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苦手な方はご注意ください。

大禍渦刻戰中記

作者: 藤澤命

前章、


「これは」

「日下部さんと云う女性の日記です。終戦を生きた貴重な書物です」營先生の息子さん。名は悠と云う。

「何処で」

「古本屋で偶然見つけました」ちょっと古い書物。日下部椿と書かれている。

「ほう」

「そこでお願いがあるのです。その日記では文書以外にも写真があります。それを元に小説を書いて欲しいのです」依頼?

「と言いますと」

「個人的なことです。頼みましたよ」ツンとしている。

「はい、わかりました」

「そうそう、チサがあなたに会いたがったですよ」先生の孫娘に当たる千桜ちゃん。前にも会った事がある。

「具合はどうですか」

「もうすっかりです。元気一杯で今でも飛びたそうな気合いが溢れています」よかった。

「それはよかったです」微笑。


 日下部さんの日記と写真。普通? いや、面白い。ア〇〇の日記より面白い。しかし、本当にあったことだろうか。面白い日記。読者を楽しませるために書かれたみたいな。これは、、、なるほど。


 ピンポン。ギギギー。

「来たか」營先生。

「ご無沙汰です先生」

「浪裏、良う書けてるか」パイプの匂い。

「はい、息子さんに頼まれので書こうと思います」

「できてるか」パイプを加える。

「勿論です」

「どうかな」マッチでつける。

「先生。私は」

「知ってる。まだ書きたいんだろ」先生は何でも知っている。

「それは———」

「目を見ればわかる」目を見ないで云う。

「患者達の方はどうだ」先生の口から煙が出る。

「うまく行ってますよ」

「そうか」又吸う。

「お孫さんは」

「元気だ。毎週のように来てやがる」少しニヤける。

「それは結構」微笑。

「でかいもんか」作品の事。

「どうでしょう」

「ん」表情変化。

「いや、中ぐらいですかね。その次がでかいもんです」

「そう」先生は自分が何かでかいのを描くのを待っている。

「楽しみにしてください」

「お前知っていんだな」又吸う。

「先生も」この日記は創作である。正確には元々の日記を元にして書かれた日記である。誰が書いたなんて。。。

「勿論だ。これでも父親だ」先生は本当に何でも知っている。

「そうですか」


 中章、大禍渦刻(オオマガドキ)戰中記


 自分は怒った。正義が存在しないと思いっきり知らされてから。「弱者を守り、正しきを行う」と云う座右の銘は、ぼろぼろと崩れはてた。怒りだけだ。火炎のようにめらめらメラメラと燃え上がる。赤く、真っ赤く染まって行く怒りである。


 そう遠くない事、昭和二十五年の夕暮れの道端。その日没の味は血と敗北であった。横浜の海であの金髪で、背が高く、強そうな米兵に殴られた。その数分前は見知らぬ女性を「助ける」為に必死に外人に手をあげた。米人は、気がなえた様に去った。

「大丈夫ですか?」その女性は色鮮やかなワンピースを着ていた。

「いえ、これくらい。気を付けてくださいね」そう言って去った。

 鬱。そんな気持ちが又心を襲う。何が何だか分からない時。戦争何か、争い何か、何故ある? 六時頃の暗い夕方がこの心を荒らした。行き付きのバー、長夜之楽(ちょうやのらく)に足を運ぶ。酒と豆を食らう位の金はあった。酒には強くなく、うまい飯も食えなく、そこらの飲兵衛と飲むのが楽しみであった。

 店に入ると、見慣れた風景。唯、違うのは、一人の「踊り子」である。名も知らぬ紅いドレスでフォークやワルツかと思いきや、「フラメンコ」であった。初めて見た。

 ヺッカ、リモンとハッカを混ぜた「モヒット」に氷を入れたガラスコップを手に取り、のんきな顔で眺めていた。少し、色気を出す動き。二十歳? いや、もっと若い? まあ良い。いっきに喉をひやりと通る酒が気持ちい。バーテンダーのヒトシが声をかけた、

「おい、知ってるか。あの女、アメ公と付き合ってるみたいだぜ」

「へぇ」ピーナッツを加えて、彼女に近づいた。

「そこの子猫ちゃん。君可愛いね」酒酔いであった。

「ありがとう」すんなり答えやがった。ツンとした目つき。気に食わねえ。

「どうだい? ピーナッツ?」ニヤリと右頬に笑顔を斜めに上げた。

「いただくわ」女は腕を伸ばして、掌を見せた。影に隠れた紅く塗られた爪に気付いた。手を引っ張って彼女の腰に手を添えた。驚きを見せる目。唇が何とも美しく、接吻をする。

 バーの戸がギィと音を立てた。目を向けると、そこには、夕方に殴った金髪の米兵であった。あゝ、やっちまった。ヒトシの情報は本当だったか。

 一、二、三と、拳の打撃をくらった。顔、腹と胸に。痛い。痛かった。諦めず、足蹴りで膝をあててやった。バーは、やがて喧嘩で盛り上る。

「やってやれ!」

「米兵に一票!」

「いや、タダシに一票!」博打が始まった。合計、アメ公に五十三票と自分に十七票。外人の方が体も大きいし、軍兵だから勿論、格闘技も上手いだろう。知るか! 右手を上げ、勢い良く飛び掛かった。運が良く倒れてくれて、思いっきり一発彼の左頬にあてた。拳、指の先の骨が痛む。赤くなった。倒れたアメ公を見るのは微笑ましい。

「おい、やめろ!」と警察共がついた時には、もう金を手にして夜に逃げた。夜道の雲から顔を出す満月が美しく、餅に見えた。こんな綺麗だったのか。そんな、ぼんやりな瞬間は消え、借金を思い出す。暗い、海辺の近くにある小さい店、酒之肴屋(さけのさかなや)

「おゝ、来たか」がらがらした声のマネ。本名は知らないが、人々は恐れ、金が必要な時は、この「Money」と云われる人物に手を借りる。

「はいよ」

「おゝ、まいど」ぺちぺちしながら、嫌な音を立てる。

「ああい、あと五円足りねぇ」

「あゝ、そっか」ポケットに手を入れて、探した。

「でもな、ダダシ君。いいんだ、五円くらい。お前は良い奴だけどな、こんな時代に生まれてなけりゃ、尤金持ちの家にうまれてりゃぁな。きっと、勉強して、えらい奴になって、可愛い嫁もってさぁ。尤、真面な人間になっていたかも知れねぇ。だから、ま、いいんだ。必要な時に呼ぶからさぁ。そん時よろしくぅ」

「あ、はい。どうも」良い奴? なのか? 人ってわからねぇ。


 寒い朝におきた。日が昇る直前、紅く染まる雲が見えた四角の窓。ガラスに烏が止まり、トントンと叩き、どっかへ飛ぶ。何も思わず、トイレの鏡で自分の顔を覗く。嫌な目つき。こんな奴が、俺? あゝ、まあいい。

 姉は、結婚した。家は、貧乏だった。父は病にやられ、母は、何処かへ消えた。叔父が面倒を見てくれた。優しい叔父だった。学校に行かせてくれた。だが、またしも病にやられた。十七の時だった。今はもう二十歳の自分は、叔父に見せる顔は無い。

  姉は、ある工場の次男と結婚した。その男は、善人面した奴だった。悪い奴じゃないと知っていた。金は少しあり、姉には貧しい生活はしないだろう。だが、姉の結婚式の半分、一千円は、自分が払った。借金をマネにして払った。そんな大した物では無い。姉は知らないと思う。が、彼は知っている。別に姉思いとか、そんな立派な志ではなく。唯、せめて、一生で一度の結婚式を豪華にしたかっただけだ。今は、北海道の何処かで幸せに住んでいるらしい。

 一人、横浜。住んでるボロアパートは、臭くて鼠が部屋に顔を出して挨拶する事すらあった。運悪く軍隊に呼ばれなかった。姉は戦争反対派であったから、厳しく「タッちゃんは、絶対行っちゃ駄目!」と叱られた。本当は、行きたかった。軍隊にでも入れば、お国の為、誰かの為になると信じていた。今更、如何仕様もない過去。

 大学には行けず。働き口もない。闇市に探しに行ったこともあったが、姉に見つかり又叱られた。金は、喧嘩したらもらえると知ってから、チンピラから取ったらり、人の女性に手を出したりしてバーで稼ぐ。生きる意味なんか、青春は無く、心躍る楽しみもなく、当たり前の様に酒を飲みに行く。

 飯を食う為に必死になって、殴る。実際、自分は暴力反対派だ。だが、金と道徳。どっちが大事だ? 自分は、腹減ってでも自分の「誇り」やらを守る純粋な人間ではない。こんな「終戦」と云える時代に何が道徳だ。戦争の「勝ち組」とやらがどうせ「英雄」となるのだろう。あの憎き米国が。何故だ? 俺は思う、原爆をしてでもヒーローってか? これからの世代の「日本人」は過去をみて、己の祖国に恥を感じるのか? ふざけるな! 命を張った人達の思いは? 決心は? どこに行く?!

 真昼間の道を見渡すと違法パンパン達がアメ公共を誘っている。喉の奥から湧き出る「裏切り者!」の声。この日本の誇りは何処へ消されたのか? 敗戦国だからか? 何でもいいってか? あゝ、どうでもいい(よくない)!

 道端には足、目、腕、体の一部を失った元帝国の兵士たちが群がっている。「可哀そう」と思うべきなのか。が、奴等の中には金を全て酒と肉に使う卑怯な者もいる。そこにあの踊り子。

「おいテメェ!」アメ公と腕を組んで歩いている。振り向く。

「昨日の」

「お前か!」米軍の軍服をきた日本人? 踊り子は目で彼を止める。

「マリ! こいつだろ」

「いいの」男は下がった。

「誰だか知らねえが、恥何かねえのか? アメ公なんぞと付き合って。それでも日本人か?」

「恥? ないわ」

「そいつか」

「だったら」アメ公に向けて言ってやった。

「軍服なんて着ちゃって、顔は東洋人みたいだが、本当にアメ公なのか?」

「失礼な! アメリカの軍人だ」

「ほう、んじゃすまなかったな」

「ああ! そうだ。もしジョンがいなかったらどうなってか。日本人はもっとおとなしいと聞いてたがな」嘲笑うように云う。

「知るか、ジョンか。あのボロクソ弱かった奴か! ハハハハ!」

「辞めな」日本人の顔だけの男は殴ろうとしたが踊り子が又止めた。

「Hey!」ジョンらしきが来た。日本人の顔をした者と握手をした。友情か。睨みながらこっちをみる。

「あんたどこの国の味方だ?」

「アメリカに決まってる。敗戦国なんか馬鹿馬鹿しい」

「そう。やっぱりやだな」

「そいつにすまなかったって言ってくれ。すいませんでしたなお嬢ちゃん」

「もっと野蛮だと思ってたけど。違ったかしら」

「アメリカ人じゃあないのでね」

「You! もう一度祖国を侮辱してみろ! 地獄を見せてやる!」

「へぇ、そのジョンよりも強いのか?」しょぼんと沈んだ。

「あれれ、やっぱり弱いのか」

「それ以上彼を馬鹿にするなら警察に捕まらせるよ」

「おー、怖い怖い。お前知らないだろ。そこにいるジョンはな十五六の少女を犯そうとしたんだよ。そしてこっちが悪者か! あーあ、やっぱりアメ公は頼りにならねえな。原爆何か落とさないと戦争に堂々と勝てないからな。でもまあ、敗戦国の人間なんかの言葉はアメ公さん達にはとどかないか」

「行きましょう」三人は去った。あの女は危ないな。名も知らぬあのアメリカに平伏した女。アメ公は馬鹿でジョンは阿呆だ。ああ、つまんない時間をつかったもんだ。

「ふん、グッドバイ」鼻で彼らの背中を笑ってやった。

 道に戻り、歩く。そこでみる、親を失った子共達は、床で見つけた煙草のカスを口にくわえる。イラっとなり、腹をけった。外人が来て、

 「What are you doing?」嫌な目つきで声を上げる。うるせえ。

「正義!」次の秒。顔をなぐる。太陽が光る日の下で三人の米兵が来て、群がる。

「俺を止められるなら、止めてみろおおお!」叫んだ。心の底から叫んだ。

 気付くと自分は、横浜警察署に送られていた。又か。

「おい、タダシ君またやってくれたなあ。母親の顔が見たいもんだよ」犬か誰か何か関係ねえ。足で奴の股をけった。

「テメェ!」他の奴が自分の顔を灰皿で殴る。気絶して、目をさました処は牢屋。そこには自分以外に二人の罪人がいた。一人はボソッとした爺さん。他は、ジョラと云う変な奴であった。

「お前が、荒し屋のタダシさんかぁあ?」気持ち悪い云い方だ。

「だとしたらなんだ?」

「いやあ、唯あ、頬に大きな傷後。体が小さいのに喧嘩には強い。あんた、何もんだ?」

「こっちのセリフだ」

「情報屋のジョラとでも云おうかなあ――。あんたあ、この世界変えるよ」

「何だ、白痴か?」

「かもねえ、だがなあ――」彼の話は聞かなかった。

 暗い牢の部屋角を見つめる。そこで思い出す。何時か戦争が始まるずっと前。父が亡くなる前。フミと云う娘にあった。家の近くで学校にも行かなかった頃。記憶にはあんまりないがきっと彼女が自分にとっての初恋相手だったろう。良く遊んだ。そこで考える。まだ、生きているかいフミ? 何故? 心配か。

 三日位経ち、マネが牢まで来て自分とジョラを釈放した。

「今から仕事をしてもらう」

「ちょまてよ。誰も釈放しろと頼んだねえよ」自分は怒った。

「知るか、今は、シャバにいんだからいいじゃねえかよ」マネは車に乗りながら云う。

「わじゃ、構わねえ」情報屋は帰る処がねえからそんなのんきなことを云えるのだ。や、自分も帰りどころも無い。仕方がねえ、借金もあるしな。付き合うか。

「じゃ、若い物を集めてこい。パン一個あげるから、赤レンガに来いとさ」マネは自分にバッチを渡した。旭日旗であった。この期は米国の命令で禁止になっていた。

「俺らは、昇天(しょうてん)だ。この腐った国を変えるのだよ。頼むよ、タダシ。お前もその意志があるのだろう」

「のった!」その時決意した。こんな日本は嫌だ。変えてやると。

 道のそこら中に少年、青年達をさそった。

「いや、いけば食いもん貰えるって甘い話だろよ。信じれるか」

「でも、あんたら、行く当てもなけりゃあ、食う金もねえんだろ」ジョラは云う。

「ふっ、いいじゃねえか。行ってやりゃ。無かったらお前の顔殴ってやるぜ」生意気な若坊。

「信じろ。信じろ」ジョラは、次々に納得する詞をかけていく。

 やがて夜になり、赤レンガ倉庫に向かう。驚くほどの数。二百? 三百人程いた。高い舞台にマネが昇った。

「いいかお前等! この国を見てみろ。敗戦の地を。憎き米兵達がそこらにうろついていやがる。家も無けりゃ、仕事も、金も、食いもんすらねえ! 可笑しくねえか? 先人達が命はって戦ったのにこんな見っともねえ世の中になっちまった。死んだら見せる顔もありゃしねえ。思い出せ、この国は誰のもんだ? 俺達は、何物だ? 何でのんきに生きてけるんだ?」

