世界最弱の日常回
ふあぁ。
リオルが目を覚まし、布団の中で伸びをして、目を開けて時計を見る。
時間はまだ8時だったから、もう一度欠伸してから目を閉じ、布団を被る。
「寝るな、おきろ」
「ブベラグペッ!」
声と共にほとんどタイムラグのない10発のパンチがリオルの顔面目掛け降ってきた。
「ああ!もう!どうしてくれんのさ!鼻血出ちゃったじゃんか‼︎」
リオルを殴り起こしたフィーフィが「別にいいでしょ、そのぐらい」と言って立ち去ろうとする。
「ふざけんな‼︎これ洗うの僕なんだぞ‼︎
血を洗うの大変なんだよおおおお‼︎」
その背中に泣き叫びながら抗議をするリオルがフィーフィにはとても無様に見えていたが、連れて行かなくてはいけないということを思い出し、部屋に留まる。
ちなみにリオルはガチ泣きであり、涙を拭くために掛け布団を使って、そのせいでさらに鼻血がついた。
リオルは5秒ほど泣いてから、
「何しにきたのぉ?」
と、とても眠そうにフィーフィに訊いた。
「腕相撲大会やってて、連れて来いって」
「えー、何その子供っぽいのー、僕やーよ」
「お菓子ある」
「行かせてもらいます‼︎」
『高速』『加速』『向上』『俊敏』『二倍』『二乗』『加算』『一点集中』『倍々』『先乗』『光光四驅』
その他全ての加速系能力全てを使って、布団から這い出て、ビシッと敬礼する。
一応リオルの方がギルド長という立場上上であるのだが、このギルドではそんなのあってない様なものである。
「おっかし、おっかし、おっかし、おっかし」
楽しそうにリオルが言いながら、二階から降りるともう既に腕相撲をしている人がいた。
フィーフィの姉のフォーフォと、ハクがいい勝負をしていた。
ハクの口の周りにはご飯の跡(シグマの血液)が付いていたから、今日はお腹が空いたからと人に襲いかかることはないだろう。
二人は接戦を繰り広げていて、周りではそれを囃し立てていて、リオルがお菓子の煎餅をパリッと食べた瞬間に
フォーフォーが負けた。
フォーフォがリオルの食べた煎餅を見て、美味しそうだなぁと考えた一瞬でハクに倒された。
その時にバギャッと音を立てて木の机の端が破壊された。
「勝ち」
ハクがドヤ顔で腕を上げて言って、シグマがその腕掴み一緒に振り上げてギルド内の全員に見せる様に回る。
その間、負けたフォーフォーが
「くっそがああああああ!
負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けたあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」
と、負けたと連呼して、同じ回数だけ折れた机に額をぶつける。
最初はゴンゴンと言う音だったのに、そのうちバギャッバギャッバギャッとなりはじめて、最後に咆哮する時には、額の血を撒き散らしながらだったし、机は完全に破壊され、床にまで被害がいっていた。
「いやーさすが、勝負に人生かけてる竜人族だねぇ。
悔しがり方が凄まじい」
パリッと煎餅を食べながらリオルが言う。
「ねぇねぇ誰か僕とやらなーい?」
「おーい次俺ー、シグマやろうぜ」
「おーいいぞ、エブ。チョコ10個な」
リオルの言葉は無視された。
シグマとエブだけでなく、他のギルドメンバーも同じだった。
何でだよお。
リオルが呟くと、いつの間にか隣に立っていた受付嬢、アミが「貴方と戦っても絶対に勝っちゃうからですよ」と言って、リオルの血の付いた掛け布団を渡した。
その後は、なかなか落ちない血を洗い落とすために頑張り続けて、洗いながら、机を壊して、自分の血もばら撒いたフォーフォーになんのお咎めも無かったことに納得できず、ぶつぶつ言っている間に腕相撲大会は終わっていた。
勝者はシープだった。
ウルフの弟のシープだった。
ちなみにウルフは初戦負け、基本引きこもって魔法の研究をしているため仕方がない。それにウルフの情報収集能力は世界で10本の指には入るほどであり、その情報収集のために部屋から出ていないという理由も5割ほどある。
ヒョロッとしているウルフが腕相撲大会に出るとはリオルは思っていなかったが、シープに無理やり連れ出されただけらしい。
そのウルフとシープは色々と正反対だった。
外に出ることを好んで、短剣一振りで討伐ランクSのディーボルトをワンパンできるのだ。
名前、逆にした方が良い。ギルド内の多くの人がそう思っていた。
「おーし!次はタイムストップだ!
