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ミーリアの逆切れのような告白が部屋に響いた後、しんと静まり返った室内で、最初に動き出したのはナタリエだった。
「……リリー、ミーリア様にお茶を。少し落ち着いてもらった方がいい」
「え?あ、ああ、そうね。そうよね。まさか、お嬢様の口から一目惚れだなんてそんな古代魔法みたいな言葉が出て来るなんてあり得ないものね。私、少し落ち着いた方がいいわね……」
「いや。落ち着いて頂きたいのはミーリア様だ。……だが、まぁ、リリーも落ち着いた方がいいな」
ナタリエの言葉に、顔を真っ赤に染めたままのミーリアが「ああ、もう」と呟いた。
「三人でお茶にしましょう。話はそれからよ……」
ミーリアの言葉に、リリーが茶器を取りに部屋を出て行った。ナタリエと二人残された部屋で、ミーリアはもう一度、ナタリエに向かって「ありがとう」と口にする。金髪碧眼の、それこそ男ウケがそこそこ良いリリーと違い、元々王立騎士団に所属していたナタリエは質実剛健。亜麻色の髪を高い位置で一つに括り、澄んだ碧の瞳は常に凪いだまま。先程のようなミーリアの無茶ぶりにも、いつも冷静に対応してくれる。そのナタリエが、先程は本当に焦ったようにミーリアの名を呼んでいたから、彼女にもきっと心配をかけた。
「……できれば、あのような無茶はもうなさらないで頂きたい」
ナタリエの要請に、ミーリアは「分かったわ」と苦笑して答える。冗談半分で作ったプランC。社交界でミーリアがどうしても避けることができず、かつ、絶対に避けたい相手にのみ使うと決めていた作戦をまさかこのような場所で使うことになろうとは。ミーリアだって予想外、まさかの展開だったのだ。
暫くして、部屋の扉が叩かれ、ワゴンに茶器を載せたリリーが戻ってきた。手早く紅茶を淹れ終えたリリーがミーリアとナタリエにカップを手渡し、最後に自身のカップを手に、行儀悪くもミーリアの座るベッドの端へと腰を下ろした。
「さぁ、では、お嬢様。きりきりちゃっちゃと、何を企んでいるのかお話しくださいませ。リリーは、もう、お嬢様の冗談には驚きませんよ!」
そう宣言したリリーには悪いが、ミーリアには冗談を言ったつもりもなければ、何かを企む予定もない。だから、小さく嘆息して、先程自身の身に起きた事象を、ありのままに伝えることにした。
「雷に打たれたみたいだったの……」
「雷?お嬢様、雷撃系の魔法をくらったことが?」
「ないわよ。もしあったら、護衛のナタリエの首が飛ぶわ」
茶化そうとするリリーをジロリと睨んでから、ミーリアは言葉を続ける。
「オーディス様を見た瞬間、何て言うか、わーって感情が溢れ出して、心臓はバクバクうるさいし、頭はガンガン鳴ってるし……」
言って、ミーリアは先程の感覚を思い出そうと、カップを持つ自身の両手を見つめた。
「……手足がしびれたみたいに震えて来ちゃって、リリーやオーディス様が何かを言ってるのは分かるんだけど、何て言っているのか、何て答えればいいのか、頭の中が真っ白で、逃げだしたくてたまらなかったの……」
まだ甘いしびれの残る気がする指先を見つめながらそう言葉にすれば、カップのお茶を飲み干したリリーが、ハァとため息をついた。
「……お嬢様、それ重症じゃないですか」
「分かっているわ……」
多分、これが恋情というもの。まともな会話も交わしていない相手に対する一方的な想いは一目惚れに当たるのだろう。
「罰が当たったのかしら……?」
どこかの王太子の想いを思いっきり嘲ったりしたから。
ミーリアの呟きに、けれど、リリーは「そう言うことなら」と目を輝かせた。
「お嬢様の初恋!相手は想像していたよりだいぶあれぇ?な感じですが、不肖リリー・フリッシュ!お嬢様の恋の成就のために一肌も二肌も脱がせていただきます!」
そう宣言したリリーの行動は素早かった。ミーリアが何か言う前、「ダメ」とも「頼む」とも口にする前に、自身の飲み終えたカップをワゴンに載せると、さっさと部屋を出て行こうとする。
「あ!ちょっと、リリー!あなた、何をするつもり?」
呼び止めたミーリアを振り向き、リリーはニコリと笑って見せる。
「お任せください、お嬢様!敵情視察!辺境伯閣下の情報集めでございますよ!」
そう言ったリリーは最後に楽し気なウィンクを決め、颯爽と扉の向こうへと消えて行った。止める間もなかった彼女の動きに、ミーリアは「まぁ仕方ないか」とため息をつく。
多少、言動に問題はあれど、リリーはあれでも男爵令嬢。父が信頼のおける侍女としてミーリアにつけているのだ。問題を起こすようなことはないだろう。そう信じている。それに――
(……気になるじゃない、オーディス様の情報なんて)
結局、自分の欲に勝てなかったミーリアは、「連れ戻して参りましょうか?」というナタリエの言葉に首を横に振った。