「負けちまったからだろうが」

「そうだ、そうだ」

「早くパンをくれ」

「馬鹿な事いってないで、降りてこい」

「我々、昇天は、日本に革命も起こす!」


 その晩、このように新聞にのった、

「五人の『革命家』達がつかまえられた」

「五人の国家を揺らがす者達」

「あの五人は、英雄か、悪党か?」


 又、牢屋に捕まった。マネ、ジョラ、自分と後二人。同じ牢であった。とてもではないが、五人用の部屋では無かった。作戦が上手く行かなかった。やがて寒い朝が来て、管理人がやってきた。五人の体を物と扱い、月がまだ見える床に正座させた。

「聞くがいい。この世間を脅かすやから共!」声が気味悪かった。

「日本国は、アメリカに負け、世界にとっての恥、強敵、化け物が住む地とみられる。我々新政府は、この状況を変える為に働いている。なのにまだ、愛国心など危険な思想を持つ物がいるのなら問答無用に処罰を受けさせる」鉄棒を床に叩く。

 「水を投げろ」バケツで五人に冷たい汚れた臭い液体を浴びせた。どうやら牢獄の汚れだそうだ。

「だが諸君、武力では解決しないと知っている。だから、発言したまえ。何故こんな馬鹿げた真似をした。お前からだ、自称マネイ君」

「国を良くする為だ。何も悪い事はしてないはずだが?」

「だまれぇ、国? 敗戦国など新政府に任せればいい」

「大和魂は、忘れちゃいけねぇ」

「大和魂? 武士道など、これからのジャパンには必要ない」

「武士道ではない。武士道は、間違っている。だが、千年以上の歴史を刻んだ大和の心は、何故この十年足らずの戦争で忘れちまう? それは、あの偉大なアメリカでさえ恐れるからだ」

「グレイト・USAが、恐れるなどありえない。新時代が始まるのだ。この第二次世界大戦が失敗の結果をみせただろう。日本人が管理できなかった国は、新な思想、フィロソフィが必要とする。それが、欧米思想、アメリカの考え方だ!」

「違う。ここで和心を失ったら次の世代の日本人は、もう自分自身が誰か忘れてしまう!」

「忘れる? ふ、馬鹿が。覚えるのだ。進化だ」

「それこそ洗脳だ! 日本弱体化をアメリカが計画して実行している!」

「又、馬鹿げた事を、口を塞げ」マネの口に雑巾を突っ込んだ。

「少年、何故こんな野蛮な物達と群がる?」自分に尋ねた。

「革命の為」

「はぁ。もっと面白い理由はないのかい? あ、いや待てよ。お前、あれじゃないか。あれだよあれ。ほら、何時も、毎週の様にここに捕まる『brawler』の何だっけ? まーいい。そこのブローラー。いや、ブロでいいや。喧嘩強いんだっけ?」

「まぁな。ブロって何だ?」

「あ、ソーリィ。喧嘩屋って意味だよ。英語でね」総理? 意味わかんねぇ奴だ。

「面白くなってきた。んじゃ、このブロと確か太石? が喧嘩して。勝った方が出る。うん。あいつを呼んで来い」牢獄の犬共は、黙って云われた事をやった。その太石とは、体がでかかった。自分の背丈の倍以上、腕は太い大根三本くらいだ。

「いいか、太石君。君があのブロと喧嘩して勝ったら君の罪は軽くなり来月位にはここを出て良いよ」

「そこの、ブロ君。君は、まあ、勝ったらそこのあんたの仲間達は、皆ここを出てもいいよ。だがまあ、もしこのまま喧嘩しないでしっぽ振って黙るのなら二年牢獄行きね。でも喧嘩して負けたら、五年ね。どうする?」当然、殆どの人間は、ここで逃げるであろう。考えた、そしておびえた。考えるのをやめ、集中した。

「こいや、言っとくが喧嘩一本勝負。ルールなんてねえ」大物は熊のごとく走った。勢いよく向かってくる。右拳で顔を狙ってきた。よける。自分の足腰に力を入れ、右腕を上げる振りをして右足で思いっきり太石の太った顎に蹴りを入れた。すん時が過ぎた。命中、鼻血を出して床に倒れた。勿論、運だけじゃない。毎日の様に喧嘩だけしてりゃこんなもんにもなるものだ。

 その場にいた誰もが目にした光景。その面には、驚きと恐怖であった。

「見事だ! ブラーボ!」拍手をする管理人であった。

「これで自由だな」

「勿論、豚共を外へだせ」マネ、ジョラ後二人を出した。

「君は、残りなさい。ブロ君」クソ管理人が!

「だましたな!」

「いや、ちゃんと約束通り出したじゃないか。しかしね、ここを管理する役目を持つ者としては君みたいな存在をほっといていけないのだよ、君の行動、今ここでしたことをねぇ」

「はぁ? ふざけんじゃねぇ! 何をしたって云うんだ?」

「ほら、あなたの仲間、ここの囚人の一人に暴力をふるったじゃあないかあ? どうだ、太石君、痛いよね?」意識もない熊男の髪を握り、頭を上げた。

「痛いでちゅ、痛いでちゅ」管理人は、声をわざと高くして云う。外道が。

「ほら見ろ、可哀そうではないかぁ」

「そいつを離せ」

「まぁまぁ、その罪として君を如何しようかなぁ? この牢に置いても他の囚人達に危害を与える可能性があるしぃ。だからと云って他の牢獄にも連れていけないしぃ。処刑できる罪でもないし。残念な事に島流しって云う刑罰も現在にないしぃ。あっ! そうだ。君、我々の為に働きなさい」

「何云ってんだ。俺は、自由の身だ。ここを出せ!」

「黙ってついてきな」銃弾を背に向けられた。死ぬよりましだ。


 連れていかれたのは、どうやら警察のお偉いさんの処らしい。

「どうしたんだ、横浜牢獄管理長の下毒? 君がくるなんて珍しいではないか」

「これはこれは、マイ、ジェネラル。この者をお連れしました」

「小柄で怖い顔をした小者のようだが」

「奴があの太石を倒しました」

「ほう、そして」

「彼を牢獄に置いとくのは、危険と判決いたしました。どうか彼を組織へ置けませぬでしょうか?」

「そうか、しょうがないドグに任せるか」

「ありがとうございます」

「だが、待て。彼は忠義を誓えるか」

「勿論、ほら」管理人は、自分の前にナイフを渡した。

「?」

「わからないか、ブロ君。いいか、ナイフを持ってAのモジを描きたまえ」自分の背中に銃を突きつけながら云う。

「できないか、かいてあげよう」何も抵抗できないまま手を結ばれ、ナイフの先が皮膚に刺さるを感じた。恐怖で痛みは数倍になった。声も出せず、意識を失った。

 

 起きた、右手に痛みを感じる。

「ワーオ、ビューティフルではないか」管理長。

「何を?」

「右手を見たまえ」そこには、三角の英文字「A」の刺青。

「ALLIANCEのAだ。君は、牢獄人でも自由民でもない。組織で働いてもらうよ。逃げても構わないが、見けられたらすぐ射殺と命じてある。如何する? 死にたいのなら今のうちだよぉ」笑みを浮かべるカスが!

 なんて外道な。死ねない。何て時代だ。死ねない。何て人間だ。死ねない。犬の下っ端だと。死ねない。クソが。死ねない。仕方ねえ。死ねない。


「全員立て!」声を上げながら臭い髭をはやしたおっさんが云う。命令とされた事は、絶対である。監獄にいた者が殆どであった。実際、罪犯を犯し逃げ場のない人間、いや、牢人であった。自由民ではなく、外へ出るのは許されても、あくまでも「仕事」、「命令」の為である。逃げたらすぐ射殺。組織の中にいる特殊部隊。いや、具体的には裏の社会を動かす者達の下っ端、影の汚れ仕事をする集団 。

 中にはA とPがいる。P は「pawn」チェスの駒を意味する。隊の前線で命を落とす物だ。死んだ方がいいのか、戦う方がいいのか。精神崩壊の寸前にいる獣達である。Aは「aggressor」暴力と侵略を持つ者、監獄や牢屋で扱えない人物達。P達の上に立つ。Pは二三百人。Aは二十人もいなかった。この裏組織の下で働くと云うことは、新政府が作る国の安全を守る事である。

 記憶にはないが、組織に入る前に思想指導が行われた。絶対的忠義。新政府が正しい判断を下し、仕事を我々がやる。恐怖を恐れず、希望を嫌い、国家を守る。刃向かいもせず、忠誠を誓う。そのため自己を開花する。トラウマ、フォビア、フィリア、イデアも捨てる。過去を失うことで進化する。社会は変化を求めいている。その為に組織があり、我々がある。創造するのだ! この腐ったJapanに革命を起こすのだ! ALLIANCEの為、必要悪だ。社会、世間を維持する為には必要ない物事を切り捨てる必要なのだ。人間社会(ヒューマンソサエティ)を保つ為のことである。


 第一の仕事は、サンカと云う違法に山に住む集団を追い出す事であった。不法侵入者、歴史では放浪人とされているが実際は窃盗罪、器物破損、器物損壊、万引きなどなど数々の犯罪を犯している。集団の中には逃走者、脱税者、主に犯罪者と規定する。仕事は生きて捉える事。都会から離れた山々周辺に目撃確認あり。およそ一万人が散らばっている予想。ほぼ全員を捕まえたと云う、残り二百人程度。

 真夜中をトロックで走る。埃と煙を立てながら音を出す。木々と冷たい空気が這い回る。銃を持ちながら探索する。

「いたぞ!」P達が木棒をもちながら走る。老若男女問わず差別なく取られる。犯行するものはいなかった。武器も思想も持たずものであったから。乗せる。汚らしいボロ着を来てる。一人が我の視界から抜けて逃げようとする。

 バン! BANG! 二発。Pだった。「このクズどもが!」と喘ぎながら痛みを訴える。

A 84(エイエイティフォー)どうした?」

「いえ、残念なことに組織から去ろうとする者がいるので」

「射殺しろ」

「勿論」冷たい空気を吸う。友の死に悲しみを。泣き叫ぶPは命ごいをする。人間としての誇りをなくし、畜生となりすましたものよ。頭、耳に銃口を刺す。脳味噌を突き刺さる様に鉄玉が通る所々を破壊しながら血を吹き飛ばす。血と火薬の臭いがした。組織に逆らおうとは愚かな生き物よ。

 もう一人のPが逃げようとする。三発。頭に命中。残酷と思うな。自然の法則なのだ。命令なのだ。お前を知っていただろ、単なる犯罪者が組織の為に仕事まで与えてもらったのに逃げるってことは如何云うことを意味するのかを。自由民なんかに戻れることはないのだ。死刑になるべき犯罪者をまだ命を与え生活をするのを許されたのに。それ程の自由はあるのか? 愚かに死んだPよ、恨むな。死はお前達の選択だったのだ。恨むなら己を悪め。思想指導で覚えただろう「組織に刃向かうなかれ」と。愚かだ。

 組織にサンカ百何人をわたした。サンカの犯罪者達は如何なるのか。思想治療が行われるみたいだ。あの医師に治療されたら誰でも歴とした人間になる、サンカの者共も社会不適合者から社会繁栄に役立つ人間になる。医師、ドクターラグマラ。変わった名前の「Doc.Laggmara」と呼んでいいと言っていた。愛想良さそうな年を重ねた人であった。

 囚人、サンカ達冷たい水で体を洗いさせ一人一人ドク(医師)のもとへいった。その中に一人可笑しなことを言い出した女がいた。声を上げて、

「タダシでしょ。私よ、あなたの母親よ」タダシ? 我はA84。母親なんぞいない。

「黙れ。私語は禁止だ」と命令を従う。しかし、驚きの気持ちが現れる。記憶が蘇る。自分は? 母親は確かにいた。誰の記憶だ? 我はA84! 仕方なくドクのところへ行く。

「如何したのだA84? 問題でもあるかのかい?」

「思想崩壊です。記憶と思い出が蘇る感じがして。過去のことです」女との接触を話した。

「珍しいね。実に興味深い。いや、そうか、では話してみたら如何かね。本当にそうなのか確かめる為に」

「しかし、それは命令違反では?」

「大丈夫、この私、ラグマラが保証しよう。いいかい、覚えている記憶を全力で思い出してその自称あなたの母親と向き合うのだ。誤魔化さず、嘘をつかず。もし単なる時間の無駄だと判断したら部屋からでな」あの女とは事情聴取との名で話すことになった。

「タダシ、早くここから私を出して。警察官になったのね、えらいね。ほら早くここから出して」髪がボサボサで白髪が多かった。やはり声がでかく、うるさかった。

「我はA84です。タダシと云う人物ではありません」

「で、出す時にアカラシも出して。私の夫よ」話が通じない。早口でいう。部屋を後にしてドクに報告をする。

「精神に異常をきたしてます。射殺の令を」

「残念だ。いいだろう。そのアカラシと一緒にお願い」

「はっ」コンクリートで作られた牢からアカラシを探す。鉄のドアを開けると汗の匂い。アカラシは男性と性行為を行っていた。畜生が。

「アカラシ、自由だ。出ろ」

「オオオ」と呻き声を出しながら生塵の臭いを充満しながら出る。気狂い女と合わせる。

「アカラシ!」と叫ぶ女。後ろから四発。又、四発。即死ではなかった。二人の体が倒れた。ヘッドショット。屍となった物を運ぶように命令した。するとすんと記憶が消える。やはり幻想である。我はA84だ。組織のみに使うのだ。


 第二の仕事は、榊厡凰神(サカキバラオウガ)と云う犯罪者を連行することだ。米国から逃げてきた日系米人。米軍関係者五人が負傷、二人死亡。日本本土にて暴力団、ヤクザと関わりとの情報あり。別名「悪魔殺し」と呼ばれている。身長7フィート以上、首に虎と龍の頭の刺青の情報。右手に傷あり。殺人罪、逃亡罪、暴行罪、不法入国罪及び、国家反逆罪で問われている、現在身元はギャングの基地とのこと。