ストップウォッチを30分ひったりで止めろ!
ルールは以上、
よし‼︎やるぞー‼︎」
おー‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎
その勝負の優勝者はトーチとチートの双子兄弟だった。
「「やったぜ俺たちの勝ちだぜ」」
ウェーイ‼︎
双子はハイタッチした。
その勝負の間にリオルは布団を干して『熱塊』と『風鎧』でさっさと乾かしていた。
「僕、何の勝負にも出れねぇ、ハハ」
乾いた笑いが出てきた。
「あのー?ここギルドですよね?」
乾いた笑いを貼り付けたままリオルは振り返って、声をかけてきた小さな子供を見る。
「ソーダヨ、ココギルド、ナンノヨウ?」
いろんなゲームをみんなが楽しそうにやっている中、ひとりで床の張り替え、フォーフォの血の掃除、机の生産をやっていて精神的ダメージを食らったリオルが、子供の質問にカタコトで答える。
「ん?あれ?君男の子?」
「へー、よく分かりましたね。
こんな可愛い女の子のような僕をよく見抜けましたね。
褒めてあげます」
そう言って女の子の格好をしている男の子、つまり今、(一部に)爆発的ブームを起こしている男の娘な少年は、パチパチパチと拍手する。
リオルはそれに「わーいやったぜ褒められたー」とニコニコしながらぴょんぴょん跳ねて言った。
「おー、ずいぶんノリがいいですね。これやると大抵の人は苦笑いするんですけど」
「なんだって⁈君のような美少年に褒められるなんてご褒美でしかないじゃないか‼︎」
「あっごめんなさい、そんなぐいぐい来られると困ります」
「急に冷めたね⁈君もぴょんぴょん跳ねなよー」
「いやいや、次期賢王の僕がそんなことできるわけないでしょう」
「えー、残念だなぁ」
賢王。それは[世界の二柱]と呼ばれている二人の王の片方。世界中の人を管理する【デルバクネルゼルグ】というお伽話の様に語られている場所にある、何万年も前の賢者が作り出した全ての人を管理する装置を活用し、賢王や愚王が死ぬ前に、自分の仕事を継がせる子供を探し見つけ育てたり、世界中で起こる厄災などに対して事前に対策を練る人である。
ちなみに愚王は賢王の伴侶となることが多く、その役割は世界中を移動して賢王の話を伝えるなどの役割をしているが、なぜか愚王の地位につくものは浪費がかなり激しい。
そして賢王は、世界守護兵隊と呼ばれる、全国家から選りすぐりの人材しか入れない組織のリーダーでもある。
そんな存在の次期候補を前にして、リオルは少しも態度を変えない。
当然、その美少年が賢王だと知ってもギルド内には態度を変える人間はいなかった。
美少年なのに美少女の姿なことに驚いていたり、自室から子供用の服を持ってくる人はいたが。
そのことに美少年は少しも気を悪くした様子もなく、ただ女児服だけは固辞しながら、
「ゲームをして遊ぼうよ」
と言った。
そしてその言葉に対してギルド内の人たちはそれぞれ口々にいろんなことを言うが、要約すると
「おもしれぇ、乗ったァ!」
ということである。
そしてそれぞれ自分の得意な勝負を仕掛けて、賢王を討たんと勝負した。
オセロ、チェス、将棋、しりとり、かけっこ、ポーカー、ブラックジャック、真剣衰弱、ババ抜き、ルービックキューブ、鬼ごっこ、かくれんぼ、じゃんけん、勢贅具宮磁記灰クミシラス、エルペルトルカ、騎士弱魔強、etc、
その結果が、次期賢王のハムレット・ハムグットの一人勝ちだった。
全戦全勝。
リオル以外の全員が割と善戦したが全敗だった。
ちなみに1番惜しかったのはエルペルトルカで相手をしたアミだった。
「いやー、楽しいなー。こんだけ遊んだのは久しぶりだよ」
ハムレットは満足そうな声を出して
「それじゃあ勝ち逃げさせてもらおうかなぁ」
と立ち上がった。
当然逃げる気などないとその顔を見ればわかるので、賢王を引き止める愚かな者はいないかと思われた。
だがいた。
「ちょっと待ったぁああああ!」
そう声を上げたのは賢王と八十戦全敗のリオルだった。
リオルはどこからともなく中心に大きな丸、周囲を七色の板が囲んだゲームボードを出し、机に叩きつけるように置いた。
どんなゲームなのかなとハムレットは見て、
歓声を上げた。
