ep.31 泪(なみだ)のオペレーション、実行。
※ここまでの道筋(~ep.30)
「地下の掘削工事、延期になったんだってな〜」
「あぁ。なんでもあの方舟さんが『医療機器を先に作ってくれー』って、院長に頼まれたかららしい」
「そうか。まぁ、でもこれは仕方ないな。あんな事故があったんだし、今は怪我人の手当が先だ。気長に待つとしよう」
なんて地下渓谷の工事作業を務めるドワーフ2人の会話が聞こえた今日。
まさかアニリンの検査が理由に含まれているなんて、殆どの人は知らないだろう。それもそうだ、過度に噂が流れるのはかえって敵にマークされて危険なのだから。
「みんな。モノは一通り揃ってるな?」
「おうよ、この通り。しかし、まさか異世界で初のシェービングがこれとは」
「薬はこれで全部かなー。にしても、ティファニーまで執刀に携わるって意外じゃん」
「あら、前に教えなかったかしら? 私、元きた世界では昔、エンバーミングや解剖の仕事をした事があるのよ。ところで、マリアは調子どう?」
「うん… 一応、大丈夫かな。もう、傷はすっかり癒えたし、鉄分補給もしてきたから」
と、施設ではヘルをはじめ医療や執刀技術のあるメンバーが5人、青緑色の医服にキャップやマスク、そして手袋等を身に着け準備に移っていた。
僕達が想像している以上に、現場は緊迫している。それもそのはず、これから彼らが行うのは、アニリンから両耳の黒いピアスとクリスタルチャームを取り除く手術だからだ。
「いくぞ、みんな。自分の手腕を信じるんだ。俺も、自分を信じる」
ヘルがそう頷き、自らを先頭に手術室へと向かった。
この瞬間、マリア達もすぐに真剣な目付きになり、無言でその後に続く。
まだ10歳前後と思われるゴブリンの子供に、数時間に及ぶ多量の輸血を含んだ手術は、相当なリスクだ。ヘルも内心、とても緊張している事だろう。
今日まで、ヘルを最も間近で見てきた若葉も、なんとなくそれを察している様であった。
――――――――――
――テステス。音声に問題がないかの確認だ。みんな、名を挙げてくれ。
一方、その医療施設の出入口では今日というオペレーションを成功に導くため、キャミが白いワイヤレスイヤホンを耳にはめ、疑似テレパシーを送っていた。
すると、イヤホンから次々と僕たちメンバーの名前が挙げられる。もちろん僕も「芹名アキラ、オーケーです」と送り、戦闘態勢に移った。
――ありがとう。王宮、聖女の泉、及び暗黒城にいるメンバーは目撃次第、すぐに教えてくれ。飛行物体や人の数も詳細に教えてくれると助かる。王宮はヒナたち2人で足りるか?
――問題ない。万一奴らが王宮を攻めてきても、俺と妻の2人で必ず守りきってみせる。
――了解。医療チームは? ティファニー、みんなの様子は?
