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きっと、それは  作者: 篠宮 楓
第5章 手を伸ばして、君が求めたものは。
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「明日ですねぇ、遠野先生」


食事会の話が出たのが先週。

昨日休みだった溝口が、わざわざ帰りに圭介のいる社会科準備室に顔を出した。

なんのようだと思ったら、ただ単に明日の確認だったようだ。

大雑把なのか細かいのかよく分からない溝口の行動に、圭介は纏めていた論文から顔を上げた。

珍しくジャージではない格好に首を傾げながら、ワードを保存して液晶画面を閉じる。


「お誘い頂いてから、もうわくわくして」


語尾に音符でもついてしまうような物言いに、本当にこの人は三十歳なのだろうかと首を傾げたくなる。

「そう言ってもらえれば、由比さんも喜びます」

にこりと笑うと、溝口はそりゃ楽しみですよと笑う。

「遠野先生のプライベートと、恋敵を見れるわけですから」

「……恋敵なら、会っていると思いますよ」

つい翔太の事を思って口から出た言葉は、溝口には聞えなかったらしい。

なんですか? と聞き返されて、いいえと曖昧に濁す。



溝口は不思議そうにしながらも、そういえば、と話を変えた。

「なんか新学期から赴任してくる予定の先生が三人もいるんだって。遠野先生、聞いてました?」

初耳の内容に、小さく頭を振って否定する。

「三人もですか。年度中に珍しいですね」

年度の初めならありえるだろう異動だけれど、私立とはいえ年度中の赴任は珍しい。

「三人とも臨時採用らしいですよ。図書室司書と英語の補助教員。あとうちに体育の補助教員」

臨時採用……、なるほどね。

その言葉に納得した圭介は、気になっていた溝口の格好に理由を見つけてぽんっと手を打った。


「もしかして、その方々が来ているとか? 今から歓迎会でも?」


溝口は圭介とは違って、同僚教師と飲みに行く回数が多い。

そういう時はさすがにジャージで行くわけもいかず、体育教官室に置いてある私服に着替えるのだ。

といってもポロシャツはそのまま、ズボンを替えるだけだが。


溝口は頷いて、腕時計に目を落とした。

「本来の挨拶は再来週らしいんですけど、今日三人で会ったらしくてそのまま挨拶に来たみたいですよ。あと二十分後に正門で待ち合わせなんですけど、遠野先生も少しだけ顔出しません? 俺も酒は飲まずに帰るつもりですから、適当に挨拶だけでも」

体育の補助教員がいるから、溝口も顔を出すつもりなのだろう。

酒を飲まずに帰る、それは明日の食事会があるからが理由に違いない。



圭介は飲み会への出席を断ってから、ノートPCの液晶画面を押し上げた。

「私はまだ仕事があるので遠慮しますが、溝口先生はたんまり飲んできてください。大丈夫です。飲んでても疲れてても寝ていても、ちゃんと使わせていただきますから」

にっこりと満面の笑顔で言い放つと、圭介は論文の続きを書くべくキーボードを叩き始める。

「敬語なのに、内容が全く敬ってないし! 俺、年上!!」

「残念です」

「どーいうこと?!」


まだ明るい陽が差し込む社会科準備室に、溝口の叫び声が響いた。







「ただいま」

圭介が帰宅したのは、夜八時。

もう少し早く帰れる予定だったのだが、思いの外、論文が進んで切りのいい所まで終わらせてきた。

これで、この後が楽になる。

「おかえりなさい」

帰ってきた声は由比のもので。

ここ二か月位で当たり前のようになってきた状況に、圭介の感情がほんのりと温かくなる。

「圭介遅い」

玄関をあがって数歩の廊下を歩けば、キッチンとダイニングがくっついた八畳ほどの部屋。

ご飯を食べる由比と翔太が、箸を止めて圭介を迎えた。

「ごめん、ごめん」

圭介は二人に応えると、翔太の頭をぽんと叩いてから自分の部屋として使っている和室へと直行する。

そこで服を部屋着に変えて、洗面所へと再び二人の後ろを通って歩いていく。

既にご飯を再開している翔太と、圭介のご飯を用意し始める由比。

その二人の姿は、まごうことなく家族の姿。



数日前願った自分の想いを、再び脳裏に描く。



――このまま。

このまま暮らしていければ……。



眼鏡を外すと、微かにぼやける視界。

もともと必要な時だけ掛ければ充分な、視力。

疲れた目を気にしながら小さく息を吐いて、蛇口をひねった。

手を洗って、ついでに顔も洗う。

それを拭いながら、目の前の鏡に映る自分を見た。


――それでも。


いつかつくだろう決着は、この関係を変えてしまうのは明らか。

せめてそれが三人にとっていい方向に進めるように、願う。

バラバラに、ならないように。

……もう、二度と、あんな思いはしたくない。



「圭介さん、どうかしたの?」

後ろからひょこっと顔を出す由比に少し驚いて、肩をびくりと揺らした。

ここ数日、桐原に揺さぶられた感情が、圭介を支配していて。

由比を見る視線に、違う色をのせてしまう。


それは、由比の望む感情ではないのは分かっているけれど……。


圭介はタオルを持ったまま、片手で由比の頭を撫でる。

「なんでもないよ、由比さん」


嬉しそうに自分の掌を受け入れる由比の笑顔に、幸せを感じながら。



苦い過去の記憶を、圭介は頭を振って追い出した。



アンケートへのご協力ありがとうございました。

結果報告はブログにて、させていただいております。

1位は「圭介と由比のデート」でした^^

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