 その仕事が行われる時はAは十人もいなかった。Pは九十人くらい。死はともに歩む出来事である。拳銃、武器を持つと云うことは何時、何処で射殺されてもいいと示す覚悟である。そのミッションを遂行するには米連合国から連邦捜査局、中央情報局、特別捜査官が来た。その榊厡が情報を奪ったみたいだ。彼、曰く書類を取り返すように命令された。横浜都会から離れた街に行き目撃情報が多いバーで見つけた。

 電球に発砲した瞬間P達が榊厡に群がる。左手で追っ払う、吹き飛ばす。

「何故だ? なぁ、何故だ?」榊厡は云う。暗くて良く見えない。

「何故お前らは悪魔の為に働く? GHQ、アメリカが洗脳していると気づかないのだぁ?」一瞬にして背後にいる、

「はっ」と云う間もなく四十五度上げた左腕で蹴飛ばされた。視界が赤く染まり、A達が榊厡に発砲。最後に、「この悪鬼供がああああ!」と叫ぶ大者を見た。


 ——記憶喪失——


 朝、起きる。窓掛けがひらひらと風あたりを模様し、気持ちの良い朝が吹く。ベッドからあがり朝食をとる。仕事は新聞記者と編集者、上司は何時も「金の為に働け、儲かるように記事を書け」と口癖の如く云う。自分には女房がいる、生活は苦しくなく平凡である。まさに「平和な日常」である。

 女房、(みお)さんとは何時結婚したことは思い出せなくまだ他人行儀でギゴチナイ。自分の名前も親の顔も思出せなく、鏡で見る自分の顔が本当に自身のかもわからない。確実なことが何もない。あやふやを生きているみたいだ。仕方なく女房に云われて近くの白豹(ビャクヒョウ)病院へ向かう。昼なのに暗いと見える。視界が黒く染まる。精神にが異常だと思う。看護婦が子供の後を追いかける。

「どうぞこちらへ、看護婦達は今忙しいので」白衣を着た「奇妙」を漂う先生(?)が案内してくれた。部屋に入り珈琲をついでもらった。

「どうも、藤浪です。何か用があってきたのですよね。どうぞ何が異常なのですか」静かな死んだ目をした医師だ。あまり考えもせずに話し始めた。自分には昨日までの記憶しかないと、顔が別人の物だと思うと、女房と何時結婚して息子娘がいることは知らないと、本当にここが現実なのか、何も思いだせないことを。恐怖と不安でいっぱいであると。

「そうですか。。。」少し考え机の上にあった薬を幾つか手にとり、

「この青薄い紙で包まれたのは一日一回飲んで下さい。この赤いのは本当に症状が危ない時に飲んで下さい」寸として部屋を二人後にした。廊下を歩くと、

「よしきた」

「兄さん、兄さん!」

「呉一郎は、、、」

「写真を撮ってくれないか、、、」等々と聞こえる。幻響(げんきょう)なのか?

 夕方近く一人で寒い道を歩く。疲れなのかもしれない、体が疲れているから心も疲れたみたいに感じるのだ。家に入り、風呂に入り夜食を食う。薬を飲む。少し安心感を思い酒を飲み込む。写真を見かける。自分らしき人物とお腹が膨らんだ女房。女の今の腹を見る、何故膨らんでいない? 赤ん坊の存在も気配もない。尋ねる、

「この写真は何時のですか」

「半年前のよ」なぜその表情を見せる。

「この子は何処へ」

「又そのこと─」又? 何故「又」なのだ。記憶にないのだ貴女のお腹にいた子のことを。誰の子供か、記憶に無いのだ。罵倒しないでくれ、軽蔑しないでくれ、

「私達の娘だったのよ」彼女の目は水分が光を反射するごとくシャボンの様に見せた。涙であった。自然とポタポタと落ちてゆく。耳、目周り、鼻が赤くなり、そこで自分は気付いた。遅すぎた。考えが嵐波に飲み込まれ後悔と屈辱に覆われた。自己意識と同時に自己嫌悪。自分は何者かの再確認と自分が今起こした非人間が起こした言動。なんやらかの理由で女房との娘が亡くなった。女房の気持ちを考えてみよ。何ヶ月間一緒の肉体であった命、己の血肉で誕生した生命体を失うと云うことを。愛情の具現化を、神から与えられた偉大なる命を奪われた。半年も経っても女房の気持ち、心、精神は回復しないであろう。なのに自分がしたことはその記憶を思い出す行為である。狂人でさえもこんなむとんちゃくな慈悲無きことをしないであろう。なのに自分は、、、ああああすまない、すまない、すまない。確かに! 確かに自分には娘がいた。本当にいたその為に好きでもない仕事と残業した。新たな幸福の為に全てを尽くした。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。気づくと涙が溢れた。自分は、夫としての役目は女房を支える事なのに。すまない、すまない、すまない。

「ごめんな、ごめんな、ごめんな。許してくれ、許してくれ、許してくれ。僕は、僕は──」

「もういいの。もういいの」澪は優しい言葉を掛けた。後悔、後悔、後悔。淋しさと悲しみで流転々々。もう生きる気力すら失った。

 半年がたった。

 自分、つまり芲刺郶(ハナシベ)椿(つばき)としての人生を生きていた。自分はどうやら娘を亡くしてから発狂したみたいだ。正確には精神異常者になったと云う。記憶に異常、情緒不安定、鬱病などなど。しかし今は克服し人生を懸命に生きている。女房にも仕事にも気合いを入れている。道端へ記事にできるネタを探しに行く。中華蕎麦屋の近くの公園、

「愛される共産主義(コムニズム)! 国民よ立ち上がれ、今がその時期だ! 古き考えと文化を手放せ! 今、日本が必要なのは新たな思想だ。それこそКоммунизм(コムニズム)だ!  資本主義社会を見よ! 貧乏人はもっと貧乏になり、憎たらしい金持ちはもっと金の亡者となる! マルクスを、エンゲルスを、レニンを読め! 腐った人間共を滅ぼす時だ。これに宣言する! 全ての財閥へ、全ての社長共へ、宣戦布告だ! 我々、プロレタリアードを舐めるな! この社会に革命を! 金持ちに死を! カピタリズムに滅亡を!」と真っ赤になって叫ぶ。三十代近くの四角い眼鏡を掛けた男性。薄すボロけた、炭で汚れた工場作業着。すると自分に近づいてくる。

「あなた、ずっと見てますが。何も書かないのですか?」手に帳面とペンを持っていたせいか、記者だとバレた。

「僕の記事を書いてください。僕はЯпонский(イポンスキィー)、本名は捨てました。露西亜(ロシア)にいた時期がありまして。いや大した事ではないのですがね。但し、左翼思想を習いまして、、、」勝手に話し出した。

「ですから、日本社会、経済、思想が変わらないと日本人がこの世にいなくなるのですよ。自由、権利、平等をもとに僕は戦っているのです。アメリカ合衆国が思想的、心理的、文化的に洗脳をする前にしないといけないのです。もしかしたらもう遅いのかもしれませんけど」このイポンスキィーと自称する者は頭がおかしいのか?

「ですから記者さん。僕の革命を記事にしてください。ドーンと日本左翼革命と書いてください。人によって僕が頭が可笑しいと思うかもしれませんが本当に知識がある人間だったら僕が言ってることをわかるのです。そこらの凡人共が考えれない事です。お願いですよ。記事にしてください!」必死になって札束を何処かから取り出し手に渡した。戸惑い、面食らった。何故彼はこんな大金を持っているのだ。

「ああ、これは露西亜からの支援です。きにしないでください。まあ、少し多いですか。じゃこの半分で手を打ちましょう」何枚かの札を別にして渡した。

「わかりました。じゃあ写真を撮りましょう」写真屋へ行きポーズのいいのを何枚か撮った。記事を彼の言いたい放題に仕立て上げた。左翼など、共産主義など。会社に戻り社長に報告。

「そうか、金になるように書けよ」上司は金の亡者である。

 彼、イポンスキィーの写真や言動を言葉にして記事を書く。でかく「日本左翼革命」と赤く染めた。思想家、革命家。新たな日本の為などと綺麗に飾った。色々と盛って人の目を奪うように書く。一週間程過ぎたら新聞は大繁盛。

「よし、よくやった。売れた売れた!」上司は競馬が当たった如く喜んだ。同じく少しの金をもらって自分も浮かれた。しかし、警察が戸を叩いた。

「この腐った記事を書いたのは誰だ? 左翼思想だあ? ふざけるな!」自分と上司が署に送られた。

「記事を書いて何が悪い? それが我々記者の仕事だ。仕事を奪うなら弁護士と話してくれ、法律の上で話そうじゃないか」

「誰様だと思ってる? 質問をするのは俺だ! いいか、知りたいのはこのイポンスキィーの正体だ。誰がこいつと話した?」叫んで、凶暴的である。

「彼と僕が話しました。○×公園で⬜︎曜日△時です」情報全部を嘘なく話してた。

「そう、よく言った」これだけの為に拷問近いことしなくても。警察は何をしようとしてる。人民を家畜の様に扱い、それからはポイか。ふざけるな。税金泥棒が。

「待て、芲刺郶。警察って言うのはこういう奴らだ。敵に回したら終わりだ。記者として働くって事は警察や政治と戦うことでもある」怒りを治めて中華そばを食べに行く。上司は戦争の時代を生きたと云う。軍が全て、江戸時代のような「侍の云うことは絶対。逆らうと死ぬ」社会であったとか。血と銃の毎日。平和の為の戦争か。単なる戦争ごっこか。戦争反対が非国民と見られる時代。やがて敗戦となった日本は狂った。アメリカが云う様に金が必要になってきた。物質が大事だと云う。

 時は経ち、赤狩りが始まった。反政府行為とされ左翼をうたう者を探した。裏では拷問をされたと云うとか。米軍も協力的に見せた。やく一万人以上の赤組。同時に「昇天」の代表から記事の願いがあった。彼の名はマネと言った。本名は事情があって話せないとか。

「大和魂と書いてください」真面目な目。主に、彼らは日本をアメリカの思想、洗脳から解き放ちたいとか。反米派組織と自ら名乗った。又々、新聞は売れて警察が来た。

「又、おまらか。いいか、もうそのテロ達と関わらないてくれ。次は新聞社ごと閉鎖してやる」居場所も特定できなかった。日本社会の青年達は革命を栄光と見做し組織達に入る。次々と社会をゆらめく運動が行われた。反米派組織に関わっている者達は、昇天、コムニストと重要指名手配の榊厡であった。

 無論、ニュースになる、大スクープ、終戦大混乱の時代。どんな希望であっても人は握りしてたい。共産主義はとても魅力的であった。プロレタリア文学が再流行し、赤をシンボルとした若者達が道を歩いた。警察予備隊との名の組織が武力により抑えた。学生運動との名の暴動。

 同時期、「昇天」は壊滅。マネを責任者として捕まえられた。榊原の居場所は又も不明。時が経ち新聞、ニュースはバンド、ロックでいっぱいになり。終戦直後の昭和は忘れらた。赤、社会主義は話題にもならず、少年はギターを手に、少女は身スカートを着るようになった。しかし、まだ終わっていないないと云うことを自分は知らなかった。


 バーにて、新聞社の上司と、

「実はな、お前にだけ話さないといけない事がある」酔った勢いでも、落ち着いていた。

「あのイポンスキィーは、自分の息子なんだ。ま、話ってのはお前に探して欲しんだ。勿論、探したいなら探偵とか警察に頼めばいい筈。でもな、彼らは何も行動しないのだ。探偵も極めて彼の詮索を嫌がる。だからお前しかいないんだ。もう俺の人生も長くない」ウィスキーを飲み干し。

「無理にやれと言わない。だがな、お前はもう一人前だ。今のスキルでどうにでもなる。だからだ、お願いする。この通りだ」頭を下げた。

「わかりました」はっきりと言った。自分にはできる自信があった。警察、暴力団、共産党を淡々と探した。情報など全くなく、何か、誰かが陰で意図を弾いていて尻尾を掴めない。最後の希望、彼の母親に話に行った。しかし、道中疲れた果てたホームレスが襲いかかった。

「このカバンはもらった」

「待て!」走った。目の前で転んだ浮浪者からカバンを取り戻す。

「アンタ、アンタ! 絶対そうだ。お前だ、お前だ! 何してんだここで」

「は?」変人か? 警察を呼んで家に帰った。

「どうしたの」かわいい女房は元気でいる。腹が大きくなっている。次なる子である。

「いや、ちょっとね」

「そう」

「かわいい澪の顔が見てくて」二人笑う。すると硝子窓を叩く音がした。次の瞬間割れた。

「お前! なんで幸せそうにしてるんだ。このクソが!」さっきのホームレスが家まで来ていた。襲いかかって来る。

「お前みたいな人でなしが、鬼が何故幸せそうにしてるんだ。人を何人も殺しといて、仲間を何人も殺して、罪なき一般人まで手を出して。家庭を持って、仕事を持って、何幸せそうになってんだ!?」

「なんのことだ?」

「覚えてないだと? 思い出させてやる。このP53がなあ!」殴りかかる。ん?ー。一瞬にしてホームレスを倒す。

 意識を失う、、、

「川馬先生。どうするのですか。記憶が蘇った可能性がありますよ」澪? 川馬先生?

