第7話 素体――『夜狼』
『大地蟷螂』。
体長は5〜2メートルの魔蟲であり、黒い甲皮に昆虫の蟷螂に類似した巨大な二つの眼と特徴的な鎌を持つ。
生息域は決まっていないものの春から夏にかけて生まれ、秋になる頃には活動が鈍くなり、冬には凍死すると言ったサイクルを繰り返す魔蟲だった。
母親の死体の中で冬を越し、春になると一つの母体から5万匹が生まれ即座に共食いを始める。その中で生き残った5万匹の中の1匹が成体となる。
そこから3メートルに達する個体へ成長するのは1万匹の中の1匹、そこから食物連鎖は逆転する。
基本的に肉食である『大地蟷螂』は3メートルを超え始めた段階から他の魔物を捕食し始める。
巨大な二本の鎌で、捕まえ、切り裂き、対象の血肉を喰らう。
4メートルの個体になれば、その被害は人里にも及び、5メートルになれば災害級の魔物を一方的に狩り取る。
垂直の崖を登り、飛行能力も備え、毒などは一切効かない特殊な抗体を持つ『大地蟷螂』は短命と言う決定的な弱点があるからか、その鎌の切れ味を生涯をかけて研ぎ続けるのだ。
『大地蟷螂』は『第六南部沿岸基地』の敷地内に入った。門は壊れているが、“5メートル”の巨体が入るには隙間が狭い。壁を登って悠々と建物前広場に脚をつける。
「――――」
電磁波が波の様に這い、立体的に夜の基地を認識する。
それが『大地蟷螂』の視点。
明るい内は複眼にて周囲を見ているが、暗所では甲皮のすり合わせにより発生する微弱な電磁波を0.1秒間隔で飛ばし、それによって周囲を立体的に捉える。
「…………」
電磁波の反響で『大地蟷螂』はサンダーとエクエルが眠っている所を捉えた。小さい個体。餌としては申し分ない。しかし、
「ここから先に行けると思うなよ。クソ虫野郎」
基地の中から出てきた個体は大剣を肩に担いで現れた。頭を傾けて様子を伺うと、即座に斬りかかって来たので、
「ぐっ……」
大剣が届くまでに三斬を見舞う。いや、一斬は横からの投擲物を弾く為に使った。
「分かってても反応せざる得ないよな。それがお前の弱点でもある」
城壁の上にもう一つの反応。索敵の範囲外だった故に気付かなかった。
地面が強く踏み込まれる振動。二斬見舞った対象が踏み込んで来ている。
「ォォオオオオ!!」
応戦――
“『大地蟷螂』には幾つかの構造上の弱点がある。それはデカくなる程に分かりやすくてな”
天那はハンニバルからの助言を反復しつつ正面から『大地蟷螂』と相対する。
『大地蟷螂』は、現れる時期は軍部でも特に警戒される魔蟲である。遭遇すればまず勝ち目はない。3メートルの個体ですら犠牲無くば倒す事が出来ない。
鎌が迫る。その速度は、目で追えるモノではないからだ。
放たれるのは瞬きの間に三斬。ヒュッと風を切る音だけが聞こえ、人間など次の瞬間には三等分の死体となる。
それが熟練の大型個体ならば更に速い。
一斬目――大剣で受ける。
二斬目――ハンニバルの小石による投石に対応。
三斬目――躱して前に出る。
「――――」
“デカイ奴は強い。これは太古から続く世界の摂理だ。だが、“強い”からと言って生き残るワケじゃない。デカくなればなるほど欠点がある”
天那が踏み込む。それは『大地蟷螂』の懐。大剣ですら満足に振り回せない程の超至近距離――
“『大地蟷螂』は歪曲する鎌の構造上、懐に入れば何も出来ない。特に真下だな。弱点の首、腹を狙うには“犬一匹”の戦力でもお釣りが来るぜ”
「人の事を犬扱いするんじゃねぇよ。クソ野郎が」
天那は笑う。それはハンニバルの言葉に対してではなく、彼女に宿る『素体』が戦気を爆発的に引き上げているからだ。
大剣で地面を削りながらも『大地蟷螂』の懐に入り、強引に刃を振り上げる。
『強化施術』。
一枚岩には程遠い『連合軍』が『オーディーン』に対抗する手段の一つとして用いた施術だった。
個人の持つ遺伝子情報から相性の良い『素体』を選定し、その中でもより能力の優れた遺伝子情報と掛け合わせる施術である。成功率は21%で失敗すれば死ぬ。
『素体』となるモノは初期では動物、鳥類、魚類が主に考えられ、それぞれの『強化兵士』が生まれた。
しかし、『強化施術』の第一人者であるベネディクト・トスデリカは更に踏み込んだ領域へと研究を進める。
生物で良いのなら『魔物』も使えるのでは?
生態系の中では明らかに異常とも呼べる進化を遂げた生命体に視点を向けた事で『オーディーン』は彼の拘留に踏み切った。
しかし、ベネディクトは側近の『強化兵士』と共に姿を消していた。そして程なくして、『魔物』の特徴を持つ『強化兵士』が『連合軍』との戦線に現れる。
その中でも一際、戦果を上げるように大立ち回りしたのが天那だった。
六道天那、素体――『夜狼』――
『仮面の国』に『夜ノ森』と呼ばれる、厚い木々の枝に日光が遮られる森林地帯ががある。
そこは人類が発見した時から日光が遮られた世界であり、常に夜が構築されていた。その中に生息する魑魅魍魎のざわめきは入口から聞くだけでも足を竦ませる。
底の見えない常闇の食物連鎖で地を駆ける魔物がいた。
『ナイトウルフ』。
姿は狼に類似している魔物で体格は成体で3メートル程になる。暗闇でも昼間の様に見透す眼。黒い体毛は空気の動きを的確に捉え、奇襲に対するセンサーとして常に機能している。
500メートル圏内であれば的確に聞き分ける聴力と、僅かな痕跡から対象の正体を認識する嗅覚は『夜ノ森』では最低限に必要な能力だった。
その聴力と嗅覚を駆使する事で対象の動きを先読みし、高い瞬発力で接近し急所を喰らい千切る。
『ナイトウルフ』は『夜ノ森』における生粋の狩人だった。
天那はその特性を強く発現し、数多の戦場を超える事で己の能力としていた。




