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積年の望み

 ガザは怪訝そうな顔をして、隣の女が自分の同業者かなんかだと当たりをつけ、答えてもらわなくても良いかと思いながら、時間稼ぎついでにリオルに「こいつも俺と同じなのか?」と訊く。

「そだよー」

 リオルは、そのことを秘密でもなんでもないことのように、軽くアッサリと答えた。

 ガザはその態度に少し面食らったが、隠してるわけでもないのだろうと自分の情報収集能力のなさを少し悲しく思いながらも、今悲しむことじゃないと判断を下す。

 リリスも特に気にしてないようで、もしくは気にしている暇もないのかも知れないが、表情からはどんな感情も伺えない。

 さっきまでの何かに怖がっているようなしぐさも、ただの演技なのかと思ってしまうが、今も微かにナタを持つ手が震えている。

 さっきの動き。ナイフを捻って抜く一連の動作を見れば、ただの町娘では無いことが分かる。

「その子はねー、さっきも言ったけど散歩してるんだよね。そしてついでにこの先にある家に行くつもりなんだろうね、いつも通りのお楽しみの時間だろ?ごめんねー、じゃまだったぼっ!」

 リリスがリオルの心臓部にナイフを突き立てていた。使うナイフはさっき抜いていたガザのナイフだ。

 動きはなかなか早かったが、ガザにとっては避けれないほどのものではなかった。そしてリオルも目で追えていて、あえて避けなかったようにも見えた。

 実際は避けられなかっただけだが。

 そして、リオルは口から血を流しながら、痛みなんて感じてないように

「あはは嬉しいなー、こんな熱烈ハグは久しぶりだぜ」

 そうおどけて言う。

 リリスは舌打ちして一気にナイフを捻り、ついでに顔に刺さっている5本のナイフにポケットから紐を取り出し結んで、後ろに飛び退き、ナイフを抜く。

 リオルはナイフを抜かれた瞬間、先程よりも多くの血を吹き出し、地面に倒れそうになるが、足を開いてなんとか耐える。

 すぐに「痛いなーもー」と頬を膨らませて、何もなかったように元の姿勢に戻り、顔を上げる。

「あのさー、別に僕を殺すのはいいけどさー、せめて殺す前に殺すって言ってくれないかなー」

 顔の傷全てが口になり、そのうちの一つの口が喋る。

 気持ち悪い。なんなんだこの男はあの時もそうだったがなぜ死なないんだ。

 リオルはガザの思考を『覚』《さとり》を使い読み、ニコッと笑ってから自分の能力の説明をする。

「それはねー僕の『残機』って能力のせいだよー」

 芝居がかった動きで両手を広げながら答える。

 人の思考を読むんじねーよ。と思考を読まれた気持ち悪さから吐き捨てるように頭の中で言ったが、

「分かった、もう言わない!」

 と言ってリオルがふざけてビシッと敬礼する。

 ウゼェこいつ。

「随分と余裕なんだな、さすが世界最強だ、俺たちなんてすぐに殺せるんだろ?」

 ガザが言うと、リオルはキョトンとして

「何馬鹿なこと言ってんの?」

 と、本当に何言ってんだこいつという顔をしながらリオルは言っていた。

 それから、リオルは何かを探しているように周りをキョロキョロと、見渡して、わざとらしく口を開く。

「あれ?リリスちゃんいないなーどこ行ったんだろ」

 「まぁいっか」と言って、ビシッとガザを指差して、キリッ、とヘラヘラとした顔を真面目な顔に変え、

「僕が君に勝てるわけないだろう!!」

「なに言ってんだテメェ!」

 自信満々に言うリオルにガザが思わず叫んでしまう。昔見た、自分の仲間を蹂躙した男と今目の前にいる男の姿が重ならず、少しずつガザの中の恐怖は失われていく。