――大丈夫よ。もし何かマズい事がこちらへ及ぶようなら、私にどんどん言ってくれて構わないわ。皆が医療ミスを起こさないよう、しっかり中継役に徹するから。
なんて、途中で誰が誰だか分からなくなりそうなテレパシーの一部始終だが、とにかくそれだけ皆真剣だった。
本オペレーション最後の試練は、ヘル達がアニリンの手術を成功させるまでに、この医療施設を防衛すること。
マニーとキャミが入口の先頭に立ち、遠距離ではシエラとバリーが弓や銃を用いて応戦。建物裏はテラが守るとして、万が一施設内へ侵入された際はローズとノアが対抗する。
腕一振りで等身大ロボをぶっ壊せるほど強いローズと、ダンジョン特化であるノアの透視能力が相まって、そう簡単に攻められる事はないと思うが、それでも敵が突破してきたら… 終着「手術室」の入口前にいる、僕とアゲハが応戦する形になる。そこが最後の砦だ。
願わくば、手術室前まで敵に攻められたくない。
それでも、相手は「いじめ」るだけで簡単に資源を生む子供を誘拐するためなら、何だってやるだろう。
他にも患者が複数いるこの施設。
人が弱っている所を平気で襲うような奴らに、情けはいらないのだ。
――――――――――
「血圧、脈拍、異常なし」
「酸素濃度正常。気道確保」
「1パック準備完了。これよりオペを開始する」
手術室。その中央に、アニリンが寝かされている。
口元には酸素マスクが取り付けられ、そこから麻酔薬を注入。それ以上のことは僕は医療に詳しくないから、かなり適当な表現になるけど、ヤスがなんか細い鋏やカミソリを使って毛の処理を行うと、いよいよそこに赤チンみたいな薬を塗ってメスの準備だ。
「アニリン… 頑張って」
と、マリアがアニリンに励ましの声をかける。
マリアの手首にも管が通っており、途中から輸血のためチームを離脱する事が予想される。その瞬間まで、オペに尽力するのだ。
こうしてヘルの手により、遂にアニリンの体にメスが入れられた。
――――――――――
――気を付けて。海の家跡地から飛行物体が3機、船2隻、人がゾロゾロ降りてきたよ!
やっぱりな! 国への予告なしに、アニリンが搬送されていると見込んだ医療施設に目を付けてきやがったか!
僕達の嫌な予感は的中した。王宮にいるヒナのテレパシーを耳に、マニーとキャミがそれぞれ虹色蝶と召喚獣を生み出す。そして、
「いけー!」「わー!」
あの雪原の時と同じ格好をした敵の集団が、施設前へ突進。一部は銃を持ってマニー達に襲いかかってきたのだ。
もちろん、この手の展開は想定済み。マニー達は銃弾を躱すのに特化した魔法を使いながら、ジグザグに移動し、敵をどんどん蹴散らしていった。
ドカッ!
「ぐあ!」
バキッ!
「ぐふっ!」
「くそ、こうなったらあの建物内に弾を投げ込むしか…!」
プシューン!!
「あうっ…!」
と、中にはマニー達ではなく建物そのものにダメージを与えようと手榴弾を取り出す輩もいたが、そちらは遠距離担当のシエラとバリーが「おそうじ」していった。
海岸近くの森の中。身を潜めながら弓を構え、矢を放ったシエラがこういう。
「まったく。自分達はあんな大層な銃や機械なんか使って、良いご身分だわ」
「申し訳ございません。あの雪原での戦いで、拾えたのがこの1丁しかありませんでした」
と、バリーが気まずそうに説明する。彼が構えているライフルは敵から奪ったものだ。
彼は元軍人である。だから一通り銃の扱いに長けており、この異世界の敵国で流通しているものの使用感も現実と同じなら、
バーン!
と、反動をものともしない狙撃が出来るわけだ。今の1発は遠くにいる狙撃手に命中した。
――――――――――
「とれた。ヤシル、ピアスを安置へ」
ヘルが最初に行ったのは、両耳のピアスの排除。
ピアスを通すための針をはじめ、止め具やネジ、フックなどが一切ないのに一体どうやって通されているのか謎だったそれを、ヘルがメスで綺麗に取ったのである。
素人では危険な、耳を切って異物を取り除く行為。
ピアスを乗せたトレーを空いている場所へ置いてもらった後は、いよいよクリスタルチャームを取り除く作業だ。
――ルシフェル! 今だ、焼き払え! マアム、かみつけ!
――近くの住民が異変に気付きはじめた。くっ、人質に取るなんて卑怯な事をさせるか!
――令百由旬内 無諸衰患! 魔よ、去れ!
医療チーム唯一の中継役であるティファニーの耳に、複数メンバーの戦う声が聞こえる。
最後に聞こえたテラの声で、建物の裏から侵入しようとした敵がいる事も分かる。その辺り音声を聞きながら、チームへ情報を共有するタイミングを計るのが中継役の仕事である。
(つづく)




