人気書籍化作家の俺だけど、クラスメイトの姫島さんをこっそりヒロインのモデルにしてるうえ、そのヒロインが小学五年生のロリキャラだから、書籍化作家だってことを誰にも言えない
「あっ、姫島さん、昨日の『きゅらどら!』のアニメ観たよ! 姫島さんのキャラ、結構台詞あったね!」
「ああ、俺も観た観た! やっぱ姫島さんの声はアニメ向きだよね!」
「わぁ、ありがとー。あのシーン、家では何度も練習したのに、本番ではいきなり噛んじゃって、危うく泣きそうになっちゃったよ。あはは」
とある朝の教室。
今日もクラスは、姫島さんの話題で持ち切りだ。
そりゃ、クラスメイトが脇役とはいえアニメに出演している現役の声優なんだから、さもありなんといったところだが。
姫島さんは、その蕩けるようなロリボイスと、小動物を連想させる可愛らしい容姿がウリの、人気急上昇中の新人アイドル声優だ。
まだ主役級のキャラに起用された経験はないものの、ゆくゆくはメジャーになってもおかしくないだろうと、声優オタクの間では専らの噂になっている。
――かくいう俺も、密かに姫島さんを推している隠れファンの一人である。
「そろそろ姫島さんも、主人公役に抜擢されてもいい頃だよな! あっ、それこそ『防伊達』の雛子役とか合ってんじゃね! キャラデザも姫島さんにメッチャ似てるし!」
――!
陽キャの大八木が、手を叩きながら大声で囃し立てる。
……話題がマズい方向に転がってきたな。
『防伊達』こと『防犯ブザーと伊達メガネ』は、警戒心が強いが故に友達が少ない小学五年生女子の雛子と、目付きの悪さを誤魔化すためにいつも伊達メガネをかけている男子高校生湊太の心の交流を描いた、ライトノベルである。
累計発行部数50万部を突破している人気作であり、ゆくゆくはアニメ化されてもおかしくないだろうと、アニメオタクの間では専らの噂になっている。
うちのクラスでも『防伊達』は大人気であり、新刊が発売されるたび、クラス中で回し読みするのが恒例だ。
まあ、雛子のキャラデザが姫島さんに似てるのは当然だ。
何故なら――。
「そ、そうかな?」
「あー、確かに雛子のイメージは、マジで姫島さんにピッタリだよね。でもさぁ、『防伊達』の作者の『タラコ紳士』ってさぁ、マジ絶対ロリコンだよね」
――!!
ギャルの橋崎さんが、サイドテールの髪をクルクルいじりながらそう呟いた。
……くっ!
「ああ、わかるわかる! この前出た新刊でさ、雛子が履いてる白ソックスのディテールを、延々4ページに渡って描写されてた時は、正直引いたわ!」
大八木がゲラゲラ笑いながら腹を抱えている。
クソがッ!
なんもわかってねーなお前はッ!!
小学五年生女子のキャラを描く上で、白ソックスのディテールにこだわることは必要不可欠なんだよッ!
そこを手抜きすると、小学五年生女子マニアの読者からは、たちまち見放される――。
そんなこともわからねーのに、素人が知ったような口を利くんじゃねえッ!
……これが『タラコ紳士』の正体が、俺、鴨川洋一であることを、誰にも言えない理由である。
最初は姫島さんを応援したい一心で、姫島さんをモデルにした小説がアニメ化されたら、姫島さんを主人公役に抜擢できるんじゃないかという淡い期待の元、小説投稿サイトで書き始めた『防伊達』だったが、思いの外大ヒットし、速攻で書籍化のオファーがきた。
そして現在に至るというわけである。
「でもさー、ひょっとしたらタラコ紳士の正体って、このクラスの誰かだったりして? そんでガチで姫島さんをモデルにしてんのかもよ!」
――なっ!?
……鋭いじゃないか大八木。
君のような勘のいい陽キャは嫌いだよ。
「いやいや、それはないよー。私と雛子ちゃんとじゃ、可愛さが段違いだもん」
いやいやいや、それこそそれはないよ姫島さん!
むしろ雛子の可愛さは、姫島さんそのものだからッ!
作者である俺が言うんだから、間違いないよッ!
「いや、姫島さんはマジ可愛いよ。でも、マジでタラコ紳士がこのクラスの誰かだったら、マジキモいよね」
――!!
橋崎さんがゴミを見るような視線をクラス中に向けながら、言った。
……クッ。
「それってマジでストーカーのロリコンじゃん? 姫島さんをモデルにした小学五年生女子がヒロインの小説書いてるって、マジでキモい以外の感想ないんだけど」
チクショオオオオオ!!!!
