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4-5 Side F

生徒会室と扉一つで繋がる部屋。歴代の生徒会資料が保管されるその部屋は、空調の関係で隣室の声がよく通る。


ジークベルトとデニスと共に保管庫に身を潜めていたフィリップは、隣室でミーリアが退室を告げる声を聞きながら、僅かに動揺していた。


(……あの人は、本気で私と協力関係を築くつもりなのか?)


ノーラを案じるフィリップの反対を抑えて、彼女がミーリアと二人きりになる状況を提案したのはジークベルトだ。ノーラと二人きりであれば、ミーリアが正体を現す。彼女の隠された意図を暴き、可能であれば再び断罪をと考えていたようだが、そう上手くはいかなかった。聞こえた彼女たちの会話は当たり障りのないもの、今までミーリアがフィリップに告げた言葉と何ら変わらない。


保管庫の扉が開き、ノーラが顔を覗かせせた。


「……あの、ジークベルト様、ごめんなさい。上手くいきませんでした」


すまなそうにそう口にした彼女にジークベルトが近づき、そのまま保管庫を出る。


「いや。ノーラのせいではない。気にするな」


言って、ジークベルトが振り返る。彼の後に続いて保管庫を出たフィリップに向かって、顔をしかめて見せた。


「あれも、なかなか警戒心が強いな」


「ええ。……それだけ、辺境での謹慎が堪えたということでしょう」


そう答えつつも、フィリップの心は揺れる。ミーリアが王都へ戻って来た日よりこれまで、彼女の言動は終始一貫していた。ジークベルト達には明かしていない二人の会話も含めて、彼女が望むのはフィリップとの協力関係。下手に「慕っている」などと口にしない分、フィリップは彼女の言葉に信憑性を感じ始めていた。


フィリップの脳裏に、彼女が作った焼き菓子や刺しゅう入りのハンカチが浮かぶ。同時に、自身に向けられる彼女の笑み、今までの彼女では考えられない言動の数々が思い起こされた。


そして初めて、疑問が生まれる。


(彼女が好きになった相手とは誰だ……?)


誰が、ミーリアをここまで変えたのか。高慢で、他者に阿ることを良しとしなかった彼女が誰のために自身を曲げたのか。そこまで考えて、フィリップは自身の胸の内に生じた感情に首を傾げる。


(……何だ?)


一瞬、ザワリとした不快を感じた気がし、フィリップは自身の胸を撫でる。けれど、一瞬でかき消えた感情の正体は掴めなかった。


「……フィリップ」


「はい」


「分かっているだろうが、私の治世にアーレントは必要ない」


「それは……」


ジークベルトの言葉に、フィリップは直ぐに「諾」と答えられない。家の方針、ノイナーとしてはアーレントとの協調を望んでいる。そして、フィリップは気づいてしまった。自身、その方針に以前ほどの忌避を覚えないことに。


「いずれ、ミーリアは排除する。……お前も、そのつもりで立ち回ってくれ」


「……御意」


だが、結局、フィリップは主の言葉に頷く。胸の内に渦巻く不安には気づかない振りをした。






ミーリアを生徒会室におびき寄せた日以降、フィリップは彼女との接触を極力避けた。幸いなことに、既に学園での単位を取り終えていたため、日中のほとんどを宰相である父の補佐として王宮で過ごす。彼女との仲について父から幾度か小言をもらったが、それらには耳を塞ぎ続けた。


そして迎えた学園の卒業式当日。式典を終えたフィリップは、ジークベルト主催の卒業パーティの裏方として忙しく立ち働いていた。パーティには卒業生のみならず、その保護者も招かれる。貴族家当主や、今回に限っては国王陛下も臨席されるため、不備があってはならない。こうした催しに慣れないノーラに代わり、ジークベルトの補佐に回っていたフィリップは、ノーラのくれた「ありがとう」という感謝の言葉に、どこかホッとした。


(これでいい……)


ジークベルトの隣にノーラが立つ。その二人を影から支えるのが自分の役目。ミーリアに暴かれたように、ノーラに対してほのかな想いを抱いていることは確かだ。けれど、この先一生、それを表に出すことはしない。ミーリアに気付かれたことは誤算だったが、死ぬまで否定し続ける。そう誓ったフィリップの耳が、会場からのどよめきを拾った。


同じく、異変を感じたジークベルトがノーラを伴い、騒ぎの中心、会場の入口へと向かう。フィリップはその後を追った。


(何だ……?)


パーティ会場である学園の講堂、この日のために華やかな装飾を施された入口付近に、ぽっかりと人の居ない空間ができている。その周囲を取り囲む人垣が、ジークベルトを認識して大きく割れた。空いた隙間から中へと進んだジークベルトがピタリと足を止める。


同時に、彼と同じものを目にしたフィリップは息を呑んだ。


「……ミーリア嬢?」


薄い桃色のドレス。空気を孕んだようにフワリと膨らむドレスを身に纏う彼女は、人の輪の中心で一人佇んでいた。伏し目がちな彼女はいつもと様子が違う。常に真っすぐに前を向く勝気な瞳が伏せられているからだろうか。けぶるような睫毛、白い陶器のような頬に差された淡い紅。膨らんだドレスの袖から伸びるほっそりとした腕が、彼女を一体の人形のように見せている。


不意に、伏せられていた彼女の瞳がこちらを向いた。


「……フィリップ様?」


「っ!?」


淡く笑んだミーリアに、フィリップの鼓動が大きく跳ねる。


(クソッ……!)


不覚にも鼓動が速まったのを自覚して、フィリップは顔を盛大にしかめた。苛立ちのままにミーリアに背を向け、先程までよりも増えた人波をかき分けるようにしてその場から逃げ出した。





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