身内最強決定戦、おわってた
恥の多い人生を送ってきた、といってもいいと思う。
優秀な両親から生まれたくせに出来損ない、同じ胎から生まれた妹は自前の才能に私が母の胎内に置き忘れた才能が加算されたかのような超優秀なサラブレッド。
幼少期のおしまいには劣等感と無力感しかなかったし、その頃には父親には色々と見限られ、妹からは能無しと蔑まれていた。
母だけは自分に普通に接してくれていたからグレずには済んだものの、酷い劣等感に苛まれた私は十六歳になる年に家を出た。
要するに逃げたのである、母親以外の血族とは絶縁するつもりで実家から遠く離れた、両親の名声がほぼ届かない大都会に。
最初の一年は非常に苦労したけど、実家と故郷で「アレは出来損ない」という目で見られるよりはずっと気が楽だった。
二年目にはストーキングされたしそのストーカーにレイプされそうになったりもしたけど、偶然お隣さんに助けてもらって難を逃れたのでプラスマイナスゼロとしよう。
三年目は都会生活にも完全に慣れて呑気に楽しく生活していた、多分この頃から私の人生は色々と好転していったのだと思う。
そして四年目、何故かお隣さんからプロポーズされる、実家でのあれこれやら自分の出来損ない具合を理由に一度は断ったものの、謎にごり押しされて結局結婚してしまった。
家族や故郷から逃げ、自力でストーカー問題を解決できず、いつの日か固く決意したはずの一生一人きりで自由気ままな人生を歩み続けるという目標も破綻させた。
一人でも悠々自適に生活できるファンキーでかっこいい婆さんになりたかったけど、その夢も叶いそうにない。
逃げて逃げて流されて、それでもなんだかんだ今が結構幸せなので、私は自分のダメさ加減に呆れながら、時折自己嫌悪で頭を掻きむしりながら、それでも前を見て生きている。
お隣さんが優秀な魔術師なのはストーカー事件よりも前からなんとなく知っていたけど、両親や妹と同じくグラディエーターをやっていたことは、実は結婚した後に知った。
かなり優秀な成績を収めているどころか、三年に一度行われる世界大会に九歳という最年少で出場、優勝は逃し続けるものの毎回トップ8までは食い込む実力者だった。
グラディエーターの名家である実家から逃げ出した私の結婚相手が超が三つついてもまだ足りないようなものすごいグラディエーターだったということは、正直笑えない。
知らなかった自分の世間知らずさに恥いったこともあるけど、そもそも実家関連のアレコレのせいでグラディエーター関連の情報は極力目に入れないようにしていたので仕方がない。
というかそちら関連の情報を一般人並みに拾っていたとしても、多分お隣さんの正体に私は辿り着けなかった気がする、録画で見たテレビに映っている彼と私が知っている彼の雰囲気は、かなり違うのだ。
マスコミやらパパラッチやらを避けるためにメディアに露出するような時は軽く変装もしているし、ただの隣人だった私が気付かなくても多分何一つおかしくない。
実家を飛び出して四年、母親とだけは連絡を細々と取っているものの、故郷に帰ることはなく、父や妹とは連絡すらとっていない。
父にとって私は出来損ないの空気以下だし、妹にとって私は出来損ないで存在すること自体が恥ずかしい存在だったらしいので、そうなったのは自然なことだった。
今私はあの二人が何をしているのかを知らないし、あの二人だって私が今何をしているのか知らないだろう。
私が結婚していることすら向こうは知らないのだ。
というか実は母にすらまだ話せていないのである。
色々とタイミングが合わなかったのもあるけど、結婚したなら一度実家に旦那連れて帰ってこいと言われるのが目に見えていたので、それが嫌だったのだった。
母親は別にいいけど、お隣さんを父と妹には会わせたくなかったのだ。
お隣さんは結婚する時にうちの両親に挨拶だけでもしておきたいと言っていたけど、私がその話が出た時に口籠ったので何かを察したのか、それきり何も言わないでくれた。
そういうわけでずるずると話せずにいた。
このまま母親にすら結婚したことを話せずに一生を終えるのだろうか、と思っていた私に転機が訪れたのは、結婚してから半年程度経った頃。
年に三回開催されるグラディエーターの世界大会が、地元の隣町で開催されることになった。
例年通りその世界大会に出場することになったお隣さんに私は意を決して、大会終了後に彼のことを母親に紹介したいと、やっとのことで伝えられたのであった。
グラディエーターの試合は常に危険と隣り合わせ、時折死亡事故も起こったりする。
だから私はリアルタイムで試合を見ることができない、テレビの生放送もダメ、現地で直接試合を見るのも当然無理。
