鬼門
《ラグナロク》に所属する、身斬屍は、どうしようもないくらいに人殺しだ。
人を斬り殺すことが快楽で、人を圧し殺すことが愉悦で、人に自らを殺させることを至高としている。
最初は忌避していたその行為も、今では嬉々としてやっている。
身斬屍は転生者であり、前世で死ぬまでの3年間の記憶が思い出せないでいる。その記憶も靄がかかっているようでうっすらとその期間生きていたということを知っているだけで、何が起こったかわかっていない。
だが屍は、自分が人殺しが大好きであり、死体愛していることを自覚している。
だから彼女は、自分の潜んでいる国の人間の増減はちゃんと調べており、ここ二週間ほどから、どんどん人が減っている知って動いた。
ボスからの命令では無い。
自分の欲のためだ。
《ラグナロク》には上位28人に称号が与えられる。そして屍の称号はYであり、《ラグナロク》のNo.2である。
屍は組織内での地位も高く、仲間にも好かれており、1人では無理だと判断すると、すぐに誰にでも助けを求める彼女は、今回もOの能力を頼り、犯人が鬼道羅刹だというのもすぐに知ることができた。
鬼道羅刹が、自分と同じ流れ人と呼ばれる異世界転生者であることを知り、殺す前に少しくらい話してもいいかなと思いもした。
自分と同じく偽名かと思ったら違ったが、そのことは本人が言っているだけだからどれほど本当かは知らないが。屍はそう思っているが、鬼道羅刹は転生後に与えられた名前であるため、偽名では無い。
鬼道羅刹のことを知り、自分と似たような性癖だったから仲良くなれるかもと、屍は一瞬考えるが、すぐにその考えは捨てる。
無価値だと決めつけ、無意味だと定める。
身斬屍という偽名で、自分の昔を忘れようとしている。
自分の性欲を満たすだけで犯罪者となってしまう世界を、忘れてはいけないと思いながら、忘れようとする。
それが彼女の性欲は死体性愛である。
だが、転生後の彼女はどれだけ人を殺しても満たされることはなかった。
美男子を、美女を、少女を、少年を、赤ん坊を、動物を、どれだけ殺しても、何も感じることができない。
大事な何かが欠けている感覚だけが残っていて、それを埋める形が少しも見つからない。
だから彼女は殺す。
大事な何かを探すために、殺すことで満たされると心の底から思っているように誰でも殺す。
様々な殺し方で殺す。
そんな彼女の能力は『滅死』
細菌を殺すように人を殺し。
大食漢がものを食べるように人を殺し。
隕石が恐竜を絶滅させたように人を殺す。
効果範囲は半径100メートル。
100メートル以内の人間を強制的に絶命させる能力。
この能力を、身斬はこの世界に生まれ落ちた時、手に入れた。
彼女にとってとても良い能力だった。
自分が殺したいと思った人を、一切傷つけることなく殺すことができるのだから。
それでも足りない。満たされないのだ。
愛を持って人を食い殺す鬼道羅刹と、
愛を求めて人を惨殺する身斬屍、
その二人は今、鬼道が基地と呼ぶ屋敷の中で向き合っていた。
道中通りがかりにあった人は全員死んでいる。そのことは鬼道も知っている。
「可愛いね、君。名前は?」
「身斬 屍、はじめまして鬼道 羅刹さん」
二人は互いに笑みを浮かべながら言葉を交わした。
心の中では、それぞれ
美味しそう、とか
この人なら満たされるのかな、とか
常人は思わないようなことを考えながら。
「ねぇ、屍さん、率直に言わせて貰えば、私は君のことも好きだと思っている。心の底から愛していると言える。だからどうか抵抗せずに、私に食べられて、私の血肉となってくれないだろうか」
「嫌ですね。死んだ後にも同じことを言えたら、食べさせてあげますよ」
さっさと死んでもらって、愛せるかどうか試そう。
それで満たされるかもしれない。
身斬は鬼道羅刹との戦いで勝つ自信があった。
Oからの報告で彼女の能力の範囲が自分よりも狭かったから、
この世界に来てまだ短いから、魔法を使っているところも見たことがないと言う。
だから勝てると思った。
その油断に漬け込むような奇襲で、羅刹は自分の能力の範囲の形を円から線に変え、屍に自分の能力を当てた。
それだけで屍は羅刹の虜となり、自分に『滅死』の能力を使った。
身斬屍の自分の方が強いという慢心と、鬼道羅刹が予想以上の速度で能力の熟練度を上げていたことが原因で、《ラグナロク》No.2 身斬屍の死でこの勝負にもならなかったものは決着がついた。
その死体は、多すぎる骨のせいで、骨一本見つからなかった。
目が覚めると木の天井があった。
周りを見よう体を動かそうとしたら、腕も足も何かで拘束されているかのように動かせず、首だけしか動かせなかった。
自分の両手、両足をそれぞれまとめて縛られて Iのような状態になっている。
手首や足首になんらかの拘束がされているのかと思ったが、首を巡らせてなんとか自分の手足を見るが、拘束具の類のものは見つけられなかった。それなのに、どうして動かないのだろうかと刹那は考えて、
「だれかぁぁぁぁぁああ!!」
わかんなかったから刹那はとりあえずで叫ぶ.
