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人生の分岐点 ~兄達の葛藤~


「さっさと処分してしまいましょうっ! あんな貧民一人のために伯爵家の名誉が落ちるなど、あってはならないことですっ!」


「処分とは?」


 激昂し吠え叫ぶバーナードに、ジョセフは疲れたかのような視線を向けた。まだ十七歳で学園に在籍中の弟は、事の重大さを理解していない。


「そんなのどこかへ嫁がせるか、最悪、殺してしまえば良い。貧民が死んだところで誰も困りはしません」


 そうだ、あんなみすぼらしい娘の使い途など知れている。伯爵家の利益になる老人の玩具にでもくれてやろう。それなりに食わせて世話をしてやれば見られる程度の容姿になって、好色な老いぼれが喜んでもらってくれるに違いない。

 うら若き乙女を蹂躙出来る権利。それを喜ばぬ男はおるまいて。どのように扱っても良い庶子なのだから、その悪辣な欲情も獰猛に牙を剥くだろう。


 .....俺の手を離れたところでアレに幸せなどない。未来永劫苦しみ抜くが良いさ。絶望にうちひしがれて死ねっ!


 残忍な顔でスゥフィスの嫁ぎ先を上げるバーナード。並べられた家名は、名門でありつつも、伯爵家以上に昏い闇を噂される老主らだった。

 弟の魂胆が透けて見え、さすがのジョセフも疲れを隠せない。そんな縁談を父伯爵が受け入れるわけはないと理解しているためだ。

 ああ……とばかりに深い嘆息をし、ジョセフは力なく首を振る。


「貴族名鑑にも名を載せている伯爵令嬢を理由もなく処分? あまつさえ、殺してしまえ? 本気で出来ると思っているのか?」


「伯爵令嬢……? 馬鹿な、アレはただの貧民でしょう? 泥棒猫の娘です」


「そして父上の血を引いた娘でもある。伯爵家の血筋なのだ。これを伯爵令嬢と呼ばずして、なんと呼ぶ?」


 突然、兄から現実を突きつけられ、バーナードは心底驚いた。アレが父伯爵を奪った泥棒猫の子供であるなら、確かに伯爵家の血を引いている子供だ。それを唐突に理解したのである。

 今までの散々彼が口にしてきた不義の証の子。しかしそれは、逆を言えば間違いなく父伯爵の娘なのだという証拠でもあった。

 まるでいきなり夢から覚めたかのような顔で、バーナードは狼狽える。だが、腹の奥に燻る昏い憎悪が、アレを伯爵家に連なる者だと認めない。許さない。

 理性が理解していても感情は別物なのだ。スゥフィスを生贄として安定していたバーナードの心が納得しない。


「……ならば、どこぞの修道院にでも送りましょう。どこか厳しい修道院に。そこで余生を過ごせば良い」


 業腹だが仕方なし。


 憤怒を隠しもしない弟を困り顔で見つめ、再びジョセフは首を横に振る。


「なんの瑕疵もない。どんな理由で修道院に送るというのだ?」


 淡々と呟く兄に痺れを切らし、バーナードは憤懣やるかたない顔でジョセフを振り返った。


「伯爵家を罵り、貶めたのですよっ? 十分な理由ではないですかっ!!」


「……事実の羅列は罵りとは言わない。貶めた? 今まで我々が彼女を貶めたのであって、彼女が我々を貶めたわけではないぞ? その事実が暴露されただけだ。どこに彼女の瑕疵が?」


 言われてバーナードも気がついた。


 そして、あらためて愕然とする。


「如何なる理由があろうとも、我々がスゥフィスに与えた環境は許されることではない。父上も同意ならともかく、伯爵家は彼女を娘として家に迎えたのだ。それに見合った待遇をすべきであった。そなただけではない。それらを黙認した我々にも落ち度はある。同罪なんだよ」


