3コメ『バーチャルでも心は本物なんだよな』
燃ゆるかがりび、煌めけ銀世界。
中二病は、加速する。
「なあ、これマジで着るのか?」
狭い更衣室で二人きりのこの状況。
カガリは冷静さを保とうと必死に思考を巡らせる。
「マジで着るのよ。着ないと斬るわよ」
「そう言われましても……てか魔法使いだよな」
「さて、どうかしらね」
ユキフライが手にしているのはロリータファッション風の防具であり、たくさんのリボンが配われている。
敵の攻撃が防げるのか疑わしいほど可愛らしい。
「ほら、着せてあげるから後ろ向いて。どうせやるなら女の子としてロールプレイしなきゃ……ね?」
「ぴゅい!?」
吐息混じりのぬくもりある声で囁かれ、カガリは思わず変な声が漏れてしまい慌てて口を塞ぐ。
どうして更衣室が狭いくせして二人も入室できてしまうのか。
ユキフライにシャツを脱がされていくカガリは理解し難い開発者の思惑をぐるぐると考える。
「えっ、なんだそれ紐じゃねぇか!」
「そりゃリボンだし紐に決まってるじゃない。何と勘違いしたのかしら? ……あぁ、そういえば下の方はまだだったわね……」
「ぴぇっ!?」
ユキフライは悪い魔女のように艶めかしく微笑み、細く冷たい指先をカガリのむっちりとした太ももに這わせる。
その瞬間、カガリの脳に何とも形容しがたい感覚がスパークし、巡りに巡らせていた思考回路は遂にショートを迎えるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(あれから一週間かぁ。ビックリするくらいこのゲームにハマっちまったな……すぐ飽きるかもとか思ってたんだけど)
リボンフリフリ防具に強化素材を注ぎ込みながら思い返す。
ユキフライがアツくなったというのもあるが、単純にカガリはゲームにのめり込んでいた。
クラスはユニークスキルカードに描かれていた絵に合わせて竜騎士を選択し、赫い刃が特徴的な両手剣を装備。
戦い方も学び、随分と様になってきた。
「防具強化、終わったぜ」
「オーケー、これで見た目もバッチリ。誰の前に立たせても恥ずかしくないわね」
「俺は恥ずいけどな?」
「大丈夫、とてもかわいいわ」
「かわいいなら……いいか」
ほんのりと頬を染め、赤と白を基調としたミニドレスをひらつかせる。
「さぁこれで最後よ。今からスキルを取ってもらうわ」
「遂にか! で、何を取ればいい?」
「……正直、あなたのユニークスキルってよくわからないのよね。この際なんでもいいというか」
カガリのユニークスキル。他スキルと組み合わせて使いこなしたいわけだが、その効果は『武器を精錬して一時的に強化する』というもの。
全くもってパッとしないイマイチなユニークスキルだ。
ただのアタックブーストスキルの方がよっぽど使い勝手がいい。
「まぁスキルまであなたを縛るのも可哀想だし、好きに選んでいいわよ」
「よっしゃあ!」
見た目も相まって子供のようにはしゃぐカガリに、ユキフライは思わず笑みがこぼれる。
しかし、これだけ準備をしてきたが不安な部分もあった。
「カンストさせてユニークスキルの覚醒に期待……でも望み薄かしら? まぁなんとかなるわよね……うん」
「おーっし、さっそく狩りに行こうぜ〜」
「え、ええ。適当なエネミーを狩ってカンストしましょう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ユキフライ――本名、氷琉銀花。
水落えぐるのファンの間で、度々吐血してコメントを赤くするアカウントが話題になっていた。
ファン達からは抉られたい人と認識されており、そのアカウント名を文字ってしばしば〝エグフライ〟などと呼んでいたりする。
しかし、そんな彼女はこのゲームにおいて〝冰魔の狂姫〟と呼ばれていた。
「――ユニークスキル〖銀世界〗」
魔法使いたるユキフライにとって、魔法が最大の攻撃手段。
しかし魔法スキルはどれも中〜遠距離であり、近距離戦には向かない。
が、この狂姫はそれを物理的に解決してしまえるのだ。
姫騎士の鎧は薄氷を纏い、その周囲にダイヤモンドダストが浮かび上がる。
一歩踏み出せば草原は凍り付き、その手には魔法使いらしい杖でもなんでもなく、氷の剣があった。
