第8話 嫌いなヤツ
両手で大剣を握り、強引に振り上げた攻撃距離は『大地蟷螂』の腹部を確実に捉えていた。
「――――マジか……」
しかし、切っ先は空を切る。
後方へ跳躍しつつ飛翔。体長5メートルを超える、この『大地蟷螂』は生まれたばかりの個体ではない。この大きさに至るまで、数多の災害級の魔物を捕食してきた。
故に懐に入られると言う事態は何度も経験して来ている。だが、こうして生き延びている事は、その欠点を覆して敵を屠り続けて来たからに他ならない。
「な、言った通りになっただろ?」
ハンニバルが城壁の上から『大地蟷螂』へ網を投げる。
“天那、お前を『大地蟷螂』の懐に入れる。お前はガチで決めるつもりで行け。たぶん避けられるけどな”
“それでお前の作戦は終わりか?”
“いいや。次は『大地蟷螂』の目をつぶす”
飛行状態の『大地蟷螂』の感知は電磁波を生み出す甲皮が少なくなる為、羽根を畳むまで機能しない。故に投げた網は――
「――――!?」
バタつく羽根に絡まり強制的に飛行不能を促し、落下させた。
“『大地蟷螂』は落下し、網が絡まった羽根は上手く閉じられない。電磁波の生成も半分以下になって視界も殆ど見えなくなるハズだぜ”
「マジか……あの野郎」
『大地蟷螂』か飛ぶ事も含め全て、ハンニバルの手の平の通りだった。『大地蟷螂』は羽根が上手く動かず地に伏す。絡まる網が全体のバランスを乱しているのか、上手く立ち上がれていない。
喰らえる――
天那の中にある『ナイトウルフ』が『大地蟷螂』を狩れと本能で告げる。
大剣を肩に担ぎ『大地蟷螂』へ駆ける。首も大剣が届く位置まで下がっていた。
「――――」
「ちっ!」
だが、『大地蟷螂』は地に伏しても尚、鎌による応酬が天那に向けられる。
視点を電磁波から複眼に切り替えたのだ。暗闇に殆どは機能しないが、至近距離の天那だけを捉えるなら問題ない。
しかし、下半身の踏ん張りが効かない為、速度と精度は大幅に低下。それでも、城壁や地面をバターの様に切り裂く鎌の切れ味は健在だった。
三斬を見舞う。天那は大剣が破壊されぬ様、刃筋に角度をつけ、捌き、躱し、弾き、互角の打ち合いを続ける。
「ふ……フフハハハ――」
『大地蟷螂』の攻撃は止まらない。天那の対抗も互角を続けている。いや、その拮抗は徐々に――
「ハハハ――アハハハ!!」
狂気の笑いと共に天那が上回っていく。鎌が掠め、肌に切傷を残すも刃の回転率は――
「――――」
二斬を同時に弾かれ、『大地蟷螂』の身体が開いた。
疾駆。天那は大剣の切っ先を前に寝かせ、『大地蟷螂』の腹部目がけて大地を蹴る。
しかし、その瞬間、掛かっていた網が羽根の羽ばたきで取れ『大地蟷螂』の両鎌は本来の速度を取り戻す。
死の悪寒。重心は前で方向転換は出来ない。天那よりも『大地蟷螂』の攻撃が速い――
これだ。この感覚を――俺は求めてる。心臓が生きていると感じる程にドクドク高鳴る。クソみたいな世界の中で、この瞬間だけが――
「俺が俺を実感できる瞬間だ!」
この切っ先が届かなかったら死んでも良い。本気の本気でこの瞬間に高揚し、天那は狂笑を浮かべた。
二つの鎌が動く。しかし、感じていた死の悪寒が唐突に消えた。
「――――」
天那に振り下ろされるハズの鎌は城壁の上から『大地蟷螂』へ飛んだハンニバルへと方向を変えたのだ。
“俺は正面からぶっ殺しに行くが、お前は壁の上から石ころと網を投げるだけか?”
“ハハハ。まだ手はある。虫の特徴として奴らには経験は溜まるが、驚異の判断は出来ないんだ。総じて、自分の眼に近いモノを攻撃する習性がある”
攻撃力を持たずとも、頭部に近いハンニバルの方を驚異と見なした『大地蟷螂』は天那へ向けるハズだった攻撃をハンニバルへ見舞ったのである。
「――馬鹿が……」
冷静を取り戻す様に天那の血が冷えていく。
ハンニバルは振り抜かれた鎌に吹き飛ばされ、それと同時に大剣の切っ先が腹部に突き刺さる。
「! ギィ――」
『大地蟷螂』が悲鳴を上げ、前のめりに体勢を崩す。しかし、懐の死角故に何も出来ない。
羽根を広げ宙へ逃げようとするが、その前に天那は大剣を引き抜き、その反動で回転した刃が『大地蟷螂』の首を通過した。
「牙が喰らいたヤツを逃がす狩人がいるわけねぇだろ」
ズル……と『大地蟷螂』の首はズレ落ちると、身体は横たわる様に動きを停止。その鎌は二度と動かなかった。
「…………」
また……俺は護られたのか?
天那はハンニバルを探す。『大地蟷螂』の鎌は防げるモノじゃない。周囲を深く傷つけている斬痕がソレを物語っている。
「…………」
「……お……ぃ……」
「!」
声が聞こえ、倒れている『大地蟷螂』の脇に天那は回り込むと、そこにハンニバルが俯せで居た。倒れた『大地蟷螂』によって身動きを封じられて苦悶の声を出している。
「持ち上げてくれ……」
「……ははは。この野郎!」
天那は大剣で隙間を作ると、ハンニバルは這いずる様に脱して、ふー、と安堵の息を吐く。
ハンニバルを見ると胴体に鎧をつけて、その中には更に着ていた上着を丸めて片側に寄せていた。
「死んだかと思ったぜ」
「この上着は『女王蜘蛛』の糸で作られててな。束ねれば強度は5倍近くになる」
それでも『大地蟷螂』の斬撃は鎧を通過し、束ねた上着も斬り裂いてハンニバルの脇腹に浅く切傷をつけていた。普通に受けていれば間違いなく即死であっただろう。
「耐えられるかは賭けだったがな。ハハハ。オレの勝ちだ」
「それは作戦には無かっただろ。なんで命を賭けた?」
「オレよりもお前の方が二人には必要だからだよ」
ハンニバルは何事も悟らず安らかに眠るサンダーとエクエルの居る建物へ視線を向ける。
「お前を勝たせると約束したしな。それに、自分で泥を被らないヤツの言葉に“重み”は無いだろ? オレはそう言うヤツが嫌いでね」
「……俺もだよ」
と、天那はハンニバルへ手を差し出す。
「手を取って良いのか?」
「俺一人じゃ勝てなかった。それに……今の状況で人手が増えるのは悪くないからな」
「ハハハ。そうかい」
ハンニバルはその手を取って起き上がらせて貰うと、改めて『大地蟷螂』の死体をどう活用するか考え始める。
そんな、ハンニバルの背中に天那は、
「ハンニバル」
「お? なんだ?」
「俺も寝る。起きたら何をするのか指示をくれ」
「色々と決めとくよ」
背中あわせながらも、ハンニバルと天那は互いに笑みを浮かべて各々の静かな夜を迎える――