「問題ない。後こいつを仕留めるだけだ。焦らないでくれ、全て計画通りだ。フミ君、君は続けてくれ彼の『平和な日常』を。無論、もう潮時かもしれないかもね」微かに聞こえた。

 起きた。頭痛、吐き気、二日酔いか? 部屋を出る。

「おはよう」笑顔で迎える女房。

「おはよう澪。今日は休みだから家で過ごすよ」

「そう」胸に寄り添う彼女。自分は思った。幸福だと(疑惑)。

「赤ちゃんの名前なにするの」

「そうだね。男の子なら」頭痛。

「どうしたの?」

「薬をくれ」赤い薬を飲む。開花。思い出した。自分の名前はタダシ! 鏡で顔を見る、全く違う。何が起きた。自分に何が起きた? 後ろから針が刺された。

「澪?」

「悪く思わないで。全ては、、、」

気を失った——。


 さてやさてや、何処から始めたら良いのか。私のことか、それとも実験のことか、いやいや、やはり彼のことか。ま、いっか。実際に起こった事も知らない野蛮な者にわかる筈がない。侮辱ではない。しかしながらも自分自身も正確にはっきりとわかっていない事だから、鮮明に説明をしようとしてもぐちゃぐちゃになってしまう。あやふやなアンガラコンガラな、ゆふぁゆふぁなのだから。くらげから骨を抜き取る様な事柄なのだから。が、言わないといけない、この世に訴えないといけない。誰もが信じなくとも、誰もが可笑しいと揶揄われても、伝えないと。私には伝える義務も権利もない、勿論そんな角苦しいこと何かどうでもいい。少しの歴史と精神心理学に興味を持つ者には簡単に笑える話であろう。しかしながらもそうシンプルに解決できない。これは彼と私の会話だ、、、

「良いかい、タダシ君。君は非常に運が良い。無論、運など存在しないが、それ以上も以下も論理に入らないから仕方なく運が良いと云うしかない」ここで誰と誰が会話をして、その窓の横にいるモノは生きているのか、精神異常をきたしているのか、それともかれとも単なる夢を見ているのかは私に分析できない。化学要素、算盤に打つ駒が揃っていない。

「いや、君に謝りたい。完璧な敬作に失敗を計算に入れなかったのをね。もしそうなっていなかったらこの会話も必要ないであったのに。不甲斐ない。今君が聞くことによってはっきりするかしないかなんて君次第だ。勿論、君にそれを理解する頭脳はあると思う。ま、でも簡単に言えば君は私の作ったゲームの一コマにしか過ぎない存在であった」私は別に犯罪者とか、テロリストでもない。強いて云うのであれば科学者、実験者、博士に近いであろう。私は精神科医であるが故に心理学者でもある。

 心、何処にある。人の悩みと迷いを感じさせる機械よ。何処にある。解剖学では発見しなかった。今の昭和と云う時代に置いてもまだ正確に見つかっていない。脳にあるか、脊髄にあるか。何処にもないか。ただの幻想なのか。心理学において何処にあるか何か関係ない。人間である以上、心を持つ者なら例え宿る物質細胞がなくとも言動で測れるから問題はないであろう。しかしながらも、フロイトやユングは何を目にしたのか。何を研究対象とし、何を図にのせたのか。マインド。即ち、魂。いや、確かに心理学はラテン語からくる、psychologia。単に訳すると「魂、霊の学」。言葉の綾からすると確かに魂、霊であるが、実際は彼らは心の奥深いとこまでたどり着いて説明できなかった。理解ができる人間がいなかった。一般的にそこらの心理学と語る者には心と行動までしたわかっていないであろう。人が魂に触れるなどありえんと思いがちだが、そうでもない。話を戻して、霊については未だ残念なことに科学的に証明されていないし、その分野についっても語る科学的書物、つまり哲学でも、宗教でもない書物はない。魂も同様。なら如何なる有名な学者たちは何を勉強している? 心と体のみである。mindである。間違っていないが、まだまだ浅いのである。

 心の証明について。未だ確信して言える研究結果はない。心=マインドは間違っている。細かい点で異なる定義である。難しい凡人脳に解りもせぬ事を言っても時間の無駄だ。

「君、私が誰だかわかるかい? いや、君が誰だかわかるかい? キツい時代に生まれたもんだ。愚問。知っているであろう。まだまだ君は完全に狂っていない。ま、正確には私が君を勝手に狂わせたと云うべきかな?」無論、現代の精神医学では精神病=狂病ってなっている。仕方あるまい、人間の本質は不、悪、暗な出来事が大好物なのだから。誰かの子が頭が可笑しくなったと噂を聞いたら耳を傾けるであろう。人は、一人の子供を救った警察官よりも百人を殺めた殺人鬼が好きなのだ。興味が興奮的になっている。昔からの日本人曰く、世界中の人間が最悪な状況が好きなのさ。グロテスク、ホラー、無慈悲な言動が好きなのだ。然り、かしこもらしこも、他人事だから聞くのが、云うのが楽しいのだ。それと同じく、恋沙汰の経験を言い合う「異性恋愛の語り」を聞くごとし楽しむ。詰まり、単に人類意識総合の「癖」である。誰しもある。変な好みなのだ。

 かれこれ、精神病は存在しない。医師としてこんなことはちゃんと言わなくちゃいけない。もっと正確には、「病は存在しない、病人が存在する」この名言は私のではない。しかし、これも真実。全ての病は人がソウゾウし、勝手にかかる。そこらの子供のように。ま、でも凡人なんかにわかる訳もない。

 記憶を辿ると何処かで「この世に二種類の人間がいる。」と読んだことがあるが、何種類もいても良いのだ。集合社会がどんなに人々を変な基準で設定しても文化と歴史で時によって変わっていくのだから。ま、一般的に云うと、凡人、平人、天才、秀才、努力家、怠け者、愚者、賢者とか探せば無限である。が、この区別も間違っている。人、才、家、者と分けるのが正解と思うからだ。勿論、無駄な話だが解説すると、そんなの存在しない。区別すのこと自体が可笑しいのだ。何故分ける? 何時でも何かと決められた者には偉大な可能性がある。誰しもダメ人間であり、誰しも天才肌である。それ故に、バカな奴らは己がエリートで他は下僕と思うほどバカ馬鹿しい。皆んな変わらず変人なんだ。唯、それを自覚していないだけさ。仮に、この世が豚の人間で作られてるとしよう。太って、不美人で、最悪な性格の者が豚としてもその豚は自身が人間だと思うのだ。然り、それと同じく自分が人だと確信すると云うことは逆に己が豚だと証明しているのである。それと同じく(人間同士で)天才と凡人がいるとして、凡人は天才と確信したら彼は天才の証明と同じく凡人の証明になるのだ。世間で称賛を受ける「天才」達は結果を残したからそう呼ばれるだけだ。墓地に眠る何億との者達は行動とちっぽけな勇気さえあれば同じく呼ばれていたであろう。然り、狂人も同じく、自身が狂人ではないと確信している馬鹿達こそが真の狂人だ。この世の中は狂人、精神患者は皆なのである。ならば、変人と呼ばれる者達こそがその状況を理解した者だ。ただし、私が狂わせた彼は特別だ。


「どうした、もう起きている筈だが」

「ここはどこだ?」暗く、橙色のランプが一個光っている。喋り口の野郎の顔が見えなかった。

「関係ない、話を続けるけると———」

「川馬先生! 警察です!」女性の声。

「フミ君。今、最高のところだったのに。仕様がない。君に免じて彼にチャンスを与えよう。しかし、彼と君の一番大切な物を失うよ。いいのかい」

「覚悟はできてます」朧げに覚えている二つの声は消えた。


 警察と騒ぐ者達が自分を救った。警察署で何度も何度もしつこく聞かれた、

「だから、あの場所に誰もいなかったのか?」

「覚えてねえ。もう一度言うが、男と女の声だけを聞いたんだよ。姿も顔も見てねえ」

「じゃ何だ。君、自称タダシさんとやらは、その二人と関係が全くなく、気づくとそこにいたと」

「そうだ、もう出ていっか?」めんどくせえ。

「まだだ。で、あんたはあの放棄された病院、あんたを見つけた所、が何処かも知らないと」

「そうだ」何だこの警察官は、

「じゃあ、ここは何処か知ってるか」

「知らねえよ」

「あそう。じゃあ何、本名、職場、住所、身分証も全くなく。ここにいると」

「そうだよ、住所はある。横浜のアパートに住んでる」

「横浜? あんたさぁ、嘘つくならもっとマシにしてくれ」

「嘘じゃねえ。◯×丁目⬜︎△番地◯号だ。長夜之楽ってバーの近くだ。電話かしせ、すぐ終わらしてやる」

「どうぞ」

 プーピー、ピッピッピー。でねえ。

「嘘だろ」何故出ない? 毎日通った。なんでだ。

「おい、自称タダシさん。こっちで探してみたんだけどよ。その店もうないね」はっ?

「ま、いいや。あんたも別に悪そうなやつじゃないし。帰っていいぞ」

 釈放。川崎警察署。電気屋を歩けば色の付いたテレビ。意味わからない。何故。遠くもない記憶が映像としておみ出す。下毒。そうだ、あの野郎にAの文字を右手に彫られて、何か汚れ仕事をやらされてた? いや、寸として掌の裏を見る、そんな刺青はない。夢か? いや、確かに、、、いや、夢だ。刺青が綺麗に撮れるか。ないない、は? まいい。昇天の奴ら、マネとジョラがいる。横浜に向かうか。長い終わりのない悪夢を見ていたようだ。向かう所は一つ、バー長夜之楽。

 金も中りゃ、頼む人もいねえ。考えをやめ歩き出した。暗く寒い夜ではなかった。都会の街々には「クラブ」やら、ガチャガチャした音楽を鳴らす店があちらこちらにあった。一体この若い日本人はどうなったのか。。。海岸を見渡し男女がくっついている。敗戦と云うのに呑気でならん。大日本帝国の敗北を忘れたのか? 一体この国で何が起きたのだ。変な服を着た「○△族」とやらは何だ。道端の新聞が風により顔に飛んだ「フランスが初の核実験に成功」、絶叫。何だと、あの殺人機が米国以外に、他国へ。ふざけるな! クソが。

  バーへ付いたはずが、、、ない? ない! ない。どこを探しても、ない。

「ラーメン&うどん屋、ウメラド?」疲れ果てた体は戸を開けた瞬間床に落ちた。


 豚骨、鶏ガラ、シメジ、椎茸、昆布、味噌、醤油、鰹節、いりこの混じった匂いが体を起こした。胃袋が「食いてえ!」と叫ぶ。二階から階段を降りる。ラーメン現場。

「大将一杯くれ!」瞬時に麺を丼に入れ、汁とねぎを上からかける。見事だ!

「へいお待ち!」ん! するすると頬張った。うまい! うまい! うまい! 生きていて良かった。今までの苦労、苦痛、侮辱、怒りを耐えたのがこの神の食事のためにあったのだと確信した。

「もう一杯!」

「へいお待ち!」舜として目前がラーメンとうどんで一杯だ。うまい! うまい! うまい! ん。ん? 眉を潜める、我に戻る。ここは、、、あのラーメン屋。変な名前の、確か、、、外に出て確認する。

「そう、そうだ! へんてこりんな名前のウメラドだ!」

「命の恩人の店にへんてこりんだと。ひどいな」白い布を頭に巻き付けた男。男らしいと云うのが正解であろう。そやつの服をハギ撮ったら褌でも履いているのに違いないくらいの漢らしさである。演歌をゴウゴウと歌い、酒にも、喧嘩にも強そうな漢であった。

「すまん、あんた誰だ」

「話は中でだ」ずいぶんと待ったであろう。しかし、店内はにぎやかであった。常連の客が多く、老若男女で店はいっぱい。仕事で疲れた社員、老いた水商売の女性、何時も酒しか飲んでないジジイ、夜更かししている学生。店が佇んだのは深夜二時。

「すまんな、待たせた」

「いや、礼を言う。店で突然気絶したのを謝る」

「そうか、で、お前さん、名は?」

「タダシ」

「で、マネとかジョラって云う名前に心当たりは?」

「大アリだ。釈放されたのは間違いねえ。しかし、今何処で何してるか。。。」

「やっぱそうだ! おいバンソロあたりだ!」

「そうでしたか、良かったです」奥から顔だけを出して茹でかかったメガネで丁寧に返事をする。

「いっやああ長かった。あれから何年経つかなあ。わいはマルダだ。よろしく」いい笑顔で手を強く握って握手をする。「今日はもう遅いから休め」といい去り自分の分の部屋を用意してくれた。布団で寝るのは古い記憶の中だと思っていた。この心地良い感触、少し重たいものとてもいい。寸と自分は眠った。

 朝、目が覚める。

「起きたか、飯だ」漢、マルダは起こした。朝食は和食。そこで話が広まる。

「どうも、初めましてではないですけど。再びお会いできて嬉しいです。バンソロと申します」すごく丁寧。眼鏡を掛けた小柄な少年であった。「おう、タダシだ」もくもくと食べる、そこで本題に入る。

「お前を助けたのは昔助けてもらったからだ。そう、昇天で赤レンガで若いのを集めてマネが演説をして、俺達は捕まった。窮屈な牢屋で五人とも一緒に過ごすし、お前があのでかい奴と戦う様になって、お前が見事に倒して俺達は釈放された」

「そう! そうだ。あの時の牢獄の管理人は下毒! あのクソ野郎。俺が倒した相手は太石っていう奴だ」

「そうです。そうの通りです」バンソロは確信を持っていう。

「でもまさか生きてるとはな」漢。

「そして、ジョラとマネは、どうなった?」二人は顔を見つめ合い沈黙した。

「おいおい、待て待て、簡単にくたばる奴じゃないだろあのマネは、今もどっかで金を貸して儲けてんだろう」

「いや、単刀直入に云うと———。マネは北海道で無期懲役。ジョラは行方不明、生死も不明」

「なぜだ! そんなはずはないだろ! おい」

「落ち着いて聞いてくれ」漢は真面目な顔をして語り出した、


 あれは「反米戦争」前だ、、、わいとバンソロは昔からのヤンチャで、不良だった。道に出たら学生運動や社会運動を手伝って金を盗んでた。どうせ役に立たない奴らだ。警察に捕まっては殴られ、親も家族もいないから嫌って程バカにされてた。バンソロが成人した時ワルから足を洗って何かしようと決めたんだ。丁度終戦した時期だった。わいとバンソロは初めてラーメンを食ってこれやるぞって決めた。情報の為にジョラと話にいった。店を開けるために金をマネに頼みに行った。あの時は楽しくなってきて、ジョラともマネとも仲良くになってとても楽しかった。

 或る日、マネが昇天を設立しようっていい出した。これからの行動に本名はやばいってなってマネに名前をつけれれた。バンソロは頭が良くて、数学が得意で策士に選ばれた。わいが気合いがあるからそれで乗り切った。マネは財力、闇金融で金ならなんぼでもできた。ジョラは情報ならなんでも手にいれることができた。そして武力。そう、それがお前、喧嘩屋のタダシってことだった。

 しかし、お前はあの牢屋の管理人に捕まり、いなくなった。皆んなで取り戻そうとするが邪魔が入って、情報も何も手に入れなかった。仕方なく諦めた。そしてコムニストって名前の左翼思想集団と手を組んで、榊厡と気が合ったマネはあいつが持っていた集団とも組んだ。時が経つにつれどんどんその集団は大きくなってきて警察からも目がつけれていた。ついに新聞とかで大々的に集団の目的とかスローガンとかを記事にして載せた。若い者達を集めてついに幹部とか、何々隊とか作ってそのコムニストの団長、イポンスキィーが「新日本解放革命団体、赤星」って名付けてその団体が正式に成立した。実際の中身は左翼思想、新皇道派、大和魂。中にはやばい奴らもいた。犯罪を犯したり、警察に暴力を振ったり。しかし、冬の日、警察達が襲ってきた。夜の集会で全員を逮捕との名目で。それがいわゆる「反米戦争」。表では唯の若者達の暴動、反社会的行為って新聞で書かれた。でも確かにそれは起きた。