そういうわけで大会中、私はホテルに引きこもりあらゆる情報をシャットアウトして、冬のコミマの原稿をいそいそと仕上げていた。
今回作っているのは『誰でも簡単キッシュ十選 (その3)』、このレシピ本シリーズもまさかの三冊目である、なんでキッシュだけでこんなにこのシリーズ続いているんだろうか。
いつの日かオリジナルの小説本も携えて参戦したい気持ちもあるけど、そっちの方はお隣さんにバレたくないから未だにその野望は叶えられていない、再録本なら何冊か作れる程度にストックはあるのだけど、バレたら恥ずかしいなと思って踏ん切りがつかない。
今日は大会最終日、つまりは決勝戦。
めでたく決勝戦に進んだお隣さんの対戦相手が誰であるのかは知らない、準決勝やその前の試合で誰と戦ったのかも知らない。
一応全試合録画はしているので、大きな事故がなければ全部録画で見ようと思っているし、何より中途半端に情報を入れると気になって原稿に集中できないので私はあえて何も知らないようにしている。
試合開始は九時から、遅くともお昼頃には終わっているはずだけど、勝っても負けても取材やらなんやらがあるので、待ち合わせ時間は三時頃になる予定。
大会が行われているドームの近所にある大きな公園に集合して、その後に母に連絡を取って、適当な場所で結婚の報告をすることになっている。
ちなみに母に事前連絡はしていない、多分めっちゃ怒られると思うけど、事前に連絡して変な勘ぐりをされて一家全員大集合という状況を引き起こされるのは避けたかったので。
いま、とても胃が痛い。
色んな意味で気が重い、お隣さんは怪我せず無事に試合を終えられるだろうか、優勝できるだろうか、何も言わずに結婚していたことに関する母のリアクションは?
原稿に集中することで胃痛を誤魔化しつつ作業をしていたら、携帯端末が鳴った。
時刻は十一時三十分、数秒フリーズして、意を決して手に取った。
『勝った』
通話相手は短く簡潔に何事もなかったかのように、淡々とそう言った。
速報、お隣さんついに世界チャンプに。
そんな文言が脳裏いっぱいに広がった。
「お、おめ、おめめでとうございます……!!」
ものすごく吃りながらそれだけは口にした、声はいつも通りなので多分きっとおそらく怪我とかもしていないのだろうとおもう。
勝った、勝った、お隣さんが勝った、わたしがレシピ本書いてる間に世界最強になった。
頭の中をぐるぐるとそんな言葉が回る、安堵と喜びとその他色々な感情が、うまくまとまらない。
私が一人で興奮している間にお隣さんはしばらく取材やらなんやらで合流できなさそうなこと、当初予定していた通り三時頃に公園で待ち合わせにしようと淡々と言ってきたので、それにかろうじて「はい」と答えて、通話が切れた。
「かった……かった……お隣さんかった……かった……ふへ、へへへ……」
ホテルも一室で一人不気味に笑い続ける、ベッドにダイブしてゴロゴロ転がるなどという奇行をしばらく続けて、私はようやく心を落ち着かせることができた。
お隣さんが優勝したところで、この旅行最大の胃痛案件である結婚報告イベントからは逃れられない。
なので胃痛が治らないまま昼時を迎え、何も食べられないままホテルを出た。
少し早めに公園に着いてしまった、現在十四時四十五分、そろそろおやつの時間だ。
今更になって胃痛が治ってお腹が空いてきたので、私はその辺の屋台で焼き栗を買ってしまった。
この辺りは栗の名産地なのである、旬の時期である今はあちこちで焼き栗の屋台を見かける。
というか今更のようにお腹が空いてきたのも、あちこちから漂ってくる焼き栗の匂いを嗅いだせいだったりする。
ベンチに座って紙袋に詰まった栗を一つつまみ、皮をむいて口の中へ。
「おいしい……」
焼きたてホクホクの栗は甘くて美味しい、皮に切れ目が入っているのでむきやすいのも良い。
やめられないとめられないとひたすら皮をむき、口の中に栗を放り込み続ける。
ああ、半分は残しておこうと思ったのにもう三分の二消えている、まあいいか新しいの買えば。
「悪い、遅くなった」
と、思っていたら聞き慣れた声が。
顔を上げるといつのまにかお隣さんが目の前に。
無我夢中で栗を食べているところを見られてしまった。
「い、いえ……おめでとうございます」
世界チャンプがここにいることが周囲にバレたら面倒なので、何がとは明言せずまずはお祝いの言葉を。
試合中と普段のお隣さんの雰囲気は結構違うので、騒ぎさえしなければ正体が割れることはないとは思うけど。
「ああ、ありがとう」
お隣さんはいつも通りなんとも思ってなさそうな顔でそう言った。
感情が読み取りにくい人ではあるけれど、それでもその声と表情から僅かに喜びと安堵を読み取ることができた、私も少しは成長できたのだろうか?
