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脅しに近い台詞を残して部屋を出て行ったリリーは、今度はさほど待つことなく部屋へと戻ってきた。そして、満面の笑みでミーリアへ告げる。
「お嬢様!辺境伯閣下の好みは、家庭的な女性だそうでございます!」
リリーの言葉に、ミーリアは首をひねる。
「家庭的って……、どんな女性なの?」
今まで、ミーリアの周囲でそう評されるような女性は存在しなかった。存在するのかもしれないが、少なくとも、ミーリアの周囲ではそのような女性を「好ましい」とする風潮はない。ミーリアが知る「男性の好む女性」とは、貞淑で従順、夫や恋人の求めに素直に応じ、いつも一歩下がって微笑んでいるような――
(って、それでは丸っきり、ノーラではないの!)
そして、その枠に自分がはまらないことを自覚するミーリアがブンブンと首を横に振っていると、リリーが「大丈夫ですよ、お嬢様」とまた痛ましげな視線をミーリアに向けて来る。
「お嬢様、人は変われます。愛する人のためならいくらでも。お嬢様だってきっと生まれ変われます」
「リリー……」
「いえ、変われなくてもいいのです。ちょっとそれっぽい態度を見せれば、男なんてみんな簡単に騙されます。チョロいもんです」
そう言って鼻でフッと笑ったリリーの過去に何があったのかは知らないが、ミーリアは「でもねぇ」とため息をつく。
「家庭的って言われても、具体的に何をどうすればいいのか……」
「ああ、それも聞いてまいりました!なんでも、辺境伯閣下はお母様をとても慕っていらっしゃったようで、お母様の手料理を好んでいらっしゃったそうですよ?」
「前領主夫人が料理をなさっていたの……?」
辺境の文化なのだろうか。王都では高位の貴族婦人が自ら厨房に立つことはない。その采配が仕事であって、料理は専門の料理人に任せるものなのだ。当然、ミーリアも料理などしたことはなく、また、しようと思ったこともなかったのだが――
「私に、出来るかしら?」
「無理ですね!」
「……ちょっと、私に恥をかかせるつもり?」
内心の不安を吐露したところに、間髪入れずに否定され、ミーリアは胡乱な視線をリリーへと向ける。リリーが、それにニヤリと笑って答えた。
「出来なくていいんです!」
「いい訳ないじゃない」
「いいんです!『初めて作りました。ちょっと失敗しちゃったんですけど……』っていう健気さが、男性にはウケがいいんですから!」
(本当に?)
多分にリリーの主観が混じっている気がして、ミーリアはリリーに向ける胡乱な眼差しをやめられない。
だが、この場に居る三人の中で一番「男性」というものを知っているのがリリーであることも事実。彼女の策以上に良案があるわけでもない。
「……分かった。やってみるわ」
ミーリアの決意に強く頷いて返したリリーが、「ああ、でも」と口にする。
「お料理で失敗しちゃうと、流石に『食べて?』とは言えなくなりますから、最初は簡単なお菓子から始めた方がいいかもしれませんね?」
「お菓子、ね……」
それならまだ、材料を把握している程度には親しみがある。ならば、とミーリアは、部屋にあった書き物机へと向かった。
「お嬢様?いきなりどうしたんですか?……手紙?」
「ええ。挑戦するからには、妥協はしたくないの。失敗すると分かっていても、全力で取り組むのが筋よ。そのためには、プロの力を借りるのが一番でしょう?」
言って、ミーリアは目の前の文へと意識を集中した。