第3話 ゼェ……ゼェ……
「ゼェ……ゼェ……」
オレは息を切らしながら司令室よりかなり離れた部屋まで天那を運び、そこに用意されているベッドへ降ろす。
天那は相変わらず呼吸が荒く、意識は戻らない様子だ。ゼェ……ゼェ……
「天那……」
「天那さん……」
サンダーとエクエルは心配そうに横たわる天那の側に寄る。オレは近くの椅子に座った。ふー。やっぱ、常人より体力が半分しか無いのはつらいぜ。
「ぐっ……がはっ! ごほっ! ごほっ!」
「天那!」
「ど、どうしよう……血が……」
天那が吐血した。二人はどうして良いか分からずに彼女の手を握るしか出来ない。すると、エクエルがオレの元に寄ってくる。
「し、司令官様……」
「どうした?」
「天那さんを……助けてください……」
エクエルは自身の服を強く掴んでポロポロと泣き出す。もう、自分達ではどうしょうもないと思っているのだろう。するとサンダーも、
「お、お願いします! 図々しいお願いかもしれないですけど……」
二人とも勘違いしてる。それは正しておかないとな。よっこらせ――
「人を助けたいと考える事は図々しくないぞ。むしろ、頼ってくれてありがとな」
オレは二人を安心させる様に小さい頭を撫でると天那の様子を確認。やれやれ、やっぱりか。
「ど、どうですか?」
「天那さんは……」
「ハハハ。オレに出来ることはない」
オレがそう言うと、二人は絶望的な顔をした。なので、ちゃんと“説明”をしてやった。
「半日もすれば起き上がる」
「え?」
「すごく血を吐いているのですよ……?」
「うぐっ……ごはっ! ごほっ!!」
「身体を横向きにしてやれ。吐いた血で窒息するか可能性があるからな。あと、口元に布でも置いててやりな」
「わかった! エクエル、干してる布を持ってきて!」
たたー、とエクエルは部屋を出て行くと、サンダーは天那の身体を横にするが、少女の筋力では上手く行かない様子。オレが少し手伝ってやった。
「ありがとうございます」
「気にすんな」
見ると、サンダーの腕も枝のように細い。二人してまともな食べてないのだろう。何とか動けてるのは、天那を必死に看病している事でアドレナリンが出てるんだろうな。
「サンダーちゃん! 持ってきたのです!」
エクエルが両手に抱えるほどの布を持ってきた。殆どが服を切って布端にした物だ。
「ほう」
サンダーはオレの助言の意味を理解している様子でテキパキと天那に処置を施す。オレは関心しつつも二人に少しだけ任せて司令室に置いてきた手荷物を取りに行った。
そろそろ、あの二人も倒れるだろうからな。
世界はクソだ。
俺と龍那を売った両親もクソ。
従軍する女を慰安婦として見るヤツらもクソ。
「おめでとう。君は良い生物が適合したよ。龍那クンはまだ検査中だけどね」
研究所のクソ学者。いつの日か“この力”を使ってぶっ殺してやると決めていた。
試験場所は戦場。“この力”で西の奴らを殺せと命令された。
抵抗はない。力を使いこなすには場数が必要だと分かっていた。しかし、そう考えていたのも最初だけ。戦いに入ると自分が生き残るので精一杯だった。
「天那兵長」
戦線の最中、後方拠点で次の戦線行きの馬車が来るまで休んでいると話しかけてくるヤツが居た。
「……疲れてんだ。話しかけんな」
「いや……すまなかった。ただ、お礼が言いたかったんだ」
ソイツらは一旦戦線を下がる部隊だった。全員が休む俺の前に立ち敬礼する。
「兵長、貴方のおかげで俺たちは生きて帰れました。ありがとうございます」
「…………けっ」
我武者羅に武器を振って敵を殺したのはお前らの為じゃない。けど、少しだけ忘れてた人間性が戻った気がした。