 それによりなんだよそれお前世界最強だろ?勝てるわけないだろ?なんだよそれ意味分かんねえ!と考える余裕が生まれてしまった。

 リリスがいなくてもなんとかなると思ってしまい、リリスがいないことを訝しむことができなくなっていた。だが、

「『剛力』『錯乱』『加速』『破壊』『倍化』『螺旋』『酸化』『散弾』同時使用」

 なんだそれなんだそれなんだそれなんだそれなんだそれなんだそれなんだそれ。

 なんだその数の能力。

 リオルの言った言葉に動揺する。

 もちろん『錯乱』の効果もあるが、ガザの思考がまとまらなくなる。

 勝てるわけない。

 ガザは一瞬そう思ったが、スキル『知覚加速』を使うことで、リオルの体から放たれた骨の弾丸が数百に分かれ襲ってくるのを避け、

 リオルの足元から壊れていく地面を木の上に飛び退くことで一時的に回避して、

 そこを狙いすましていたかのように、異様に筋肉の膨れ上がったリオルの右腕の殴りを躱し、

 リオルの拳の当たったところから、木がドロドロと溶けていくのを見つつ、持っていたナイフでリオルの首を掻き切る。

 そして地面に着地。

 そして戦慄。

 知覚加速を使えなかったらどう考えても死んでいた。

 これで自分のことを世界最弱だというのはどうかと思う。

 とりあえず。このままやり続けられれば、残機だかなんだかもそのうち尽きるはずだ。

 もしかしたら勝てるかもしれないと

 リオルの再生していく頭を見ながらガザは思った。

 グルン

 と、

 世界………

 が、

回って

 あらぁ、さすがだねぇ2人とも、やっぱりすごいや。

 声がして

 あ〜あ、また勝てなかったなぁ。まぁいいけど。とりあえず2人のおかげで楽に終わったよありがとね。

 世界最強の隣りに2人いる

 小さい子どもが右手にリリスの頭部を持っていた。




「はぁ、私はこんな雑用のためにきたわけじゃないんですけどね。それにおしゃべりが長いです」

 リオルの隣りに立っているカミスは拗ねたように言って、さっき首を切り落とした男の体を見てから、使えるとは思っていなかった子供。グリムを見る。

「まあまあ、いいじゃない、おしゃべりは楽しいものだぜ?それに相手を騙して勝つってのも楽しいものだよ。

 それになんだかんだ言ってちゃんとちゃんとやってくれるからねぇ君は」

「人を便利屋みたいに言いやがって。おしゃべりが楽しいのは知ってます。でも勝ちたいのならもっと一気に物量で押せばいいじゃないですか。あなたはそれができるんだから」

「まぁ確かにそうすればいいかもねぇ」

 リオル雑に返答してあくびする

「でもそれをやったところで僕は勝てないしねぇ。君の『瞳知り(ひとみしり)』なら見て分かるだろ?」

「当然です。なのでもう待っていたくないので先に刈りました」

 刈る、ねー。

 リオルが笑いを堪えきれずに吹き出してしまう。

「まるで雑草みたいに言うんだなー」

「雑草ですよ、命なんて」

「うっはぁ、荒んでるねー」

 ケラケラ笑いながら、リオルが腕を突き上げぎゅっと手を握る。

 能力『引き寄せ』自分の探しているものを引き寄せる能力 大きかったり、複雑なものは引き寄せられないことがあるが、僕は大丈夫。

 その物の感覚なら絶対に引き寄せられる。

 頭の中に映像が入ってくる。

 動いている、速度的には走っている。

 これだけ分かればいい。

『探知』『感知』『索敵』並列使用。

 女の子が1人で走って逃げている。かなり泥で腕や顔が汚れていて、服装はボロ雑巾をそのまま身に纏っているだけと言っても過言では無いほどだ。そして森の中を走ったことがないのだろう。よく躓いて倒れそうになっている。