 それは勿論警察共には勝ち目はなく敗北だ。マネ、榊厡、イポンスキィーは逮捕された。わい、バンソロとジョラは運良く逃げ切れた。そしてジョラは何も残さず消えた。

 月日は流れ、いいにくいが、バンソロは、わいも含めてマネが大好きだった。でもな、無期懲役の連絡を聞いてバンソロは自殺しようとしたんだ。わいにとっちゃあいつは弟みたいなもんだ。そして、言ってやったんだ。「人生何度だってやり直せる! 生きてりゃチャンスはある!」ってさ。そしてもう一度ここでラーメン&うどん屋を建てることにしたんだ。


「そっか、そうだったんか」自分の口から出る言葉はなかった。マネとジョラがそんな状態だったとは思わなかった。

「俺は、言った通り全く記憶がねえんだ。下毒って奴に刺青を掘られて。そっから全く。しかしまあ、街も変わるもんだなあ」空気を軽くする為話題を変えようとした。

「おい待て、お前今何年か知ってるか?」

「バカなこと言うな、決まってんだろ。敗戦から五年後の昭和二十五年。1950年頃だろ」変なこと言いやがる。

「違ええよ! 今はな、昭和三十五年だ!」漢は少し怒鳴るくらい声を上げた。

「嘘だろ。おい。何の冗談だ。そうだったら俺はこの数年間何して来たんだ?!」

「知らんねえよ」

「二人とも落ち着いてください」バンソロは漢と自分に冷たい水を差し出した。一杯グンと飲み干す。

「すまん。取り乱した。ま、色々あって混乱しているんだろう。帰る所もないだろ、好きなだけここにいればい。お前は命の恩人だからな」漢は優しい言葉をかけた。

「そっか」自分は考えが混雑していた。

「そうですね、難しい事は時間が経てば直りますから。どうぞご自由に」バンソロも気が利く奴だった。

「でもま、働いてもらうがな」ニヤリと笑う漢は、自分の心の悩みを吹き飛ばした。

 

 この新たな時代に慣れるにはそう時間はかからなかった。もっと平和である。米軍もいない、軍部も、汚れた街並みも、荒れ果てた子供達も、若者がはしゃいでバカな事を街でしているくらいだ。勿論ニュースを見たらヤクザと警察のやりとり、チンピラとかギャングの逃走、まだまだ完全には平和ではない。しかし、戦後と云う時代の欠片すらない。とても気持ちが良い。が、それに代わり「日本は絶対的に間違ってた」と試聴する輩もいる。「アメリカ万歳」と叫ぶ奴らも。新聞を読め! 四五年から今まで戦争しているではないか、朝鮮戦争、ベトナム戦争、レバノンでもドンパチやってんじゃねえか。何が世界の英雄だ。まだロシア、ソビエトとは冷戦中ではないか。しかも原爆は唯の見せ物に過ぎなかったみたいじゃねえか。国際問題にでもなって良いのに何故なにも言わない、、、やっぱり勝者が歴史を作るのか? 米人に何故原爆を落としたと聞くと「君達ハ、Pearl Harborヲ奇襲シタデハナイカ。何モ宣言セズニ」まるで説明は真珠湾攻撃を大義名分として二発も原爆を打ったってことか。ふざけるな! 元々真珠湾は軍の基地だろ、さらに云うと攻撃されたのは唯の古い船、特訓にも使わなかっただろ。軍基地で一般人は少なかっただろ。なのに広島、長崎には大勢の市民が居ただろ! 男なら、軍なら軍と戦え! 卑怯者があ!

 だが、今更何を云う、日本人とやらは米国、欧州の国々にひれふせた。明治維新みたいに「西欧のものは格別ですなあ」と言い張る奴みたいだ。「アメリカのものは日本と全然比べ物にならないですなあ」とかふざけるな! 幾ら負けたってこの国があるではないか。先人達の意志は、どこへ行った? ふざけるな! このクソ共! 日本はまだ駆逐していない! 戦争反対でも日本人だろうが! クソがあ!

 と店の手伝いをしながら考えていた。今更誰が古い愛国心やら、武士道やら、大和魂を歌おう。今更、、、しかし、しかしだ、本当にこれで良いのか、勿論帝国主義に被さった日本は美しくなかった。しかし、三島由紀夫が訴える「菊と刀の永遠の連関」はどこに行った。あの精神は、どこへ消え去った。日本人に何をした米人が! 怒りは治らなかった。もし外人がそこにいたら一発殴ってやりたいもんだ。

 すると。

 バン! チリンチリンチリン。 客人が入って来る。

「らいっしゃいませー」戸には最初に女、次に男。

「見つけたぞお!」男。

テーブルを綺麗にしていた自分を見て、

「あの時のお返しです」首襟を掴み見知らぬ女はグイっとした。キスであった。ハァア!?

「ふん、クソが。そんな野良犬と一緒になるとは。呆れたもんだ。こっちから断らせてもらおう!」男は愚痴愚痴云いながら去った。事を終わらせた見知らぬ女は床に座った。

「おいタダシ、こっちに来てそうそう女を捕まえるとは、たいした男だ」漢は揶揄いながら云う。

「違えよ!」

「すいません。いきなりこんな大胆なことして」見知らぬ女性は顔を下げた。可憐なお辞儀。

「いえ、こちらこそ」変に自分は敬語になった。

「実は———」見知らぬ女性の名は、槙壺瑚春。絶世の美女だ。あの野郎は元婚約者だったそうだ。父親に勧められて婚約者になったがあまりにも女性関係が激しいので取り消しになったとか。それとは関係無く遠い昔に自分は彼女を助けてやったみたいだ。記憶にはないでもないような。

「別人ではないのですか」変な敬語と共に自分は不思議そうに云う。

「いえ、確かにあなたです。横浜で米国人に襲われそうになった所を助けくれました。今も忘れません。夕暮れの、頬に傷跡があって怖い顔の」米人か、確かそのような事もあったような。

「でもキスは」

「いえ、そうでもしないとあっちは諦めないので。幾ら断っても付いてきて、玄関にも、家の前でも、通う店でも。何時でもどこでもでしたので。でも、これで愛想をつかしたのですから。いやだったでしたか?」キリッとした目。薄紅の化粧、純粋さ、実に大人の女性の目で見つめてくる。気が変になりそうだ。

「いやあ、そう云う意味じゃないですけど」変な敬語だ。

「でしたら別に構わないですすね」ニコリに笑って素敵な微笑を浮かべる。

 うどんを一杯食べ、お代をおいて女性、槙壺は云う、

「ご馳走様でした。とても美味でした。色々とお騒がせしました。でま後程」漢はグイっと首を降って自分に「送ってやれ」と合図を送る。しかなくギコチナイままそうする。

「夜は暗いので送って行きますよ」何を言ってんだ自分は!

「それは頼もしいです。お願いします」やはり、仕草から、歩き方から、喋り方から全てが上品だ。店から出る前に漢は囁いた「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」うるせえって顔で睨んだ。

「夜は寒いですね」

「もう冬ですから」

「雲が去って月はやっと綺麗になって来ましたね」

「ええ、もう満月に近いですからね」

「あら」槙壺さんは、くすくすと微笑んだ。微妙に心がビクビクする。

「あの——」会話が続かない。何をしてんだ自分は、、、気づくと彼女の二階にあるアパートの玄関に着いた。

「今日はありがとうございました。いきなりあんなことしてすいませんでした」又謝る。

「いえ、気にしないでください」光らせた瞳で又自分の目の奥を見る。

「実は、、、言い難いのですが、、、あのキス私の初めてでしたの。全然後悔していませんの」何を言い出す、

「その、もしパパが反対しても、駆け落ちしてもいいと思いますの———」え?

「それは如何云う———」彼女は両腕を自分の肩にそえ、手で締めた。体が一気に熱くなった。これは如何云う?

「その、アパートの鍵空いてますよ、、、よかったら———」戸を開けて、一歩すると、

「駄目えええ! タダシの浮気者!」誰だ? 下から大声が聞こえた。女性人の声であった。真っ赤な顔でこっちを睨んでいる。

「もしかして、もう———」意味深に槙壺は云う。

「いや、違います。女性関係はゼロです」

「この浮気者おおお!」女性はまた叫ぶ。

「うるせえ。お前誰だ!」

「忘れたんかい! この浮気者!」

「だから誰だ!」

「何時か結婚してやるって言ってたじゃん! そしたら何メスの巣に入ってんだ!」結婚? 何のことだ?

「この大馬鹿野郎! 浮気者! 女の敵ィ!」

「だから誰だあああ!」

「アタシだああ! 思い出せええい!」

「知るかボケ!」

「ボケはそっちだあ!」ダンダンダンと二階に上がり自分の顔をみてビンタをした。

「イッタ! 何しやがる!」

「このボケカスがあ!」

「だから誰だ!」女性は首襟を両手で掴んで首を後ろに振り頭で打撃を命中した。

 気絶。


 ここは? 

「起きたか、又何かやってくれたな」漢であった。

「何が起きた?」二階を降りるとあの狂った女性、槙壺とバンソロがいた。朝だった。

「すいません。あの時酔っていた者で」女性は云う。

「ボケカス呼ばわりしたあげく、浮気者だぁ? 馬鹿野郎って罵倒した暴力女が!」

「そっちが悪いんでしょ」

「二人とも落ち着いてください」鶴の一声。槙壺が叱った。

「彼女はフミさん。タダシさんの幼馴染ですって」フミ? ふみ?

「フミ、あっそうか。あのフミか!」思い出した。小さい頃よく遊んだ。初恋のフミ。全然だ。全く変わっている。あの時の泣き虫とは全然だ。

「そうよこのポンコツ。昨日は悪かったわね」少し怒りを隠せず謝る。

「何だ。そうだったらそ云えば良いのに」

「タダシさん、私もすいませんでした。あんな大胆に」

「いえ、昨日は自分も何か変でした」

「何で彼女には敬語なのよ!」

「あんなぁ、、、知らねえよ。槙壺の前になると何か変なんだよ」

「はああ? ひっどおおい! 何それええ!」

「まあまあ、二人ともやっと会えたのですから。仲良くしましょう」場を納めるバンソロであった。


 ラーメン屋で働いていくうちにちょいちょい顔を出してくる槙壺とフミ。二人の大人の女性がラーメン&うどん屋何かにきて良いものかねえ。自分はちゃんとした恋愛は全くしなかった。荒れ果ての人生とでも言おうか。真剣な、マシな生き方はウメラドに来てからであった。色々な混乱を経験してきて、働くのが楽のようだ。しかし、失われた数年。今更どうこうできるかは、考えるのをやめた。今は、目の前の人生を精一杯生きることを専念して、気楽に、楽しく行きたい。家族も姉さんが今どこで何をしているかは知らない。あっちも全く知らないであろう。これで良いのだ。平凡な毎日で、何も特別なことがなく、自然体の儘、時が如きに生きていけば良いのだ。昔この何か過ぎたことだ。忘れろ———。


 半年が経ち、口癖の様に瑚春(槙壺)はうとうとしながら云う、

「タダシたーん。結婚しましょうよー」女性と思っていたが、本当はまだまだ少女であった。

「駄目よ、こんな野蛮な奴。もっとマシな男にしなさい」瑚春に酒を教えた犯人、フミは云う。

 酔う二人の女性。みっともない。ため息が出る。が、二人は知らぬうちに仲良くなってよかった。

「お前ら良い加減にしろよ。いい女が酒を飲んでさあ、なあバンソロ」

「ま、まあ。酒を飲める女性も素敵だと思いますけど」まさかと思った。まさかなぁ。

「賑やかで良いじゃねえか、中年のうざいおっさんよりよっぽどマシだ。見てみろ、二人の酔う美女。図になるじゃねえか。ガハハハ」漢は笑う。

 夜が遅くなり二人を自分は送って行く。

「何でえタダシは馬鹿なのお」

「知らんがな。バカって何や」

「タダシたん本当に女気全くって言う程何んですねえ」瑚春はわざと酔うふりをして愚痴を言ってるのか。如何なのか。

「うるせえな。こっちだってそんな余裕ないんだよ」

「なら何、女性が来ても振り向かないと」フミは酒臭かった。

「さああな。知らんねえよ。そん時はそん時だ」

「えええ、ひどおい! タダシたんのボケ!」

「何でえ!」瑚春のアパートに着いた。酔う前はまるで美を絵に描いた様な女性だったのに、まあ。これも人生。

「ちょっといい?」フミは酔いが覚めた様だ。

 少し離れた公園にて、

「悪いことしちゃったなあ。あんな美人に酒を教えちゃった。如何してくれるのよ!」

「いや、知るか。お前えだろ」二人は笑った。 

「昔は良く塀を飛び越えて遊んで来てくれたね」そうである。

 昔、そこまでも古くない話。父が亡くなる前、十二の時、十歳だったフミとよく遊んだ。彼女の召使によく怒られてたもんだ。フミは結構暮らしの良い、育ちのいい家の娘であったが全く家から出ないのでそれに気づいた自分は無理矢理塀を飛び抜けて遊んだものだ。召使は何時も追い出して「出てけえ!」と何度も叱られた。それでも毎日の様に通っていた。子供であったから遊ぶのは当然であろう。しかし、父は病に倒れ、数日後亡くなった。母は、その数ヶ月後「タダシも、もう十二何だから男なのよ。姉さんを守るんだよ」と云い、家を去った。叔父に引き取られる事になり、引っ越した。その頃からもうフミとは合わなかった。

「何時からかもうタダシも遊びに来なかったね。でも、父上から事情を聞いた」

「そう、そっか。でもま、又ここで会えたんだから。何かの縁なんだろうかな」

「そうかもね。でもね、あれから私は、、、」フミは欧米へ勉強をしに行った。自分からじゃなくどちらかと云えば父に勧められて。学問を極めている内に戦争が勃発した。終戦後日本に帰国たと云う。専門は心理学だとか。

「そっか、立派な学者さんじゃあねえか」

「まあそうね」微笑む。

「でも、何故日本へ?」

「それは、今はいえない」

「そっか、そっちにも事情があんだろ」二人は深夜の月を見つめた。

「結婚とか考えいるのか? あんたの家庭ならもうお見合いとかの話を出てるだろ」

「ま、そんなところね」フミは言いづらそうにした。何かを隠している。ま、いいや。


 次の朝が来て、また働く。客は来て満足する。瑚春は突然言った、

「これから、父上と将来のことについて話さないといけないの。少しの間京都へ行きますから心配しないでくださいね」ニコリを微笑する。トランクみたいな物を担ぎ店を出た。

 その晩、何時もの様にフミを送ってやった。

「タダシ、本当はね、あんたに伝えないといけない事があるの」

「如何した改まって」

「実は、、、この数年のことをを私は知ってるの」

「そっか、教えてくれ」何か緊張する。

「うん———」フミは、息を深く吸って語った。


 私が欧米へ勉強しに行った本当の理由は、元々の家柄は華族で、戦争が始まると外国との関係は悪化するからと云う名目で行った。欧米の大学に「差別なく学ぶ」と云う条件で入学した。思いっきり勉強した。興味のある心理学に励んだ。時が経ち終戦が来て、帰国した。すると、華族からは落とされた。理由は父上がアジアで豪遊したからであった。母も妹も何時の間にか病気で亡くなっていた。戦争のせいで全く連絡が途絶えて情報がなかったから実家に着いてから知らされた。そんな時にあったのが川馬と云う精神医師。