何も言い返せねええええええ!!!!
「ねえ、姫島さんもマジでキモいよね?」
「うーん、私はそうは思わないかなー」
――!!
……姫島さん。
「えぇ、マジで!?」
「うん、だってヒロインのモデルにしてもらえるって、声優としてはこの上なく光栄なことだもん。全然キモくなんかないよ。まあ、私なんかがモデルのわけないけど。あはは」
照れくさそうに頭を掻く姫島さんは、噓をついてるようには見えない。
……やはり姫島さんは天使だ。
――これからも生涯姫島さんを推し続けようと、改めて決意した瞬間である。
「ウェーイ、パスパース!」
「ウェーイ!」
その日の昼休み。
大八木たち陽キャ連中が、教室の中でゴムボールでキャッチボールしているのを尻目に(教室でキャッチボールなんかすんじゃねーよ!)、俺は『防伊達』の今後の展開について頭を悩ませていた。
これから湊太と雛子が二人でプールに行くシーンがあるのだが、そこで雛子に着させる水着を何にすべきか?
これは非常に重要な問題である。
ここを適当に決めてしまうと、小学五年生女子マニアの読者からは、たちまち見放される――。
絶対に失敗は許されない。
検討に検討を重ねた上で、ベストオブベストなチョイスをしなくては――。
……やはりここは王道のスク水?
いやいや、流石にベタすぎるか。
ではちょっと奇をてらって白スク水というのはどうだ?
リアルではあまり見掛けない白スク水だが、それだけにラノベならではの特別感を演出できるかもしれない。
いや、とはいえあまりにも安易か。
いっそ大胆なビキニ……!?
うーん、でもなぁ。
ああクソッ!
全然考えが纏まらない!
……致し方ない。
本当は正体がバレるリスクがあるから、あまり教室ではタラコ紳士のユーザー管理画面は開きたくないのだが、背に腹はかえられない。
そこに大量に保存してある雛子の裏設定をもう一度見直して、雛子に一番似合う水着を選んであげなければ!
コソコソとスマホを取り出し、タラコ紳士のユーザー管理画面を開いた、その時だった――。
「うわっと!?」
「――!!」
ボールのキャッチをミスった大八木が、俺の机にぶつかって来た。
その衝撃で、俺はスマホを床に落としてしまった――。
ああッ!?
「あー、ワリィワリィ鴨川」
欠片も悪気は感じられないニヤケ面で俺のスマホを拾う大八木。
ヤ、ヤバい――!!
「ん? これ……」
大八木がスマホの画面を見てフリーズした。
「ハ、ハアアアアアア!?!? 鴨川って、タラコ紳士だったのかよおおおお!?!?」
「「「――!!!」」」
大八木の絶叫が、教室中に響き渡った。
嗚呼、終わった……。
「えっ!? 鴨川がタラコ紳士!?」
「タラコ紳士って、あの『防伊達』の作者の!?」
「ウッソだろオイ!!」
池に岩を投げ入れたみたいに、一斉に教室中に波紋が広がる。
教室の隅で一人本を読んでいた姫島さんも、目を見開いて俺を凝視している。
嗚呼、いっそもう死にたい……!
「スッゲェじゃん鴨川ッ!」
「…………え?」
その時だった。
大八木が満面の笑みで、俺の肩をバンバン叩いてきた。
お、おや?
「まさかクラスメイトに、こんな有名な書籍化作家がいるなんてよ! 友達に自慢していいか!?」
「……」
な、何か思ってたリアクションと違うな……。
「俺も俺も! 俺、『防伊達』全巻持ってるぜ!」
「俺もだよ! なあ鴨川、サインくれよ!」
あっという間にクラスメイトたちに取り囲まれた。
そ、そうか……、みんな意外とそんな感じなのか。
これは、杞憂だった、か?
「…………マジキモい」
「「「――!!」」」
が、橋崎さんがボソッと呟いた一言で、教室が静まり返った。
この瞬間、俺は心臓を鋭利な刃物で突き刺されたような感覚がした――。
「やっぱタラコ紳士って、マジキモいロリコンのストーカー野郎だったんじゃん。マジで姫島さんをモデルにして、小学五年生女子がヒロインの小説を書いてたってことでしょ? そんなんマジ犯罪じゃん」
「「「……」」」
姫島さんを勝手にモデルにしていたことは事実なので、何も言い返す言葉が浮かばない……。
でも、だからって、犯罪とまでは言わなくてもいいじゃないか……!