「なになになになになに‼︎このゲームなにぃ⁈
こんなゲーム僕見たことないよ⁈
えっえっえっえっえっえっえっ、どんなゲームなのこれ‼︎」
そんなふうにはしゃぐ賢王は、年相応の美少年に見えた。
「ふっふっふっ、このゲームはあまりにも複雑怪奇なルールのせいで数100万年前に廃れたボードゲーム。名前はキリング!じゃあ今からルールを説明するからね!」
そう言ってリオルはキリングというゲームのルール説明を始める。
かかった時間は約1時間20分。
このゲームの面倒くささを簡単に説明すると、逆立ちをして野球の試合をしながらサッカーの試合もやり、足でジャグリングをしながらピアノを弾く様なものである。
「うわすげぇ僕やったことないよ!やろうやろう!」
「ふっふっふっ、これは僕がもう百万回とやったゲームだからね‼︎絶対に勝てるのだ‼︎
あーはっはっはっはっ」
ルールを覚えることがそもそも不可能に近く、覚えたとして勝負がつくまでに平然と一年とかかかるゲームである。
それなのに2時間で終わったと言えば、リオルがどんな惨敗を喫したかわかるというものだ。
リオルがクソォ!と悔しがっている間に、他のギルドメンバーは次々にハムレットに向かって行き、
返り討ちにあった。
「はーはっはっはっ、この僕にゲームと名のつくもので勝てる存在なんていないのだ」
はーはっはっはっ、ともう一度腰に手を当ててハムレットは高笑いをする。
チッと舌打ちするものや、悔しがるものを尻目に、リオルはケロッとして笑いながら
「ちなみに次期愚王候補は誰なのかな?」
と、ハムレットに訊いた。
するとあからさまにハムレットはビクッと肩を震わせて、
「い、いないよ」
と、地震でも起こっているのかと思うくらい震えながら目を逸らして言った。
「えーでも〜毎回賢王と愚王は同じ時に変わるよね」
「こ、今回からは、なな、なくなったんだ、グ、愚王なんて」
「いやいや、賢王が変わるんなら愚王も変わるでしょ。
なぁ、みんなぁ?」
ギルドの全員が、自分達を負かした相手の弱点を見つけるや否や、すぐにその弱点を攻め始める。
「きょ、今日はここまでなのだよ、さ、さらば‼︎」
ガシッと、元気よく震えながら逃げようとしたハムレットをシープが掴む。
「おいおい、待て待て。
賢王愚王が変わるのは俺たちにも重要なことなんだよ、はぐらかしてんじゃねぇぞ❤️」
「語尾にハートをつけるなぁ‼︎‼︎」
ゲームの最中、どれだけ逆転されそうになっても慌てることのなかったハムレットが、見てわかるくらい慌て始めた。
「うわぁ!離せぇ!」
「ウルセェ、暴れんな‼︎
リオルッやれっ‼︎」
「アイアイサー」
もうどっちが上司なんだか。
シープに命令され、リオルが『固定』の能力でハムレットの動きを止めて、歩み寄る。
そして、口だけ『固定』を解除する。
「おい、待て、やめろ、やめてくれ」
ハムレットの悲痛な声がギルド内に静かに響く。
「リオル、日和るんじゃねぇぞ」
「へっへ、わかってますよアニキ」
二人はノリノリだった。
他のメンバーもやれやれーと囃し立てる。
一応止めようとしている者もいたが、熱量に負けて囃し立てる側にまわっていた。
「お、お願いだからぁ、ほ、本当にやめてぇ」
「残念ながら、ここにはショタの涙目ごときで止めるような奴はいねぇんだよ!」
「グエッヘッヘッへっへ、良い声で泣けよぉ」
リオルはいやらしい顔つきで言った。
「んっ………………ふっ………ングっ」
ハムレットは『固定』を解除された体を捩りながら、頑張って口を閉ざすが、時々我慢できないと言うように声を漏らす。
「………………あっは………………んんッ………はぁ、はぁ、はあ………はあっんッ」
リオルが動きを止め、喘いで息をして、ハムレットの気が緩んだ瞬間を見計らったようにリオルがまた動く。
「ご、ごめんなあっ………さ、い。調子に、のりまひた。もうゆるひてぇ」
涙を流しながら、羞恥で赤くなった顔を必死に隠して、ハムレットが言う。
それを見て、リオルが一言、
「ちょっと………エ「言わせねえ‼︎」
リオルの声をかき消しながらシグマが殴りかかる。
グハァとリオルが吹っ飛び、リオルが持っていたハムレットの足裏をくすぐっていた羽が空を舞う。
