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第3話 サイン会で出会うなんて夢にも思わなかったよ!?

 呼び出されてから、3日が過ぎた。

 そう、サイン会当日の日なのだ。


 今日くらいはちゃんとした服を着ようということで学校の制服で来た。

 これなら、真面目だという印象を受け取られるに違いない。


「メールで言われた通りの場所に来てみたけど……たしかに小さいな、ここ」


 本当に小さな店だった。

 普通の一軒家よりも少し小さいくらい。土地の値段がこの辺は高いからだろう。

 目の前には桜木先生直々サイン会!と書かれた看板が立っている。


 俺が思っていたところよりもずっと小さいな。

 人もそれほど入れなさそうだ。

 ていうか、そもそもここはなんのために建てられた店なんだ? さっぱりわからん。


「ふぅ……でも、本当にやるのか。サイン会……」


 そう考えると緊張してきた。手が震えて来る。

 サイン会とかやったことないし、俺なんかがちゃんとできるのか……

 心配過ぎる……


 すると、前の方から篠崎さんが向かってきた。

 いつもの軽い服装ではなく、ちゃんとした白のスーツ姿だった。


「やあ、桜木先生。ずいぶん早い到着だ。1時で始まるからまだ1時間半もあるっていうのにさ」


「あはは……居ても立っても居られなくてつい来ちゃいました」


 苦笑いしつつ答える。

 昨日はこのことを考えすぎてろくに寝れもしなかった。

 寝不足だ。


「どうだい、サイン会は。出来そうか?」


「とりあえず、この3日間でサインはなんとか完成させました」


「へぇ……どんなのだ?」


「これです」


 持っていた鞄からノートを取り出し、見せる。

 有名人の奴をまねたし、いい感じにしやがった。まあまあの自信作だ。

 流石にこれには……文句も言えまい。


「なんていうべきかな……誰かのをパクった感じがしてたまらないよ。この線とか完全にそうだろう」


「え……バレてた!?」


 観察力が鋭すぎるんだけど。

 化け物かなんかかな!?


「それくらいならすぐにわかるよ。何年編集者やっていると思っている。いままで色んな人のサインとかを見て来たからね」


 胸を張り、自慢げに言ってくる。

 たしか篠崎さんは5年間も編集者をやっているんだっけ。

 相当長いな……だからこんなことが言えるのだろうけど。凄いとしか言えない。


「……まあ、桜木先生と同じように有名人のをまねたりする人が大半だから特に買えたりする必要はないよ。頑張るといい」


「は、はい……」


 肩をポンポンと優しく叩かれた。

 なんか励まされている感じがしていたたまれない。


「じゃ、私はこれから机とか椅子とか諸々用意するから、この辺で適当に時間を潰しておいてくれ」


「……わかりました」


 そう告げると、篠崎さんはその場から居なくなった。

 俺は店から出て、新宿の町を進んでいく。緊張を解いているのだ。

 歩いているだけで緊張は前よりも軽くなり、振るえとかは無くなった。

 

 だが、今度は緊張よりも恐怖が強くなってくる。

 これが失敗したらどうしようとか、サインの書き方ミスったらどうしようとかたくさん出てくる。

 

「はぁ……そろそろ時間か。一旦、集合場所に戻るとするか」


 来た道をさかのぼっていく。

 足は店に近づくにつれて、次第に重くなっていく。

 怖い。怖くてたまらない。


「深呼吸だ。深呼吸をして……落ち着かせるんだ!」


 そんな事をしながら一歩ずつ進んで、店に行く。

 ついた瞬間、体が勝手に止まった。


「なんだ……これ……」


 さっきまでの恐怖はどこかへ行ってしまったのかと思うほど簡単に消え去った。

 それもそうだろう。だって……


「並んでいる人が……いる!?」


 店の前に数十人だが、たしかに並んでいる人がいるのだ。

 数字的に見たら、たぶん相当少ない。

 きっと、アイドルとか芸能人とかは軽く数千、数万人は超えるだろう。

 それに比べたらちっぽけなのかもしれない。

 だけど、それでも、俺のファンである人がそこにはいる。


 その事実に俺は興奮を隠せない。

 恐怖なんて頭の片隅にもなかった。


 俺は店に入る。


「桜木先生か。ちょっと前から姿が見えなかったが、どこかへ行っていたのか?」


 俺を見つけた篠崎さんがこっちに来ながら言う。

 店には椅子がきちんと整頓されている。準備は終わっているらしい。


「……緊張をほぐしに歩いてました」


「ほう……その様子だと、もう緊張はなさそうだな」


「はい、いまは……これを成功させたい。それだけしかないです」


「そうか。……あとはやるだけだな。頑張りたまえ。私も先生の一人のファンとして陰ながら応援している」

 

 応援しているなんて初めて言われた。

 それが普通に嬉しい。


「そんな事を言っていたら予定時間まであとわずかみたいだ。ここに座ってくれ。あと、なにかミスでもしたら遠慮なく言ってくれるとできる限りはフォローする」


「わかりました! 頑張ります!」


 笑顔で答える。

 篠崎さんも笑顔で親指を立てて来た。

 健闘を祈るといっているようだった。

 もう、やるしかないのだ。


 俺は椅子に座り、来る人を待つ。

 時間が数分過ぎたころ。

 やっと最初の人が入って来た。


 20代くらいの男の人でキラキラとした目をしている。

 楽しみにしているのがわかる。


「あの……ここにサイン貰ってもいいですかね?」


「あ、はい」


 俺の一巻の小説を渡される。

 新品っぽい。わざわざ買ってくれたみたい。

 そこにサインをかき、返す。


「えっと……俺、ずっと前からあなたのファンで、全部原作読んでます! 最終巻もよかったです!」


「ありがとうございます……」


「よければですけど……握手してもらってもいいですか?」


「全然……大丈夫ですよ」


 その男の人と握手をする。


「ありがとうございます!」


 そういって、にこやかな笑顔を見せつつ、列から出ていく。

 出ていく間際にサイン会に来てよかったとポツリとこぼす。

 どうやら喜ばせることが出来たらしい。


 なんだよこれ……めちゃくちゃ楽しいじゃねぇか。

 サイン会、最高!

 

 そこからは単純だ。

 サインを書いて、渡して握手。そして、褒め言葉をもらう。

 これの繰り返し。


 褒め言葉はなんかい聞いても飽きはしなそうだ。

 嬉しい。めちゃ嬉しい。

 聞きすぎるとやみつきになりそうだ。


 そして、何人かやっていた時に、彼女が来た。


「こんにちは。私にもサイン、書いてもらえますか?」


 初めての女子だった。

 俺は少し動揺しつつ、顔を見ずに下を向きながら、


「……ええ、喜んで」


 そういって、本を受け取り、俺は考える。


 女子でも俺のファンはいるのか。

 動揺して顔みれないんだけど……


「私もずっと前からこの小説を読んでいて。そのころちょうど嫌なことがあった時期にこの小説に凄く救われたんです。だから、今日ここにこれて、嬉しい限りですよ」


 なんかお世辞にもこう言ってくれてるし、一応、ちょっとくらいは顔みた方がいいよな。

 別に下心とかはないけど。本当にないんだけど。ほんの少しもないけど!

 ……ん、ていうか。

 

「その声……どこかで……」


 顔を上げるとそこには……


「……え、福岡さん!?」


「桜木君ですか!? どうしてここに……」


 これが彼女、福岡さんと話した最初の会話だった。

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