「……あー、確かになぁ。ロリコンは、なぁ」
「しかも姫島さんのことを妄想しながら、雛子の着てる体操服の描写とかをしてたって考えると、ねぇ?」
「うん、ちょっとキモいかも」
――!!
ついさっきまでお祭り騒ぎだった空気が一転、みんなの目が、罪を犯した人間を見るようなものに様変わりした。
……嗚呼、そうだよな。
やっぱ俺はキモいヤツなんだ……。
ロリコンでストーカーの犯罪者だったんだ……。
今後俺は一生、ロリコンでストーカーの犯罪者という十字架を背負って生きていくしかないんだ……。
「――やめてよッッ!!!」
「「「っ!!?」」」
その時だった。
よく通るアニメ声が、教室を震わせた。
――その声の主は、他でもない、姫島さんその人だった。
姫島さん……!?
立ち上がった姫島さんは、握った拳をプルプルさせながらクラスメイトたちを睨みつけている。
普段は温厚な姫島さんがこんなに怒りを露わにしているところは初めて見たので、皆一様に戸惑いを隠せない。
「何かを生み出す苦労も知らない人間が、勝手に自分の価値観だけで人を糾弾しないでッ! 鴨川くんは何か悪いことしたの? 私をモデルにした、小学五年生女子がヒロインの小説を書いただけでしょ? それがなんで犯罪者扱いされなきゃいけないのよッ! 私はキャラのモデルにしてもらえるのは光栄だって言ったじゃない! 第三者が私の気持ちを代弁した気になって、的外れな正義感を振りかざすのって、本当に気持ち悪いッ!!」
「「「…………」」」
姫島さん――!
姫島さんのあまりの迫力に、クラス中が息をするのすら忘れている。
「鴨川くん、行こ!」
「えっ!?」
姫島さんに手を掴まれ、半ば無理矢理教室から連れ出されてしまった。
ひ、姫島さんの手、柔らけええええええ!!!!
「はぁー、風が気持ちいいなー」
「……」
誰もいない屋上に来た俺たち二人。
姫島さんは小さな身体をグググと背伸びし、フゥと一つ息を吐いた。
嗚呼、俺の推しは、今日も尊い――。
「……あの、タラコ紳士先生、念のため確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「っ!」
姫島さんが急に畏まった態度で、俺に向き合った。
ぬおっ!?
「いやいやいや、タラコ紳士先生呼びは勘弁してよ! あと、できれば敬語も使わないでもらいたいんだけど……」
プロの声優として、書籍化作家のことを先生呼びしなきゃいけないのはよくわかるけど、流石にいたたまれない……。
「あっ! そ、そうですよね……、じゃなかった、そうだよね! じゃあ、今まで通り、鴨川くんて呼ばせてもらうね?」
「う、うん、そうしてもらえると助かるよ」
嗚呼、推しからタラコ紳士先生と呼ばれるのは、それはそれで感慨深いものがあるが、やっぱ本名で呼ばれるのが最の高だぜ!
「もし違ってたらメッチャ恥ずかしいから訊くんだけど……、やっぱ雛子のモデルって、私なのかな?」
「――!」
姫島さんがセーターの萌え袖で口元を隠しながら、頬を赤らめつつ上目遣いを向けてくる。
アッッッッッッッッ!!!!(萌死)
「……うん、その通りだよ。実は姫島さんをモデルにさせてもらってたんだ」
ここまできたら、もう全部ブチ撒けるだけだ。
「……そ、そうなんだぁ。ふぅ~ん。そうなんだぁ」
俯いた姫島さんは、耳まで真っ赤になっている。
多分俺も同じだ。
だってこれって実質、愛の告白をしてるようなものだからな。
「……ゴメンね、勝手にモデルにしちゃって」
「そ、そんな! 何度も言ってるじゃない! 私は心の底から光栄だって思ってるよ! ――本当にありがとう鴨川くん。私、漫画や小説のキャラになるのが、子どもの頃からの夢だったの。だから声優っていう仕事を選んだんだもの」
「――!!」
姫島さんはその小さな両手で、俺の右手をギュッと掴んできた。
――もうこの右手はホルマリン漬けにして、神棚に飾っておきます。
「よかったら今後も、ガンガン私をモデルとして使ってくれたら嬉しいな。あはは」
「うん、任せてよ」
こうしてご本人から正式に許可も下りたことだし、これからは今まで以上に、雛子のディテールにはこだわり抜いていくぜッ!
