新しい旅立ち
ロザーナたちが持ち帰ってきた金貨は全部で25袋で、箱の中にはドレスやアクセサリー、黄金の杯や像など、ありとあらゆる高価な品物が入っていた。
「本当に、我が家で全部受け取ってしまって構わないのですか?」
倉庫に積み上げられていく金銀財宝を眺めながら、私はルッツ卿に問いかける。大きな箱を持ち運びながら、彼は爽やかな笑顔でこちらを振り返った。
「もちろん。これはロザーナお嬢様の勇気に対する感謝の品なんですから」
「でも申し訳ないわ」
確かにロザーナは王子様の命を救ったが、グリフォンの攻撃を止めたのはモニカである。娘だけがお礼を受け取るのは、不公平になってしまわないだろうか。
ルッツ卿は「遠慮はいりませんよ」と陽気な声で答えた。
「代わりに新しい仕事を山ほど受注できましたからね。これから思い切り稼ぎます」
モニカの父は、今回の事件を受けて兵士の訓練を特別に依頼されたそうだ。また警備体制の強化についても意見を求められており、こちらの仕事はなんとモニカと共同で行うらしい。
「明日から早速特訓なんですって? 頑張ってくださいね」
「ええ、たるんだ兵士どもをビシバシ鍛え直してきます!」
私が微笑むと、ルッツ卿は持っていた箱を倉庫の隅に置いて誇らしげに胸を張り、大きく一回ドンと叩いた。
◇◆
客間では子どもたちが、メイドの入れるお茶を飲みながら今日の出来事について楽しそうに語り合っていた。
城門で王様たちが直々に出迎えてくれたとか、豪華なご馳走が何皿も出たとか、聞いているだけで羨ましくなってくるような話が次々に飛び出している。
「やっぱり、私も一緒に行けばよかったわ」
思わず心の声を口にすると、「今からでも行けばいいじゃないですか」と執事がこともなげに勧めてきた。
「褒美の品はもうすぐ運び終わりますし、ご主人様だけ先に客間へ行っても大丈夫ですよ」
お城への招待を辞退したことを後悔していたのに、娘たちの会話に混ざりたがっていると勘違いされたようだ。
「いえ、そういうことじゃ……」
「もう少ししたら、私たちも合流しますよ」
戸惑う私を、ルッツ卿が笑顔で気遣ってくれる。私は発言の訂正をやめて、2人の勧めにありがたく従うことにした。
部屋の前まで行くと、何かを思い出したのか「そういえば」と呟くモニカの声がドア越しに聞こえてきた。
「食事の最中にロザーナだけ王子様に呼ばれてたよね。あの時、何があったの?」
私は会話が気になって、ドアノブにかけた手を止めて聞き耳を立てた。だがロザーナの返事はそっけなかった。
「別に、大した話ではないですわよ」
「でも私たちがお城にいる間じゅう、王子様はず〜っとロザーナの方だけを見つめてたじゃない。ひょっとして、告白……されちゃったの!?」
王子の婚約発表はグリフォン騒動で中止になったと噂で聞いた。モニカの推測は決してありえない話ではない。
もしかして、最後の最後に大逆転、なんていう事もあるのかしら。少しだけ期待しはじめた時、観念したロザーナが言いにくそうにボソボソと答えはじめた。
「違いますわよ。自分専属の護衛になって欲しいって、お願いされたんですの」
◇◆
「うわー、良かったじゃん! どうしてすぐに教えてくれなかったの? いつものお嬢様笑いもないし、家に帰ってきてからのロザーナ、ちょっと変だよ?」
「だって、それは……」
娘は言葉を詰まらせたが、すぐにおどけた調子でこう切り返した。
「モニカこそ、王子様から告白なんていう妙な妄想はよしてよね。まるで、うちのお母様じゃないですの……あっ!」
ロザーナは客間に入ってきた私に気づいて立ち上がると、慌てて私の方へと駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。今のは冗談で、別にお母様を悪く言うつもりはなかったんですの」
「気にしなくていいのよ。それより護衛にスカウトされるなんて凄いじゃない」
私が褒めると、ロザーナは少し困ったように笑った。
「プリンセスになれることを一瞬だけ期待したけれど、やっぱりダメでしたわ。でもこれで、我が家も安泰ですわね」
明るく振る舞ってはいるが、ロザーナは何かを思い悩んでいる様子だ。その原因を察した私は、娘に向かって優しく問いかけた。
「他にしたい事があるんじゃないの? 無理して諦めなくてもいいのよ」
ロザーナは否定しようとしたが、私がポケットから手紙を取り出した瞬間に黙り込んだ。
「留守にしている間に届いたのよ。――ロザーナ、おめでとう」
「それ、冒険者ギルドからの……」
娘はしばらく言葉を失っていたが、ハッと我に返ると気持ちを押さえ込もうとするように首を振った。
「わ、わたくしには必要のない物ですわ。護衛の仕事を断るわけにはいきませんもの」
それが本心でないことなど、彼女の声ですぐにわかった。
今度こそロザーナの背中を押してあげよう、そう心に誓っていたのだ。自分がすべき事を、もう私は見誤らない。
「家の事は心配しなくていいのよ。自分に正直になって、やりたい事をやりなさい」
「ほんとうに、本当にいいんですの?」
私が頷くと、ロザーナは泣きながら震える指先で手紙を受け取った。
「ありがとう、お母様。感謝しています」
ロザーナは、ぽろぽろと涙をこぼしながら、ありがとう、ありがとうと何度も繰り返した。その姿がいとおしくて、私はロザーナを思い切り抱きしめた。
いつの間にか私の背丈を追い越したロザーナの頭を撫でてやると、娘は涙をぬぐい赤くなった目を細めて笑った。
◇◆
「おめでとう、ロザーナ」
ふと気がつくと、モニカが私たちのすぐ傍に立っていた。少しだけもらい泣きをしながら、ロザーナに向かって手を差し出している。娘は私から離れると、モニカの手を強く握りしめた。
「今日から、正式にコンビ結成だね」
「ええ。よろしく頼みますわよ」
固い握手を交わした2人を邪魔しないように、私はその場をそっと離れた。
家のため、私のためにプリンセスの夢を追いかけてくれた健気なロザーナ。
でもね、もう自分の生き方を縛らなくてもいいのよ。地位や名誉なんかより、あなたが幸せでいてくれることの方が、はるかに大切なんだから。
部屋を出る直前に、まだ少し涙を浮かべたまま微笑み合うロザーナとモニカを横目で見て、私はそう心の中で呟いた。