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3-3

ローエ邸の客室、オーディスから届いた「お礼の品」を前に、ミーリアは首をひねる。


「……これは、どういう意味に受け取ればいいのかしら?」


広げて、自身の身体に当ててみるのは子ども用の乗馬服。オーディスが子どもの時分に着ていたというそれを受け取ったはいいものの、彼の意図が分からずに悩んでいた。ミーリアの横で、自称「男心が分かる女」のリリーも首をひねる。


「そうですねぇ。いくらなんでも、『あなたに似合うと思って』路線ではないでしょうし、かと言って、辺境伯閣下がそちらの趣味をお持ちとは思えないですし」


「……リリー、オーディス様で下衆な想像をするのは止めて」


半眼を向けるミーリアに、リリーは視線をツツと逸らしながらヘラリと笑って見せた。代わりに、ナタリエが「もしかしたら」と口を開いた。


「また、乗馬を共にしませんか、というお誘いなのかもしれません」


「乗馬のお誘い?」


「はい。セディに借り受けた服は鹿の血で駄目になりましたから」


ナタリエの言葉に、ミーリアは「あ」と思い出す。その後の晩餐でオーディスが触れて来なかったこともあり、ミーリアの中では「無かったこと」にしてしまった醜態。だが、あの時、オーディスとはバッチリ目が合ってしまったし、彼が唖然としていたのも分かっている。


ミーリアは、オーディスから贈られた服を見つめてため息を落とした。


「……恋ってすごいわね」


「お嬢様?」


案じるようなリリーの声に、ミーリアはユルユルと首を横に振る。


「私も、自分が空回っているのは分かっているのよ」


何も、鹿を狩りに行く必要はなかった。前領主夫人が鹿を狩っていたのは、鍛錬の一環として。ミーリアがそこまで真似ずとも、鹿肉を購入するだけで話は済んだ。けれど、ミーリアは自らが動かずにはいられなかった。オーディスのために何かがしたい。突き動かされるような思いで突っ走ってしまったという自覚はある。


「クッキーにしてもそう。別に、ロゼのレシピなんて必要なんてなかった。刺繍にしろ、あそこまでのものを作るつもりはなかったのよ……」


けれど、オーディスのことを想うと、ミーリアの中に訳のわからない活力が生まれて来る。何かをせずにいられない、何だってできそうな気がする。これが恋だと言うのなら――


「恋ってすごいわね……」


しみじみと呟いたミーリアの姿に何か思うところがあったのか、リリーが「お嬢様!」とミーリアを呼んだ。


「大丈夫ですよ、お嬢様!私も色々と言ってしまいましたが、お嬢様みたいに可愛らしい女の子に好かれて嫌がる男なんていません!」


ミーリアを励まそうと、リリーが鼻息荒く告げる。


「それに、お嬢様、辺境伯閣下の前ではいつもの三倍はお可愛いらしいですから、閣下がメロメロになるのも時間の問題です!」


リリーの言葉に苦笑して、ミーリアはゆっくりと首を横に振った。


「そうね。だけど、もう、時間切れ、その時間が無いのよ」


「お嬢様……?」


リリーの不安そうな顔。そっと目を逸らしたミーリアの視線の先には、机の上に置かれた手紙がある。父からの手紙、ミーリアが出した返事に対する父からの最終通告だった。






「長らくの間、大変お世話になりました」


オーディスの執務室、父から彼への手紙を渡したミーリアは、オーディスに頭を下げる。黙って手紙に目を通していたオーディスが、ゆっくりと顔を上げた。


「……お帰りになるのですか?」


「はい」


「あなたは……、王都には居づらいのではありませんか?」


ミーリアがここに来た理由、王太子に婚約を解消された身を案じてくれるオーディスの言葉に、ミーリアは苦笑した。


「ええ。ですが、殿下との婚約解消ですから、ほとぼりが冷めるまで、という訳にもまいりません」


それは、ミーリアが一生背負っていかねばならない瑕疵だった。


「いつ帰っても同じこと。このまま逃げ続けるつもりはありません」


ミーリアの言葉に、オーディスが目を細める。


「そこまでして、王都に帰らねばならないのですか?」


「はい」


ミーリアとて、帰りたくはない。出来れば一生をこの地で。オーディスに望まれずとも、彼の側で生きていけるのであれば、それだけで幸せだろうと思った。ミーリアがただのミーリアであれば、間違いなくその道を選んだ。けれど――


「これでも私、公爵家の娘ですから」


「……」


「オーディス様には色々とはしたない姿をお見せしてしまいましたが、私には私の果たさねばならない役目がございます」


本音半分、強がり半分のミーリアの言葉を、オーディスは無表情に聞いている。彼が、父からの手紙に視線を落とした。


「……王都で、新たな縁談を結ばれるのですね?」


「はい。父がそれを望んでおります」


アーレント公である父が必要だと判断したのであれば、ミーリアはそれに従う。凪いだ気持ちでそう答えたミーリアを、オーディスがじっと見つめる。


「……ミーリア嬢、あなた自身の望みは?あなたは本当に……?」


父の命を受け入れるのかと問うオーディスの視線に、ミーリアは笑った。笑って、オーディスへの想いを口にする。


「オーディス様、私はあなたをお慕いしております」


「……」


オーディスから返る言葉はない。黙したままミーリアを見つめるオーディス、けれど、ミーリアにはそれで十分だった。彼に、自分の想いを知っていてもらえるのなら。


「オーディス様とお会いできて良かった。短い時ではありましたが、オーディス様と同じ時を過ごせ、私は本当に幸せでした」


彼と過ごした三か月があれば、ミーリアは前に進んでいける。恐れるものなど何もない。


ミーリアは、オーディスに頭を垂れる。


「今日までお付き合い頂き、ありがとうございました」




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