ep.35 宣戦布告! 女王の勇姿に敬礼を
「うんしょ。よいしょ」
施設前の庭の一角。
サリバとイシュタ、そしてマリアに見守られながら歩くのはアニリン。まだ人の手やスロープに掴まりながらだが、リハビリで少しでも動けるよう頑張っている様子だ。
僕は安堵し、近くで皆が生き生きとした姿を見つめた。
「サリバ、もう痛くないの?」
「うん! この通り、手を動かせるようになったよ♪」
といい、ぐーぱーするサリバ。あの時の怪我もすっかり癒えて、嬉しそうな笑顔だ。
そんな2人を見て、マリアもアニリンに励ましの言葉を送った。
「アニリンも、早く退院できるといいね」
「うん。退院したら、行きたい場所が、あるから」
「そうなんだ? その時は、私も一緒にいっていい?」
「うん!」
なんて、今ではすっかり姉弟のよう。
ふと、サリバが何かを思い出しこうきく。
「イシュタ。あれから、暗い檻の『夢』って見なくなったの?」
「うん。もう見なくなった。まさかあの夢の正体が、アニリンの“心”だったなんて」
「そうか… 私ね。最近、変な夢を見たんだ」
「変な夢?」
「うん。突然目の前が真っ白になって、その何もない所からこう、男女の話し声だけが聞こえる夢なの。
たしか『皆を異世界に飛ばそう』とか、『ファーストを眠りにつかせよう』とか」
…え? なにその夢。
僕は絶句した。
するとその話を聞いたイシュタが、
「まって? それ、僕も力を覚醒する前に見た気がする! えーと、もしかしてその男女って、ウソがバレたら皆が死ぬからとか、なんかそんな感じの事をいってなかった?」
「うん、いってた! うそ、イシュタもその夢見たんだ!? あれ何だったんだろう?」
「さぁ」
と、イシュタも同じ情景を見た事を告白したのだ。
まさか、その男女2人って――
ズゥーン!!!
「「!?」」
すると突然、空気が重くなる感覚が襲ってきた。
僕達みな、王宮のある方向へと目を向け、警戒する。アニリンが不安そうにしているけど、そこもマリアが彼を抱擁する形で、空を睨んだ。
…。
その重たい空気は、王宮の最も高い棟の横に現れる。
異変に気付いたアゲハが急いでバルコニーへ出て、そちらへ目をやると、“それ”はやがて1人の黒いマントを羽織った巨大な幽霊の姿へと、変化したのだ。
あれは、一体…
「初めてあんたと対面するのが、まさかそことはね。用件なら、手短によろしく」
と、アゲハが冷たい視線で問う。
その様子からして、相手が誰なのか理解しているようだ。その黒い影は、こう言った。
『…ふむ。さすがこの国の女王。客をもてなす気前すらないとは愚かな民族よ』
「こっちは『はじめまして』と悠長に迎えられるほど、余裕がないものでね。何処かの誰かさんのせいで、今それ所じゃないんだ。
それで、一体何しにきた? フェデュート総統、マーモ」
そいつか!
アゲハもだけど、僕も初めてお目にかかる相手。
今日まで散々、医療施設やアニリン達に危害を加え、それ以外にもチアノーゼとの死闘、富沢伊右衛郎の策略など、僕達を振り回してきた全ての元凶。
遂にこの世界の黒幕、敵対勢力フェデュートのトップが、姿を現したのである。
気がつけば、この重い空気を感じたのだろう住民達が、徐々に王宮前へ集まってきた。
アゲハの所にも、すぐにマニーや礼治たち護衛がかけつけ女王の盾となる。
にしてもこのタイミングで、人の手の届かない所へ登場とは、ホント卑怯な野郎だな!
