敵役の品格
執事スティーブンの報告を受けてから数ヶ月がたち、ロザーナが17歳の誕生日を迎えた。
自宅で、ささやかなご馳走を囲んで成人のお祝いをする。葡萄酒を手に乾杯をした後、私は娘の姿をしみじみと眺めた。
「おめでとう、ロザーナ。もう立派な一人前のレディね」
「ここまで来られたのも、みんなお母様のおかげですわ」
穏やかな笑顔でそう言うと、彼女は私に深く頭を下げた。ロザーナは、身なりも立ち振る舞いも完璧な、いつ社交界に出しても問題のない素晴らしい貴族令嬢へと成長していた。
娘は今でも、王妃の座を必死に追い求めている。
卒業してすぐにアルバイトを始めたロザーナは、同時にレディ教育の総仕上げに取り掛かった。習い事の月謝も、ドレスやアクセサリーも自分の給料から支払っている。
同級生たちは、知り合いの家の晩餐会やダンスパーティーに参加することで社交経験を着々と積んでいる。私もなけなしのコネで行けそうなパーティーを探して誘ってみたが、全て断られてしまった。
「もったいないわよ。いい人に出会えるかもしれないのに」
「他の殿方とお付き合いしてしまったら、王子様と結婚できないですわよ」
夢のために青春の全てを捧げてしまったロザーナを前に、私は心の中でため息をついた。
この子の将来は、一体どこへ向かっているのだろう。ロザーナを不安がらせないように明るく振舞いつつも、私は先日の執事との会話を思い出すたびに暗澹たる気持ちになっていた。
◇◆
明日は王子の誕生日。私たち母子が何年も待ち焦がれていた日。……そして、ロザーナの夢が壊れる日だ。
不安と緊張で寝つけない。お酒でも飲めば、少しはリラックスできるだろうか。
そう思って台所へ行くと、暗い中で動く人影を見つけた。逃げようとするその人物をロウソクで照らす。
「あら、ロザーナじゃないの……」
物盗りではないとわかって私は警戒心を解いたが、彼女は反対にひどく怯えている。
「こんな夜中にどうしたの? 明日は大切な日でしょう」
ロザーナは返事をする代わりに、持っていたフラスコを口につけて何かを飲もうとし始めた。
娘のただならぬ様子を見て、私はとっさにそれを彼女の手から叩き落した。ガラスが割れて、台所中にむせかえるような苦い匂いが広がっていく。
調理台の上には、強い毒性を持ち腹痛を引き起こすと言われている、花の種子が散らばっていた。
「どうして、こんな物を飲もうとしたの? まさか……」
「王妃様に選ばれる女性は、もう決まっているんですわ。明日のパーティーで正式に発表されるって、お母様もご存じでしょう?」
私の言葉を遮って早口でそう言い切ると、暗い絶望に染まったロザーナの瞳は、みるみるうちに涙で一杯になっていった。
「……お母様には、どうしても惨めな姿を見せたくなかったんですの」
ルイス王子と隣国の王女の結婚が秘密裏に決定したことを、娘はどこで知ってしまったのだろうか。
しかし、そんな事はどうでもいい。今はただ、泣き崩れる娘を抱きかかえて、ここまで追いつめてしまったことをひたすら謝るしかなかった。
◇◆
落ち着いてきたのを見計らって、ロザーナを部屋に連れていきベッドに腰かけさせた。隣に座って頭を撫でていると、彼女が幼かった頃を思い出す。
昔はロザーナが何かをするたびに、抱きしめて、思い切り褒めてあげていた。それを止めてしまったのは、いつからだろう。
「今までつらかったわよね。ずっと無理をさせてしまって、本当にごめんなさい」
「お母様の方こそ身を削ってくださったのに、失望させてしまいましたわ」
彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。大人になったと思っていたけれど、こうやって見るとまだまだ子どもだ。
私は娘を胸に抱きよせて、トントンと背中を軽く叩いた。
「そんな風に思うわけないじゃない。王妃になれなくても、あなたは世界一の娘よ」
――それにね。顔を上げたロザーナに向かって、私はこう付け足した。
「ここで結果が出なかったとしても、努力した経験は、次に進む道が見つかった時に助けになるわ。だから自信を持って、全力でぶつかっていらっしゃい」
「はい。お母様の娘として、ベストを尽くしますわ」
少しずつ元気になってきた娘に安心した私は、茶化すようにこう返した。
「たとえ何が起きようとも、最後まで正々堂々と戦い抜く。これこそが悪役令嬢の品格ですものね」
「どどどどど、どうしてお母様がそのあだ名を……!?」
流行りの少女小説に登場する、意地が悪くて高飛車な主人公のライバル『悪役令嬢ローザ』。彼女の名前をもじって、ロザーナは陰で『悪役令嬢』と呼ばれていたのだ。
「一生懸命頑張る子をバカにして悪口を言うくだらない連中なんて、気にしてやる必要もないわよ。それでも腹が立つのなら、あなたがどれだけ素晴らしい淑女か見せつけておやりなさい」
ロザーナは顔を真っ赤にして動揺していたが、私の言葉を聞くとはっとした表情を浮かべた。どうしたのか尋ねると、少し恥ずかしそうにこう問いかけてきた。
「ねぇお母様……悪役だって、完璧に演じ切ればきっとカッコよく見えますわよね?」
「ええ、間違いないわ」
そう言ってウインクをすると、ロザーナが微笑み返してくれる。その瞳からは迷いが消えて、代わりに闘志に満ちた力強い輝きが戻っていた。
◇◆
前の晩に夜更かしをしてしまったせいで、起きたのは昼過ぎになってしまった。ひとり台所で食事をとっていると、応接室の方でしきりに物音がする。
気になって見に行くと、メイドのメアリーがスティーブンと一緒に、テーブルを拭いたり花を飾ったりと慌ただしく動いていた。
「今日は夕方からパーティーに出かけるのよ。どうして来客の準備なんてしているの?」
どことなくウキウキした様子のスティーブンは、私を見ると不思議そうにこう言った。
「あれ、お嬢様から聞いてらっしゃらないんですか? もうすぐモニカ嬢とお父上が来られるのですよ。」
全くの初耳である。詳しい話を聞くためにロザーナを探そうと部屋を出たところで、玄関から呼び鈴の音が鳴った。
どうやら、客人は執事たちが思っていたよりも早く到着したようだ。




