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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第5章 手を伸ばして、君が求めたものは。
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15

「溝口先生、いい筋肉してますわねぇ」

「へ? そ、そうですか?」


開け放っている窓から庭にいる溝口先生と、日除けにとタープを持ってきてくれた孝美さんの声が聞こえてきた。



午前中迎えに行った溝口先生は、なぜか大きい紙袋を手に駅で待っていた。

飲み物とかそういった差し入れ的なものなのかと思って聞いてみたら、タオルと着替えと紙袋を開けて見せてくれた。

……うん、下着が見えたのは忘れよう。

せめて別に袋に入れるか、着替えで包んでくださいね。

詰めが甘いね、溝口センセイ。


そんな事を内心考えながらどうして着替えなんか……と聞いたら、遠野先生のご指示ですと言った……あとに圭介さんから冷気攻撃を受けてました。

圭介さんは笑いながら「力仕事を主に引き受けてくださるらしいですよ、由比さん。さすが体育教師ですよね」と、バリッバリの敬語で威圧感醸し出していました。

なんか……、圭介さん最強……。




そんなこんなで買い物も済ませて、昼ご飯を食べた後、手分けして食事の準備をしているわけなんですが。

溝口先生は圭介さんが言ったとおり力仕事を一手に引き受けてくれて、今はウッドデスクセットの掃除と日除け用のタープの設置をしていてくれる。

暑いのかタンクトップになった溝口先生は、確かに素敵な筋肉だった。

むきむきじゃないけど、ある程度ついた筋肉と引き締まった体は、圭介さんとは違う男らしいというか男くさいと言うか。

つんつんしている髪の毛が、余計幼さを醸し出しているというか。

人の良さそうな顔と、屈託のない笑み、明るい性格。

うん、すみません。三十歳に見えません。

圭介さんより、年下に見えますよ。



「さすが体育の先生。学生の頃とか、何してたんです?」

「え? 部活っすか?」




孝美さんの質問攻撃は止まることなく、聞いているのは面白い。


私はすこし引き加減の溝口先生の返答を聞きながら、グリルで焼いていた鶏肉を取り出してそぎ切りにしていく。

玄関のドアも開けっ放しで、さっきからひっきりなしに翔太が出入りしていた。

そんなことを考えていたら廊下を歩いてくる足音が聞えて、顔を伏せたまま翔太が来たのかなと思っていたら。



「由比さん、こっちの方もうすぐ終わりそうだけど、あと何かすることある?」

「……っ」

思わず、肩が揺れてしまった。

入ってきたのは、圭介さんだったらしい。

強張った表情をなんとか普通に戻しながら、私は顔を上げた。

そこにはエプロンをしている、圭介さんの姿。

下ごしらえを全て終えていた食材を渡して、圭介さんちの方で煮込んでもらっていたのだ。

あとあまり手間の掛からないサラダと。

少し怪訝そうな表情の圭介さんを見上げて、私は笑みを作る。



「え、とね。そうしたら、もうそろそろ食器とか下に持っていってもらってもいい? あと一時間くらいだし」

クーラーボックスを孝美さんに貸してもらっているから、飲み物とかももう持っていっても大丈夫だろうし。

「持って行くのは別にいいけど、まだ終わってないみたいだし、手伝うよ? 皿に並べていけばいいんだよね?」

圭介さんは私の手元にある切り分けられたままの鶏肉やハム、サンドウィッチの具材に手を伸ばした。

「あ、えっと!」

それを見た私は、思わず声を上げて制してしまう。

「? どうかした?」

伸ばしていた手を止めて、圭介さんが不思議そうに私を見た。


それはそうだろう。いきなり止められれば……



咄嗟の行動とはいえ、どうしようと頭がぐるぐるしていたところに、翔太が駆け込んできた。


「うぉーい、……て、あれ? どしたの?」

手に菜ばしを持ったままの翔太は、私達の間を交互に視線を走らせてから傍に立った。

「溝口センセが、もう下の準備は終わったって。そろそろ持ってく?」

その言葉にうんうんと頷いて、圭介さんを見上げる。

「ってことなので! こっちは大丈夫だから、お願いします」

なんとか笑顔で押し切ると、圭介さんは少しだけ目を細めてからいつもの笑顔で頷いた。

「そうだね、どんどん持っていかないとテーブルがいっぱいになってしまうかな」

「うん」


そのまま圭介さんを見ていられなくて顔を伏せると、鶏肉を切り始める。


「由比、切るのへたー」

翔太は空気を読んでいるのかまったく気付いていないのか、菜ばしを置くとそばにあったナイフを手に取った。

「絶対、俺の方が上手いね」

翔太の突然の行動に呆気にとられていた私は、我に返って口を尖らせる。

「私の方が上手いわよ」

言い合いながら鶏肉を切り分け始める。

と言ってもそんなにないから、すぐに次の食材に手を伸ばして。


「圭介、由比と勝負がついたら俺も運ぶから」

翔太がナイフを持ったまま、圭介さんに声を掛けた。

「あ、あぁ」

それに返す声に、私も顔を上げる。



……っ


目が合った途端、感じる、その視線。

何か、意味を持っているような視線。



怖くなって、目を伏せた。


「圭介さん、お願いしまーす」


声が震えないように気をつけながら声を掛けると、了承の返事をして圭介さんは部屋を出て行った。

サンダルを履いて歩いて行く音が遠ざかると、ふっと体から力が抜ける。

思わず溜息をつきそうになって、それは喉の奥に飲み込んだ。



「ねー、由比」


すると隣の部屋に圭介さんが入ったのを見計らったのか、少し小さめの声で翔太が私を呼んだ。

「ん、えと、何?」

顔を上げて翔太を見ると、少し困ったような表情で私を見ていた。

「なんかあった?」

「何かって……別に何もないよ」

跳ねた鼓動を隠して即答すると、翔太はうーんと唸りながら手に持っていたナイフを置く。

「そ? だったらいいけどさ、なんか元気なさそうだったから。じゃ、俺も荷物運びしてくる」

「うん、ありがと」

包丁を持っていないほうの手を振ると、翔太は圭介さんの後を追うように部屋を出て行った。

その後姿を見送って、包丁をテーブルに置いた。



意識しないで、今日は皆に楽しんでもらうんだってそう決めたのに。

ダメだ。圭介さんを見ると、どうしても意識してしまう。

勘繰ってしまう。



嫌がられていたらどうしよう。

本当は、今日も嫌々だったのかもしれない。

仕方なく、付き合ってくれているのかもしれない。


圭介さんはそんな人じゃないって分かっているのに、悪い方向に傾いて行く思考が止められない。

私の、悪い癖。



「普通に、しなきゃ」


声に出して、戒める。



視線の意味を聞けばいいのは分かってるんだけど、その答えを聞くのが怖いから。




もう少し、もう少しだけあの優しさの中にいたい――



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