 仕事も見つける必要があったため、彼と仕事をしに行った。主に研究。人間心理学、精神医学、薬物がどう精神に関わるか。。。でも、彼の研究はもっと危険な人体実験になっていった。ある組織を作り、その下で働かされた。そこで、偶然にあなたとあったの。

 川馬は「彼は非常に大切な研究材料だから」といいどっかへ消えた。あなたを私の元に置いて、でも、それはタダシじゃなかった。芲刺郶椿と云う名の、誰かであった。そこで私も川馬の————。


「おい如何した! しっかりしろフミ!」彼女は血を吐いた。

「これは、結核? 何だ?」

 病院にて、藤浪先生が見てくれた。

「大丈夫です。結核かもしれませんがまだそんなに悪化していないので治療はできます」

「そうでか」安心した。

 数日が経ちまだフミは病院で治療を受けていた。何故だ。あの川馬か? もしかして。いや。

 店に自分宛ての手紙が届く。「答えを欲しいならこの住所に来たまえ」だけ書かれた白紙に近い手紙。もう一枚届いた。

「今夜来たまえ。川馬より」怒り。燃えた。炎天の様に燃えた。今までになかった怒り。


 自分は走った。手紙に書かれてた住所に向かって走った。。東京都港区芝公園。川馬! フミに何をした! クズが。どこで、何を企んでやがる。お前の正体は知らないが一発殴らないと気がすまない。

「なら、殴ってみたらどうかね?」嘲笑っている様な口調で云う。そこには黒い長いコートを着た男が立っていた。

「知っていたかい? ハッピーエンドなんて存在しないんだよ」夕日?

逢魔画鬼(オウマガキ)の吟、


一、暮れ六つに、烏兎と渦巻く、覚えなく

二、怪奇百鬼、今混(こんこん)に、夢の禍

三、何時のこと、三途川にて、鬼にあう」何を言いやがる?


「君だろ、タダシ君。いや、正確には今はタダシ君でいいのかな?」気持ち悪い言い方だ。いや、夜だ。

「テメェは誰だ?」

「これは、失礼。君の人生を狂わした張本人。川馬だよ。始めましてと云うべきかな? それともご無沙汰かな?」西欧式に頭を下げ、腕を胸に当てた。クズが。

「クズとはひどい、これでも一応医者なんだから。ま、ディナーでもどうかね」夜なのにサングラス? ただのサングラスだったらいいのに、何故わざわざレンズが丸くて小さいのを使う? やはり頭がおかしいのか。豪華でお洒落なレストランに着いた。

「じゃあ、何時ものので。彼にも同じのを」慣れているみたいに云いやがる。

「そんなキツい顔しなくていいのに、ほら笑顔笑顔。食事が不味くなる」思考を読まれているようで本当に気持ち悪い。

「タダシ君、君は私に聞きたいことが山ほどあるのだろうけど、実際、私もあなたに聞きたいことが銀河の星の数程あるんだよ」

「だから何だ?」イラつく。

「まあ、一つぐらいならお礼として聞いてあげよう」お礼?

「フミに何をした?」

「ん———。つまらないね。もっとこう何かないのかい。君は私にとって重要でとても特別な人間なんだよ。そして、この世で最も質問に答えない人間は私なんだよ。こんなチャンスは二度ここないって云うのに、まさか女の話とは。実につまらない」

「だったらなんだ!」

「もっと考えたまえ。たった一つの質問だよ」テーブルに川馬が注文した料理がついた。ステーキ、何かの白いソースをかけている肉。奴は、ナイフで切り、フォークで思いっきり口で食う。肉汁と血がうまそうに見せる。

「君も食べたまえ。冷めるともったいないよ」食った。早く食った。確かに美味い。しかし、怒りで味がわからない。

「ま、君がちゃんとした質問を考える間に勝手に話すよ」葡萄酒をグラスに入れて、飲む。


 公園に出る。歩き出す。


 君、いや。私。川馬と呼ばれている私。君からしてみれば如何やら変人、奇人、狂人と思われているみたいだ。フミ君のことについて怒っているみたいだがねえ。ま、後で説明するよ。それよりも、何故人間は「悪」をするのか知っているかい。一つ、知らないから。二つ、好きだから。三つ、何かを得るためか。そして四つ、理由などない。犯罪まで行かなくていいがこの四つで成立している。無論、合わさってもいい。そこらで問う、サディストは、人を痛めたり、苦しんでいる所をみて興奮すると云う。フロイトが云うに性的心理。しかし、この解釈は間違っている。性欲ではなく、サイコセクシュアルである。精神性欲と語るべきであろう。しかも、性欲と云うが。本当は快楽、喜びに近い意味である。話に戻るが、快楽の為に悪事を働くと云う事は、子供の時にそう覚えたか、社会的、文化的何かがそうさせたのか、元々の脳内に病気があるのか。ま、私からすると「悪」など歴史的に道徳的にしただけに過ぎない。もし今までワインを飲むのが悪とされたのであれば、それは悪だ。しかし、それと反対に人間はそういう「やっちゃ行けない事をやりたがる」、好奇心と云うのかな。性欲よりも、単なる喜びよりも、もっともっと危険な行動。しかも、好奇心なら何も知らないからやってしまう。怖いもの知らずの正体だ。勿論、この世の全てが好奇心でしか成り立っているとは言わないが、大半はそうであると確信できる。悪に戻るが、罪悪感というしばりも考えられる。もし人間に罪悪感がなければ、何をしても罪の意識が何のであればドストエフスキーを反論してしまう。当然殆ど、ほぼこの世の全員がそれをちゃんと持っているがね。後、罰が存在するから悪事を働かないと言える。もし、人間の行動を罰しないのであればなんでもありだろ。そして、人間一人一人には誰にも言えない性的快楽的変態的な思想など山ほどある。唯、法律とかルールがあるからしないだけさ。バカが言う自由とはその意味よ。実際の例を出してあげよう。原爆だ。そうだろ、罰する者がいないからした。終戦のためなどアホな説明は腐るほどあるけどね。

 神が本当にいて、罰してたらいいのねぇ。でもま、いるかいないかわからない正体不明の仮な存在何かねぇ。地獄とか、笑っちゃうよ。地獄があるならみたいもんだよ。でも、だとしても神様とやらは奇遇だからどんな重い罪だとしも許しちゃうんでしょ。あれれ、おかしいな。罪を起こさないための罰があるのに、どんな罪を犯しても許される。罰から逃れられる。理解に苦しむよ。

 

 人は変態だ。服や、面などをかぶっって「ちゃんと生きてます」と云う像でありたいだけさ。自分は完璧、あんな奴よりはマシな人生を生きている。比べに比べて金、美、名、全てにおいて比べる。自分が一位じゃないと行けない。そして現実がぶつかった時、言い訳を作る。実にアホらしい。社会がなんだ、人間がなんだ、名誉がなんだ、誇りがなんだ。全てがアホらしい。ま、でもそれでもまだ何もなかった如く平気に生きている。気持ち悪い。ゴキブリが人間になどなれる訳がない。豚共がどんなに努力と苦労しても、死んでも、来世でも豚なんだよ。人間と云うのはそう云う生き物ではないか。

 それ故に人は面白い。言ったことを全くしないで、人の悪口を言いまくる。善人面が億ほどいて、中身がなったくない者が兆ほどいて、考えない者が京ほどいる。そして、なんだ。人生を悔やむのだ。無力で何も変えられない虫けらが愚痴を言ってるのだ。バカバカしくて笑えるだろ?


「そうか。おまえがクズって人間だってよく理解した」

「待ってくれタダシ君。理解者なんて求めてないよ。あっ、ついたついた!」上を見上げる。

「どこに?」

「東京タワーだよ!」

「何だそりゃあ?」

「上を見たまえ」その瞬間。確かに何もなかった星空に鉄らしき構造でできた大建築物があった。目の前にそのでっかい足が一本。

「踊ろたかい!」大声で笑いやがった。

「ようこそ一九六〇年の日本へ! これが今の日本だ。パリのエッフェル塔に憧れが建築されたのだ。アハハハハハ。みよ、西洋の光の街を真似して、本来の日本人たる根源を潰し、それを恥に思わず誇りと信じるてるのだ!」

「何が言いたい!?」怒りの爆発。

「ふっ。時間かかった。これを見せるのに。一瞬君をおどろかせたかった。驚いただろう」

「だから何だ!」

「君も信じていたニホンジンじゃあなかったのか」

「てめえ!」


 ここは部屋だ。大好きな部屋だ。研究もここでたくさんした。そして今ここにいる。特別な研究材料が。あゝ見事だ。あゝ何て事だ。ここは夢か。いや、確かにここにいる。さあ、研究結果を見せてくれ!

 椅子に座っていた。


 ぶうううううううううううんんんん。  



 ブウウウウウウウウウン!



 ピチャ!


 ブウウウウウウウウン———————。



 蚊か蛾が。どちらかだったと思う。音からして蛾であろう。蠅とも考えれる。


 ハッと目を覚ます。

「寝るなんて失礼だよタダシ君」

「我はA84! お前は誰だ!」

「酷いよ。私はドクターラグマラ。ドク・ラグマラだ」

「これは失礼。次なる命令を」

「残念だかもう命令を出せない」

「何故です」

「もう————。組織。ALLIANCEは存在しないのだから」

「そんな!」

「そう」

「なら如何しろと!」

「A84もう君にはタダシに戻ってもらおう」


 ハッ

「起きたかい、タダシ君」

「川馬!」

「A84の記憶は美味しいかい」目眩がした。

 記憶。組織。A84。ドク・ラグマラは川馬。人を撃った。この手で。自分が———————。何発も。ありえない。俺じゃない。俺じゃない。俺じゃない!

「無理だよ。本当に君なんだから」

「てめえの仕業か!」

「そうだねえ」クソがああああああああ!

「何をした!」

「魔術師に手品のタネを教えろと。酷いねえ」

「何で俺をあんなこと命令した!」

 組織がね

「説明するとしましょう。時間もないからね」


 私が帰国してから九州大学で研究をした。初めはラットやカラス。知ってたかカラスは赤ん坊より頭がいいんだ。勿論、精神的にも優れている。非常に面白かった。人間の思考を考えたカラスすらいた。言葉を発し、数式を解き、英語だって覚えていた。すごいだろ。さらに云うと人間との会話だって成立して、私がやっていることは間違っていると反論までしたんだ。この素晴らしいことは全て精神手術からできた傑作だ。

 最初は赤ん坊とカラスの精神移転。私も鬼ではない、元々病気で流産で亡くなる予定の赤ん坊を救っただけだ。しかも、母親は鬼だった。仕方なく、カラスに精神移転した。赤ん坊のカラスはすごい結果を出し、母親の方は全く自分がカラスだと認知できなかった。実に失敗だ。次はそのカラスからラットの精神移転。母親のカラスは死んだ。脳がもたなかったのであろう。そのかわり、赤ん坊の方は言葉は喋らなかったがこちらの言葉を理解していた。

 何時しか、ただの手術だけじゃ限界があることを発見した。唯物論以外の方法。思いついたのが催眠術と薬物の使用。それが大成功。今までになかった超催眠術と薬物、アヘンの効果による精神手術方である。

 アヘン、神の薬。精神の自由を得る。単なる薬だけで、小動物も人間も誰しもその効果にかかる。超催眠術の準備に最適でる。アヘンで瞬間的に催眠できる。とても素晴らしい。

 大学の学生達にしていると記憶、思い出、感情、思い、思想、思考、意識、を取り除いた精神世界を発見した。精神世界だ! この世とあの世の間にある世界。霊界とこの世界に存在する世界。それを夢の世界とも言える。まさにフロイトやユングが探していた、定義できなかった無意識の世界。精神以上の世界は霊界であり、精神以下の世界は現象界。その世界を自由自在に扱える私こそが精神世界の独裁者、帝王となったのだ! 誰でも、何処でも、何時でも、何でも命令できる。操れる。これこそが武力を使わずにして力! 

