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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第5章 手を伸ばして、君が求めたものは。
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19

桐原主任は片眉を微かに上げて、すぐいつもの表情に戻った。


「どーも」


ぶっきらぼうだけど、前のような不穏な空気はそこにはない。

どちらかといえば、圭介さんの方がおかしな雰囲気を纏っていた。


「今日は由比さんと色々作りましたよ? お口に合えば嬉しいですね」

にこりと笑うその表情も、何か強いものを感じる。

桐原主任は特に動じることなく、そりゃどーも、とやはりぶっきらぼうな言葉で返答した。

「桐原さん、こんにちは」

すると皆川さんと工藤主任と共に、翔太が傍に寄ってきてばしりと桐原主任の背中を叩く。

「由比の隣にいるとか、凄いムカツクから離れてね? 桐原さん」

目を丸くする皆川さんと工藤主任を他所に、そのままばしばしと背中を幾度か叩いた。

「いてぇよ、翔太」

思わず前のめりになった桐原さんは、がしりと翔太の頭を掴むとそのまま皆川さん達に視線を向ける。

「こいつ腹黒だから、可愛くねーから。絶対お前ら騙されてるから」


おぉ、腹黒翔太を暴露しちゃったよ。


けど皆川さんはぺしりと桐原主任の腕を叩き落すと、翔太をひっぱって後ろに庇う。

「こんな可愛い子捕まえて、何いってんのかしら。この無表情主任」

「いやだから、お前騙されてるってば」

桐原主任の言葉を信じない皆川さんは、ますます眉間に皺を寄せて桐原主任を睨み上げた。


「大人気ないわねぇ。あんた、まだ上条さん諦めてないの? 隣の子敵視とか、なっさけなー」

今度はこっちから爆弾投下ですか!

半目で桐原主任を見る皆川さんの後ろから、翔太がニヤニヤと顔を覗かせているけれど見て見ぬ振りをしよう。

ここはさっさとご飯になだれ込ませた方が、身の安全が確保されるような気がするよ。


「なんだか楽しい事になってるわねぇ」

「っ、桜」


いきなり横から話しかけられた私は、思わず後ずさる。

すると軽い音と衝撃と共に、ふわりと匂う……いや、臭う、男の……いや汗の臭い。

顔を上げれば、丁度真後ろにいたらしい溝口先生に体当たりしていたところだった。

「あ、溝口先生。すみません」

そう言いながら離れれば、上機嫌な溝口先生が首を振る。

「いいよー、別に。ていうか、ゆいさんも名前呼びしてくれていいのに」

「溝口?」

「うーわー、すげー微妙」

呼び捨てにしたら、口を引き攣らされてしまいました。

まぁ、さすがに溝口はないか。

「じゃ、護」

「まさかの、名前呼び捨て!」


ダメだ、楽しい溝口先生ってば!

非難するような口調だけれど、面白そうに笑っていて。

圭介さんの雰囲気に少しびくついていた私は、溝口先生に掬い上げてもらえた。

落ち込みそうな、感情を。


隣で話を聞いていた桜が、くすくすと笑いながら私の頭を撫でた。

「由比は、随分溝口さんに懐いているのねぇ」

「会うの二回目だけどね!」

「二回目で、呼び捨てだけどね!」

溝口先生と言い合いながらにへらっと笑うと、そう、と桜が目を細める。

「でもせめて“さん”は、つけた方がいいと思うわよ?」


え、そりゃそーだよね。

いや、つける気ではいるけどなぜそこに突っ込むの?

不思議そうな顔をしていたのだろう。

桜が少し後ろを振り向いて、くすりと笑う。


「溝口さんが、無事に今日を終えられる為にはね?」

その言葉に桜の視線を辿ったけれど、別に桐原主任や圭介さん達がこっちを見ているだけで何の怖い事もない。

「なんで?」

視線を戻して首を傾げれば、桜に頭を撫でられ。

見上げてみれば、溝口先生が引き攣った笑いを浮かべてる。


「何なの? どうしたの?」

重ねて問いかけたら溝口先生が口元に拳を当てて、くくっと噴出した。

「ゆいさん」

「はい?」

「実は漢字も知らず、苗字も知らないんだけど」

「へ?」

そういえば、まともに自己紹介してなかったかもしれない。

アパートには、表札出してないし。

「上条 由比です。由比ヶ浜の由比」

その言葉に、少し珍しそうな顔をしてふぅんと頷く。

「じゃ、由比。ね? 呼び捨てでよい?」

楽しそうに問いかけてくるから。

「いいですよ?」

なんたって一番年上ですしね、この中で。


「じゃー、由比も俺の事、護って呼ぶ?」


え。

「いや、さっきのは冗談……」

さすがに、下の名前呼びは……

そう伝えようとしたら、溝口先生は桜に視線を移した。

「だから桜さんも、そう呼んで」

……あ、そういうことね。

戸惑っていた気持ちが、途端綻ぶ。

ホント、溝口先生って凄いなぁ。


桜は、どうするの? という顔で、私を見ていて。

にやりと笑って、溝口先生を見上げた。

「じゃ、呼んじゃいますよ! 護さんっ!」

「おうっ、呼んでしまえ。由比!」

そしてワクワクしながら桜を見れば、呆れたように笑みを浮かべた。

「あなた達、親戚? ってくらい、意気投合ね。でも」

そう言って、溝口先生……改め護さん、を見た。

「私、結構な性格してますけど。それでもいいのかしら。幻滅するかもしれませんよ?」

挑戦的に細められた目に、護さんはほんの少し驚いてでもすぐににやりと笑った。

「今の状況を楽しんでるなら、そーなんだろうなぁ。でも、そっちの方が面白い」


あれ? 天使な桜に一目ぼれしたのでは……


桜は口端を上げて、そう、と一言呟いた。

「護さん、でいいのね? 私は桜。よろしく」

で、さっそくだけど……と、桜は言葉を続けた。

「頑張ってくれたのは分かるけど、結構芳しいわよ。体臭」

「え」

それまでにこやかに笑っていた護さんの顔が、固まった。


一瞬の後、弾かれたように顔を上げる。

「圭介! シャワー借りるぞ! せっかくの恋愛フラグがへし折れる!」

「……どうぞ」

呆気に取られたように頷いた圭介さんを横目に、護さんは一直線にアパートの階段へと走っていった。


「さすが体育教師、陸上部顧問。足、はやー」


感心したように呟く翔太の声に、なぜか桜達が足の速さだけじゃないところも納得とでも言うように頷いていたのが面白かった。


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