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4-9

「……それで、いったいどのような魔法をお使いになったのか、そろそろ教えてはいただけませんか?」


卒業パーティの翌日、ミーリアはオーディスと共に王宮に呼ばれていた。二人を招待したのは第一王子のマイルズ殿下。オーディスとは一つ違いの従弟に当たる彼は、王宮の中庭に設けたお茶の席で、ミーリア達を歓待してくれた。


(……あまり、似ていらっしゃらないのね)


殿下と直接言葉を交わすのは初めて。ミーリアは、粗相のないようにと気を張って、オーディスとマイルズの気の置けない会話に黙って耳を傾けていた。けれど、話がミーリアとフィリップの婚約解消、オーディスとの新たな婚約話に至ったところで、とうとう我慢できずに口を開いたのだ。


「オーディス様は、お父様と連絡を取り合っていらっしゃったのですか?」


でなければ、あのような場での求婚を父があっさり許すとは思えない。相当な根回しがあったのだろうと考えてのミーリアの問いに、オーディスは苦笑いで首を横に振る。


「いや、アーレント公と直接接触はしてないんだ。……私が連絡を取り合っていたのはマイルズ殿下だよ」


そう言ってオーディスが向けた視線に、マイルズがジークベルトと同じ碧い瞳を楽しげに煌めかせる。


「そうなんだよ。我が従兄殿ときたら、相当に人使いが荒くてね。おかげでここ一月近く、私はまともに睡眠がとれていない」


言葉とは裏腹に、溌剌とした様子のマイルズが片目を瞑ってみせた。


「だが、まぁ、いつも無理を聞いてもらうのはこちらのほう。従兄殿からのお願いなんて初めてだからね。完全なる私情だが、私も頑張ったさ」


そう口にしたマイルズの口角が持ち上がる。先程までの爽やかさから一転、人の悪そうな笑みを浮かべた彼が告げた。


「今朝がた、陛下より王太子の指名を受けた」


「っ!?」


ミーリアは驚きに息を呑む。笑ったままのマイルズは、けれど、その目に確かな熱を持っていた。彼から視線を外したミーリアは、オーディスを向く。視線の先で、いつもと同じ、困ったように笑うオーディスが静かに頷いた。


ミーリアの口から感嘆のため息がもれる。


「……凄い」


アーレントとローエの結びつきが、マイルズを王太子へと押し上げる。


ミーリアは、それを暫く先の未来として思い描いていた。いつかはそこに到達するであろう。けれど、それまでには様々な犠牲を払い、国が荒れることを覚悟しなければならない。そう考えていた。


それがどうだ。蓋を開けてみれば、マイルズは既に王太子の指名を受けているという。昨夜、父から聞いた話では、ノイナーもマイルズ支持に回るそうだが、昨日の今日、それだけで陛下が決断したとは思えない。ミーリアの与り知らぬところで、政局を変えるだけの数の家がマイルズ支持に動いていたのだ。


そして、それを成したのは――


ミーリアは、目の前で笑う青年たちを交互に眺める。先程は似ていないと思った二人の笑顔が、今はどこか重なって見えた。笑って、水面下の権謀術数を以て事を成してしまう。敵に回せば厄介だが、味方であればこれほど頼もしいことはない。


(お父様は、どこまでご存じだったのかしら?)


オーディスの求婚を即座に認めたことを考えると、彼らの動きを全く知らなかったということはないだろうけれど――


不意に、庭園の端で怒声が上がった。


三人の視線が一斉にそちらを向く。殿下の警護のために配置されていた近衛騎士たちが、複数の侵入者たちを押し留めようとしていた。ただ、彼らの先頭に立つ男のせいで、騎士たちも手荒な真似ができずに手間取っているのが分かる。


「……ふーん、もう来たんだ」


そう呟いたマイルズが、騎士たちに合図を送る。手招きで、闖入者たちの入場を許可した。


「情報収集の速さは悪くないんだけどね。……それに対する反応がコレってのはちょっとどうかな」


独り言のようにそう口にしたマイルズの視線の先、ジークベルトを先頭にした集団が、左右を騎士に挟まれてこちらへと歩いてくる。その中にフィリップの姿を認めて、ミーリアは僅かに眉根を寄せた。