 動物との研究は飽きた。結果がもう出なかった。だから人体実験に移った。川崎でな。誰でもいい、乞食、貧乏人、脱落貴族、チンピラ、囚人、なんでもかんでもだ。集めに集めた研究材料の中で手が足りなかった。そこでだ、君の大好きなフミ君が欧米から帰国した時に偶然的必然にであった。そして雇った助手として。勿論、彼女にも手術を行なった。全ての記憶の消滅を、しかし、今までになかった要素を見つけた。何度も何度も記憶を完全に消えても、性的思いは消えなかった。それが君、タダシと云う人物。彼女からしてみれば、「初恋」と意味不明な理解に苦しむ精神的性欲であった。そして私は、君に興味を持ち出しんだよ。

 ま、その前に。まさか脱落貴族の中からフミ君の家族がいたとは。偶然も存在するものだな。母親と妹らしい。病死だ。いや、正確には精神的病死。彼女達は全くもって健康であった。しかし、精神催眠による「病気」で亡くなった。とても面白い研究結果だ。

 研究材料は山ほどあったが人体実験に使うために場所が必要になってきた。ラボを作るには簡単だったよ。終戦直後だったからアメリカさんに命令して作らせた。極秘警察との名の組織。それが組織の正体。ALLIANCEだ。

 その時には精神、記憶の操作と洗脳をできた。そこで精神超催眠手術が完成した。素晴らしいだろ。それを科学的、論理的にできたのだからとても満足だった。

 そこで君がやっと組織に来てくれて。ああ待った待った。フミの精神異常。恋愛と言う名の不覚的精神的状態。それに興味を持った。恋愛だ。しかし、そんな大事な時に自分の脳が故障し始めた。そう、その理由は知っていた。それは()()()()()()()()


帰国する前、私は川馬ではなかった。

 名は紅林(くればやし)。精神移転について研究していた医師であったが、とてもではないがそのための手術の経験も才能もない。そこで満州に行った。何故なら彼ならできるはずだと信じていたから。彼とは黒神剣一(クロガミ ケンイチ)、形成手術の天才だったからである。欧米、アジアのあちこちで修行を積み完全なる手術師。彼と話に行ったらまさかの、「そんなバカな事はしない」と言われた。バカだと! ふざけるな。しかし、彼以上にできるものはいない、仕方なく一緒に修行することを決意した。黒神は満州、中国、朝鮮を淡々と回り貧乏な若いブスな女性を千、万人と手術をした。彼の手術は完璧、的確、せんみつでまさに神のメスであった。彼の目的は口癖の様に言っていた。「完全完璧な神の美を生み出す!」と。如何やらその紅林とやらは黒神に友情、信頼と憧れを抱いていた。それが束の間、紅林は性的意味不明な感情に踊らされた。「ハツコイ」と言うやつに。今で思えば彼の行動は馬鹿げていた。そこの神の手を持つ天才は云った。「紅林、そんなブスと付き合うな」と。

 ヤケクソになった紅林は精神的に天才の手を震えるようにさせたが全く効果はなかった。それに気づいた黒神は、

「ほら美人にしてやったぞ」と云い、紅林の初恋の相手に形成手術をした。その答えにその女は確かに手術されるために紅林に近づいたと云う。受け入れなかった精神科医は初の精神手術及びアヘンを使って強制的に黒神を事件に使った。失敗と言えないが、成功とも言えない。単なる事故だ。

 つまり、精神交代、精神転移である。体と体を入れ替わったというべきか。いや、正確には理解しがたい。ただ確かなことは、精神の交代及び移転は二回行われた。紅林と云う人物の記憶、無意識ごと消滅された。紅林と云う人物の体にはもう紅林ではなく他の何かがいた、黒神の形成手術の天才の手の神経記憶が存在していた。そして、黒神の脳はその精神手術に耐えられず即死であったと考えられる。


 そこでだ。私、川馬が誕生した。記憶の消失及び、全てに置いての消滅。消えたのだ。その意味は、人間たる道徳感、罪悪の意識、罰から逃れられる絶対的方法。その時に自分は確かにギュゲスの指輪を手にいてた! 何の犯罪を犯しても絶対的に存在を消す。完全犯罪者だ! この世を制覇する存在。天才的精神と技術、私こそ神! 

 天上天下唯我独尊! 悪逆無道、極悪非道こそ私だ! 残忍酷薄、人面獣心、暴虐非道、冷酷無残無情! 神よも超えた、第六天魔王さえも超えた存在! それこそが私! どの生物も、ども神も私に平伏す! 

 完全完璧な全知万能! 国家転覆など朝飯前! この世の全て、宇宙さえも牛耳る者、人類を好き勝手に生きるこそ私の人生だ! 素晴らしいだろお!


「だからななんだ! クズには過ぎないんだ。このポンコツ野郎!」

「まだわからないのかい。ま、君はとても特別だからね」


 そう、何万人にも手術をして必ずまんまと騙される。自己の破壊を経験しない。一度したら別に大丈夫。二回ほどしたら脳に負担がかかり死亡する確率が多い。三回目には生存者はとても少ない。例えば、フミ君とか。それの説明は前にも云った通り「恋」である。そこで議論が生まれる。恋愛とは性欲から発生することかそれとも精神的な行動なのか。

 研究の中にも手術後に一目惚れをしたモルモットが何匹もいた。性別、年齢、体格、仕草、髪型、目つき、言動を操作して。第一段階にて、洗脳。記憶の消滅。そしたら関係なく一目惚れをした。男は美的に女性は謎であった。後ほどわかったがやはり美でもあった。美を仮定する中で、体格がほとんど、少なからず相性がありえないほどあっていたカップルもいた。運命的と云うべきか、ま、運命の相手と仮定した。その二人はいかなることをしても死亡するまでに何回も何回も繰り返しの様に一目惚れをした。他に、五十人の男女に美意識を精神から取り除いた。やはり体の反応であった。体の一目惚れと言うべきであろう。体の相性がとてもいいのだ。磁石の様にプラスとマイナスがくっついて離れない。しかし、それは体だけであった。

 第二段階には記憶、及び、精神的に盲目と操作した。五十人中、彼らは話した相手と恋に落ちる例があった。共感力と云うべきか。二人が盲目であった場合、もっと簡単に親しくなりやすい。もし、どちらかの一人が盲目でなかった場合盲目ではない人が恋愛に落ちる確率が上がる、しかし盲目の方は確率が落ちる。盲目の場合、一目惚れとは難しかった。運命の相手でも話さなければ、触れ合わなければ恋愛には発展しなかった。

 第三段階、全てを取り消す。人は触った物と触れ合う。そして、五十人は胸像たいとかした。精神のつながり、無意識の中からの集合であった。そのまま全員を戻した。やはり失敗。元の関係には戻らなかった。

 第四段階。到達しなかった。何回も手術すると変動する。精神崩壊し、元には戻れなかった。つまり失敗である。


 顔を形成したけっか、性格が変わらなかったのなら運命の相手と一緒になれた。しかしその運命の相手のどちらかを精神的に何度も手術しても二人はお互いに惹かれあった。両者を手術してもだ。

 結果————。 運命の相手なら精神的に崩壊しても惹かれ合う。たとえ脳が滅びようとも。そして、その運命の相手の死があった場合、その片方は死亡するか他の相手と繋がってもいいが、不満げに生きる。


 運命の相手の創作。精神的に運命の相手を作る。両者に。しかし、最初の時期ではうまくいくが、片方及び両方のどちらかが浮気を考える。半分は行動に移す。体の関係でも、社会的な関係でも、精神的な関係でも。中には自殺するモノもいた。結果、運命の相手は創造はできない。


 恋愛とは肉体も精神も超えた何かである。完全なる性欲ではない。


 精神、心、体を超えた何か? 科学的根拠が全くない。肉体を何度も解剖しても見つからない。つまり霊的、神秘的、非物理的()()の存在証明。。。あり得るか! こんなふざけた何か? 

 そこでだ。特別モルモット、フミとタダシの研究開始。二人は運命の相手か否か。そこで君を解放した。ま、そこは研究だからそうさせてもらった。フミ君だけの時間を与えたのだが、どうだ? 半年以上も経っているのに貴様は他の女と関係を持ってまったく恋愛的に発展してはいないではないか! 私には時間なんかないんだ! この私を本気にしたのは君達だ。ハアアア——————!


 ま、確かに槙壺瑚春は想定外だった。 


「お前か、フミから家族を奪った奴は! 彼女に手術だと?! 一回ではなく何回も! 許さん、許さん、許さん!」

「そうそう、それだ。君の正義感って云うのは実に面白かったから利用させてもらったよ」


 タダシ君の正義感。無論、正義など馬鹿馬鹿しい。しかし、人間を超えた存在の私には利用価値のある思考だ。そこで。組織の中、関わった一人一人をその正しさで罰してみたよ。


 最初にイポンスキィー。彼はとてもつまらない。家出してロシアへ渡った。と云うより単なる凡人だ。実際、彼を君に見せよう。。。


 戸を開け、記憶の中の露西亜の青年。眼鏡を掛けた、赤いシャツのギョロ目。目の前の椅子に座り語る、


 僕は、イポンスキィー。露西亜革命に憧れた。あの国の社会主義に。しかし、彼等はまだ劣っている。我々日本人は資本主義よりも、社会主義よりも上を目指す。理想を現実化に成功する! 共産主義をここに行うべきだ! 敗れた日本を一から作るのだ。勿論、天皇政権を続ける、しかし、世は共産主義になればいい。皆がお互いを手伝い、働き、貰い、食べ、幸せになる! それが共産主義の世界だ! 

 戦争に負けたのは軍部政権でも、他国のせいでもない。社会の仕組みのせいだ! 経済的にだ。金の亡者になった有象無象を洗脳した資本主義が悪いのだ。皆で共有するのが正しいのだ。

 父は新聞記者だ。小さい新聞社で働いている。。。家畜の如く。家族の為に何度も夜遅く帰って、体を壊して、無理して。金の為に。猛獣だ。金を求める獣だ。働きたくで仕方がない野獣達だ。資本主義の駒にしか過ぎないのに気づかない。バカにしているのだ。会社の成金達はいいように社畜を飼う。人としてみていない。労働の道具としてみていない。

 僕は決心をした。露西亜に行くのを。あそこに必ず答えがあるはずと。確かにあった。それがコムニズム! 社会の完璧たる仕組み。金も、資本も、上司も、国家も、全ての破滅。そして再生。それを胸に抱き日本に帰国した。新聞記者まで駆け寄って訴えた。この日本に! そして成功だ。味方が増えた! 人達もわかってくれた。やがてもっともっと大きな集団になってきた。しかし、一晩にして終わった。それから、、、それから! それから何だっけ?

 

 男は床に座り込んで、ぶつぶつと小声で呟く。


 それから、それから、それから、それから、それから、それから、それから、それから、、、、ああああああ! なんだ!


 男は叫ぶ。

「いやあ、見事だ。天才と勘違いをした凡人だ。とても面白いだろ」川馬。

「貴様! こいつに何をしたあ!」

「だから、君の正義感で正したまでだよ。彼はね、こんなことを言ったんだ」


 赤い男は立ち上がり、語る。

「ふん! 庶民どもが。人は金を持つ、人を集める程金も集まる」


「そう、彼は貧乏だった労働者を騙して金を奪った。そして豪遊。君から言わしたらまさにクズではないか」


 男は云う、「結果、資本主義ではないか。金が全てだ。人助けなんか神様に任せればいい。口で理想を云い、弱者から奪えばいい。この世の自然の法則は弱肉強食だ。この国も洗脳制覇してTOPになればいい。そう、僕こそがこの国の皇帝になればいいのだ!」


「そして、ますますこのクズは人から奪って、奪って、奪い尽くした。理想を現実化できないとわかった途端にだ。笑えるだろう。コムニズムなど嘆くがカピタリズムに偏った。ハハハハハハハハ! バカだろう! そこで言ってやった。凡人が、唯一の覇王は私だってねええ!」

「そいつに何をした?」

「簡単」目を開けて狂人は言う。

「罪悪感を超強化した。すべてにおいて自分が間違っていると認識することだ。結果———」

「まさか」

「そう、まさに自殺だ」

「てめえ! 絶対に許さねええ! 人の命をなんだと思ってやがる?」

「命ねええ。ふん! 命などそこらの雑草と変わらん。意味もなく性欲から生み出された物よ。奪っても何が悪い? 草など切っても切っても生えてくる。私がどうしようが誰も私を止めれない!」


「タダシ君。君の知り合いでジョラといたじゃないか」

「何をした」

「自分が自分じゃない認識の催眠をした」悪魔は笑った。

「何回も何回も自分は誰だって毎日聞くんだ。昨日自分が何をしていたことさえも全く思い出せない。笑えたよ。面白かったよ。やっぱり実験は人間に限るねえ」

「この、クズが!」

「ああ、でもあのマネと云うのは生かしておいたじゃないか。そこまで悪魔じゃないだろう?」

「なんで?」

「彼には純粋なる魂があったんだよ」


 そう、マネは精神を超えた、何かがあった。その何かに触れると我に戻って、何回も手術を失敗した。いや、唯一失敗した。なぜ? 魂の存在の証明と考えられる。その魂は記憶も精神を越して、操っている。もっともっと奥深い未知なる存在の意識。だから逃した。


「あははは! お前も失敗すんだな」男は笑顔で顔を近づける。

「そう。そういえばもう一人いた。大失敗な実験。君に言っても変わらないから言おう。この私に唯一立ち向かい、全てにおいての完璧なる計画を狂わした人物。。。君の恩人でもあるか。。。」


 これは紅林の記憶。十五の時に年の離れた叔母が妊娠した。その頃から催眠術を勉強していたため多少は知っていた。そこでだ、胎児に催眠を掛けたら? 過ちだった。人生唯一の後悔だ。彼は成長し、医師になり忘れた頃にやってくる。全ての計画を壊す為に。藤浪。甥だ。あの悪魔さえ君、タダシ君と会ってなかったら。君も他の実験と同じ末路だったのに! これも偶然的必然か? 世の断りか? クソが! あいつさえいなければ! この完璧たる存在に立ち向かう小さな小僧が!


 川馬は暴れ出した。

「あはははは! ざまあみろだ! 自業自得だ!」バン! と椅子を蹴った。自分は後ろに落ちた。髪の毛を手で掴まれ、

「そう、そうかもしれないねえ」笑顔で云う。

「ふうー。座りためえ」気づくと東京タワーの真下で立っていた。ベンチに川馬が座っている。

「そこでだ。もう一人いる。君を殴った男」体が勝手に座る。

 彼の名前は榊厡凰神。彼は日系アメリカ人でねえ。弟を強制収容所で失ったんだ。そして、復讐心。ま、元々その弟は結核だったんだけどね。ま、その男は米国への反発、憎悪、怨みを米軍人にぶつけて少佐を殺害。米軍本部へ侵入そこで「Zデーター」を手に入れた。それは原子爆弾研究資料と真珠庵攻撃の真実「アメリカ人は知っていた」。それをコピーして日本へ逃亡。偽のヤクザ、中国マフィアを使って。もちろん中華人達は人身売買をして奴隷商をしていた。榊厡はその組織を転覆。そしてそこにいた人達を解放。マフィアの財力と武力を持った。彼と元奴隷の集団ができた。日本解放軍って名前のね。そこで昇天とコムニストの頭、マネとイポンスキィーと会い「反米派」「新日本解放革命団体、赤星」が結成されたんだよ。

「それから」

「彼からZデーターを盗んで壊滅させた。組織、ALLIANCEも赤星もそれが云う反米戦争だよ。思えば馬鹿馬鹿しいもんだねえ」

「何人死んだ!」

「知らないよ。数えてないからね。でもねとても面白い者達を見た。八咫烏だよ。日本の裏にいる組織。ま今じゃあどうでもいいか」朦朧。

「てめえは満足したか?! 殺して、研究して、人の人生で遊んで! どうなんだ!」

「タダシ君、知っての通り私にはもう時間がないから君に頼みがある。その藤浪がいる病院に榊厡がいる。正確には、今は、天摩永進。彼を見て欲しいんだ。研究結果を見れないのはとても悲しいことだから、私の代わりに見てくれ」

「何を云う! この悪魔が!」

「私は神だ! あゝ、あとドグラマグラ、夢野久作は間違っていたよ。やはり夢ではない。正確には何度も回転をしない。ニーチェも間違っているねえ———」

「テメエェ! 答えろ! 何故こんなことをした?!」

「単なる好奇心だよ」


 気付くと寝ていた。烏が日の光を超えて空を飛ぶ。半透明の虹が朝の空を降りかかる。

「なんだ!」何だったんだ? 夢? 嘘? 