 後ろから追っているのは5人、全員男。

 全員赤い(レッド・ノッ)絶望(ト・ホープ)の構成員だと思われる。

 女の子の手のひらの中に黄の宝玉があり、きっと赤い(レッド・ノッ)絶望(ト・ホープ)も同じものを狙っているんだろう。

「さて、目的の物見つけたよ、行こっか」

「行って、どうするんですか?」

 カミスの質問に、リオルは笑った。

「奪うんだよ、僕はヒーローじゃない殺してでも奪うさ」

 淒慘に笑った。

 瞬間に首にナイフを突きつけられる。突きつけたのはグリムだ。

「ふざけたこと言わないでください。僕はあなたが安全に、優しく、傷一つつけずにアリスを助けてくれると言っていたから協力したんですよ?なのに殺してでも奪うってどういうことですか」

 静かに怒りながら、グリムがリオルの首を傷つける。

 血がつぅと流れ出て、リオルが慌てて腕をブンブン振って「誤解誤解!誤解だよぉ!」と情けない声を出しながら自分の契約違反の容疑を否定する。

「僕はね、殺してでもっていうのは盗賊たちの方だよ?あいつらね。そこそこいい盗賊たちなんだよ。人攫いはするし、通行人の持ち物は奪うけど、そこそこいい人たちで、攫われた人たちはもれなく元の環境よりもいい場所に連れてかれるしさぁ。だから殺すか生かすかちょっと迷ってるんだよ。それだけなのぉ。僕は君の大事な同居人さんに傷を負わせたりはしないよ〜」

「まぁそうですよね。一応脅してみただけですよ。ほら、早く案内してくださいよ」

 そう言ってあっけなくナイフをしまったグリムに

「優しいねぇグリムくん。こんな殺しても死なない男を殺さないでおいてあげるだなんて君は本当にいい子だねぇ」

 とカミスが相好を崩す。

 カミスはかなりのショタコンである。

 そのため今のカミスはグリム専用の全肯定botになっている。

 ただしグリムはそれを嫌がっているのだが、その嫌がる姿でさえ可愛く見えて構い倒してしまうからグリムはもう諦め気味だ。

 はぁ、とグリムがため息をついて、そのため息すら可愛く見えるのか、ニマニマとカミスは笑い続けている。

 そんな2人を微笑ましく思いながら、「それじゃあレッツゴー」と腕を振り上げる。


 数時間前。

 赤い(レッド・ノッ)絶望(ト・ホープ)のアジトである洞穴の中のボスの部屋。

 部屋の中にはベッドの上に男が3人、1人の女を囲んでいた。

 囲まれていると言っても、寝ているのは男たちの方で、彼女はベッドの上であぐらを描きながらタバコを吸っている。

 彼女は裸体で、その体の腕と言わず、足と言わず、胴と言わず、顔と言わず、いたるところについている刺し傷切り傷、火傷にタトゥーが露わになっている。

 部屋の中には鏡があり、彼女は自分の体にタバコの火を押し付けて火を消し、立ち上がって鏡の前で自分の体を見る。

 体を捻り、後ろ側も見る。

 どこからどう見ても、女の体で、顔も、胸も、腰も、臀部も、傷さえなければほとんどの男が理想とし、欲情するような体つきだった。

 彼女は自分の体が嫌いだった。

 特に、体についているほとんどの傷は女自身がつけたもので、背中の傷、1人では治せなほどの深い傷など、種類は様々で、首絞め、切腹などの直接死に繋がるようなこと以外は全てやったと言ってもいいほどだ。

 彼女は自分の声も嫌いだった。

 特に性行為をしている際に出てくる嬌声は吐き気がするほどで、男に体内を突かれる行為は未だになれず、思わず吐いてしまうことがあるほどだ。

 そしてそれも自傷行為の一環として、盗賊という生業ゆえになかなか肉欲を満たせない構成員の欲の捌け口としてほぼ毎晩、自分を使わせている。

 彼女は自分の細い指が嫌いだった。

 可愛いとか。

 綺麗だとか。

 そんなことを言ってくる人間も嫌いだった。

 ついつい殴ってしまうくらい。 

 だが彼女は、自分にとって気持ち悪いこと、吐き気がすること、大嫌いなことをするのは当然の行いだった。

 彼女にとっては日常だ。

 彼女のそれは、家族がいるから嫌な仕事もしなければならないなどのものとは違う。

 それだけやって、自分が死んでしまえばいいと思っているほどだ。自分の嫌いなことがいつまでも嫌いなのだと安心していたいのだ。

 そして彼女が死んだって構わないと思いながら自傷していて死なない理由は、直接死に繋がらないことはしないからということと、彼女が死なないように細心の注意を払い続けている仲間がいるからで、