「いやー、お怪我もないようで安心しました。よかったです、色々と。あ、栗食べます? 甘くて美味しいですよ」
世界チャンプになった人に真っ先に差し出すものがその辺の屋台で買った栗でいいのだろうかと思いつつそう聞いてみると、隣に座った彼が「いただこう」と言ってくれたので、栗を差し出した。
「甘いな」
「ええ」
さて、栗を食べ終わったらこの旅行最大の胃痛案件であるイベントの開始だ、と思っていたら、視線を感じた。
まさか世界チャンプの存在がバレたか、と思って顔を上げたら、目が合った。
ぶわりと鳥肌が立つ、冷や汗がダラダラと流れ出す、胃痛と頭痛が一気に押し寄せてくる。
何故か前方数メートル先に父親と妹がいた、しかもバッチリと目が合ってしまった。
ここにいたのが私だけだったら三十六計を決め込む、何がなんでも逃げ切る、きっと無理なのだろうけど、それでも頑張って逃げる。
これからどうすると空っぽの頭で考える、無言でお隣さんの手を引いて逃げる、他人の空似を決め込む、あれらをどう回避するのが一番安全で面倒が少ないのか。
考えている間も蛇に睨まれたカエルのように私の身体は動かない、目が父親と合ったまま、その状態で無能な頭だけが空回りし続ける。
「どうした? ああ、あれは……」
私の異常に気付いたお隣さんが私の視線の先を辿ったらしい、そしてその先にいる人の顔の顔をおそらく確認して、こう言った。
「あれは、準決勝と決勝の相手だな」
いまなんと?
どっちが準決勝でどっちが決勝だったのかは現状不明だった、というか私はあの二人が世界大会に出ていたことすら知らない。
わかったことはただ一つ、私が知らないうちに私の身内最強決定戦が始まって、知らないうちに終わっていたことだけ。
ダラダラと脂汗が流れ出す、流石に様子がおかしいと思ったのか、お隣さんがこちらの手を握った。
「落ち着け。大丈夫だ、確かに二人とも喧嘩っぱやそうな顔をしているし今にも襲いかかってきそうな雰囲気だが、こんな人通りの多い場所で仕掛けてくることはないだろう。そうだとしてもどうとでもする」
世界チャンプのありがたくも頼もしい言葉に心が若干平静を取り戻す、それによって私は視線を二人からずらすことに成功する。
さて、この場をどう切り抜けるか。
実は四年くらいあっていないし、こちらの雰囲気もそこそこ変わったので、あちらが勝手に人違いだと思い込んでくれれば万々歳。
あ、ダメだこっちくる。
逃げるか他人のふりか、いっそ気絶でもできたら楽なのだけど、それは無理そうだ。
今更顔を隠しても無駄だろう、どうするどうするどうする?
足音が止まる、これはもう覚悟を決めて開き直った方がダメージが少なくて済むだろうか?