「兄上!」


数メートルの距離に近づいたジークベルトがマイルズを呼ぶ。怒気を隠そうともしない男は、自身の兄の前で立ち止まり、不遜な態度で見下ろした。


「どういうことですか!?何故、貴方が立太子されるのです!?」


「どういうも何も、お決めになったのは陛下だからね」


「っ!どのような卑怯な手をお使いになったのですか!?」


ジークベルトの目には、ミーリアたちが映っていないらしい。人前で感情のままに振る舞うなど、彼らしくない姿を曝している。それだけ、腹に据えかねているのだろうが、どう考えても悪手だろう。マイルズの言う通り、陛下の指名があった以上、王太子は確定した。例えどのような「卑怯な手」を使おうと、そこに至ってしまえば、それを正面から批判するなど愚の骨頂。哀れみと不快から、ミーリアはその顔を扇の下に隠した。視線を、ジークベルトの背後に立つ男に向ける。


顔面を蒼白にしたフィリップが、眼鏡の下、定まらぬ視線で虚ろに立ち尽くしている。何故、彼がジークベルトの傍にあるのか。純粋に疑問で、ミーリアは彼を観察する。望んでこの場にいるようには見えない。かと言って、ジークベルトの暴走を止める様子もない。ミーリアの不躾な視線に気が付いたフィリップの視線が揺れる。


「だいたい、何故、この女がここに居るのです!?」


(……あら?)


気付くと、ジークベルトの怒りの矛先がミーリアに向いていた。指先を突き付けられる不快にミーリアの眉根に皺が寄る。


「この女に誑かされましたか!?アーレントの力を以てすれば王位に就けると!?」


ジークベルトの糾弾に、ミーリアは肩身の狭い思いをする。彼の言葉通りなら問題ない。が、今回、ミーリアは何もしていなかった。何もしない内に全てのお膳立てを整えてもらっているのに、あたかも「自分がやりました」という雰囲気になるのはいただけない。


「あの……」


反論しようとしたミーリアの代わりに、マイルズが口を開く。


「ミーリア嬢は私に婚約の挨拶に来てくれただけだよ。オーディスは私の従兄だからね。私からもお祝いの言葉を伝えたかったんだ」


そう言ってニコニコと笑うマイルズに、ジークベルトがグッと言葉を呑み込んだ。ここまで感情に任せるままだった彼も、どうやら、本来の理性を取り戻しつつあるらしい。そんな彼に、マイルズが楽しげに笑いかける。


「まぁ、でも、だよ? 仮に、私がミーリア嬢に誑かされたのだとしても、私が私利私欲のために王太子の座を手にしたのだとしても、それを止められなかった時点で、お前にはもうどうしようもないんじゃないかな?」


「なっ!?」


「本当に私を王太子の座から引きずり下ろしたいのなら、こんなところで阿呆のようにわめいていないで、他にすべきことがあるだろう?」


揶揄ともいうべき言葉に、ジークベルトの顔が真っ赤に染まる。けれど、彼は反論の言葉を呑み込んだ。不機嫌を隠すことはできないまでも、マイルズに頭を下げ、その場を下がろうとする。だが――


「……ジークベルト様」


それまで、黙って成り行きを見守っていたノーラがジークベルトの腕に触れる。けれど、彼の隣に寄り添った彼女の手を、ジークベルトは振り払った。


「止めてくれ……」


「きゃっ!?」


弾みでその場に倒れ込んだノーラを、ジークベルトが一瞥する。しかし、起き上がれぬ彼女に手を貸すことなく、ジークベルトは歩き出した。


(これは……、彼女を切り捨てるということ? まだ、王太子の座を諦めていないのかしら?)


クレール侯爵家の力では、ジークベルトが玉座を手にすることはできない。けれど、今更、既に一度ミーリアとの婚約を解消している彼に新たな相手など望むべくもないだろうに。


冷静さを欠いた男が泥船で沈んでいく姿に、ミーリアはひっそりとため息をついた。


ふと、視線を向けると、フィリップが倒れ込んだノーラに手を差し伸べている。見つめ合う二人。潤む彼女の目に、フィリップはどう映っているのだろう。また、恋情を寄せていた相手が窮地に立たされている今、フィリップは彼女をどうするつもりなのだろうか。


ノーラを支えながら庭園を後にするフィリップの姿を、ミーリアは静かに見送った。






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