自分が誰かに捕まって縛られているとか、叫び声を上げたら殺されるかもしれないとか、そんな思考は一切ない。
5秒待ってだれも来ないので、誰もいないのかなと判断して、見えない拘束を斬ろうと思い、両手両足の縛りを取る。
さて、これからどうしようかと両手足を寝っ転がったままゆらゆらと揺らして、立ち上がったところで女が1人、湯気の立ち上る木の器を持って入ってくる。
瞬間、女の全身を切り刻むことを夢想し、何も起こらないことに目を見開く。
「あっ、おはようございます。拘束は自分で解いちゃったみたいですね。さすが師匠が気をつけなよと言ってくるだけはあります。そうだ、自己紹介がまだでしたね。私の名前はフィンと言います」
「柊刹那」
名前を言われたらちゃんとこっちも言う。
劫から言われていた初対面の人に対してしなきゃいけないことの一つだ。
どちら様ですかはもう相手が言ったから次は、
「なんの用ですか?」
「用はあなたの保護とあなたの起こす被害の軽減。そしてあなたと椿劫さんを無事に日本に送り返すことです」
起き上がり、相手に詰め寄り、人差し指と中指をピンと伸ばして目に当てる直前で止める。
「なんで劫を知っているんだ?答えろ」
「お、教えてもらったからですよ。師匠に。椿劫さんは今ダノムガ王国というところにいます。私の第一の目的はダノムガ王国にあなたを送り届けて椿劫さんと再開させることです。はい」
「なら連れていって。今すぐに」
「うわぁ、即決即断だぁ。いいですけど。先にご飯食べません?お腹空いてませんか?」
フィンという女は落とすことなく持っていた器の中に視線を送り、私も視線を落とす。
そこにはおかゆのようなものがあって、お米のようなものの色が緑色になっている。
明らかに食べ物の色ではなかったが、確かにお腹が空いていたので器を奪うように取り、一気に口の中に流し込む。
どろっとした感覚の物体が口の中に入り込み、喉越しは良くない。
噛んで食べてくださーい。と慌てたような声が聞こえて、もぐもぐと咀嚼する。
その瞬間自然な甘みが口の中に溢れて、噛んだことでどろっとしていたものが分解されて、飲み込みやすくなった。それでも喉越しが悪いことに変わりはない。ちょっと飲み込みやすくなったくらいだ。
それでも美味しいからいいかと全て飲み干す。
「見ていて気持ちいい食べっぷりでした。」
女がそう言って、器を持って外に出る。
それを追って行くと川に出て、女は川の水で器を洗ってから、器を木の下に埋める。
多分びせいぶつだったかがなんとかしてくれると思って埋めたんだろう。
劫ならもっと色々わかるんだろうけど、私にはよくわからない。
だけど、別にいいや。劫に会えるなら、なんでもいい。
「えっとー、柊さんと椿さんってどんな関係なんですか?師匠は私にあなたの保護と、連れてくることだけを頼んでどっか行ってしまったので、色々と話を聞いておきたいなぁと思いまして。あっ、もちろん言いたいことだけでいいので」
女が私と劫の話を聞きたがってくる。なんで聞きたいのかはわからないが、まぁどのくらいの道のりになるかはわからないし、別にいいか。
「私と劫は付き合ってるの」
「………………………………それだけですか?」
女が振り返って訊いてくるが、何がそれだけなのかわからない。ちゃんと私と劫の関係は言ったぞ。これ以上の言葉はない。
「えぇとね。私はもっといろんな話を聞きたいというか。結構歩くことになるから暇つぶしに話を聞きたいというか。つまり、もうちょっと詳しく、お願いします」