『この地を侵略し蛮族が、自らの欲望のまま、我が構成員の命を何人も奪った。幾度となく、幹部が説得したものの、それも全て過去の泡。これ以上、手に負えぬものと判断した… これが何を意味するか、分かるか?』
「人体実験、情報操作、環境破壊、大量虐殺―― フェデュートがそれだけの悪行を繰り返してきた事は、既にこちらで多くの証拠を掴んでいる。こちらの『侵略』のせいにすれば、なんでも自分らの行いが正当化できると思ったら大間違いだ」
地上から、「そうだそうだ!」「許さんぞー!」という国民のブーイングが上がってくる。
突然、何の脈略もなく人々の生活圏を襲撃し、アゲハ達を苦しめてきた。そんな連中を一体、誰が許すというのか。
その黒い影―― マーモは、こう告げた。
『世の理は、「力」が全て。資源を奪い、我々に勝てる見込みがあると予見している様だが―― 面白い。このさい、決着を付けようではないか。
刻は20年後。誠の正義をかけ、フェブシティを代表し、今ここに開戦す』
なんだって!? フェブシティ代表だと!?
しかもここでいう「20年後」って… 現実世界基準でいう、たった3ヶ月しかないじゃないか! それでどう備えろと。
これには住民達も動揺を隠し切れない。流石にアゲハの横で聞いていたマニーも礼治も、
「一方的に決めやがって…! こっちの権利は無視か!!」
「言葉の通じない獣が。どこまでも身勝手だな」
と、マーモに怒りを覚えた。僕もそうだ。
叶うのなら、今この場であのムカつく白い仮面をブン殴ってやりたい。
その反面、女王の威厳たるもの、アゲハは驚くほど冷静であった。
「なるほど。フェブシティ側も承認しているということか―― まずフェブシティ自体、自らの意思で動いているかどうかさえ、怪しい所だけど。
いいだろう。こちらもアガーレールを代表し、正々堂々と戦おうではないか」
国民から、息を呑むような驚きの声が上がった。
もう、いつまでも相手の科学力と数の暴力に怯えた、弱小国とは言わせない。
それを示すかの様に、アゲハの目に迷いはなかった。
そして、その決定に反対する者も… いなかった。
マーモの体が、電子の乱れを散らしながら、その場からフェードアウトした。
黒幕が、そのままここへ現れるなんて命知らずがあるかと思ったけど、流石にホログラムだったか。
すると、重たい空気も徐々に晴れ、元の明るい空に戻った… 気がする。
気味の悪い展開であった。
アゲハ達も、住民も、静かに戻っていった。
「なんだ、あの化け物は。仮にもあの女王様を侮辱するような事を…!」
「お父さん。なんか、凄く嫌な予感」
と、そこへ一組のオーク親子が、医療施設へ足を運んできた。ミハイルとニキータだ。
第二部にて色々あったあと、初めてアガーレールと和解した少数民族コロニーの住民である。彼らも丁度目撃したばかりであった。すると、
「あっ… こんにちは」
アニリンがマリアに掴まりながら、挨拶した。
マリアもお辞儀をし、こうしてお互い会釈をしながら施設内へと入っていく。外でのリハビリが終了時刻を迎えたためだ。
気が付けば、サリイシュもいない。先の宣戦布告を聞いたあと、いつのまに帰宅したか。
僕はその瞬間、人々がこうして互いを思いやり、普段通りの穏やかな生活を送っているというのに、先のフェデュートの傲慢さを思い出し、再び怒りが湧き上がりそうになった。
…お陰で、さっきは誰に何を話そうとしたのか、思い出せなくてモヤモヤする。畜生。
「マーモ―― ドラデム・シュラーク。ヤツの姿は、最初の一瞬だけ見た事がある。滅多に表へ出ない黒幕が宣戦布告、ね」
マゼンタだ。
マリア達とはすれ違いだけど、先の展開を遠くで見ていたか。僕はそちらへ振り向く。
「ヴァージニア… いや、マリアは本当によくやってるよ。あの少年を含め、2人には幸せになってほしいね。
時間だ。あんたに渡さなきゃいけないんだろう? あれを」
そういうと、マゼンタはすぐに踵を返した。
僕も頷き、一旦この場を後にする。これから眠って、上界へ行くために――。
(つづく)
※ここまでの相関図(~第三部)




