プロローグ
「は?一体、何をおっしゃっていますの?」
「……もう一度だけ言う。ミーリア、私と君の婚約は解消された。これが、先程、王宮から届いた正式な通知だ。今頃、アーレント家にも同じものが届いているだろう」
ミーリア・アーレント、アーレント公爵家の一人娘であるミーリアは、目の前の男、今の今まで自身の婚約者であったはずの王太子ジークベルトの顔をジロリと睨みつける。それから、彼の周囲に立つ二人の側近、宰相の息子であるフィリップ・ノイナーと護衛騎士であるデニス・ザックスを順に見回した。無表情に物言わぬ彼らも、この王家の通達とやらを既に承知していたのだろう。王太子を止める様子のない彼らをひと睨みしたミーリアは、最後に、王太子の隣に立つ少女へと視線を向けた。
そこに居るべきではない少女、なのに、当然のような顔をして王太子の隣に立つノーラ・クレールのことが、ミーリアは嫌いだった。「儚げ」という言葉の良く似合う彼女は、今も怯えた表情でミーリアを見ている。
「……後悔しますわよ」
そう口にしたミーリアに、ノーラを背後に庇った王太子が告げた。
「君には言っておくが、ノーラは直ぐにも私の婚約者となる。彼女を傷つけようなどと思うな。私は、初めて逢った時からノーラただ一人を愛している」
「それがなんだと言うのです?」
睨み合うミーリアと王太子に、黙って成り行きを見守っていたフィリップが、銀縁の眼鏡をクイと持ち上げながら一歩、前へ出る。
「ミーリア、後悔なさるのはそちらでしょう?今までのあなたの悪行は陛下のお耳にも届いております。追って沙汰が下されるでしょうから、せいぜい、公爵邸で大人しくされていてください」
そう言って口元に薄い笑いを浮かべた男の姿に、ミーリアはギリと奥歯を噛んだ。口から飛び出そうになる罵詈雑言を呑み込んで、彼らにクルリと背を向ける。そのまま王立魔法学園の生徒会室を出ていこうとしたミーリアだったが、開いた扉の前で立ち止まり、一度だけ背後を振り返る。
「この屈辱は絶対に忘れませんわ!後で吠えづらかかないでくださいませ!」