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淑女の道はいばら道

 翌朝、いつものようにロザーナを起こしに行くとベッドに彼女の姿はなかった。まだメイドが掃除に来る時間ではないのに、シーツとベッドカバーが剥がされている。


 あの子が早起きなんて、珍しいわ。まさか本当に、王妃様になるための特訓でも始めたんじゃないでしょうね……。


 昨夜の真剣な様子を思い起こしながら屋敷の中を探し回っていると、中庭に面した廊下の真ん中で、メイドのメアリーがオロオロしながら外の様子を伺っていた。


 私が後ろから声を掛けると、メアリーはこちらを振り返らずに「ヒェッ」と叫んで飛び上がった。訳を聞こうとする私を遮って、深々と頭を下げてくる。



「も、申し訳ございません……! 私ではどうしてもお嬢様を止められませんでした!!」



 彼女が震えながら中庭を指でさす。その先には、流れる汗を袖で拭いながら、必死で雑草を抜いているロザーナの姿があった。



◇◆



 中庭に出ると、私に気づいたロザーナが駆け寄って両手に握った大量の草を見せてきた。白いドレスが土と埃で茶色くなっている。



「ドレスを汚してしまってごめんなさい、後でわたしが洗濯するわ。

でもお母様。どうかわたしを叱る前に、綺麗になったお屋敷を見て欲しいの」



 改めて中庭を見回すと、伸び放題になっていた雑草が半分ほどなくなったことに気が付いた。


 屋敷の中に入り、ロザーナが掃除をした箇所を案内してもらう。使用人が足りなくて薄汚れていた階段や床が、ピカピカに磨き上げられている。


 説明が終わると、ロザーナは私の方に向き直って何枚かの紙をポケットから取り出した。



「これから庭の手入れと屋敷の掃除は私がするわ。だから代わりにお願いごとを聞いて」



 プリンセスになるために必要な教養を身につけたいの。今のままじゃ不充分だわ。


 そう言って私に差し出してきたのは、近所にあるピアノ教室のチラシとサマースクールのパンフレットだった。


 どちらも何回も折りたたんだり広げたりした跡がついている。きっと、前々から行きたかったのに費用が高くて言い出せなかったのだろう。



 私は悟った。ロザーナの行動は、一時の気まぐれなんかではなく真剣そのものだ。


 ロザーナの気持ちになんとしてでも応えたい。生活は苦しいが、全力で娘を応援しようとこの時私は決意したのだった。



◇◆



 その日から、私と娘はほぼすべての家事を自分たちで行うようになった。執事とメイドを1人ずつ残して、それ以外の使用人を全員解雇したのだ。


 そして掃除や洗濯、料理、馬小屋の世話まで、唯一残ったメイドのメアリーに教えてもらいながら、少しずつ覚えていった。



「まるで庶民の家庭みたいね」



 ジャガイモの皮をむきながら、ロザーナが私に微笑みかけてくる。


 慣れない生活ではあったが、私たちには大きな目標があったので、辛くもなんともなかった。


 王子様と結婚してプリンセスになるという夢は、ロザーナの夢であると同時に、遠い昔に自分自身が追い求めて彼女に託した夢でもあったのだ。



 私はロザーナ専属の家庭教師となった。読み書きや計算、礼儀作法について自分の知る限りの知識を授けようとしたのだ。自分では教えられない音楽やダンス、魔法については知り合いに頼み込んで格安でレッスンを受けられるようにしてもらった。


 家事をこなしながらもロザーナは驚くべき情熱をもって勉強や習い事に励み、その成果は早くも3ヶ月後には少しづつ見え始めてきた。学校の成績はトップに躍り出て、習い事についてもどの先生からも筋がいいと絶賛されたのだ。


 裕福な貴族令嬢向けの高額なサマースクールについても、なんとかお金の工面ができたので行かせてあげられそうだ。計画は、すべて順調に進んでいるかのように見えた。



◇◆


 

 私は書斎の机に向かって、娘の成績表を眺めながら1人でにんまりと笑っていた。


 さすがはロザーナ、私の自慢の娘。マジメでしっかりしてて、母親想いの本当にいい子だわ。一体誰に似たのかしら。


 上機嫌になっていると、ふいに後ろから声をかけられた。



「ホントに、誰に似たんでしょうね」



 声の主の方に顔を向けると、執事のスティーブンが腕組みをしてすぐ近くに立っていた。切れ長の目が、呆れたようにこちらを見下ろしている。



「スティーブンじゃないの、驚いたわ。ノックくらいしなさいよ」


「しましたよ。鼻歌なんて歌ってるから聞こえなかったんです。なにかいいことでもあったんですか?」



 彼は元々私の父親に仕えていたが嫁入りの時に着いてきてくれて、今も私のもとで働いてくれている。


 領地の管理や事務を完璧にこなすスーパー執事で、おまけに端正な顔立ちでマダムキラーとして社交界で密かに人気を集めている。


 夫の亡き後、すっかり落ちぶれてしまった我が家を支えてくれている有能な人材なのだが、年が近くなんでもズバッと指摘してくるので、私は彼を頼りがいがあるが性格の悪い兄のように思っている。



「ご覧なさい、ほぼ全教科で最高ランクの評価を取ったのよ!」



 私はスティーブンに自慢するつもりで娘の成績表を突き付けたが、彼はそれを見ても褒めたり喜んだりせずに、なぜか戸惑いの表情を浮かべている。不審に思ってじろじろ見ていると、手に持っていた紙を隠そうとするではないか。



 きっとあれは、近隣の貴族たちの我が家に関する噂話をまとめた調査報告書に違いない。パーティーなどの貴族同士の交流に参加しない私に代わって、他家の使用人を通じて情報収集するように彼に命じていたのだ。



「また出直します。今は見ないほうがよろしいかと……」


「もったいぶらないでよ。さっさとお貸しなさい」



 無理にひったくろうとすると、観念したのか深いため息をついた後で執事はこう言った。



「どうしてもとおっしゃるのならお見せしますが、その前に1つだけ質問をさせてください。

……ご主人様は、最近のお嬢様を見て気になった点はございませんか?」

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