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決戦は誕生日

 およそ20年ぶりに足を踏み入れる謁見の間。ズラリと並んだ近衛兵たちの奥には、王と王妃、そしてその隣に王子が鎮座している。私と娘ロザーナは、緊張と着慣れないドレスで重い足を引きずりながら玉座へと進んでいった。


 平伏せんばかりに深々としたお辞儀を終えて顔を上げると、まだ成人したばかりのルイス第一王子が、雷に打たれたような驚きの表情を浮かべていた。その頬は紅潮し、アメジスト(紫水晶)色に輝く瞳はまっすぐ娘を見つめている。



「そなたの名は、何というのです」


「ロザーナ……ロザーナ=ダンヴァーズですわ」



 娘が名乗り終わる前に、王子は物凄い勢いで立ち上がった。そして周りの制止も聞かずにロザーナの元へと駆け寄ると、跪いて彼女の手を取り、うっとりとした表情でこう叫んだ。



「あぁ美しい人! そなたに求婚する名誉を、どうか私にいただけないだろうか……!!」


「で、でも王子にはもう決まったお方が」


「それはもはや過去の話。私はたった今、ここで真実の愛に目覚めたんだ!!!」



◇◆



 全ての謁見が終わるタイミングで隣国の王女が到着し、王子とのダンスを披露した後で婚約の発表をする――着々と進行していたはずのシナリオは、ロザーナの出現によって完全に崩れてしまった。


 突然の出来事に戸惑うロザーナだったが、王子の熱意に押されて軽く頷くと、私を見てこう囁いた。



「やりましたわ……お母様……わたくし王妃様に選ばれましたのね」


「あなたなら、きっと奇跡を起こせると信じていたわよ」

 


 私は、ロザーナに向かってガッツポーズを決めた。やっと状況が飲み込めてきた娘も、上機嫌で勝利の高笑いを上げる。



「オーッホッホッホ、やっぱり最後に正義は勝つのですわ!」



 早くも階下で他の出席者たちがざわつき始めている。かわいい娘を『悪役令嬢(かませ犬)』呼ばわりした愚かな貴族ども、もっと悔しがりなさい。王子共々、ロザーナの魅力にひれ伏すがいいわ……。


 嫌な連中を見返してやった悦びに浸っていると、遠くから低い男性の声が聞こえてきた。



「……258番……番号札258番でお待ちの、ダンヴァーズ伯爵夫人はいらっしゃいませんか~?」



 ロザーナが小さな声で「お母様」と呼びながら私のドレスの袖を引っ張り、順番が来たことを知らせてくれている。



 私たちは、まだ大広間の隅にいた。ハッとして周りを見回すと、クスクスと笑う貴族たちの後ろで役人が呆れ顔でこちらを見ている。



「後ろが詰まっているんですよ。早く謁見の間へ移動してくださ〜い」



 謁見受付の帳簿にサインをしてから、いったい何時間がたったのだろう。順番待ちの間に頭の中で予行練習をするつもりが、気がついたら妄想に耽ってしまっていた。


 現実に引き戻された私は、慌ててロザーナの手を取りその場を後にした。



◇◆



「伯爵夫人クラリス=ダンヴァーズとロザーナでございます。娘は今年成人したばかりですが、学業やダンス、魔法にも大変秀でておりまして……」


「時間オーバーです。話をやめてください」



 私はお辞儀と挨拶は速攻で切り上げて、とにかく一秒でも長く娘をアピールしようとしたが、懐中時計を持った進行役の家臣の一言によりあえなく終了となった。


 王はおざなりの微笑みを顔に浮かべて、私たち母子(おやこ)に歓迎の言葉をかけた。



「我が王子の成人記念パーティーによくぞ来られた。今日は大いに楽しんでくれたまえ」



 きっと決まり文句なのだろう。口調は優しく丁寧だが、明らかに心がこもっていない。


 私たちには不満に思う資格などない。中級以下の貴族に対する扱いが事務的になるのは仕方がないこと。ましてや我が家のような貧乏貴族はお目通りが叶うだけでも光栄なことなのだ。それでも……



「もったいないお言葉をありがとうございます」



 納得のいかない気持ちを抱えつつ、王に感謝の言葉を述べたその時、隣にいた王子の端正な顔立ちが緩むのが目に入った。退屈で我慢ができなくなったのだろうか。周囲に気づかれないように口元を手で隠しながら、小さなあくびを漏らしている。


 この謁見に私たち母子が全てを懸けていたことなど、彼には知る由もない。私は怒りを通り越して、むなしさすら感じた。



 深く礼をして顔を伏せたままで娘の表情を伺うと、笑顔は崩さないが目の端にうっすらと涙を浮かべているではないか。


 自分も泣きそうになりながら、とにかく無事に退出しなければと、私は娘を促して出口に向かって歩き出した。


 ――ガシャーン!!!


 突然何かが割れる音がして振り返ると、玉座の後ろにあったガラス窓が粉々に砕け散っている。そこから姿を現したのは、大きな鳥のような魔物だった。



◇◆



「あれは……まさかグリフォン!?」



 遠い昔に一度本で見ただけだが、間違いない。獣の下半身を持った鷲が、獲物を見据えて雄叫びをあげる。予期せぬ出来事に、王や王子、近衛兵までもが身動きもできずに凍りついていた。



「みんな、早く逃げて!!」



 ロザーナだ。私を護ろうとするように、前に出て両手を広げている。娘の声で我に帰った王と王妃が、慌てて脇にいる近衛兵に向かって走り出した。


 兵士たちの誘導で柱の後ろへと隠れるふたり。王子も逃げようとするが、腰が抜けてしまったのだろうか、うまく立ち上がれないようだ。グリフォンがちょうど王子の真上を飛んでいるせいで、兵士たちもなかなか彼の方に近づけない。



「ピイーーッ」



 部屋の真ん中に取り残された王子に狙いを定めたグリフォンが、けたたましい鳴き声とともに急降下をはじめる。


 兵士が声をかける間も無く、王子はグリフォンの前足に肩を掴まれた。そのまま飛び立とうとするグリフォンを兵士が取り囲む。



「危ない、伏せて!!」



 ロザーナの叫び声に兵士たちは身構えるが、時すでに遅し。グリフォンが大きく羽ばたいた次の瞬間、無数の激しい波のような風が襲いかかってきた。


 魔物のすぐ近くにいた兵士たちは、紙屑のように飛ばされて次々と壁に叩きつけられた。離れた所で見ていた私たちも、飛ばされないように必死で近くの手すりなどにしがみ付いている。


 攻撃がおさまる頃には、謁見の間にいた全ての人間がその場に倒れ込んでいた。


 ――ただ一人、私の娘ロザーナを除いて。



 王子を捕えたまま威嚇するグリフォンに向き合い、一歩一歩近づいていくロザーナ。ズタズタに引き裂かれたドレスの裾を破り捨てると、短いスパッツを履いた脚があらわになった。



「やめてロザーナ! はやく下がりなさい!!」



 いくら剣の心得があるといっても、実戦経験もないのに、しかも丸腰でモンスターの相手をするなんて無謀すぎる。しかし娘は私の方を振り返ると、自信に満ちた笑顔でこう言った。



「お母様、どうかご安心なさって。コイツと戦うのは初めてではないんですの」

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