女が言いながら刹那を拝むように手を合わせる。
刹那はめんどくさそうにしながらも、刹那は事細かに、椿劫と出会う前から話し始めた。
「あなた、は、誰で、すか?」
髪が長く。白いワンピースを着た少女が、胸の前で手を組み合わせて、オドオドとして途切れ途切れの言葉で、同じくワンピースを着て、全身に血の滲んだ包帯を巻き、石の上で片膝立てて座っている少女に話しかけた。
「あん?誰だよテメェ?テメェこそ名乗れよ。それともテメェは、相手に名乗ることもできねぇのか?」
岩の上で座っている少女は、包帯の巻かれていない左目を細めて睨みつけながら強い口調で言う。
「あっ、えっと。ひいら、ぎ、せつな」
「おう。ひいらぎせつなねぇ。私は椿劫だ。とりあえず目障りだ。失せろ」
「あっ、や、あっ」
「んだよ。言いたいことあるならさっさと言えよ。そんで消えろよ」
「あっ………………」
もじもじと指を突いたり、視線を彷徨わせて、何度かチラチラと劫を見てから、突風が吹き、ワンピースのスカートがたなびいて、
「ぱ、パンツ。見えてるよ」
劫は一瞬何を言われたのかわからなかったようにキョトンとして、どんどん顔を赤くしてすでに元に戻っているスカートを戻して座り方を女の子座りに変える。
「い、いちご。美味しいよね?」
どこかに親近感でも感じたのか、それとも人の下着を見た照れ隠しか、刹那がはにかみながらそう言って、
「う、ウルセェ!」
照れ隠しで飛びかかってきた劫に殴られた。
これが椿劫と柊刹那の出会いであり。この時互いに歳が8歳であった。
2人が出会ったのはとある児童養護施設を名乗っている研究所であった。
そこには2人の他にも15人ほどの子供がおり、その全員が両親を亡くしているか、いなくなっても気づかれないような子供達であった。
その中でも当然子供同士のヒエラルキーなどは存在しており、その中で刹那のいる位置は低く。劫はそもそも組み込まれていなかった。
その2人は下着を見たその日から少しずつ話すようになっており、一年たち、多少仲良くなっていた。
「なぁ、刹那ってよ、来年の能力開花何になると思う?」
能力開花。
この施設の子どもは全員、入所する際、施設長から渡された種子のようなものを飲む。それは子供の成長に合わせて芽を出し、成長し、10歳の頃に開花して宿主に特殊能力を植え付ける。
能力が開花するのは平均で見れば10歳であると言うだけであり、9歳でも、8歳でも、11歳でも、12歳でも開花する。
13歳以上でも開花するのかもしれないが、前例はなく。この施設で13歳を超えて開花していない者は出来損ないとして処分される。
処分とは、言葉通りの意味だ。
その可能性から目を逸らしながら、刹那は自分の望みを口にする。
「えっ、えー。わかんないよ。………わかんない。何になるんだろうね。とりあえず、守れる力が欲しいかな」
「へぇなんで?」
「………痛いの嫌いだから」
「後ろ向きな理由だねぇ」
この頃から劫は刹那に向けて優しい表情をする様になっていた。
そしてその表情に刹那が見惚れて、少しの時間無言になることがよくあった。
「え、えっと、椿は、どんな力だといいの?」
「攻撃できる能力ならなんでも」
劫は言いながら近くにあった木の棒を取り、それを振る。
刹那はそれを見てギュッと自分の体を抱きしめる。
「大丈夫だ。私が刹那を守るよ」
また私って言った。
劫の一人称はこの頃ブレてきていて、それが自分に気を許してくれている様で嬉しく、刹那ははにかんだ。