「スッゲー綺麗だなぁ……」
氷の透明度とユキフライ本人のクールな美貌は相性抜群。
カガリが見惚れてしまうのも当然だった。
〖銀世界〗の力により極寒を味方につけたユキフライは、エネミーの骸狼に向かって駆け出す。
が、単なる強化程度で終わっては冰魔の狂姫の名が廃るというもの。
Lv100の彼女が持つ〖銀世界〗の覚醒能力、それは――
「見てなさいカガリ。これが私のとっておき、勝算そのものよ! 【アブソリュート・ゼロ】!」
氷剣が淡く光を放ったかと思えば、次の瞬間には骸狼に斬り掛かっていた。
その二足歩行の狼は全身の骨が異様に発達しており、突出した骨は攻撃のための刃や身を守る鎧としても機能する厄介なエネミーだ。
そんな相手に手加減している余裕はないはずだが、いくら氷剣で斬ってもダメージが入らない。
剣が弾かれているわけでもないのに、HPは微動だにしない。
「ゆ、ユキフライさん? 何をして……」
「いいから見てなさい!」
腕の骸殻を変形させ、お返しとばかりに斬り返してくる骸狼の攻撃を丁寧に避けつつ、反撃の機会を窺う。
「今ッ!」
骸殼刃が振り上げられた瞬間に飛び込み、すれ違いざまに無防備な脇腹を斬り裂くと身を翻す。
その姿はカガリが思わず感嘆の声を漏らしてしまうほどで、動作のひとつひとつがまるでスケートリンクの上を滑っているかのように美しく、かつ素早い。
ユキフライは背面から骸狼の心臓を貫くと、MPを消費して氷剣から結晶を生やし、さらに深くへ突き刺した。
それでもHPは減っていないが、ユキフライは依然として表情ひとつ変えていない。
一呼吸置き、しばしの静寂が訪れる。
そんな静けさを斬り裂いたのは、ぽそりと呟く声だった。
「解けろ、銀世界」
それは能力解除の合図。〖銀世界〗の覚醒能力は、解除されることでその真価を発揮する。
解かれた途端、骸狼は突如小刻みに痙攣し、だらしなく開いた口から涎が垂れたかと思えば体が瞬時に凍り付いた。
「な……ッ!?」
刹那、骸狼のHPが一瞬で消し飛び、体は無惨に砕け散る。
何が起きたのか理解が遅れたカガリは、さっきまでの狼と同じように口をポカーンと開けていた。
「これが私のユニークスキル〖銀世界〗よ。スキルの情報を冷凍保存し、それを剣の中に封じ込めて敵を斬れば、永久的に蓄積ダメージを与えられるわ」
舞い散る氷結晶の中で、氷剣を砕き棄てたユキフライはそう淡々と説明するのだった。
「疑似時間停止かよ! スゲーな!」
「ふふん。まぁね」
時間停止と呼ぶには粗雑だが、たった一撃だけの高火力スキルを何連撃でも叩き込めてしまうのは充分に恐ろしい。
「よ、よし! 俺もスゲーの見せてやるから次行こうぜ!」
「そうね。あなたの能力も見せてもらいましょうか」
早く自分のユニークスキルを試したいと、ゲーマー魂に火がついたカガリにユキフライはそっと微笑む。
しかしそんな二人の耳に、いけ好かない嘲笑が聞こえてきた。
「おい見ろよ! あいつネカマと結婚してるぜ。あんなアイドルのためにそこまでするとか引くわぁ!」
「ぷふっ、おいおいやめてやれって。普段から赤スパしまくってる奴が金で解決出来ないからって必死になってるんだよ」
「ウケる。がんばれよぉー、お姫さん! ブハハッ!」
課金アイテムを着飾った鎧を身に付けた二人の男が、カガリ達に醜悪な視線を向ける。
「カガリ、行きましょ」
「……いいのかよ」
「慣れてるから」
「…………そうか」
スーパーコメント。それは、相手を好きであるがゆえに、応援したいと思うがゆえにすること。
ユキフライは推しに弱い。水落えぐるという存在が好きだから、もっと応援したいからその気持ちを送っているだけのことだ。
「ま、水落えぐるとか知らんけど。どーせライブもそこそこだろ」
彼女の手が震えていることは、彼らもわかっているだろう。
それでも言葉の刃を飛ばしてくる。嗤っている。
ただ好きなものを応援しているだけの彼女は、それを我慢して立ち去ろうとした。
(このままにして、本当にいいのか)
カガリはモヤついた心に石を打つ。
火花が散り、薪に触れる。
(ここで何もしないのが正解なのか? バーチャルとはいえ、あいつは俺の嫁なんだぞ? ここでやらなきゃ……今ここで曲がっちまったら、クソかっこ悪ぃだろ……!)
