩んだ。
「桜に会えて?」
「そうそう。なんか今日は、溝口の為にあった食事会の様な感じがしてきたよ。俺達も楽しかったけど、溝口のはしゃぎようは学校では見ないものだった」
心底しみじみと伝えれば、由比がくすりと笑う。
「私も護さんと話せて、凄く楽しかった。もちろん翔太と圭介さん、それに皆と遊べて嬉しかったし。ただ……」
「ただ?」
言いにくそうにしている由比の言葉を、促すように言葉尻を繰り返す。
由比はもう一度、ただ……と言い直すと小さく息を吐き出した。
「私、圭介さんにも翔太にも甘えすぎだって……反省したの」
翔太は由比の顔を覗きこむように、状態を屈めた。
「何言ってるのさ、由比。俺的、もっと甘えて欲しいんだけど」
圭介ばっかじゃなくて、俺も頼りにして欲しい……そう言いそうになってなんとか喉元で止める。
今は、こっちから圭介の名前を出さない方が、得策みたいだと翔太は判断した。
それ程、由比の雰囲気が固かった。
圭介に見られるだけで、ここまで深く考える由比の姿に微かな焦燥を感じる。
圭介にとって俺が焦る対象じゃないのと一緒で、由比にとっても深く悩む程影響のある奴じゃない。
そんな事、気付きたくなかったなと自嘲するように内心呟いて、意識を切り替えた。
「ずっと言ってるけど、俺、由比の事好きだからさ。頼られると嬉しいし、甘えられれば頬が緩む」
殊更おどけた様に笑えば、由比は悲しそうな表情のまま目を細めた。
「……二人に余計な心配をかけちゃって。本当に、ごめん」
翔太はその言葉を聞いて、自分の失敗を悟った。
圭介の視線の意味、違う理由にすればよかったと。
かといって、他に誤魔化す理由とか思いつかないから仕方ないけど。
「そんなこと言ったら、俺達どんだけ由比に甘えてんだよ。食事関係、全部由比まかせなんだよ? 隣人の域、越えてるって」
「それは、私が押し切ったから……」
「いや、喜んで押し切られるし」
そう断言して、由比と目を合わせる。
「家族だって、圭介も言ってたろ?」
「……それは、でも」
「家族が、家族のことを心配するの、当たり前だろ? 由比は、俺達のこと心配してくんねーの?」
重ねるように言葉を続ければ、由比は小さく頭を振った。
「でも、重荷に感じて欲しくない」
「重荷じゃないし。ていうか、由比には俺達って重荷なのか?」
「違うっ」
小さく叫ぶと、由比は顔を伏せてしまった。