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第2話 新しい家

「ラウラお嬢様、こちらの馬車へどうぞ」


 屋敷の前には、一台の箱馬車がとめてあった。外装が美しいだけでなく、窓から見える車内はすごく乗り心地がよさそうだ。


「え、ええ……?」


 エスコートされるがままに馬車に乗り込む。見た目通り、快適な馬車だ。この馬車を所有しているというだけで、ロレンツォの経済的な豊かさが分かる。


「ミシェル、出発させてくれ」


 ロレンツォは窓から身を乗り出すと、外に控えていた初老の男にそう言った。

 衣服から察するに、おそらくロレンツォの執事だろう。


「かしこまりました。ですが、残りのロンバルディ家の方々はいかがいたしましょう?」

「歩かせろ。歩かないなら、引きずっていい」

「かしこまりました」


 引きずっていい、なんて……それにロレンツォって、こんな話し方もする人だったの?


 記憶の中にいるロレンツォは、常に穏やかで、優しくて、丁寧な口調だった。

 アリアンナやマルティナに筋の通っていない叱責をされた時も、礼儀正しく謝っていたのを覚えている。


「あ、あの……」

「なんでしょう、お嬢様?」


 しかし、ラウラに向ける態度は昔のものと全く変わっていない。だから余計に、どんな態度をとっていいのか分からなくなる。


「まず、なんとお呼びすれば……」

「今まで通り、ロレンツォとお呼びください」

「……ロレンツォ。どうして、ロンバルディ家を買ったの?」

「お嬢様をお救いするためです」


 迷いのない答えに、つい心臓が飛び跳ねた。


「遅くなってしまい、申し訳ありません。ですが今日からは私が、お嬢様に最高の暮らしを提供しますから」

「……ロレンツォ」

「だから、安心してください。もう誰にも、お嬢様を傷つけさせません」


 聞きたいことは山のようにある。でも、今口を開いたら、泣いてしまいそうだ。


 本当にもう、傷つかなくていいの?


「これからは私が、お嬢様を守ります」





 馬車がとまったのは、小高い丘の上にある大きな屋敷の前だった。門も壁も全てが真っ白だが、屋根は真っ青だ。


「今日からここで、私と一緒に暮らすんです」

「ここで……」

「お嬢様の部屋はもう用意してありますよ。私が案内します」


 屋敷に入ると、大量のメイドに出迎えられた。こんなことは、生まれて初めてだ。

 ロレンツォの案内に従い、3階へ上がる。どうやら3階奥にある部屋が、ラウラの部屋らしい。


「ここです」


 ロレンツォが部屋の扉を開ける。中には、一目で高級品だと分かる調度品が設置されていた。

 特に目に入ったのは、天蓋付きの大きなベッドだ。今までは床に麻布を引いて眠っていたラウラにとっては、初めてのベッドである。


「気に入っていただけましたか?」

「こんな素敵な部屋、初めて見たわ……!」


 感動したラウラが部屋中をゆっくりと眺めていると、ロレンツォがカーテンを開けた。


「しかもここからは、海が見えるんです」

「まあ……!」


 急いで窓際へ移動する。ロレンツォの言った通り、窓からは海がよく見えた。


 昔から、海が好きだった。果てしないほど大きくて、海の先にはいろんな国があると聞いていたから。

 けれど、自由に海を見ることはできなかった。外出は制限されており、ラウラは今までの人生で数えるほどしか屋敷の外へ出たことがなかったから。


「お嬢様は、海がお好きでしょう?」

「覚えていてくれたの?」

「お嬢様のことなら、全て覚えていますよ」


 夢を見ているみたいだわ。屋敷から抜け出せただけじゃなくて、こんなに素敵な家に暮らせるなんて。

 だけど……。


「どうして、こんなによくしてくれるの?」


 使用人同然の扱いを受けていたこともあり、ロレンツォと共に働くことも多かった。

 しかし、個人的に親しくしていた、というわけではない。そんなことをすれば、アリアンナがロレンツォをクビにすると分かっていたから。


「お嬢様が、私を救ってくれたからですよ」

「え? わ、わたくしが?」


 わたくし、なにかしたのかしら? 全然思い出せないわ。


 ラウラが混乱していると、ロレンツォが優しく笑った。


「お嬢様にとっては些細なことでも、私には大切なことだったんです」

「ロレンツォ……」

「お腹が空いているでしょう? 夕食を準備させますから、それまでゆっくり休んでいてください」


 そう言って、ロレンツォは部屋から出ていった。残されたラウラは、そっとベッドに腰を下ろす。


「なんて柔らかいの……」


 座るだけ、と思っていたのに、つい寝転がってしまう。包み込まれるような柔らかさに、一瞬で虜になってしまった。


 これなら、何時間だって寝ちゃえそうだわ。


 そっと目を閉じる。疲れていたからか、すぐに眠りに落ちてしまった。

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