 この時も、

 無意識に自分の眼球を抉り出そうとしているのを、同じベッドで寝ていた男の1人に見つかり両腕を掴まれる。それだけでどれだけ振り払おうとしてもびくともしない。

「ボス。やめてください」

 男が低い声で言う。

 女はその声が羨ましく、一瞬怒鳴りそうになるが、それを堪えて「ありがとよ」と言って男に体を預ける。

「あーあ、俺やっぱ、俺の体大っ嫌いだわ」

 女は、分かりきったことを、諦めたような声音で言う。

「俺たちは全員ボスのこと好きですよ。

 体だけじゃなく、ボスとしても大好きですよ。

 ベタ惚れです」

 男は励ますように明るい声で言う。ベッドにいる他の2人も「大好きですよー」「結婚してくださぁい」と笑いながらも真剣に伝える。

 はっ、と彼女は笑って、

「んじゃ、その大好きな体を使ってもっかいしろよ。

 今度こそ、首絞めながらやれよ。俺が死んでも気にすんな」

 自嘲するような笑みを浮かべながら彼女は言う。

 その言葉に男たちは苦々しい顔をして、未だに彼女の腕を掴んでいる男が咎めるように、より強く腕を握って言う

「ボスに死なれたら困るので絶対嫌です、脅されようが絶対にしませんよ。それと、そろそろ報告の時間です」

「クハハ、オレの背中に当たってっぞ。かっこつかねぇなぁw」

「かっこつかなくて良いんですよ!」

 男が叫ぶように言って手を離すと、「うわぁ、あんなオレはヤる気ないですよーみたいに言ってたくせに」「淫獣!淫獣!」と男たちがベッドの上から囃し立てる。男が振り返って睨むと、さっきまで暗い顔をしていた彼女の表情が悪戯を仕掛ける子供の顔になり、「ウルセェ!お前らも淫獣だろうが!」とベッドの上の男たちに指を突きつけながら怒鳴っている男の耳元に口を近づけて

「へぇ・ん・た・い」

 と、ようやっと楽しそうな声で口角を吊り上げながら言った。

 彼女は仲間をからかうときには本当に楽しそうに、自分の嫌いな声を使う。

「このやろぅ」

 男の悔しそうな声を背中で聞きながら、彼女は部屋の外に出る。

 彼女としては砂利や石を踏んで足裏を怪我しようがどうでもいいが、部下たちがそうは思っていない。そのため廊下は砂利一つ凹凸一つなく姿が反射するほど綺麗に磨かれ、彼女は裸足に裸体でその床を歩く。

 ペタペタと言う音で、全員ボスが来たということを察する。

 そして彼女が大部屋に入る。室内には男女が6:4ほどの割合だ。彼女は一番上座にある豪華な椅子に近づき、椅子の端にいる女たちから服をもらう。

 ほとんど下着のような服なので、露出度はさほど変わらない。

 女が足を開いて椅子に座り、隣にペタンと座った女の頭を撫でる。ひょろっとした男が近づき、昨日の夜から今までに集まった情報を伝える。

 その中に、彼女が探し求めていたものがあった。

「はっ!クハッ!くははははははははははは!!!」

 彼女があまりの嬉しさに堪えきれず笑った。

 アジト中に響くほどの大声で。

 笑いながら、やっと終わる。そう考えた女は、手を目元を覆いながらより一層、大きな声で笑った。

 目元の水滴がキラキラと輝いていた。

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