「おい、何故ここにいる」
四年ぶりの父親の声、隣から聞こえてくる「知り合いか?」の声に私は「父と、妹」とだけ辛うじて答えたのだった。
深呼吸を三回、息を吸って吐いてを繰り返し、頭を切り替える。
もうヤケクソだ、どうにでもなれどうせこのあと物理的にも離れるのだ、脅威はほぼないと言っていい。
「お久しぶりです、お父様、そして妹。こんなところでお会いするとは思いませんでした。おほほほほ」
キャラが思いっきりブレた、なんだこのお嬢様キャラ。
ダメだ、混乱している、母を呼んだら父と妹が来たならまだ耐えられた、いきなりなんの用意もなくこの二人に遭遇するのはキャパシティオーバーだ。
「だ、大丈夫か……?」
お隣さんがはっきりと困惑している、ここまで感情が読み取れる顔をしているのはすごく珍しい、どうしようこれどうやって収集つければいいんだろうか?
「だ、だいじょうぶ、だいじょうぶ、おーけー冷静になります、無理です私絶賛混乱中です。えーと、えーっと……おげんきそうでなによりです。わたしもげんきです。とくにじけんとかもなくへいおんぶじにひびたのしくまいにちをすごしています。きょうはただのつきそいできたので、いえにかえるよていはないです。ぐうぜんそうぐうしただけです。おはなしすることはとくにないので、かいさんしましょう、おさらばです」
立ち上がって、一礼して、お隣さんに視線を寄越すと意図を察してくれたのか彼も立ち上がってくれた。
そのままエスケープしようと思ったら、彼に手を掴まれた。
そうだねこのままおてて繋いで三十六計、と思っていたら、彼は何故か父と妹に向き合った。
結果、実家に連行された。
あのあと父と妹に向き合ったお隣さんは真面目な顔で『半年ほど前に彼女と結婚させていただいた者です。ご報告が遅れてしまい大変申し訳ございません』とかなんとか。
父親絶句、妹絶叫、その場には混沌と混乱が満ちた。あと多分この時点で父と妹がお隣さんの正体に気付いたらしい。
妹にどういうことだと怒鳴られつつも詰め寄られたので、それ以上でもそれ以下でもないと答えたら頬を叩かれそうになった、お隣さんに庇ってもらえたから無傷だったけど。
その後で何故か妹が泥棒猫だのなんだの喚き出したのでさらに混乱が加速、父親は絶句したままだし、周りの人達も騒ぎを聞きつけ何事かと遠巻きにし始めるし。
このままだと、なんかヤバげなスキャンダルが発生する。
お隣さんは一般人と結婚しているのは公表してるけど、その一般人があの父と母の子であの妹の姉であることは当然知られてないし、知られると多分世間は面白がる。
私の事情でお隣さんに迷惑をかけるわけにはいかない。
どうしようかと思っていたところで、助けの声が。
「あなた達、何をしているのかしら」
そこで父と妹と待ち合わせしていたらしい母がその場に降臨、母はその場で妹を宥め、逃亡しようとする私の腕をガッチリと掴んで、絶句したままの父の向こう脛を蹴っ飛ばして正気に戻し、的確かつ冷静に指示を出し私達をその場から連行した。
母は強し、その言葉を本気で実感したのは、これで多分三回目だ。
「と、言うわけで、色々と説明してくれるかしら」
四年ぶりの実家のリビングで、笑顔の母親から私は尋問を受けていた。
真正面には母、その両隣には父と妹、私の隣にはお隣さんが座っている。
この状況で説明しなきゃならないの、きっついなあ。
と、思いつつそれでもさっさとこの場を無事に脱出したかったので、私はなんとか口を開いた。
「半年くらい前に結婚してました。連絡が遅れてしまい、大変申し訳ございません」
正直に、手短にそう言ってから私は深々と頭を下げた。
「何故、半年も連絡を怠ったのか、その言い訳を聞いても?」
「忙しかったのとタイミングが合わなかったので。遠く離れたこちらに赴く時間もなく、そのまま言う機会を逃したままずるずると。ただ今回の世界大会に彼が出場することになり、偶然ここの近所に赴くことになったので、実はあのあとお母様に連絡をとらせていただき、結婚のご報告をさせていただく予定でした」
「へえ……特になんの連絡もなかったけど」
「はい。電話口で急に結婚したと言っても信用されないと思ったので、用事があったので近くに来ている、話したいことがあると言って呼び出すつもりでした」
