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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第5章 手を伸ばして、君が求めたものは。
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怒られない範囲で桜の情報を漏洩しながら帰ってきたら、にこにこと上機嫌な孝美さんがカンテラ型の電燈をいくつか持ってきてくれた。

お礼を言ったら隣に立つ護さんの筋肉を賛辞しながら、戻っていったけど。

ちなみに、ここの大家さんである孝美さんのご主人は、護さんより筋肉質な方。

いや、この紹介の仕方もどうかと思うけど、あの体格で内勤って外見詐欺だと思う。

設計事務所の設計士さんだけど、どちらかと言うと現場の方が似合うんだよね。

そんな筋肉……じゃなかった、ご主人の趣味はアウトドア。

それ故にタープやカンテラを貸してもらえたり、ここにウッドテーブルセットを設置してくれたりするわけです。


いい人!

孝美さんのご主人!


……さっきから名前を呼ばないのは、すっかり忘れたからじゃないからね!






「あ、ちょっとお皿片付けてくるね」

桜と一緒に蚊取り線香に火をつけていた私は、テーブルの上に使い終えた食器が横に重ねられているのがに気がついて腰を上げた。

「手伝うわよ」

蚊遣りブタが可愛いと護さんと話していた桜が立ち上がってくれたけれど、それを片手で制して遠慮する。

「いいのー、今日は皆にご馳走する側なのですからね。桜もお客様。護さんと話してて」

ね? と笑えば、桜よりもその後ろで座ったまま私を見ていた護さんの方が嬉しそうに親指を立てて喜んでいるのが楽しい。

それでも渋る桜を再度押し留めると、空いたトレイに食器を載せて私は自分の部屋へと向かった。




「上条」


部屋に上がる為にアパートの階段へと向かっていた私は、くんっ、とシャツの裾を引っ張られて足を止めた。

持っていたトレイを揺らさないように両手でバランスを保ちながら、顔だけ斜め後ろに向ける。

そこには、桐原主任の姿。

「桐原主任、どうしたんですか?」

わざわざ呼び止められた意味が分からずに、体ごと桐原主任と向かい合った。

街灯はあるけれど丁度光の届きにくい場所にいる所為か、薄暗い視界で桐原主任が少し戸惑うように首の後ろに手を当てて口を開く。

「上条、お前、どうした?」

聞かれた言葉に、思わず聞き返す。

「どうしたって……、何がです?」

それよりもトレイ重たいんですけど……とそれを持ち上げると、何も言わず奪い取られた。

「上に持っていけばいいんだろ?」

そう言うと、さっさとアパートの階段へと歩き出してしまった。

「え、私持てますからいいですよ!? ちょ、桐原主任?」

慌てて追いかけたけれど、桐原主任は私の言葉なんて聞く事もせず階段を上って行く。


「桐原主任! 止まってくださいって!」

階段を上りきった所で、なんとかトレイを持っていない左腕を両手で掴んだ。

やっと足を止めた桐原主任は、小さく息を吐き出すと顔をこちらに向けた。

「――まぁ、ここでもいい。それで、何があった?」

「だから、何も……っ」

そう言って顔を上げれば、桐原主任の心配そうに私を見る視線とかち合う。

アパートの入り口にある街灯の明かりが辛うじて届いているだけのこの場所は、どうしても視界が暗い。

その中で、目を細めて心配そうに私を見下ろすその表情に、なぜか胸の辺りが締め付けられた。


思わず右手で胸を押さえながら、視線を逸らす。


ダメ、だ。

過敏になりすぎてる、私。

分かってるのに……



「由比さん?」


びくり、体が震えた。

突然かけられた声は、桐原主任の向こうから。

丁度開いたドアから顔を出したのは――

「圭介さん……」

ほんわかとした笑みを口元に浮かべた、圭介さんの姿。

いつもの優しい声音で、私を呼ぶ。

圭介さんはドアを開けたまま傍に来ると、桐原主任の手にあるトレイに気がついた。

「あぁ、食器を持ってきてくれたんですね」

そう言って、ひょいっとそれを手に取る。

「悪いな」

桐原主任が短く謝ると、いいえ、と答えて私に視線を向けてくる。

いつもどおりのほんわか圭介さんなのに、目を見る事が出来ない。

何か言わなくちゃと逡巡している間に、圭介さんは出てきたばかりの部屋に戻るべくドアに手を掛けた。


「由比さん、洗い物は私がやるから皆の所にいるといい。せっかくなんだから」

その言葉に、私は逸らしていた視線を上げた。

「あ、ううんっ。自分でやるから! ごめんなさいっ」

慌てて桐原主任の横をすり抜けて、圭介さんの持つトレイに手をかける。

「ただでさえ迷惑かけてるのに、これ以上は」

そう言って、ぎゅ、とトレイの両端を握り締めた。

揺れたトレイの上で、食器がかちゃかちゃと軽い音を上げる。


「由比さん? 迷惑なんて、そんな事……」

圭介さんの戸惑ったような声に、鼓動が早まる。

それを押さえ込むように口をぎゅっと噤んでから、いつの間にか乾いた喉で唾を飲み込む。

「いいから、自分でやるからっ」

捲くし立てるように叫べば、圭介さんの手から力が抜けた。

その隙にトレイを引き寄せると、笑みを貼り付けて顔を上げる。


「ごめんなさい、大声出して。これ以上、妹は迷惑を掛けたくないのですよ。お兄ちゃん」

誤魔化すように笑えば、圭介さんは困ったような笑みを浮かべて目を細める。

「迷惑じゃないんだけどな。うん、まぁ、それじゃお願いします」

「うんっ。桐原主任も、戻ってて下さいね!」

そう言い放つと、返事が来る前に自分の部屋へと駆け込んだ。




ばくばくと、心臓が早鐘を打つ。

なんとかサンダルを脱いで、台所に辿り着いた。


トレイをテーブルに置くと、力が抜けたように床にへたり込む。


圭介さん、普通だった。

朝みたいに、私を見ていない。

……なのに



ぎゅっ、と目を瞑る。


これ以上、嫌われたくない。

これ以上、負担に思われたくない。

傍に、いて欲しいのに。

温かいあの空間に、いたいのに。



圭介さんを目の前にすると、怖くて逃げ出したくなる。

あの笑顔の下で、もしかしたら私を邪魔に思っていたら――



もう、自分が、分かんない。

わたし、どうしたいの?



こんな、思わせぶりな行動を起こして。



自分が、恥ずかしい――


もう少し、由比のいじいじが続きます。

なんだかもー、すみませんm--m

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