23
由比の部屋へと入って行く翔太の後姿を見ていた圭介は、桐原の抑えた笑い声に引き戻された。
顔を向ければ、面白そうに笑いを堪えていて。
思わず眉間に皺を寄せれば、桐原は笑いをおさめて口端を上げる。
「ホント、あんたでもポーカーフェイス崩れんだな。ちゃんと謝れよ、上条、可哀想なくらいびくびくしてたから」
圭介はその言葉に、困惑したように視線を迷わせた。
「そんなに、ですか」
確かに、避けられているとは感じていたが、怯えさせていたとは……。
自己嫌悪に陥りそうになりながら、圭介は桐原を見つめた。
「別に、他の奴らはそこまで気がついちゃいないと思うけど。ほら。俺は、上条が好きだから」
「……」
圭介の視線が、険を含む。
その変化に桐原は我慢できないとばかりに、腹を抱えて笑い声を上げた。
「感情って、そうそう抑えられるもんじゃねーんだな。振られたって、俺は上条がまだ好きだ。いけないか? ってかさ、振られた俺にそこまで分かりやすい視線向けられても、反対に笑っちまうんだけど」
甚も簡単に自分の気持ちを口にする桐原を、圭介はじっと見据える。
暗い、感情。
桐原に対する、嫉妬心。
噴出しそうな気持ちを、なんとか表情の下に押し込めて。
「人の気持ちは、自由ですから。私が何か言える立場では、ありません」
「教師的模範解答を、どーも。そうだな、自由だからな。でもさ、そう言えるなら、……なぁ遠野」
桐原は笑みの消えた顔で、圭介を見据える。
「くだらない嫉妬で、上条、怯えさすなよ」
いいたい事はそれだけだ、と続けて桐原は圭介に背を向けた。
「あぁ、でも――」
そうしてアパートの階段を降りようとした時、思いついたように桐原が顔だけこちらに向ける。
「同い年だってのにいやに達観してやがると思ってたから、今日は人間臭くてけっこう愉快だったけど。俺にしてみれば」
それ以上は何もいわず、階段を降りていった。
庭へと歩き去る足音が聞えなくなってから、圭介は部屋へと戻った。
仮に由比が部屋から出てきた場合、廊下に自分がいるのは得策ではないと考えたからだ。
庭に面した和室に入り、ごろりと畳の上に寝転がる。
「怯えさせてた、か」
ぽつりと呟いて、溜息をついた。
今日は朝から、由比に避けられているという自覚があった。
話しかけても、傍にいても、どこか態度が素っ気無い。
それが自分の所為だったとは、気がつかなかった。
ぎゅ、と瞼の上に手の甲を押し当てる。
怯えさせたかったわけじゃない。責めていたわけでもない。
ただ、由比を求める気持ちが、桐原の存在で強くなっていた。
どうしたら、由比を自分のものにできるのか、そんな事を考えていた。
だからここ最近、つい向けてしまっていた恋情を、由比は感じ取って……怯えさせてしまった。
昨日は普通に笑ってくれていたのだから、なんらかのきっかけで、今朝気がついてしまったんだろう。
翔太からの好意を、本当の意味ではないにせよ笑って受けとめる由比。
桐原からの好意を、受け入れられず泣いていた由比。
どちらに対しても、由比はちゃんと気持ちを相手に見せているのに。
受け止めて、答えを返しているのに。
自分からの好意に対しては、怯えられる。
向けるその気持ちから、逃げられる。
「私は、恋愛対象外でいた方がいいんだろうか」
家族ごっこの範疇で。
由比の望む、優しい兄であった方がいいんだろうか。
ふ、と。
泣いていた由比の姿が、脳裏を掠める。
微かに痛んだ胸を片手で押さえて、圭介は深く息を吐き出した。
自分を、見て欲しい。
自分だけを見て欲しい。
由比の望む兄の立場で、彼女が幸せになるのを見ていたくない。
圭介はもう一度息を吐き出して腹筋に力を入れると、ぐっ……と身体を起こした。
立てた膝に、肘をついて頬をのせる。
見つめた視線は、すぐ傍の壁……の向こう。由比の部屋。
その目は、今までに自分でも感じた事のないほどの熱を孕んでいて。
「おにいちゃん……、ね」
さっき、お兄ちゃん、と自分を呼んだその声が脳裏を掠める。
自嘲気味な笑みを浮かべて、何かを吹っ切るように息を深く吐き出した。
「……ごめん、由比さん」
由比がどんなに望もうと、それは叶えてあげられない。
「……好きだよ」
俺の腕の中で、大切にしたい――
桐原を牽制しようとして、反対に煽られた圭介の図(笑
ていうか、書くのが恥ずかしかった><