「テメェ限度を考えろ‼︎泣くほどやんなボケ‼︎」
「ふふふ」とリオルが不敵に笑って、もう一度殴られるであろうことを承知で言う。
「すっげえエロ可愛かった」
キリッと、
腹の立つドヤ顔だった。
シグマがまた殴りかかるが、シグマの拳が届くより早く、地面から槍の形をした木が生えてきた。
「イエスショタ‼︎
ノータッチ‼︎」
木と同じように、地面からぬるぅとカミスが出てきた。
その後にTもにゅうううと何かに押し出されているかの様にと出てくる。
リオルはゴボッと血を吐き出しながら木を抜こうともせずに突如現れた2人に向かって言う。
「やあいらっしゃい。二人とも。
カミスちゃんは相変わらずショタコンだね」
「当然ですよ、この愚者が。
こんな可愛いおとこの娘を虐めないでください。
グシャグシャにしますよ」
「ふふ、悔いは無いぜ。
ああ、最後は幸せだったな」
「最底の死に際じゃないですか。
私は100人のショタに抱かれて死にたいです」
ゴキュンと首の骨を折り砕きながら、リオルが自分の頭を回転させて、首を千切り、地面に落とす。
カミスは咄嗟に賢王ハムレットの耳を塞ぎ、リオルの骨が折れる音を聴かせなかった。視界は自分の体で塞ぐ。
そして当然のようにリオルは首から体を生やして生き返り、「あーくすぐるの楽しかったぁ」と言った。
「僕は楽しくなかった」
そのリオルの言葉にハムレットがポツリと言ったのをカミスは聞き逃さなかった。
「T、やって」
「おーケェ」
リオルの足を、にゅうううと出てきた土の手が掴み、
シュン、と
リオルが地面に急に生まれた亀裂に消えた。
亀裂が閉じ、下からパンッと破裂音のようなものが聞こえた気がしたが、全員気のせいということにした。
ハムレットだけは純粋で、まだ無知だったので、なにが起こったのかわからなくて下を見たが、なにが起こったのかはわからなかった。
「ぷはぁッ‼︎いったいなぁもぉ、酷いなぁ。
ていうか、《ラグナロク》の人が勝手にこんなところに来ちゃって良いの?」
「ああ、大丈夫。
今日は指令だから」
カミスはどかっと椅子に座り、どうぞと出されたお茶を飲む。
あつっ、と少し吐き出してしまったのにアミは何も言わずにさっと拭いた。
リオルはそれを見逃さなかった。
「ねぇアミー、なんで僕にだけすごい厳しいのさぁ」
「なんで私が貴方にそんなことを話さなくてはいけないのですか?」
キラキラと、純粋な瞳で罵倒されたリオルは机に突っ伏してメソメソ泣いた。
朝から一体何度泣くのだろう。
「それで指令の内容はですね」
メソメソ泣いているリオルに一切構わず、カミスが話し出す。
一時とはいえ、このギルドにいたのだからこの日常にはもう慣れていた。
慣れていないTだけが、どうすればいいのコレというふうにウルフやフィーフィを見るが、気にしなくていいと視線で教えられる。
「とあるダンジョンが見つかりましてね、そこの調査をお願いしたいんですよ」
ズズズとカミスはお茶を飲む。
煎餅もパリッと一口。
「ふーんそれじゃあ、僕がそこを探索すれば良いのかな?」
「そういうこと、受けてくれるでしょ?」
「まぁ、暇だし別にいいけどさ」
リオルがため息混じりに言うと、
「おいお前らぁ!賭けの時間ダァ‼︎」
と、シープが声を張り上げ、そこからそれぞれ
「おれ200に金貨30」「私は500に金貨10」「大穴狙いで10に金貨100」賭けの内容を言っていく。
「えっと、コレは何を」
ハムレットが訊くと、カミスがデレェと表情を崩し、
「コレは、リオルってギルドマスターが何回死んで帰ってくるかを当てる賭けなの」
子供はやっちゃだめよー、と
カミスは優しく丁寧にハムレットに教える。
ハムレットはなるほどーと頷いてから、
「僕はリオルさんの力を知らないので当てられないですね」
と、冷静に言う。
この賭けの裏で、むしろ表で堂々と泣いて「僕で賭けをするなぁ!」と訴えている人もいるのだが、誰も見向きもしない。
全員が無視する。
コレで今、この瞬間、リオルがダンジョンに行くことが決定した。
そのダンジョンに、緑の宝玉と紫の宝玉があることは、真面目に探していなかったリオルはぜんぜん知らなくて、
そのことを知っているのは、《ラグナロク》だけなのだった。