泡沫パーティーナイト
グリフォンに肩を掴まれて、鷹狩りの獲物のように体をばたつかせるルイス王子。ロザーナは悠然と彼の方へと歩みを進めていく。
「そ、そこのご令嬢! どうか助けてくれ!!」
「伯爵夫人クラリス=ダンヴァーズの娘、ロザーナでございます。以後お見知りおきを」
王子の目の前まで来ると、娘は片足を斜め後ろの内側へ引き、背筋を伸ばしたままもう片足の膝を軽く曲げた。完璧な身のこなしで優雅にお辞儀をしながら、ほとんど聞き取れない声量で独り言のように呟く。
「手荒な真似をしますが、お許しになってくださいませ」
娘は顔を上げると、姿勢を戻しながら助走をつけて、一気に前方へと飛び掛かった。
翼を広げて離陸しはじめたグリフォンの胴体をめがけて、ロザーナが体当たりを食らわせる。衝撃で落ちていく王子を、娘は着地寸前に両手で受け止めた。
ホッとしたのも束の間、今度はグリフォンが鉤爪で引っ掻き攻撃を仕掛けてくる。娘は横っ飛びで回避しながら、腕の中にいるルイス王子に向かって言った。
「王子殿下、どうか剣を私にお貸しになって」
「しかし……」
「その剣は何の為に腰に下げているんですの? ご自分の身を、そして国民を守るためでしょう!?」
ロザーナの剣幕に気おされたのか、王子は剣を鞘から抜いて彼女へと手渡した。娘はそれを即座に振り上げてグリフォンの攻撃を受け止めると、すかさず鋭い一突きを繰り出す。
グリフォンが怯んだ隙に、ロザーナは王子をそっと絨毯の上へとおろした。
「お母様、王子様を連れて逃げて!」
呼びかけに応えるため、私はスカートの裾を持ち上げて全力で娘たちの元へ駆け寄った。ロザーナはいまだに足が震えている王子の背中を押すと、再び魔獣の方へと向き直る。
「あなた本当に大丈夫? 戦ったことがあるって、一体どういうことなの!?」
背を向けたまま、娘は私の問いかけに答えた。
「わたくし、お母様に嘘をついていましたの。家庭教師じゃなくて魔物討伐のアルバイトで稼いでいたのですわ」
ロザーナのドレスはグリフォンの攻撃によって引き裂かれ、結い上げた髪も乱れてしまっている。剣を手に、息を弾ませながら魔物を睨みつける彼女は令嬢というより歴戦の勇士のようであった。
◇◆
広間の隅へと避難する私たちを庇いながら、ロザーナは左右から繰り出される攻撃を必死で受け流した。何度かカウンターを試みるも、彼女の突きはグリフォンの厚い羽毛の奥にまでは届いていないようだ。
「無謀です。あれは装飾用の剣なんだ。実戦向きには作られていない」
無事に近衛兵の元に辿り着いた王子が、絶望的な表情で首を振った。その言葉を証明するように、娘が少しずつ敵に押されていく。
兵士たちは、突風で崩れた体勢を立て直つつあるにも関わらず、一向に加勢しようとしない。痺れを切らした私は、そのひとりを捕まえて詰め寄った。
「いつまで突っ立っているつもりなの? 早くなんとかしなさいよ!」
「弓兵と魔術師を呼びに行っているのですが、混雑でなかなか来られないようで……」
ヒラと思われる若い兵士は、いかにも頼りなさげな声でそう言い訳をした。
確かに、階下の大広間からはヒステリックな喚き声がひっきりなしに聞こえてくる。パニック状態に陥った来客たちが我先に逃げようと出口に殺到して、人の動きが止まってしまったようだ。
「じゃあ自分で戦ったらどうなの? あなた達だって武器を持っているじゃない」
「いやぁ、我々は人間を想定した訓練しか行っていないものですから……」
兵士はそう言って、照れたように頭をポリポリと掻いた。状況がわかっているのだろうか。緊迫感がまるでゼロである。
「こんな事になるのなら、杖でも持ってくればよかったわ」
準備さえしてあれば、多少は魔法で援護ができただろうに。私は悔しさのあまり、強く歯軋りをした。
いつしか攻撃を防ぐだけで精一杯になっていたロザーナに、疲れの色が見えてきた。動きが遅れた隙を突いて、グリフォンが爪を振り下ろす。なんとか間一髪で防いだものの、衝撃でついに剣が折れてしまった。
歓喜の雄叫びのような甲高い鳴き声を上げるグリフォン。次に攻撃を受けたら、ひとたまりもないだろう。
「もはや……これまでですわね」
ロザーナが絶望のあまり剣を下ろしたその時、魔獣が突然ぴたりと動きを止めた。
◇◆
かすかに、澄んだ美しい女性の歌声が聴こえてくる。どこかで聴いたことがある気がして記憶を探っていると、部屋の入口からモニカが姿を現した。
兵士たちが止めるのも聞かずに真っ直ぐ進むモニカ。すぐ近くまで来ると、グリフォンは目を細めて静かに頭を下げた。
彼女は歌を口ずさみながら、優しくその体を撫でさする。凶暴さを潜めてしまった魔獣は、その場に腰を下ろして気持ちよさそうな声をあげた。
冷静に観察すると、グリフォンはずいぶんと小ぶりである。さっきまで暴れ回っていたのも、親からはぐれて怯えていたのが原因なのかもしれない。
呆気に取られた様子で一部始終を見ていたロザーナは、その鳴き声に脱力して剣を床に落としてしまった。自分の目が信じられないと言わんばかりの表情で、娘はぽつりと呟いた。
「歌が得意なのは知っていたけど、まさか特殊スキルを身につけていたなんて……どうして教えてくれなかったんですの?」
ロザーナの不満げな声に振り向いたモニカは、胸の前で手を合わせて、少し恥ずかしそうにはにかみながらこう答えた。
「ダンジョンで披露して、ビックリさせるつもりだったの。秘密にしててごめんね」
いつもの調子を取り戻したロザーナが、モニカの頭をポカポカと叩きはじめた。
「遅かったですわ。あと少しで殺される所でしたのよ。……まったくもう、笑い事じゃないんですのよ。少しは真剣な顔をしたらどうなんですの? こ~のアンポンタン!!」
「あはははは……ごめんってば。でもロザーナはきっと大丈夫だって信じてたよ。私の未来の相棒は、こんな所でむざむざ死んだりしないって」
楽しげにじゃれ合うふたりを見つめながら、周りの人たちは状況が飲み込めずにポカンと口を開けてしまっている。モニカがグリフォンをいとも簡単に懐柔したことへの驚きが強すぎて、思考が停止してしまったようだ。
その横で、私は娘たちの会話にひとり衝撃を受けていた。スキル、ダンジョン、相棒……どれもこれも耳慣れない単語ばかりだ。一体この子たちは、何を企んでいるというのだろう。
「帰ったら、詳しく説明しますわ」
混乱している私を見て、ロザーナは失敗を見られた時のように決まり悪そうな表情でそう言った。




