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2-3 Side O

ミーリアとの茶会の日より三日、執務室で書類仕事をしていたオーディスは、補佐官席で同じく書類に向かうケヴィンに視線を向けた。黙々とペンを走らせるケヴィンの横顔はしごく真剣に見える。だから、オーディスは一瞬だけ躊躇して、けれど、結局、我慢できずに口を開いた。


「……茶会の日以来、ミーリア嬢を見ていないのだけれど」


オーディスの言葉に、チラリと視線を向けたケヴィンだったが、その手を止めることはしない。いつかと同じ景色、オーディスは仕方なく、そのまま独り言のように呟いた。


「元気にされているならいいんだ。ただ、また体調を崩されたとかなら……」


見舞いにでも行こうか。しかし、自らの屋敷内とは言え、未婚の令嬢の寝泊りする場所に乗り込むのも気が引ける。そう考えるオーディスに、ケヴィンがボソリと呟いて返した。


「今度は自主的に籠っているらしいですよ」


「自主的に?どういう意味?」


「さぁ?……ですが、前回の茶会の直後ですからね。オーディス様のご対応が悪かったのではありませんか?」


「え……?」


ケヴィンの言葉に、オーディスは一瞬思考が停止した。


(私の対応が悪かった……?)


確かに、オーディスは女性のもてなしに長けている訳ではない。今まで、全くと言っていいほどそうした機会に恵まれなかったからだ。ただ、近隣領地の領主や隣国の使者を招いての接待なら幾度も経験がある。むしろ、そうした場を回すのが己の本分だと考えていたため、ケヴィンの言葉に愕然とする。それから、ハッと気が付いた。


「いや、待ってくれ。ケヴィンもあの場にいたじゃないか。私の対応のどこに不備があった?」


知らぬ間にミーリア嬢の不興を買うようなことがあったかと尋ねれば、ケヴィンはやれやれと言わんばかりに首を振って答えた。


「クッキーですよ」


「クッキー?王都から取り寄せたというアレ?……一応、褒めたと思うけど」


感謝の気持ちが足りなかったのかと、あの日、自分が何を言ったかを思い出していたオーディスの耳に、信じられない言葉が聞こえて来た。


「アレ、ミーリア様の手作りだったらしいですよ」


「……え?」


そう呟いてから、オーディスは脳裏に三日前に食べたクッキーを思い浮かべる。


「……え?」


結果、どう考えても素人の――それも、料理などしないであろう公爵令嬢の――手作りとは思えなかった味を思い出して、ケヴィンを見つめる。嘘だろうという思いを込めて。


「もっとちゃんと褒めて差し上げるべきだったんじゃないですか?」


「……褒めた、とは思う。美味しかったから」


だが、確かに。プロの手によるものという先入観から、通り一遍の感想であったことは否めない。


「ミーリア嬢は、菓子作りが趣味なんだろうか……?」


貴族令嬢の間ではあまり聞かない話。ローエであればこそ、元騎士であった母が厨房に立つこともままあったが、王都でとなるとそれは奇異にさえ映るのではないかと感じたオーディスに、ケヴィンが「いいえ」と首を振った。


「初めての菓子作りだったそうです」


「……」


「料理長がえらく興奮しておりました。ミーリア嬢の手際を絶賛して、貴族令嬢でなければ弟子に欲しいとまで言ってましたね」


オーディスは何と答えるべきか、いやそれよりも、改めて、きちんとクッキーの感想を伝えるべきではないかと思案し始めた。そのオーディスに、ケヴィンが助言を口にする。


「謝罪なさった方がいいんじゃないですか」


「謝罪か……」


今更謝られたところで、というのはあるかもしれない。が、少なくとも、彼女が自分の言動で引き籠ってしまっているというのなら、ご機嫌伺いくらいはしておくべきだろう。


そう考えたオーディスは、ケヴィンを通してミーリアに面会を求めた。が、ケヴィンが持ち帰った返事は「三日後であるならば」というものだった。


(三日……)


なぜ三日先なのか。先延ばしにされた面会に、オーディスはその三日間を落ち着かぬままに過ごすこととなった。そうして三日後、ミーリアが面会場所に望んだのは以前、茶会をしたのと同じサロンだった。オーディスは、「今度は」と思っていた。今度は、何を出されようとミーリアへの感謝を忘れない。どんなものであれ褒め讃えようと決めて臨んだ面会、サロンの中央、トルソーに掛けられたものを見て、オーディスは絶句した。


「……オーディス様、本日もご機嫌麗しく。お会いできて嬉しいです」


「あ、うん。ミーリア嬢、久しぶりだね。……その、元気そうで良かった」


言いながらも、ともすればオーディスの視線は二人の間にある物体に向いてしまう。白地のマント。裏地は深紅だが、ただの深紅ではない。そこに、金糸で雄々しい双頭の竜、ローエ家の紋章が縫い取られているのだ。裏地一面を使った大作、もはや、衣服というよりは芸術作品として壁に飾って置いた方が良いのではなかろうかという思いで、オーディスは「これは?」とミーリアに尋ねた。


「は、はい!騎士の方々はお守り代わりに刺繍を身に着けるのだと伺ったものですから……」


「ああ、うん、そうだね」


確かに、ローエにもそうした風習はある。実際、母が生きていた頃は、オーディスを含め家族全員のハンカチや服に刺繍を施してくれていた。


(しかし、これは……)


「……ミーリア嬢は刺繍がお得意なのですね?」


「はい。嫌いではありません。……ですが、これだけ本気で刺繍に取り組んだのは初めてです」


言って、ミーリアはそっと顔を伏せた。


「こ、恋人でもない私が差し出がましいとは思ったのですが、オーディス様の御身のために、一刺し一刺し、思いを込めました。……良ければ、受け取ってください」


言いながら、顔から蒸気でも出そうなくらいに頬を染めたミーリアを、オーディスは黙って見下ろした。


(これが……)


これが演技だったらすごい。うっかり、ミーリアの姿に絆されそうになったオーディスは、自身の拳をギュッと握り締めた。そうしなければ、自身の意に反した右手が彼女の頬に触れてしまいそうだったからだ。


その代わりに、オーディスはいつもの笑みを浮かべた。


「……ありがとうございます、大切にします」


そう無難な言葉を口にしたオーディスだったが、直ぐに後悔することになる。オーディスの言葉にパッと顔を上げたミーリアの輝く瞳、喜びを隠しきれない緩んだ口元を目にして、オーディスは込み上げたものをグッと飲み込んだ。


自分の言葉一つに一喜一憂するミーリアの姿が、オーディスの目には眩しく映った。






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