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「……大失敗だったわ」
茶会を終えて客室へと戻ってきたミーリアは、行儀悪くもそのままの恰好でベッドの上へと倒れ込んだ。うつ伏せでシーツに顔を埋めて、うめき声をもらす。
既に凹んでいるミーリアに追い打ちをかけるリリーの声が降って来た。
「ほらぁ、ほらぁ!だから言ったじゃないですかぁ!」
枕を頭に乗せて耳を塞いだミーリアだったが、容赦のないリリーの手が枕を取り上げてしまう。
「お嬢様、これに懲りたら、次回からはもう少し自重してくださいね!でないと、『既製品を手作りと偽って点数稼ぎする痛い女』だと思われちゃいますよ!」
「……分かっているわ」
分かっていたからこそ、今回だって「手作りだ」と口にすることはしなかった。結果、アピールとしては弱かったかもしれないが、オーディスに喜んでもらうことは出来た。それで十分だったのではと思い始めたミーリアに、リリーが告げる。
「お嬢様、次こそは手作り!目指せ、家庭的な女性!ですよ?」
「次って、またお菓子を作ればいいの?」
「うーん、それだとちょっと印象が弱くなっちゃうかもしれませんねぇ」
そう言って悩むリリーの返事を待つミーリアに、ナタリエが横から口を挟んだ。
「……刺繍はどうでしょうか?」
「刺繍?」
「はい。騎士団には古くより、愛する者から送られた刺繍を肌身離さず身に着けるという風習があります。贈る相手を思って刺した刺繍が魔除け、お守りになると考えられているからです」
ナタリエの言葉にミーリアは頷く。確かに、ミーリアもそんな話を聞いたことがあった。恋人であればハンカチ、家族であれば衣服の一部に刺繍し、遠征に出る騎士たちへ贈る。そうした風習をただの知識としては知っていたが、それがいざ我がことになるとミーリアは聊か緊張してきた。
(お守り……、オーディス様の命をお守りするもの)
オーディスは辺境伯だ。ローエの領軍の長でもある。ミーリアは、ローエ軍の隣国との戦いにおける被害報告書を読んだことがあった。前領主であるオーディスの父と、その跡目を継ぐはずだったオーディスの兄は、先の戦争で亡くなっている。オーディスはそういう立場に在る人間。いつ、命を落としてもおかしくはないのだ。
「……刺繍、やってみるわ」
決意して、ミーリアはそうつぶやいた。ミーリアに魔術の素養はなく、大した魔力もない。けれど、刺繍ならば、幼い頃より母に叩き込まれている。上手く魔力を編むことは出来ずとも、心を込めて針を刺すことは出来る。
その日から、ミーリアは再び部屋に籠り、リリーとナタリエに見守られながら刺繍を続けた。




