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令嬢はレイピアがお好き?

 その日、私はスティーブンを部屋に呼んで調査の報告を受けていた。ロザーナの成人――つまり17歳の誕生日――が近づいてきたので、久しぶりに娘の評判を探ってもらっていたのだ。



「とりあえず報告書をお渡ししますが、どうか気分を悪くなさらないでください。……ここに書いてあることは、あくまで噂話。本当のことなんて載っていないんですからね」


「わかっているわ。それでも、私には必要なの」



 心配そうな表情の執事が差し出してきた紙の束を受け取り、1枚1枚じっくりと読み進めていく。



 娘には、夢をかなえて欲しかった。ダンヴァーズ伯爵家の再興を望んでいるからではない。彼女の血のにじむような努力をすぐ傍で見てきたから、何としても報われてほしかったのだ。


 しかし現実的に考えると、王子との結婚は相当難しい。


 確かに我が国の王位継承者は、建国時からの習わしにより婚約者を持たずに成人記念のパーティーで妃を選んでいる。しかし、実際にはもちろん爵位の高い貴族ほど有利となっている。ロザーナのような貧乏な伯爵令嬢が見初められる可能性は、限りなく低いのだ。


 うまく王室に近い者に取り入って事前に紹介してもらうことができれば望みは出てくるが、そのためにはどうしても周囲の貴族たちから好感を持たれなければならない。



◇◆



「覚悟はしていたけれど、相当ひどい内容ね」



 最後の1枚を読み終わると、私は呆れて思わず笑い出してしまった。


 ロザーナの嫌われっぷりは最終学年に上がった今も落ち着くことはなく、むしろエスカレートしている。一番驚いたのは、『娘がモニカに対してイジメを行っている』という噂が流れていることだった。


 剣術コンテストで勝てないことを逆恨みして、ロザーナが公衆の面前でモニカを罵倒するようになった。それどころか掃除当番を押し付けたり、挙句の果てには階段から突き落としたとまで書かれている。もはや噂話ではなく創作物語の領域である。



「こんなの大嘘だわ。休日一緒に外出する位、あの2人は仲がいいじゃないの」


「本当にイジメが起きているかどうかなんて、連中にとってそれほど重要ではないんです」



 執事は吐き捨てるように言った。



「ロザーナお嬢様は学校では優等生ですから、正面から批判しづらいんでしょう。モニカ様とのライバル関係は、都合のいい攻撃の口実となっているようです」



 近頃では、流行りの小説に登場する性格の悪いライバルの名前をもじった奇妙なあだ名までつけられてしまったようだ。私は娘を心底不憫だと思った。



「バカバカしいけれど、ここまで嫌われたら誰かに頼んで王子様を紹介してもらうなんて、とてもムリだわ。いえ、貴族社会で生きていくのさえ難しいかもしれない」


「……いっそ、剣の道を究めてみたらどうでしょう?」



 報告書をぐしゃぐしゃに丸めている私に向かって、スティーブンは遠慮がちにそう提案してきた。私は答える代わりに大きなため息をつき、首を横に振った。


 娘は、ある日を境に剣術からすっかり遠ざかってしまった。原因は……たぶん私だ。


 

◇◆



 ロザーナが15歳になってすぐの頃、私は彼女を書斎に呼び出した。年頃の娘にふさわしくない趣味は控えろと、何度も言っても聞かない娘を説得するために話し合いの場を設けたのだ。


 少しだけ強張った表情の娘に向かって、私はまっすぐ目を見て問いかけた。



「ロザーナ。あなたにとって、剣術はプリンセスになる夢よりも大切なの? 正直に答えなさい」



 しばらく間があった後で、ロザーナは苦しそうにこう答えた。



「……ごめんなさい。優先順位を間違えていましたわ」



 しかし彼女には、言いたいことを隠しているような雰囲気が漂っている。



 ――もしかしてこの子は、私の望みとは違う方向に行きたがっているのではないかしら。


 娘の幸せを願うなら、本当の気持ちをきちんと聞き出してあげるべきだ……。頭ではわかっていても、真実と向き合うのが怖くて言葉が出てこない。


 先に沈黙を破ったのは、ロザーナの方だった。



「わたくしとしたことが、モニカを意識しすぎてつい本来の目的を見失ってしまいましたわね。でも、もう大丈夫ですわ」



 ロザーナはにっこりと微笑んで、いつものような力強い声で私を元気づけようとしてくれる。しかしその声には、わざと作ったような響きが隠しきれていなかった。



 しばらくは道場通いを続けていたロザーナだったが、私に気を遣ったのだろう。段々と頻度を落としていき、やがて退会してしまったようだった。


 その甲斐あって、一時期は下降気味だった学校の成績も近頃ではだいぶ持ち直してきた。首席は厳しいけれど、卒業試験は優秀な成績で合格できそうである。


 私が娘にしたことは間違っていなかった。そう思いながらも、あの時の記憶は今でもしこりとなって胸に残っていた。



◇◆



「時々気晴らしに運動する程度なら続けてもいいって言ったのよ。なにも完全に捨ててしまわなくてもよかったのに」


「そうですね。結果論にはなりますが、プリンセス以外の道も残して差し上げた方がよかったと思います。お嬢様は、頑固なのに脆い部分がありますからね」



 スティーブンがぽつりと、意味深な言葉を口にした。



「ロザーナお嬢様の高飛車な言動は、周りに負けないためのポーズなのでしょう。その裏には、きっと弱気や本音が隠されているんです。だからこそ、失敗した場合の反動も大きいのではないかと不安なんです」


「なんであなたに、そんなことがわかるの?」


「そっくりだからですよ。夫君がお亡くなりになった後も気丈に振る舞い、無理を重ねた末に社交界に出ることができなくなったご主人様にね」


 

 執事はそう言ったきり、黙り込んでしまった。心配そうな瞳で私を見つめている。



「……何が言いたいのかしら? はっきり教えなさい」



 彼は何の理由もなく不吉なことを言って、私を不安がらせるような人間では決してない。


 首を振ってしばらく沈黙していたが、再度問い詰めると執事は重い口を開いた。



「この前、仕事で王城へ行ったときに気がかりな噂を聞いたんです――」

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