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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第5章 手を伸ばして、君が求めたものは。
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22

「で。なんかしたの? 圭介さんてばー」


明らかに挙動不審な由比が部屋に入ったのを見届けてから、茶化すように桐原が口を開いた。

圭介は口調とは裏腹などこか探るような真剣な桐原の視線に、自ずと表情が硬くなる。

「いえ、何もしてないんですけれどね」

丁寧な口調だが、声はいつもより低い。

圭介はゆっくりとそう口にしながら、桐原を見据えた。


由比さんの感情を揺さぶった、男。

何を、したのだろう。

自分では、由比の感情を揺さぶることはできない。

温い居場所を作ってやれても、距離は近くも遠くもない。中途半端な立ち位置。


そんな事ばかり、桐原を見ると考えてしまう。

どれだけ由比が思考の中心にいるのか、今日は思い知らされた。

妹だと、そう最初は思っていたのに。



桐原はそんな圭介の態度を訝しげに見遣りながら、ゆっくりと歩を進めた。

それは大きな声で話せば、由比に聞こえてしまうからと言う配慮だろう。

大人気ない様子だった過去を思えば、いくらか改善したんだろうか。

「あんた、今日はずっとおかしいぜ? 上条もだけど、遠野の態度もすべからく変」

「変、て」

眉を顰めて圭介が繰り返すように呟けば、桐原は鼻で笑う。

「気付いてねーのかよ、その目付き」

「……目付き?」

圭介は訳が分からないとでも言う風に、眼鏡の奥の目をすっと細めた。

その仕草に、桐原は仕方が無いとでもいう様に溜息をつく。

「さっきから鸚鵡返しみたいだな。つーかさ、あんた上条に対して恋愛感情持ってなかったんじゃねーの? そう俺に、前に言ったよな?」

その言葉に、圭介の脳裏に過去の記憶が掠める。


「……過去は振り返らない主義です」


覚えはあるものの桐原相手に肯定するのも癪に障って、圭介はそう呟いた。

「へぇ? 否定しないわけか」

桐原はそんな事はどうでもいいんだけど、と言葉を続けた。

「俺に対する視線と、上条に向ける視線。他の奴らに対するものと違いすぎて、いい加減頭に来るんだけど」

「視線?」

桐原の指摘に、圭介はふと顔を上げた。

確かに先だって見かけた仲の良い二人に、嫉妬を覚えたのは認める。

そして、桐原に対して今日は牽制の意味も込めて、周りにばれない程度に見ていた事も。

けれど……

「由比さんには、何もしていない、が」

見ていたとは、思う。

けれど、そこに桐原を見るような嫉妬心や、責めるような意味を持たせてはいないが。

ただ朝から様子がおかしい気がして、気がつくと目を向けている事が多いのは否めない。


「つーかさ。本当に、なにもしてねーの?」

確認するような桐原の言葉に、圭介は端的に是と答える。

「していません」

「ホントかよ、圭介」

圭介に被せるように、少し高めの声が入り込んできた。


声がした圭介の背中を見ると、ドアとの隙間からひょっこりと翔太が顔を出す。

「どこから顔出してんだ、翔太」

桐原が呆れたように息を吐き出せば、圭介の背中を押し退けるようにして翔太が廊下に出てきた。

「仕方ないじゃん、ドアの前にでかいのが立ってんだから」

「口が悪い、翔太」

咎めるような口調の圭介を流して、翔太は廊下の柵に背をつけた。

「俺もさー。どう考えても、何かあったと思えるんだけど。ねぇ? 桐原」

「同意はするが、お前年上呼び捨てかよ。くそガキ」

「うるさいねぇ、おっさん」

今はそこが問題じゃないんだよと言い放って、圭介を見上げた。

「それとも、気に掛かることでもあるの? 何か物言いたげな視線をずっと向けてるから、由比が気にしちゃってるよ?」

「え?」

思っても見ないことを言われて少なからず動揺した圭介は、思わず由比の部屋に行こうとして翔太に止められた。

「何しに行くの」

至極当たり前な質問に、微かな苛立ちを覚えながらも圭介は立ち止まる。

「何って、誤解を解きに……」

「圭介」

翔太は言葉を遮るように、呆れ返った声を上げた。

「俺が行くから、今は止めときなよ」

「なぜ?」

怪訝そうに見下ろしてくる圭介の背中を叩いて、翔太は柵から背を離した。


「圭介に怯えてるのに、いきなり本人行ったら驚くだろ? この後、由比は皆の所に戻るんだからさ。後にしときなって」

圭介は翔太に言われた事を反芻して、そして溜息をついた。

「分かった」

圭介がそう呟くと、翔太は笑みを浮かべてぽんぽんと背中を軽く叩いた。

「圭介でも、自分を抑えられない時ってあるんだなー。なんか、知らない一面を見た気がする」

軽い口調で圭介を茶化すと、翔太は由比の部屋へと入っていった。



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