彼女が一瞬見せた、心が裂けそうな悲痛の表情が頭から離れない。
祖父の言葉が脳裏を過ぎる。『なりたい自分になれ』と――……気付けばカガリの心は、真剣を取っていた。
「――ッ!」
少女の拳に見えるそれは、曲がった己を変えようと久々に竹刀を振り、鍛え直した男の拳。
重い一撃は真剣の如き鋭さで、男の鳩尾に深く沈んで抉り飛ばした。
「ウブァッ!? な、なにをっ!」
「なあ、人の好きをバカにしちゃダメだろ。男がダセェことすんなよ」
「はぁ?! 何様だよ!」
「俺はこいつの夫だ! 嫁が泣いてる姿を見て、黙ってる夫がどこにいる!! ここでやらなきゃ男が廃るだろうがッ!」
――――烈火抜刀。
(リアルじゃまだまだだけど、ここでなら俺は俺じゃねぇ。この世界でなりたい自分になれ。なり切って、やり切れよ、カガリッ!)
我を張り、奮い立たせる。応えるように燃え盛る火炎がカガリに纏い、熱波がフィールド全体に放たれた。
熱波が出現していたエネミーを倒し切ると、その経験値がカガリの心火に拍車をかける。
それが意味するのはユニークスキルの覚醒。
待ちに待ったレベルカンストだ。
「俺はもう曲がらねぇ!」
カガリの怒気に怯んだ男達は、咄嗟に武器を手にして攻撃を仕掛ける。
が、カガリはすぐさま地を蹴り、その小さな体を活かして男の股の間を潜り抜け、すれ違いざまに抜剣して裏ももを斬った。
「このっ、調子に乗んなよッ!」
「――〖精煉〗ッ!!!」
身を翻した男の剣は少女を完璧に捉えていたが、刃は体をすり抜け、地面の石ころにカツンと虚しい音を響かせる。
その隙を逃すほどカガリは甘くないし、もう止まらない。
容赦なく赫灼する剣を薙ぎ払い、二人まとめてブッ斬り飛ばす。
「な、なんだよそれ!? 攻撃当たらねぇとか、なんなんだよお前!」
慌てふためく男を無視して、カガリは両手剣をその身に突き刺す。
プレイヤーやオブジェクトの不純物を取り除くことが出来るのが、この〖精煉〗というユニークスキルだ。
しかし、これは覚醒のほんの過程に過ぎない。
「カガリの体が、変わっていく……?」
ユキフライは目を疑った。
小さかった背中は、確かに大きくなっている。
両手剣、《グラン・ドラグナロト》を抵抗なくその身に取り込み、融合。
アバターは書き換えられ、気付けば一匹の竜がそこに居た。
ドラゴンインストールを果たした彼女はエネミーではなく紛うことなきプレイヤー、カガリである。
目と鼻の先に居る紅きドラゴンを前に、男達は開いた口が塞がらない。
「わりぃ、火が消えそうにない。ちょっとばかし熱いかもしれないが、まぁ反省の足しにでもしてくれよ」
紅きドラゴン――カガリの大口から青い火が溢れる。
バチバチと雷のように鳴り響く火花がやがて魔法陣を形成し、男達に向けられた。
やるからには思いっきり。全力でぶつからなくては彼らにも伝わらない。
「【抱く青星、迸れ】ッ!」
カガリの本気は、必殺と呼ぶに相応しい火力だった。
解き放たれた青の火炎は竜紋の魔法陣を介して延焼。男達を焼き焦がす。
何か泣き叫んでいる声が聞こえた気がしたが、攻撃の止め方も知らないカガリはそのままフィールドを焦土へと変貌させるのだった――