「ふーん……」
胃が痛い、視線が痛い、色々辛い。
「結婚式は?」
「してないです。互いに呼べる人、ほぼいなかったので」
私は母親以外の血族とはほぼ絶縁状態、お隣さんは天涯孤独。
互いに仕事で関わりを持っている人はいるけれど、結婚式に呼ぶような親しい間柄の人はいなかった。
私はただのぼっちだけど、お隣さんはなんというか孤高の人というか人を寄せ付けない雰囲気があるので、結構有名人なのに親しい間柄の人がほとんどいないのである。
子供の頃から何かと大会でぶつかり合っているというライバルさん達が、辛うじて友人と言えるかどうかという関係らしいけど、それだけ。
結婚式をするとしたら招待客は身内だけになっただろうけど、その身内として呼べる人がぶっちゃけ私の母親とお隣さんのライバルさん二人くらいだけだったので、それなら別にやらなくていいか、ということになったのである。
「そう。ならまあ許すわ。あんたが結婚式に親を呼ばなかった親不孝者だったら、往復ビンタですまなかったけど」
「は、はい……すみません……」
往復ビンタどころかキャメルクラッチとかジャーマンスープレックス決め込まれてたんだろうなって思ったけど、黙っておいた。
「なんであんたみたいな無能が、彼と結婚してるわけ?」
母からお許しをいただけたのでとりあえず安堵していたら、ずっと黙りきりだった妹が低い声でぼそっとそう聞いてきた。
つまり、馴れ初めを聴かせろと?
それは、困った。
私と彼の馴れ初めは、ストーカー被害に遭って精神限界ボロボロ状態でマンションのポストを開けてみたら、隠し撮り写真だけでなく使用済みコン○ームが大量に入っていたのを発見してその場で崩れ落ちてボロボロ泣いていた私に、彼が声をかけてくれてそのまま相談に乗ってもらった、みたいな感じだったのである。
私は実家に強制送還されるのが嫌でストーカー被害に遭っていたことも、そのストーカーに襲われたことも一切話していない。
妹と父は「ふーん」で聞き流してくれそうだけど、母は色々黙っていたことを含めてきっとものすごく怒る。
と、いうわけで、話をめちゃくちゃマイルドにすることにした。
「えーっと……ちょっとしたご近所トラブル的なことがあって、偶然隣に住んでた彼に色々相談に乗ってもらったのが、きっかけ? うん。それだけ」
「ご近所トラブルって?」
鋭い目つきで母親が問いかけてくる。
「ポストにね、変なものが入ってたんですよ。呪いの手紙的な? そういう物騒なものが。ああ、事件は速攻で解決したので、ご心配なさらず」
そういう系統のものもポストに入れられていたので嘘ではない、全部話していないだけだ、と堂々と開き直ったら、母親がターゲットを私からお隣さんにチェンジ。
賢明な判断だけどやめていただきたい。
「本当は具体的にどんなことがあったのかしら?」
蛇のような目つきで母はお隣さんを見詰めている、お隣さんは臆することなく素直になんの誤魔化しもせず、事実を淡々と述べた。
私が働き先の喫茶店の客にストーキングされていたこと、ポストに色々と入れられていたこと、最後には私が強姦されかかっていたことも。
あの時は辛うじて間に合ってよかった、あれほど肝が冷えた経験はない、と話を締めた彼に、母親はたっぷり一分間、絶句した。
烈火の如く怒られた、人生で一番怒られた、これ以上怒鳴られる経験は多分もう二度とないだろう。
最終的にボロボロ泣き出してしまった母をなんとか宥めて、ものすごく疲れた。
父は絶句していた、妹はどうも私がストーカー被害に遭っていたのをお隣さんとお近づきになるために私が自作自演したのではと疑っているような顔色をしているが、そう言及すれば母から集中砲火を喰らうのがわかっているのだろう、口を噤んでいた。
母はまだ泣いている、お隣さんはここまでの反応が返ってくると予想しきれていなかったようでちょっとオロオロしている。
どうしたものだろうか、この状況。
さっさとお開きにして、ホテルに戻ってお隣さん世界チャンプおめでとうのお祝いパーティーとか開催したいので、とっとと話を終わらせたいんだけど、これ多分無理か。




