第1話 私が戦争を終わらせる
「酷い有り様だ」
「あー、そうっすねー」
一つの盤を挟んで向かい合うのは眼帯の女と一人の男だった。
眼帯の女は真面目な話をしているが、男の興味は盤上の形勢をいかにひっくり返すかだけに向いている。
「『オーディーン』の侵攻はもっと早く終わるものだと思っていた。だが意地汚い『連合軍』の貴族共は余程、今の権力を手放したくないと見える」
「あー、そうっすねー」
「自分たちが肥える事しか考えないブタ共が。まだ豚の方が生活に貢献している。奴らが世界の為に出来ることは、民衆へ首を晒し、精神的な溜飲を抑える程度だ」
「あー、そうっすねー」
「今や中央戦線は肉の壁だ。貴族のクズ豚共は自分たちの周りだけ手厚く兵を囲み、戦線の事など気にかけない」
「あー、そうっすねー。よし、ここ」
男はパチリ、と駒を打つ。しかし、眼帯の女はノータイムでパチリと打ち返してきた。
「げっ……」
「詰みだ、ハンニバル」
「…………はぁ。やっぱ、強ぇーすわ。師匠」
男――ハンニバルはいくら盤面を改めても、最早ひっくり返す事が出来ない事を悟り、眼帯の女――マーリンに投了した。
「お前から見て『オーディーン』はどうだった?」
マーリンは『オーディーン』に2年間潜入していた弟子に様子を問う。
「一言で言うなら高水準っすね。東の階級社会に染まらなかった分、思想が自由寄りで色々なアイディアを形にした理想の社会でしたよ。国民一人一人の生活水準もそれなりです。一般兵が金属の鎧を支給されてましたし」
「『連合軍』では貴族を囲う兵の標準装備だな。戦線の兵は鎧代わりに木の皮を巻き、木の盾を持って防御を固めてる。ソレ以下の兵は盾さえも無い」
「ひでぇ」
あまりの格差にハンニバルは笑う。
「ハンニバル、私が戦争を終わらせる」
マーリンは立ち上がり、断崖絶壁の中に作られた横穴住居から出ると晴天の日差しを見上げた。
「打診があった。『オーディーン』に従軍し、最短最小限の被害で戦争を終わらせる」
「長引くほど、終わった後が悲惨っすもんね。じゃあ、出発の準備を――」
「ハンニバル、お前は『連合軍』に行け」
「えー、嫌っすよ。今の流れで何で『連合軍』に行くって話になるんすか」
「東にもまともな頭が必要だ。全権を掌握しろとは言わん。適当な基地を手に入れ、そこをお前の色に染め上げろ」
「これまた……酷い『課題』っすね」
「ハンニバル・K・バルカです。師匠のマーリンは持病のキレイキレイ病が酷くなりまして、変わりに従軍に来ました✩」
と、『連合軍』の司令部に師匠に宛てられた従軍証明書を持ってフザけた口調で行ったら――
“ハンニバル・K・バルカ。『第六南部沿岸基地』司令官任命”
1日も経たずに司令官に任命された。ヤッタネ。まぁ、師匠の関係者である事から蔑ろに出来ないっつー事だろうけど。残念! 師匠は『オーディーン』に行っちまったぜ! 言わんけど。
その通知を持てば旅費は無料。階級社会の恩恵を利用して優雅な馬車旅。4台を乗り継ぎ、三日の旅路を得て南部沿岸基地が見えてきた。
「あんた……運がねぇな」
「ん?」
ガタンゴトンと悪路に跳ねる馬車の荷台に座るオレに運転手のおっさんが話しかけてくる。
「この先の基地は見捨てられてるのさ。補給も殆ど無く、駐屯しているのは女子供ばかりだ。周囲の村や集落も戦争で自分たちが食っていくことで精一杯。誰も助けられない」
オレの乗る馬車も軍の物じゃない。と言うよりも二つ前の馬車から『連合軍』の旗は無くなったな。師匠の言った通り、庇護が厚いのは中央付近だけみたいだね。
「前に司令官が部下の裏切りあって殺されたって話も聞く。それから誰も基地には近づかないし物音もしない。全く音沙汰がないから魔物に襲われて全滅したって噂も立つくらいさ。本当に行くのかい?」
「仕事だしな。まぁ、オレ個人としてはその方が都合が良い」
「……あんたはまだ若い。なんなら戦争が終わるまで村で匿っても良い」
「悪いなおっさん。オレはただの労働力になる為に来たんじゃねぇんだわ。その魅力的な話は次の奴にとっておいてくれ」
「そうかい」
そんな話をしていると基地の門前に辿り着く。
馬車のおっさんはそれ以上は何も言うまいと無言で去り、オレは廃れて崩れた門を見上げて、
「ハハハ」
実に楽しみだ。簡単な手荷物を背負い直し、どうもー、と中へ入る。
海岸から離れた場所にある『第六南部沿岸基地』は大きさ的には中規模の城くらいか。
門を入ると広がる中庭は訓練や出撃前の編成を行う為にそれなり広い。しかし、今は荒れ放題でボロボロの木箱や錆びた武器などが転がってる。
潮風もそれなりだろうからな。武器の保存も考えないといけないが……第一に武器が散乱している事事態が可笑しい。
統率がキチンと取れているなら、戦闘に必要な物は丁寧に保管するのが常。特に海岸部なら尚更だ。
明確な現場指導員の不足が1、っと。
「ハハハ」
基地なのに兵士の気配が無い。今は真っ昼間で、寝るような時間帯じゃない。とりあえず建物に入ってみるか。
「お待ちしておりました!」
と、軋む扉を開けて入ると一人の幼女が出迎えた。