 そう。弟にばかり目がゆき、年端もいかぬ子供を見殺しにした。父伯爵の目がないのを良いことに、とんでもない虐待を繰り返した。

 年に数日しか王都へやってこない伯爵は、スゥフィスと晩餐で顔を合わせる程度。誤魔化しようは幾らでもある。


 ……誤魔化そうとしている時点で終わっていた。不味いことをしている自覚があった。……なのに素知らぬ顔で続けてきたのだ。バーナードばかりを責めるわけにはいかない。

 ジョセフだけでなく周囲の大人達も同じだ。あの堅実な執事ですら、使用人らの横暴に目を光らせはしても、バーナードの行う虐待を諌めはしなかったのだから。

 他の者など推して知るべし。幼い弟がやらかす数々を増長させるよう、無責任に煽っていた。それで彼等は楽になるから。何をしても伯爵家兄弟の指示だといえば、誰にも後ろ指をさされはしない。

 むしろそれを盾に出来る。身分の高い者には逆らえなかったのだと。


 ……情状酌量の余地がないのは、バーナードとジョセフだった。


 はあっと溜め息をつき、ジョセフは己の置かれた状況を鑑みる。

 小伯爵への途は保留。婚約者の反応も宜しくなく、たぶん婚約解消まで秒読み。領地経営に携わっている分、王宮にも頻繁に通っているため陰口を耳にする機会も多く、中には直接尋ねてくる剛の者もおり、正直、辟易していた。

 なにしろ社交界デビューの夜会で起きた珍事である。いや、大事か。御歴々の前で暴露されたのだ。伯爵家の名声は地に堕ちたも同然。


 ……社交界デビューのことなぞ、綺麗に頭から抜けていたよ。アレをデビューさせるなんて誰も思っていなかったから。人知れず邸で飼い殺しにするものだと、皆が勝手に錯覚していた。


 社交界デビュー数ヶ月前に届いた父伯爵からの手紙は青天の霹靂。王都の伯爵邸は上を下にの大騒ぎになったのだ。


『アレの社交界デビュー? なんの冗談か。.....父上がエスコートしたい?』


 手紙を握りしめて指を戦慄かせた、あの夜。


 そしてそれが事実であり、父伯爵がスゥフィスを養女として正式に届け出ていたと知った衝撃。

 領地と王宮でのみ交わされた約定は、息子らへ通達されていなかった。その必要はないからだ。当時、学生だったジョセフやバーナードへの連絡は父親からの通達で十分。


『お前達の妹だ。よく面倒をみてやってくれ』


 これを確かに兄弟は聞いていた。


 聞いていた。聞いてはいたが..... バーナードの暴走で、ジョセフや執事の脳裏から吹っ飛んでしまったのだ。

 そして従来の風習どおり、婚外子として迫害する。いや、迫害も生温い虐待にいそしんだ。

 結果、今のスゥフィスはボロボロである。身体中傷だらけで痩せ細り、髪も肌もガサガサ。見るも無惨な姿だ。

 しかもバーナードが好んで彼女の髪に火をつけたりもしていたため、彼女の頭はベリーショート。とても夜会に出せるような状態ではない。


『どうしたら.....っ』


 今になって、ようよう父親の真意を理解し、絶望に項垂れたジョセフを執事が励ます。


『誰もが勘違いをいたしておりました。間に合うとは思えませんが、努力はすべきでしょう』


 遅まきだが今からでもスゥフィスに真っ当な暮らしを与え、少しでも回復させようという執事に頷き、ジョセフはバーナードを説き伏せようと頑張った。


 しかし弟はもちろん、妹までも一筋縄ではいかない未来を、今の彼等は知らない。


 御愁傷様。


 

 


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[一言] 悟りを開いた聖人君子でも無い限り、私を含め人は誰も自分が可愛い。 だから長男のやらかした事も、その理由はしたくは無いが理解した。 この時代、この世界での婚外子への扱いもほぼ理解した。 それで…
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