「あ、あのさ!」
「「――!」」
その時だった。
女性の声がしたので横を向くと、そこには橋崎さんが申し訳なさそうな顔をして立っていた。
橋崎さんの後ろから、他のクラスメイトたちもゾロゾロ屋上に入って来る。
……みんな。
「――さっきはマジでゴメン、鴨川ッ!」
「「「ゴメン、鴨川ッ!」」」
なっ!?
みんな一斉に、俺に頭を下げた。
「姫島さんに言われてアタシも気付いたよ。アタシがどれだけ自分勝手だったか」
「お、俺もだよ!」
大八木も橋崎さんに追随する。
「謝っても済まされることじゃねーかもしんねーけど、せめて謝罪だけはさせてくれ! あとこれ、スマホは返すな!」
大八木が持ったままだった俺のスマホを手渡された。
「……もういいよ。俺は気にしてないから、みんなも気にしないでよ」
むしろ推しから正式にモデルの許可を貰った今の俺は、まさしく無敵状態。
今だったら冷蔵庫のプリンを妹に勝手に食べられたとしても、笑って許せる気さえする。
「そ、そっか! ありがとよ! あ、つーわけで、後でサイン貰ってもいいか!?」
「あっ、ズリィ! 俺も俺も!」
「アタシもサイン欲しい!」
「っ!?」
みんなにワイワイ囲まれた。
ハハ、しょうがないなぁ。
こんなことなら、ちゃんとサインの練習くらいしとくんだったな。
「あはは」
そんな俺のことを、姫島さんはヒマワリみたいな笑顔を浮かべながら見守っていてくれた――。
嗚呼、姫島さんのヒマワリみたいな笑顔を記念して、今日を国民の祝日にしよう――。
「お父さん、お父さーん」
「っ!?」
6歳になる娘の陽菜子に頬をペチペチと叩かれ、我に返る。
ああそっか。
陽菜子に『防伊達』のアニメを久しぶりに観たいとせがまれたから、二人で観てたんだ。
そしたら観てるうちに感極まってしまって、高校時代の思い出に意識がトリップしてたらしい。
画面にはちょうど、アニメ一話のエンディングが流れ出したところだった。
最初に画面に現れる、『原作:タラコ紳士』の文字。
続いて出てきたのは声優のキャスト一覧。
そこの一番上の、雛子役の欄に並ぶ妻の名前は、何度見ても胸が熱くなる。
「ただいまー」
その時だった。
玄関のほうから、妻のよく通るアニメ声が響いてきた。
おっ、仕事から帰って来たみたいだな。
「あっ、お母さん帰って来たー!」
陽菜子がトテトテと玄関に走って行く。
俺もその後を追った。
「お母さんおかえりなさーい!」
「わー、ただいま陽菜子ー! うーん、今日も陽菜子は可愛いねー」
「あはは」
妻に抱きつく陽菜子と、そんな陽菜子を抱き返す妻。
尊いオブ尊い。
この光景を絵画にしてルーヴル美術館に飾れば、モナ・リザにすら勝てるかもしれない。
「今日もお仕事お疲れ様」
俺なりに精一杯の誠意を込めて、妻を労う。
俺にとって妻の声優という仕事は、俺たち作家が生み出したキャラに声という命を吹き込んでくれる、とても気高いものだ。
だからこそ、妻が仕事から帰って来るたび、感謝の意味も込めて、俺はこうして妻を出迎えるのだ。
「うん、いつも出迎えありがとね」
妻のヒマワリみたいな笑顔が、玄関を華麗に彩る。
嗚呼、妻のこの笑顔に、いつかノーベル平和賞を贈らなくては……!
「あっ、聞いてよ! 実は私、また新しいアニメの主人公役のオファーきたんだよ」
「おお!」
今や妻の声をテレビで聴かない日はないってくらいの、大人気声優だからな俺の妻は(ドヤ顔)。
「お母さん凄ーい!」
「あはは、ありがとー、陽菜子ぉ」
「ふふ、実は俺も、一つ大事な報告があるんだけど」
「えっ、なになに!?」
俺が今連載している、妻をヒロインのモデルにした書籍化作品のアニメ化が決まったことを伝えたら、妻はどんな顔をするかな――。
拙作、『塩対応の結婚相手の本音らしきものを、従者さんがスケッチブックで暴露してきます』が、一迅社アイリス編集部様主催の「アイリスIF2大賞」で審査員特別賞を受賞いたしました。
2023年10月3日にアイリスNEO様より発売した、『ノベルアンソロジー◆訳あり婚編 訳あり婚なのに愛されモードに突入しました』に収録されております。
よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)