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水際の清廉


「あーあ、ぜーんぶ終わっちゃったぁ……」


 ぱしゃぱしゃと足で水面を叩きながら彼女はそうつぶやいた。


「お疲れさん」


「あんたは良いわよねー、最後に優勝できて、あたしは結局3位……中途半端だなぁ」


「大学でも水泳続けるんだろ? インカレとかもあるじゃん」


「私は、インターハイに行きたかったの!」


「俺も、行きたかったなぁ……」


 俺は包帯の巻かれた肩を掴む、まだ、痛みは引いていない。

 最後の試合、無茶をしたせいで靭帯を痛めてしまった……無理をすると二度と泳げない事になる可能性もあったので、県大会で優勝はしたが、俺の夏も終わってしまった。


「あ、ごめ……」


「良いんだ。俺には十分な結果だよ」


 俺が素直な気持ちを吐き出すと、彼女は面白くなさそうに頬を膨らませる。


「なによ、あんなに頑張ってたじゃない」


「それはそっちだってそうだろ?」


「……だって、負けたくなかったから」


「誰に?」


「バカッ!」


「でも、本当に頑張ってたよな、みんなの世話もしっかりやってさ、凄いと思うよ」


「なっ、べ、別に部長だし、当たり前じゃん」


「副部長、サボりまくって、その仕事も全部やってたのお前だろ?

 最後厳しいこと言ってたけど、ちゃんと皆わかってるから、わざわざ嫌われ役までやって……」


「なんでそこまで知ってるの!? てか、みんな知ってるって、なんで?」


「え、俺が根回ししたから、たぶん、試合終わったら強く言うけど、本当はこうだぜって」


「な、え、ちょ、なんで」


「嫌じゃん、頑張ってるやつが損するの、ちゃんと、報われないとさ、一生懸命だったこと知ってるし、ずっと見てたから」


「なっ」


「俺、ずっとお前のこと見てたから」


「ちょ、ちょっと急に、なに、それ……だって、それ、まるで……」


「俺、ずっとお前のこと好きだったんだ。今でも」


 俺の告白に彼女は応えるでもなく抱えた膝に顔を埋めている。

 終わったか……俺は空を見上げた。


「……ばか……」


「え?」


「バカバカバカバカバカバカバカバカバカ!!」


「いてててて、なんだよ!」


 彼女がゲシゲシと俺を蹴ってくる。水泳で鍛えているキックは強力で結構痛い、いや、まじで。


「ちょ、本当に痛いって、肩が」


 ピタッと蹴りが止まる。怪我を使うのはズルいかな。


「向こう向いて」


「え?」


「いいから、向こう向いて!!」


 なんなんだよ、俺は渋々水から足を上げて言われたとおりに回転する。


「!?」


 後ろから、抱きしめられた……あったけー、それにめっちゃいい匂いする!


「私も……好き……」


「え?」


「こっち向かないで、私……たぶん、真っ赤だから」


「好きって……ほんと?」


「……うん。大好き」


 み、耳が、福音とはこの事か!!

 普段聞いたこともないような甘い囁きが、この距離で!!

 凄い、彼女の心臓が早く脈打っているのがわかる、それに、体温が、上がっている。

 なにより、抱きしめられてしっかりと感じる柔らかい感触、これは、なんだ、天国か?


「い、いや、俺のほうが、今、たぶん、真っ赤だ、ぞ」


「やっぱり、男の子の背中って、大きいんだね。それに、すごい筋肉……いいなぁ」


 サワサワと腕を触られ肩に優しく触れられると、背中に電流が走る。

 ああ、だめだ、もうだめだ。意識してしまった。我慢ができない。

 下半身が熱く脈動する。


「あ、あの、その、ちょっと、もう変な気持ちになっちゃうからそろそろ離れてくれないか?」


「……へぇ~、そうなんだー。どうしてそうなっちゃうのぉ?」


 ふぅっと耳に息を吹きかけられた。

 ぞくぞくぞくぅと背筋が震えた。

 まずい、もう、ギンギンだ。

 肩から首、鎖骨、胸、彼女の手が滑ってくる。

 触れられるとそれだけで電気が走ったように熱くなる。


「ちょ、やめろって、もうやばいから!」


 俺は彼女の腕を掴んで振り向いた。

 眼の前に彼女の顔がある。

 楽しそうに笑っている、その笑顔が、俺が一番好きな表情だ。


「大好きだ」


 気がつけば、俺は言葉にしていた。


「……ばか」


 彼女は俺の目を手で塞いだ。

 柔らかな感触が唇に触れる。


「好き……」


 正面から彼女が抱きついてくる。

 彼女の体温が息遣いが鼓動が身体に染み込んでくる。

 こんなにも、心地の良い温度が、感覚が、気持ちが有るのかと、魂が歓喜に震えるのがわかる。


「俺、幸せすぎて、頭おかしくなりそう」


「……私も……」


 再び彼女の顔が近づいてきて、今度は、お互いの中が触れ合うキスを交わした。

 頭がしびれる、心臓が狂ったように拍動している。

 頭がボーッとしてくる。

 ただただ高揚感の水の中に沈められて、幸せという水が身体に注ぎ込まれてくるような……


「誰か居るのかー?」


 突然の声に彼女は俺からバっと離れる。


「お、おいっ!」


 バシャーン! この状態で俺から飛ぶように離れればそうなる……


「しょ、勝負しなさい! 今の貴方なら私のほうが早いんだから!!」


「は? 何を言って?」


「なんだ、お前ら、また勝負してるのか? 好きだなぁ」


「せ、先生、こ、こんにちは?」


「相手にするなよ? お前休まないと行けないんだから……

 全く、無理させんなよ、負けたくないのはわかってるけど」


「ま、負けてませんから!」


「ははは、まぁ、あんまり遅くなるなよ、俺は先に帰るからなー」


「あ、はい、お疲れ様でした」


「おつかれさまですー」


 先生は俺達を置いてプールを後にした。


「……で、おまえそれどうするの?」


 制服を脱いで水着になった彼女はよっぽどおかしかったのか笑っている。


「なーにやってんだろ私! 本当は私の泳ぎを認めさせようとしてたのに……

 ま、いっか。もう貴方は私のものだしね」


「……そうだな。俺はもう、お前の虜だよ」


 後で乾かせばいいか、俺も下に水着つけてるし

 俺もプールに飛び込んだ。

 そして彼女を抱き寄せた。


「今後ともよろしく」


「……ずっと追いかけるからね」


「がっかりされないように、まずは怪我を治さないとな」


「そうよ、そうじゃないと本気で私の相手は出来ないわよ!」


「……まだまだ、負けねーから」


「ふふん、待っててあげる。貴方のそばでね」


 彼女を抱き寄せ、再び唇を重ねた。

 少し塩素の香りがした。







 



 

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