しかし、このクソみたいな世界ではそんな人間性は容易く塗りつぶされる。
大太刀を振って敵を斬り飛ばし――
メイスを振り下ろして敵を潰し――
ナイフを振って敵の喉を掻っ切る――
「はっはっは! いいぞ! 研究部からの『強化兵士』は最強ではないか!」
そんな高笑いが嫌と言うほど聞こえてくる。
俺の他にも俺と同じ奴は居た。中には友好的に話しかけてくるヤツもいたが、俺は関わるのはゴメンだった。
「……」
「……あばよ」
とある防衛拠点を『強化兵士』だけで殲滅した時、敵の一人は死に際に家族との“思い出”を見ていた。俺はそれごと叩き潰す。ソイツの血で“思い出”が汚れる様を見て、俺はふと自分の顔を見た。
「……結局は……俺もクソだったってことかよ……」
いつの間にかこの力を使うのが楽しくて笑っていたのだから。
「――――」
「! 天那!」
「天那さん!」
目を覚ますと、双子が心配そうに俺を覗き込んでいた。
「サンダー……エクエル……」
「よかったぁ……」
「天那さん……よかったのです……」
安堵しつつも目を覆って溢れる涙を抑えるサンダーと、縋ってきてぐすぐすと泣き出すエクエル。そして、
「よっ」
少し離れた椅子に座る野郎は軽く手を上げてこっちを笑って見ていた。
「サンダー……俺はどれだけ眠ってた?」
身体を起こす。窓から見える水平線へかかる太陽は半分隠れていた。
「二日だよ。司令官さんに詰め寄ってからは半日。前に魔物を倒しに行って帰ってからずっと倒れてた」
「近くに『スカーボア』が居るだろ?」
すると、野郎が言葉を割り込ませてくる。しかし、その発言は的確だった。サンダーとエクエルは不思議そうに聞き返す。
「『スカーボア』?」
「毒を持つ大蛇の魔物だ。ヤツの身体は全てが有毒性質を持ち、存在するだけで周囲に毒をまき散らす」
「それじゃ……天那さんはソレと戦ったのですか?」
「本来なら一息吸い込むだけで激痛に苦しみ、二息で意識を失い、三息で命が飛ぶ。『スカーボア』のガスを吸って死んだ生物は死体となって更にガスをまき散らす。『スカーボア』はそうやって生息域を増やしてんのさ」
「よく知ってんな……」
「知識は力だぜ? 一番の幸運はお前の適合した生物だな」
野郎はニヤけ面を崩さずにそう告げる。こっちの事情を把握してるって事は……クソ研究所のヤツか。
「サンダー、エクエル。まだ干し肉は残ってたな」
「あるよ。天那が必要だと思って我慢してた」
「わたし達は大丈夫なのです。天那さんが――」
「俺はいい。お前らで食って、今日はもう寝ろ」
俺は二人の頭を優しく撫でると、ベッドに座るように体勢を変える。まだ身体は鈍いが、クソ蛇にガスを食らった直後よりは意識はスッキリしてる。
「でも、天那も起きたばかりだし……」
「側にいるのです!」
「俺はアイツと話す事がある。お前らが聞いても意味が分からないと思うし、長くなるからな。それにお前らも二日殆ど寝てないだろ? だから、今日は飯食って寝ろ」
「……わかったわ。天那、無理したらダメだからね!」
「何かあったら呼んでくださいなのです!」
二人を部屋から出ていく様を見届けると、俺は改めて野郎を見る。
「登録は第三研究所だ。六道天那。階級は特務兵長」
「改めまして、ハンニバル・K・バルカだ。ここの司令官に任命された。ハハハ。ヨロシク」
司令官……この基地には通達は届かないので忘れられていたと思っていたが、指示系統はまだ繋がっているらしい。
「ちなみに、来たのはオレ一人ね。あんまり、増員は期待してくれるなよー?」
「……」
コイツも爪弾き者か……それか品定め要員か……