「出てこい川馬アアアアア!」叫び声の主を探しにきた警察が駆けつける。

「ちょっと君ぃ、朝っぱらから狂ったかい?」

「川馬アアア!」

「だから落ち着こう」

「川馬アア!」声が枯れた。なぜだクソが!

「君ぃ」警察を殴る。

「何をする!」連行、警察署、事情聴取、マルダとバンソロ。「すいません、すいません」と何度も二人は誤った。ウメラドの二階。寒い。重い。川馬はどこに! あのクズはどこに、、、眠る。


「天摩永進をみに行ってくれよ」


 ハッと起きる。うるさい蝉の鳴き声で起きる。暑い。汗をかいている。 病院。男が入ってくる。死んだ目の医者。

「起きましたか」

「何故ここに、、、」

「体には問題はありません。もしかしたら脳にもしかしたら何かあるかもしれませんが。でも大丈夫です。病気ではありません」白衣の死神が云う。

「別に具合は良ければあなたは、今週中に退院できますよ」

「そうか」

「そういえば、初めてですか?」

「はい?」

「いえ、一度あったと思いまして。気のせいかもしれません」変な医者だ。嫌になる。記憶をめぐると確かにあった。違う自分だが。記憶、、、そう! あのクソはどこだ! 川馬はどこにいる! 怒りが込み上がる。人類の敵、人間の敵、悪魔だ! どこにいる!?


 医者の話を聞くと数日前に倒れて今日まで眠っていたと。突然東京へ向かって、帰ったら倒れたとか。川馬の仕業だろ! そうだ、フミなら知っているはずだ。

「フミ!」

「タダシ! やっと起きたのね」お見舞いに来ていた。泣きながら抱きしめられた。こんなことしている場合じゃない。

「あのクソ野郎はどこにいる!」

「クソ野郎?」驚いた表情。

「そう、あの川馬だ! お前が何年か助手として働いた奴だ! お前の頭をいじったクズだ!」

「カワバ? 私が助手?」

「そうだ! あの野郎と話に行ってこうなった! あいつは今どこにいる?」

「ごめんなさい。思い出せない」何を云う! ふざけるな!

「結核は大丈夫なのか?」

「結核?」

「そうだ。全てあの野郎の仕業だ!」

「私が? 本当に覚えてないの」ん? ———————。

「何を云う! あいつだ。あのクズだ!」

「落ち着いてください」医者が病室に入る。

「お前もだ。川馬の甥なんだろ! あいつはどこにいる!」

「タダシさん。落ち着いてください」体が眠った。


 朝、起きる。白い天井。蝉のジージッジジジージー。隣に体が大きい青年?

「ここは?」

「天摩永進だ」

「タカマエイシン?」

「はじましてか」

「?」ア!

「タダシさん。起きましたか」別部屋に送られた。藤浪と書かれた名札。死んだ目の医師。白い部屋で二つの椅子。

「どうぞ」

「あんた」

「失礼、医師の藤浪です。体には問題はないみたいですね」既視感? 怒る!

「川馬はどこだ!」

「はい?」

「だから、あんたの叔父に当たる川馬だ。確か紅林って云う奴だ! 今どこにいる?」

「川馬と云う人物はご存知ないです。叔父に紅林なんて知りません」

「何を云う!」

「川馬と云う人物は存在しません。彼はあなたの想像にしか過ぎません」

「何ィ! 全てが嘘だと! 夢だとでも云うのか!」

「タダシさん、落ち着いてください。少しずつでいいですから自分が誰か思い出してください」憎悪! 

「は?」

「あんたは、長い間眠っていたのです」

「は?」

 話を聞くと長い間自分は眠っていたようである。何が夢で何が現実かわからない。確かなことはマネ、ジョラ、マルダ、バンソロ、フミ、槙壺瑚春の存在。亡くなった叔父、父。結婚した姉。バーテンダーのヒトシ。アメ公ども。踊り子。藤浪。天摩永進。が、他は、あったはずの記憶はなく。ないないねだりだ。どこへ行ったのか。実際あったのか。起こった出来事も何もかもあやふやだ。本当に思い出した人物も存在したのかあやふやだ。戦争が本当にあったのか。川馬は妄想なのか? 夢と嘘と混乱。わからないもんだ。ふざけるな! 確かに川馬ってクソ野郎は存在した! しかし、どこにも証拠がない。あのヤブ医者も全く知らない。マルダもバンソロも。誰も知らない。覚えていない! クソがあああ! 自分は今まで眠っていて全てが夢で何でもないのか。なぜだ! クソが!

 

 知らん間に突然春は転んでくる。

「心配したんですよ!」泣く瑚春。

「あれからどれくらい————」記憶にない。


 数日後退院。藤浪は全く聞き覚えも、心当たりもなかった。あの天摩永進と榊厡凰神は何も関係なく。実際存在したかわからない。反米戦争も、組織も、下毒も、イポンスキィーも、芲刺郶澪も、新日本解放団「赤星」も、黒神剣一も、もしかしたら川馬も。。。しかし、昇天の奴らはいる。昇天も知らなく、マネはアメリカに行ったと聞いた。ジョラは仏の道を進とか。あゝ、今までが夢で。この数年眠っていて、大半が現実ではなかったとかあり得るか? 本当に何も証拠がないから仕方ないか。


 ウメラド。

「タダシ! どうなった。無事か、変な薬打たれなかったか」マルダ。

「タダシさん。元気でよかったです」バンソロ。

「良かったあああ!」泣き顔の瑚春。

「美人を泣かしといて許されると思わないで! 心配したんだから! 変なこと言い出すし、気が狂ったと思った」一緒に泣くフミ。

「しゃーねーなぁ」笑顔。

「ただいま」


 とんとんと忘れた夢では、どこかの或る普通な夢の如く起きてから消えてゆく。怒りも、苦痛も、全て。そこでちょっと思い出す。

「わかんないな」

「何が」

「この国のゆくえが」

「とおっしゃると」

「いや、終戦から数年。人は変わった。日本は変わった。これからの数十年後はもっと変わっているのか」

「それは、、、」

「何、戦争は良くないが。必要だったかもしれない。人は刀をとっても何かを失った。人にもどったかもな。世に変わる物があるなら変わるのであったのだろう。呵り、何千年たっても変わらぬものもあるのではないか。次なる時代にくる平和な時にどう青年青女達は思うのか」

「何が言いたい」

「や、唯。神まかせだな」


 後から聞いた話、自分という者は、ウメラドと云うハイカラなうどん屋かラーメン屋かわからない店で本当に働いていたみたいだ。マルダとバンソロと一緒に。自分の過去は探らず前に進んだ。幾ら苦痛が待とうと、幾ら不幸が待とうと。幸せは、いつも自分の掌にあったことを忘れていた。

 

 唯、何時かは覚えていないが黒い長いコートを着た男と藤浪が店に食べに来た。かえにぎわにその見知らぬ男は自分は幸せかと尋ねた。無論、今までにないまでに幸せと答えた。変な男だった。


 これでも三十の男。マルダが云う様に何度だって人生やり直せる。と云うものの、フミと槙壺瑚春と二人との後の関係は茶が冷めるので書かないことにした。








後章、


「これは」

「はい、頼まれた文章です」

「いやいや、全然違うじゃないですか」

「はい?」

「その、勿論、自由に書いてくれと頼みましたが、途中の川馬はなんですか。サイコパスじゃないですか」

「はい」

「いやいや、私があなたに貸した日下部さんの日記にはそんな人物いませんよ」

「いるのですよ」

「はい?」

「はい」

「ま、でも。タダシは主人公? おかしいじゃないですか。日下部さんは女性の方ですよ。写真も渡しましたよね」

「はい」

「じゃあ何で男性なんですか?」

「いつ小説の中でタダシが男性だと書きましたか」

「え?」

「冗談ですよ」

「わかりませんね」

「そう怒らないで下さい。ちゃんとして理由があるのです」

「ふー。わかりました。なんですか」

「私は決して日下部さんを侮辱したいと思ったことはありません。しかし、タダシが彼女です」

「つまり?」

「心です。信念、志に近いですかね」

「ああ」

「ま、彼女の心が男性って意味じゃなく、意志がそうと言いたいのです」

「ああね」

「理解したみたいですね」

「じゃあ、他の登場人物は?」

「彼、彼女の行動を説明するためです」

「だとしても、サイコパスはやりすぎでは」

「戦争はやりすぎですか?」

「どう云う意味ですか」

「つまり、川馬は、単なる擬人化です」

「戦争の?」

「はい、恐怖の方が近いですかね」

「恐怖を擬人化? それがあのサイコ?」

「どうです物語は?」

「まあ、面白いですよ。思っていたのと全然違いますが」

「理想は難しいですね」

「いや、私が考えていたのは少女の物語でして」

「理想に答えずすいません」

「いえ、元々は私があなたにお願いしたことですから。本当は、元々なかった文章でから。でもわかりません。この物語りの元となったのは日下部さんの日記と写真だけですよ。それをここまで書いたのは正直驚きました」

「よかったです。しかし、途中に関係ないことも入ったかもしれません。そこは謝罪します」

「いえいえ。芸術ですからね」

「そうそう、チサちゃんの具合はどうですか」

「すっかり治ったみたいで」

「よかったです」

「たまには顔を出してください。チサも待っていると思いますよ」

「行きます」男は、少し考える。

「いや、元と言えばチサがあなたの小説を読んだからこうお願いしたのじゃありませんか」

「はあ」

「ま、この文章どうしましょう」

「とは」

「いえ、本当はあの日記と写真を小説とした面白そうだと思ってあなたに頼んだのです」

「承知してますよ」

「え?」

「?」

「いえ、忘れてください。でもすいません、お金も払っていないのに文章に口出しちゃって」

「いえいえ、自分も書きたかったので」

「そうでしたか」

「あいこですね」

「はい」

「で、どうするのですか」

「どうせならチサに見せたらどうでしょう」

「いいですね。じゃあ、頼みましたよ」

「はい」


 戸。ガチャ、

「浪裏さん! チョウ久しぶりです」

「やあ、チサちゃん。具合はどうだい」

「元気元気!」本当元気。

「そう。お爺さんはいるかい」

「休んでるよ。それより、悠兄さんから聞いたよ。又何か書いたってね」

「早いねえ」

「見せてください」

「いいよ」又、焦げ色封筒。

「すごい達筆」

「まあね、もっとまともに書けと先生には何時も叱られるけどね」

「イトムお爺ちゃんから?」

「そうそう、何時もお世話になっております」

「何それ」くすくす笑う。

「どうぞどうぞ。今回は和菓子に挑戦しました」座卓には抹茶と月羊羹。

「とても美味です」

「本当? よかった!」

 しばらくして、

「これは?」

「終戦小説だね」

「争いごと?」

「ま、そこらの歴史家とか歴史小説家、ノンフィクションライターに見せたら唯の落書きだけどね」

「又、そんなこと言ってる」

「あゝ、ごめんごめん。言うんじゃなかった」

「又、すぐ謝る」

「あゝ、悪い癖だ」

「これ、ひどいね」

「そうかい、ひどいかい」

「夢オチなのがひどいです。後、色々断片的に変です。何時何処で何が起きているのがわからない時もあります。恐怖とか、恋愛とか混ざっちゃってます。だいたい、このタダシって主人公は最後に誰と結婚するのですか?」

「さあね、万年筆のインクが途中で終わっちゃったからね」

「ひどおい」

「ま、でもそれが戦争じゃないか。恐怖で、夢であって欲しくて、生き延びるのが殆どで、何が何時起きてるのかわからなくて。終戦だったら思想論戦。価値観がどんどん変わって、意味がわからなくて」

「寂しい」

「いや、まあ。そうだね」

「いやだ」

「うん。でもこれは誰かの記憶だから」

「日下部さんの」

「そう」

「波瀾万丈な人生だったの」

「自分が思うにね」

「ふーん。そでもこれ浪裏さん急いで書いたでしょ?」

「バレたか」

「バレるよ。伊達でファン第一号じゃあないんですよ」

「ファン1号?」

「そう。それよりこれは本当に駄作だね」

「うわー。痛むな。先生にも言われると思うよ」

「なんでこう最後にグイってまとめるの?」

「いいじゃないか。たまにはこう云うのも」

「浪裏さんはそんな小説家じゃない」

「何。単なる小説家みたいな者ですから。先生にはまだ認められていない」

「一応売れてるのに」

「先生曰く、売れるとなるとは違うって」

「そう。それだとしてもこの小説は威張ってます」

「そうかい」

「もっとちゃんと深く書けばいいのに」

「君にはわかるかい」

「勿論。浪裏さんの第一のファンですから」

「1号の後は一のファンか。そんなこと言ったら先生から又叱られる」

「私は1号じゃないの?」

「そうだね。彼女に比べたらまだまだだね」

「彼女?」

「ま、でもその小説は本当に上手く書けてないよ。でも本物を見ていないのだから仕方ないでしょ」

「何それ。体験じゃないと書けないみたいな」

「そう」

「変なの」

「そして大学の方は上手く行っているのかい」誤魔化した。

「勿論、これでも主席の文学系大学生ですから」

「自称かい」

「ひどい」笑った。

「ま、それならいいんだ。何かあったら言ってよ」

「はい。長い間来てないから心配しちゃいました」

「すまないね」

「忙しいの?」

「まあ、そんなところかな」

「浪裏さんも何かあったら来てください」

「優しいね」

「はい!」

「でも、そんな仲良くしたら先生に怒られちゃうよ」

「そんな。私はいいですけど」

「ハハハ。君はちゃんと恋愛しているのかい」

「君じゃないくて」

「チサちゃんは、彼氏とか欲しくないの」

「今は、いいかな」

「そう、自分はもう年齢がアレだから焦らないといけないんだよね。先生からも一生独身しているのは人生と時間の無駄遣いって言われてるよ」

「そうかしら」

「ま、自分はいると思いたいんだよ」

「何を」

「女性人達が白馬の王子様を夢見るように、男性諸君等も白いワンピースの夏の乙女を夢見ていいと思うんだよ」

「何それ。夏なら夏祭りと水色の浴衣の美少女では」

「確かに。それもいいね」

「彼女が欲しいんですか」

「彼女何か呑気な関係じゃなくて。結婚相手かな」

「あら」

「お恥ずかしいことにね」

「あらら、人のこと言えないんだ」

「そうだね」

「あの続きは何時書いてくれるの?」

「ああ、もう書き終わったよ」

「どこ?」

「まだ頭ん中」

「じゃあ書いてないじゃないですか」

「いや、書いているよ。後は文字にまとめるだけだよ」

「ふーん」

「終わったら持ってくるよ」

「一番に見せてくださいよ」

「うん」嘘だ。






 令和五年十二月十五日

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