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駅につく頃には皆川さんのテンションも幾分覚めていつもの感じに戻りながらも、工藤主任に手を引っ張られて帰っていった。
その後姿を見ながら、もしかして……とちらりと桐原主任を見上げると、あまり表情を変えないまま“見ての通り”と呟く。
「工藤の一方通行。皆川が全く気付かないのが、傍から見ていて面白いがな。あいつ、恋愛のれの字もないぞ今は」
へぇ、と呟く私の横で、桜が口元に指先を当てながら小さく首を傾げた。
「あら、そうなんですか? 私、てっきり皆川さんは桐原主任の事が好きなのかと思ってましたけど」
「それはない」
私は桜の言葉を遮るように断言する桐原主任を見上げて、もう一度視線を戻す。
「私も違う気がする」
私の言葉を桜は意外そうに聞きながら、問い掛けるように小首を傾げた。
その視線に、私はうーんと唸る。
こう、なんて言うの?
恋愛感情って言うか……。
その時、かちっと当てはまる言葉を思いついてぽんっと手を叩いた。
「なんかね、弟って感じ!」
「おい待て、上条。俺の方が年上だ」
半年くらいと続ける桐原主任を、私は一刀両断してみた。
「精神年齢」
「桐原主任、やっぱいいですよ」
さっきの一言で地味に主任を怒らせたらしい私は、強制的にアパートに送られていた。
あらあら~と笑って手を振る桜に卑怯者め……という視線を向けつつ、さっさと歩き出した主任の後を追い掛ける。
「この位の暗さなら、真っ暗になる前にアパートつきますから!」
ていうか、送られるとか借りは作りたくないんですけど!
そう主張したら、考え方がおかしいと突っ込まれた。
なんで?
それでも懸命に考え直させようと食い下がったら、突然桐原主任が足を止めて振り向いた。
真後ろを小走りに着いていっていた私は、鼻をしたたか主任の背中で打って思わず手で押さえながら睨みあげる。
主任は私の胡乱な空気に構いもせず、再び前を向いて歩き出した。
「お前ん家把握しとけば、行く時に俺があいつら連れていけるだろ?」
じんじんと鈍く痛みを訴える鼻を押さえながら、半ば諦めてその横を歩き出した。
一応気を使ってくれているらしく、歩調は同じなので疲れはしないけれど。
聞えないように息を吐き出しながら、桐原主任の言葉を頭の中で反芻する。
「別に主任がうちを把握しなくても、駅まで私が迎えに行けばいいんじゃないですか?」
駅から歩いて二十分くらいなんだし。
今日のレストランまで歩いたんだから、うちのアパートまでだって歩けると思うけど。
そう続けると、桐原主任は頭を振ってわざとらしく溜息をついた。
「俺の車は四人乗り。五人は乗れねーよ」
あ、車でくるんだ。
「その方が、帰りとか楽だろ?」
あぁ、まぁ今日の皆川さん見ちゃうとなぁ。
あれを駅までの道々でされると思うと、近所的に少し恥ずかしいかも。
「もし手伝いが必要なら、先に皆川や都築を連れてきてもいいけど。俺らも役に立つなら手伝うが……」
皆川さんの今日の状態を思い出して考え込んでいたら、桐原主任は違う意味で取ったらしく幾分早口でまくし立てられて思わず噴出してしまった。
「そんな焦らなくっても」
鼻を押さえていた手を口に移動させて、笑いをおさめようとしたけれどちょっと無理で。
だっていつも年上風吹かせて、焦るとこなんてほとんど見ないのに。
例の嫌がらせを受けていた時も、落ち込んでいたし辛そうだったけど焦ったような所なんて見る事はなかった。
まぁ、どん底まで落ち込んだ様は見えたけどね。
だから、こんな些細な事で焦るのが面白くて。
すみませんと繰り返しながら笑っていたら、ふ、と桐原主任の空気が和らいだ。
「……こんな事で、笑ってもらえるんだな」
ぼそりと言ったその言葉は、笑いをおさめることに集中していた私の耳に声としか届かなくて。
涙目になりながら、顔を上げた。
「何か言いました? 桐原主任」
そう問いかけると、桐原主任はあまり見たことのない穏やかな表情で小さく頭を振る。
「……いいや。ていうか、手伝いは必要だろう?」
大人数の料理を作らなきゃいけないわけだから。
私はその言葉に、そうだなーと視線を彷徨わせた。
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