ロザーナの帰還
パーティーで王子を救ったことを境に、ロザーナの評価は180度変わった。翌朝には、娘の活躍が新聞の一面を飾り、噂好きの知人たちが我が家へと殺到した。
今までほとんど交流のなかった元同級生の保護者や近所の住民が、次々に来ては「お宅のお嬢様は昔から素晴らしかった」としきりに褒めちぎる。一緒に対応をしていた執事のスティーブンは、来客の合間に大きくため息をついた。
「少し前まで悪役呼ばわりしていたのに……全く、どいつもこいつも調子が良すぎますよ」
うんざりした口調とは裏腹に、彼はどこかほっとした表情をしている。世間の手のひら返しに腹は立つものの、ロザーナへの誤解がとけたことは、やはり素直に嬉しいのだろう。
しかし私は、ただ喜ぶばかりではいられなかった。自分の知っている娘とはまるで別人のような、魔獣と死闘を繰り広げるロザーナの姿。あの夜にお城で見た光景が、今でも脳裏に焼き付いて離れないのだ。
ロザーナは、私の知らない世界へとひとりで足を踏み入れようとしている。グリフォンに立ち向かう背中を目にした時に、その予感は確信へと変わった。
あの子は、一体どこへ向かおうとしているのだろう――その疑問への答えは、未だに本人の口から語られていない。
◇◆
事件後、ロザーナは疲労困憊していたため部屋でずっと休んでいた。顔を合わせる機会は無かったわけではなかったが、お互いに様子を伺っているうちにタイミングを逃し、日にちだけが過ぎていった。
そしてパーティーから3日が経った今日、彼女は王様からの求めに応じて、モニカ父子と共にお城へと招かれている。
――あの子が帰ってきたら、今日こそはきちんと話し合いをしましょう。
書斎でひとり決心を固めて頷いたその時、部屋のすぐ外からノックの音が聞こえてきた。
「ロザーナ! もう帰ってきたの?」
慌てて立ち上がって扉を開けると、そこには面食らった様子の執事がいた。
「お取り込み中にすみません。……もしかして、お嬢様のことでお悩みですか?」
私は無言で頷く。表情で何かを察したのか、スティーブンは顔を曇らせた。
「お嬢様が相談もなしに危険な討伐の仕事を始めていらっしゃったなんて、正直私も驚きましたよ」
「仕方がないわ。あの子に隠し事をさせてしまったのは、きっと私の責任なのよ」
剣の稽古でさえ反対されたのだ。モンスターと戦う仕事がしたいと言ったら、無理にでも止められると思ったのだろう。
「今度はちゃんと応援してあげたいから、ロザーナが本当にやりたい事を、どうしても知っておきたいの。でも、もう私には聞く資格がないのかもしれないわね」
「ちょうどその件で、お話があるのですが……」
自嘲気味に嘆く私に向かって、執事は一通の郵便物を差し出した。
表面に『合格通知在中』と記載されている立派な封筒を受け取ると、分厚い書類の重みを感じた。金色の封蝋には、翼の生えたブーツと短剣の刻印が入っている。
宛先は、ロザーナになっている。私が差出人を確認していると、急に外の方が騒がしくなってきた。
荷物を引く馬車の音や、たくさんの人の話し声に驚いていると、玄関の扉が開いてロザーナの帰宅を告げる元気な声が耳に飛び込んできた。
◇◆
階段を駆け降りて玄関ホールまで行くと、ロザーナとモニカが興奮した表情で並んでいた。
「おかえりなさい。疲れたでしょう、早く中にお上がりなさい……あら、どうしたの?」
私が手招きをしても、娘たちはその場に立ち止まったまま動かない。不思議に思っていると、2人は満面の笑みを浮かべて、まるで示し合わせたように同時に扉の外を指差した。
「お母様、先にあちらをご覧になって!」
外に出ると、黄金で装飾された四頭立ての馬車が何台も家の前に停まっていた。その奥には早くも見物人たちが集まり始めている。
先頭の馬車から、モニカの父親が両手に重そうな袋を抱えて降りてきた。
「荷物を降ろしたいので、すみませんが使用人の方を呼んで手伝っていただけませんか?」
よく見ると、袋の中身は金貨のようだ。他の馬車にも、大きな宝石箱や豪華な装飾がされた箱がぎゅうぎゅう詰めになっている。