モニカの来訪
「はじめまして、ロザーナの元同級生で友人のモニカ=ルッツです。今日はよろしくお願いします!!」
娘に招待されてやってきた『ライバル』のモニカは、私を見るなり、工房に入りたての徒弟のように元気よくお辞儀をしてきた。頭の動きに合わせて、長いポニーテールがぴょこんと跳ねる。
私はモニカの勢いに圧倒されて、思わずたじろいでしまった。彼女の姿は学園祭で何度か見かけたことがあったが、直接話をするのは初めてだ。
最初に見た時は透明感のある真っ白な肌が印象的だったが、今はうっすら日焼けをしている。そのせいだろうか。以前は妖精のように神秘的な雰囲気が漂っていたのに、目の前のモニカは元気ハツラツ、健康そのものといった感じである。
その横で、父親と思われる大柄な男性が静かに佇んでいた。肩幅が広く、一目で武人とわかる逞しい体つきをしている。頬には、一筋の大きな傷跡。
「モニカってば、遅すぎですわよ。いい加減待ちくたびれましたわ」
後ろから飛んできたロザーナに邪魔されて、ふたりと握手するタイミングを逃してしまった。
口では不満げにしているが上機嫌な娘に、モニカが勢いよく抱きついた。
「今日は誘ってくれてホントにありがとう! パーティーなんて全然無縁なのに、一緒に来てくれる子が見つからなくて困ってたのよね」
「わたくしも社交の場に出るのは初めてだから、緊張していましたの。こちらこそ感謝していますわ」
にっこりと微笑んだ次の瞬間、ロザーナは表情を一変させて鬼の形相でモニカを睨みつけた。
「でも、この服装は許せませんわ。どうせ普段着だろうとは思ってましたが、ズボンを履くなんて一体どういうつもりなの!? すぐに着替えますわよ!!」
「だって討伐に失敗して逃げだしたグリフォンが、お城の近くにいるって情報がきたんだもん。ひょっとしたら迷い込んでくるかもしれないよ?」
「お城は何重にも警備がされていますわ。モニカは会場で恥をかくことを心配しなさい!」
抵抗しようとするモニカを無理やり引きずって、娘は自分の部屋に入って行った。
◇◆
ロザーナの部屋から、着替えやお化粧をしている娘たちの弾むような声が聞こえてくる。ロザーナの身支度も一緒に済ませるはずだろうし、この様子ではだいぶ時間がかかりそうだ。
私は客間でモニカの父親をもてなしていた。ケーキやお茶は苦手なのか、テーブルの上の食べ物にあまり手をつけない。
何か他の物を出そうかと思いメイドを呼ぼうとすると、それまで無言だったモニカの父親がおもむろに口を開いた。
「あの……ダンヴァーズ伯爵夫人は、ダンスパーティーにはよく行かれるんですか?」
社交の場が苦手で何年も足が遠のいていると返事をすると、彼は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「俺……、いや私は今日が初めてで……。田舎の出身で家柄も良くなくて、先の戦でたまたま功績を上げたから貴族を名乗れているだけなんです」
そう言うとモニカの父は突然立ち上がり、私に向かって深々とお辞儀をした。礼服ではあるが質素な身なりをしている彼は、確かに貴族よりも護衛の格好をしていた方が似合いそうである。
「今日はお嬢様とお母様にお礼を言いたくてここに来ました。身分の低いうちの娘に親切にしてくださったロザーナお嬢様には、感謝してもしきれません」
人気者に見えたモニカも、なかなか友人ができなくて困っていたそうだ。そして、イジメていると噂されていたロザーナが実は彼女を助けていたのだという。
「王都に出てから色々な人間と関わってきましたが、お嬢様ほどの気高い精神の持ち主には出会ったことがありません。強くて正義感があって優しい娘さんがいて、お母様は幸せですね」
「ええ。私にとって、なにより大切な宝物ですわ」
目尻に皺を作って笑う彼に向かって、私もそう言って微笑みで返す。
初めはいかにも無骨そうな外見で少し怖いと感じたが、笑うと柔和な雰囲気に変わるんだ。何年かぶりに、私は親しくしたいと思う相手に出会えたことを嬉しく思った。
◇◆
ロザーナに背中を押されて部屋から出てきたモニカは、先ほどとは見違えるほど美しくなっていた。幾重にも薄い布が重ねられた、純白のドレスが小麦色の肌によく映える。
「なんだか恥ずかしいな。本当にこれで行かないとダメ?」
「よく似合っているじゃないですの。わたくしのとっておきのドレスなんですから、黙って着ないとぶん殴りますわよ」
仕上がりに満足なのか、モニカを見てしきりに頷いている。そう言うロザーナも淡い紫色のドレスを完璧に着こなして、メイクも髪型もバッチリだ。
「2人とも綺麗ね、モニカさんのドレスもよく似合ってるし。ちょうどいい大きさのものがあってよかったわね」
「ふふふ。これは、フリーサイズですわ」
ロザーナは自慢げにそう言うと、モニカの腰を回して強引に後ろを向かせた。背中が開いており、紐を締めることで調節できるデザインになっている。
「えっまさか、私のために用意してくれたの……?」
「セール品を衝動買いしただけですわよ! ほら、さっさと離れなさい!!」
目をキラキラさせて抱きついてくるモニカを、ロザーナはうっとおしそうに振り払った。
◇◆
「それにしても、不思議ですわよね。何年も昔の事とはいえ、プリンセスになりたいって宣言した娘がどうしてパーティーの服装に無頓着でいられるんですの?」
「あぁ、あれは無理やり書かされたんだよ」
突然の告白に驚くロザーナに向かって、モニカはあっけらかんとした様子でこう言った。
「私ね、クラスメイトに山猿って呼ばれてたの。でも気づかないのも仕方ないよ。他の人に見えない形でやられてたから」
「もしかして、異様に無口だったのも……」
「田舎くさいのがうつるから喋るなって言われたの。ロザーナに色々教えてもらったのに、言葉遣いは卒業まで直らなかったな」
モニカは平然としているが、父親はこの事を知っていたのだろうか。横目でチラリと様子を伺うと、ルッツ卿は怒りでガタガタと体を震わせていた。
「おいモニカ、俺の愛娘をいじめるのはどこのどいつだ! 今すぐ乗り込んでとっちめてやるぞ!!」
「私を甘く見ないでパパ、剣術コンテストで優勝したらパッタリ止んだわ。……それに、ロザーナが側にいてくれたから、他の子に変なことを言われても全然つらくなかったよ」
モニカは席を立とうとする父親の肩を掴んで落ち着かせると、心配そうにしているロザーナの方を振り返り、にっこりと笑いかけた。不意打ちに激しく動揺するロザーナ。
「えっ? そそそそそんな……わたくしは何もしてませんわよ??」
「あははっ……ロザーナ、顔が真っ赤だよ~」
モニカにつられてロザーナも一緒に笑いだした。こんなに愉快そうに笑う娘を、私は随分長い間見ていなかった。
大人になった娘が、自分の手から離れようとしているのを感じる。少し寂しいけれど、私は心の奥がじんわりと温かくなった気がした。