当然、子供達の誕生日はバラバラであり、だからこそ、開花する時間も場所も日にちもバラバラである。
その日は快晴であり、雲一つなく。外に出ても涼しく過ごしやすい日だった。
心の中というのは個人の絶対領域の様なものであり、心の中で何を思っても自由であり、何を思っているかバレないというのは安心できる理由の一つである。
例えば、いつも強い口調で他人を罵倒し、他人に怒鳴り、暴力を振るう人が、内心では子犬の様に他人に怯えているだなんて知られたら。
当然イジメが起こる。
そしてその場に唯一の友達がいたとしたら。
それが起こったのが劫と刹那が転移する7年前だ。
いつもの場所に刹那は歩いて行った。
劫が3人の人に殴られていた。
3人が3人とも能力を持っており、左側は土を操る能力、真ん中が心を読む能力、右側が腕力を上げる能力。
劫はその3人に怯えて、縮こまって、いつもの様に怒鳴ったりはしていない。
なぜ?
そう考える暇もなく、劫が殴られて、今まで感じたことのないほどの激情が刹那の体を動かした。
ただ走って、劫のそばに行き、真ん中の1番弱そうなのを殴る。そして右側の人に頬を殴られる。
吹き飛ばされて地面に這いつくばる。
「刹那!」
劫の悲痛な叫びが響き、その耳に刹那の言葉が届く。
「大丈夫。私が守るから」
その一言はどこか破滅的な印象を与えて、殺してでもという言葉が隠れている様な気がして、劫は「大丈夫!大丈夫だから!」と叫ぶ。
「大丈夫じゃないでしょ?」
その一言で劫は何も言えなくなってしまう。
そして真ん中が刹那の心の内を覗く。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
心を知り、それでも何もできないと仮定して、言葉を言うが、その言葉は刹那には届かない。
そしてその人とは逆に、劫は内心嫌なものを感じていた。
それが何かはなんとなくわかり、劫は刹那から聞いていた誕生日を思い出す。
まだ数ヶ月先のことではあったが、近づくほど開花する可能性は高くなる。そして今、開花したならば。
地面が動く。
人を包み込めるほどの大きさの腕が生まれて、刹那へと掴み掛かり、刹那の体が一瞬赤く発光して、風の様なものが巻き起こり、土の腕が破壊されて地面に落ちる。
そして風はそのまま吹き、3人の体が切り刻まれる。
体が幾つにも切り刻まれて、地面に臓物と血液を撒き散らす。
「劫ちゃん。私これで、劫ちゃんを守れるよ」
そう言って笑った刹那の顔を、とても綺麗だと、劫は感じていた。
この日から2日間の間に刹那の能力及び暴力によっての被害は施設のほぼ全員に及んだ。
そしてこの日から3日後に、劫の能力が開花した。
そこから被害に遭う人はほぼゼロになった。
「とまぁ、こんなところよ」
「はぁ、大変だったんですねぇ」
刹那から何日かに分けて話を聞き、聞き終わったフィンの感想はそれだけであった。
「私、人を殺しているんだけど、驚かないんだ」
「まぁ、私も、違う違う。私じゃないけど、私の半身みたいに思ってる人が人を殺してるから。別に特に何も思わないよ」
どこか達観した顔つきでフィンは自分の膝に顎を乗せる。
「でもまぁ、人殺しはダメだよって、まともなことも一応言っておくよ」
フィンは立ち上がりながら言って、目の前に見える街を指差す。
「「さぁ、ここが最終関門だ」」
フィンと全く同時にリオルが隣にいる劫に向かって言う。
劫が、どれだけ説得されても待っているだけは嫌だと言ったためリオルが連れてきたのだ。
そしてこの街は鬼道羅刹がいる。